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第15話 みんなの努力が報われるなら、もっと世界は平等だ

 ゴリゴリ。バリバリ。


 どうやら俺たちが食しているのは、地球でいうところのカレー。

 うん。きっとこれは『生野菜と生肉のあとのせカレー』だと思う。


 鍋を用意します。

 目についた食材を手当たり次第そのまま入れてください。

 そのままありのままです。

 次に水を入れましょう。

 分量? そんな言葉は知りません。初めて聞きます。

 スパイシーな香りがする粉があるので入れてみましょう。

 分量? だから知りません。

 火にかけると湯気が出て沸騰します。

 つまり、温まったということです。

 即ち――完成ですね。


 この料理の作り方を説明すると、きっとこんな感じ。


 こいつどこまでエリートの皮を被ったポンコツなの?

 皮を被るのはポンコツだけにして、せめて野菜の皮は剥けよ!


 一同無言の中、シータは瞬き多めに辺りを見回す。


「(ボリボリ)お、美味しいです。(ボリボリ)シータさん」

 ゼロ距離で見つめるシータに、セシルはなんとか声を絞り出す。


「ほ、ほんとぉ~?」

 心配そうに見つめる顔が一転、パアーっと華やぎ。


 そんなわけあるかっ! カレーを食べてボリボリ音が出るのは福神漬けだけだ!


「ハ、ハイネ、ど、どう? おいし?」

「うん! (バリバリ)とっても美味しい。でもハイネもうお腹いっぱい」


 ニッコリ笑顔でごちそうさまでしたと手を合わせるハイネは、クルリと背を向け、


(ヤッベー。ガチで終わってる。ないわーコレ。あとでおにぎり作って食べよ……)


 うん、ハイネ。外面を保つのも大変だね。

 でも、一口でお腹いっぱいって小食にもほどがあるよ?


「……ね、ねえ。あんたはなんかないの?」


 ははっ、いい度胸だなこいつ。


「マズい! 食えたもんじゃない!」

 もちろん、手加減なし。正直に答える俺。


「圧力鍋がないからホクホクまでは求めない。でも誰が生でいいと言ったよ。皮を剥けとはこの際言わない。だけど、せめて切れ。包丁ぐらい使えよ! あと生肉は怖すぎる!」


「え、何を……え、わからない。意味がわからない! だ、だって、セシルとハイネは美味しいって言ってくれた! ちょっとダイチ、あんた味覚がおかしいんじゃないの?」


 セシルとハイネへ「ね? あの人おかしいねー。ねー? そうだよねー」と、必死に同意を求めるものの、仲良く目を背ける二人。


 わかっただろ、これが六班の総意だ。

 ほら、チャドを見て見ろ、笑顔のまま気絶してるだろ!


「も、もう、これのどこがマズくて食べれたもんじゃないのよ!(パク)」

 反論しながらもシータは自ら料理したカレーらしき何かを食べる。


「ほら、こんなに歯ごたえがあって……」

(バリむにゅ)

「こんなに……吐き気を催して……」

(ボリぷちゅ)


「……ねえダイチ。この音なに?」

「いや、こっちが聞きたい」


 疑惑の視線から逃げ出すように慌てて席を立ち、行ったり来たり。


「ち、違うの! た、体調。そう体調! 今日はたまたま体調が悪かったの!」

 明らかに挙動不審のシータの視線も、行ったり来たり。


「ご、ごめん! これもう片付ける! ほんと! ほんと今日はたまたま体調が悪くて! 明日は大丈夫だから、だから、ほんとごめん。ごめんね」


 食卓に並ぶ大量に残ったカレーらしきものを強引に片付け、シータが厨房へと消えていく。

 怒りの矛先を失った俺たちは、空腹の腹を誤魔化すようにちりじりと各自の部屋へ向かい、それぞれの時間を思い思いに過ごすことになった。


 聖アルフォード学園のプレッシャーに心身ともに疲れていたのだろう。

 ベッドへ横になると、俺は今後のことを考える間もなく――眠りについていた。


 目を覚ますと、漆黒の夜空に浮かぶ赤い三日月がニッコリ笑う。

 時刻は、地球で言えば丑三つ時。だが、この世界の時計は、俺の知る24時間制とは根本からルールが違う。

 異世界アルレキアで採用されているのは『30時間制』だ。

 壁に掛かった時計の文字盤には、1から30までの数字が円を描いて並んでいる。


 地下世界である魔界にいた頃は、空がなければ時計もなく、眠くなったり、お腹が減ったりで時間を測っていた俺。こうして数字と太陽の運行が完全に同期した地上の時間は、視覚的にわかりやすくていい。その分、時間に縛られて息苦しくもあるのだけれども、なんにせよ、長かった一日は今もまだ継続中。


 それにしても……腹が減ったな。

 リュックに詰まっていたスラランのおやつを探すも既に品切れ中だ。早いとこ買い出しついでに受け取らないとな。


 仕方ない……。

 取りあえず何か腹の足しを求めて、厨房へ向かうことにした。


 一階リビングを通り抜け隣の部屋。

 そこは本日の悲劇の舞台である食堂、さらに奥。

 太陽も明日を夢見るはずの、30時間制の終盤戦。

 厨房にポツンと明かりが灯っていた。


 ん? ハイネがおにぎりでも食ってるのか?


 シュ……シュ……ッ痛。

 おにぎりを握るにしては不細工な音色。


 そーっと覗くと――

 山積みの料理本の隙間から見えるのは、厨房へ消えたシータの姿。


 こいつ、あれからずっとここにいたのか?


 シュ……シュ……シュ……ッ痛。


 剣と違って勝手が違うのか不格好に包丁を構え、皮にほとんど実をつけながらも何度も何度も繰り返すこれを桂剥きと呼んでいいのか、それとも指切りと呼べばいいのか。

 まるで料理がうまくなる約束でもするかのように指を切る。


「シータ」声をかけた俺にビクっと驚き、

「――ッ痛」シータは何度目になるかわからない切り傷をつける。


「ちょ、ちょっと! あんたが急に声をかけるから指を切っちゃったじゃない!」

 無数に作った恥を隠すように後ろへ手を回しシータは強がる。


 あくまでそのスタンスは崩さないってことね。了解だ。


「ずっとやってたのか?」

「は、はぁー? そ、そそそそんなわけないでしょ! あ、明日の朝ご飯の仕込みをちょっとやっておこうと思ってね。今さっき起きてきたってわけよ」


 開きっぱなしの料理本には豚汁っぽい絵が描かれ、横のノートにはびっしりと何やら書き込んでいる。その脇には皮の剥かれた歪な形の野菜たち。


「なあ、シータ。お前って『天才』と『秀才』の違いを知ってるか?」

「は? いきなり何? 俺は天才だとかなんだか自慢が始まるの?」

「いや、褒めてやろうって言ってんだよ」


 魔王らしからぬ言葉に厨房を照らす炎も驚いたか、ほんのり灯る明りが揺れる。


「で、天才と秀才の違いって何なのよ? 俺とその他なんて言ったら剥くわよ!」

「俺は食材じゃないし、お前の桂剥きは身が残らない」


 俺は包丁を構えるなまはげを追い返すように、身になる答えを告げる。


「天才はさ、努力することを努力してると思うことなく、努力ができる人間なんだよ。対して、秀才は、努力することを辛いしキツイと思いながらも、努力ができる人間だ」


「自覚の有り無しは別として、どっちも努力をしてるってことね。但し、天才は笑顔で努力して、秀才は顔を歪めて努力するってことだけど。わからなくはないわ」

「ああ、だからまあ頑張れ。その努力は報われるよ」


「は、はあー? ど、努力って? は、はあー? それじゃまるで私が料理が苦手で努力してるみたいじゃない! そ、そんなことあるわけないでしょ!」


 だからお前のことを天才だって褒めてんだよ。


「なあ、ところで、晩に作った料理はどうしたんだ? 捨てちゃったのか?」

「捨てるわけないじゃない! 今日はちょっと体調が悪くてあれだったけど……」

「あー、だったらそれを温めてくれ。腹が減ったからそれを食うよ俺」

「え……こ、これ、た、食べるの!?」


 狼狽えるシータに対して、魔界じゃゲテモノ料理だらけだったんだ、それに比べたら、なんて言葉を飲み込み。


「ああ、食うよ。意外とゲテモノ料理好きなんだ」

「わ、わかった。今すぐ温めるから! すぐ! すぐだから。ほら座って!」


 皮肉にツッコむことなく、嬉しそうに鍋の蓋を開け中身を確認すると、シータは一転、顔を曇らせ。


「ね、ねえ。ダイチ。今更なんだけど。これって本当に食べてもいいのかしら? 色的にその…………うんちみたいなんだけど?」


 うん。お前料理を作る前に、まずはそういうところから勉強しような!


 * * *


 バリバリ。ボリボリ。

 不協和音が鳴り響く厨房。


「お、美味しくないでしょ?」

「ああ、マズい!」

「ほんっとあんたは……」


 ため息をついたシータは、項垂れたまま、ポツリと尋ねる。


「ねえ。一つ聞いてもいいかしら、あなたって女神レキア様に遣わされたのよね」

「……だな」

「それって、他の人に言ったりした?」

「いいや、知ってるのはディアマンテとお前だけだ。まあディアマンテが他の誰かに報告をしたって可能性はあるけど。今のところ別段変わったところはないな」


 言えるわけがない。だって本当は魔王に召喚されたんだから……。

 それにしても、聖アルフォード学園からの聞き取り調査はあれ以降ないが。俺も伝説の勇者の血を引くシータも、入学すれば特別扱いなしに、ただの一生徒ってことなのだろう。


「他の人にベラベラ言わない方がいいと思う。言えばきっとアルスの再来を期待しちゃうから」

 そう言って再びため息をついたシータを見つめると、目が合う。


「……重いのよ、その名前」

 シータは見つめ返したまま、目を細め微笑んだ。


「言わねーよ。本当は誰にも言いたくなかったんだし」


「そ。ならいいけど。でも……」

 シータは俺から目を逸らし言葉を紡ぐと、


「女神レキア様に遣わされたあなたは、きっとこれから先、努力もなく世界を救うほどの力を手に入れるのでしょうね。それこそ英雄アルスのように」

 女神へ届けるように天井を見上げた。


「うーん、どうかな……結局は積み重ねた努力の結果なんじゃねーの?」


 その言葉にシータは天井から俺へと視線を移し、


「――三年間」

 その目に映る赤い炎が激しく揺れ、感情を伝える。


「ん? 三年間? って、ああ、聖アルフォード学園で学ぶ期間?」

「並列詠唱を成功させるまでに費やした時間よ」


 ――そして。


「あなたはそれを一瞬で無に帰した。ねえ、それってダイチの言う努力の結果?」


 即答できるその質問に俺は口を噤む。


 今この身に宿す魔王の力は前魔王からの引継ぎとして、都合のいい寄生相手を求めるかのように、望むことなく勝手に発現したものだ。

 なんの許可も努力もなく……ただただ一方的に。


 押し黙る俺へ、シータは三年分の思いを言葉に乗せる。


「お願い。努力は報われるとか、簡単に言わないでよ、ダイチ」

 そう言って悲しげに笑うシータを見て、俺は前言を撤回する。


 こいつは天才じゃないな。

 天才になろうと歯を食いしばり、努力している『秀才』だ。


 努力は報われるなんて綺麗ごと。

 確かに、俺にだけはそのセリフを言われたくないよな。

 現に俺はこいつの三年間を踏みにじったんだ。

 心が折れてもしょうがない。

 今までの自分が全否定されたと落胆しても仕方ない。


 でも、あの時こいつはそれでも逃げることなく、前を向いて強がったんだ。


 だったら――


「バーカ。そうでも思わないと努力なんてできないだろ!」


 俺は俺なりに強がるだけだ。それでこの話はおしまい。

 シータもそれを悟り。


「あははっ、そりゃそうね」

 そう言って笑うのだった。


「んじゃ、ごちそうさん。マズかったよ」

 俺はカレーらしきものを食べ終えると、片手をヒラヒラ上げて厨房を後にした。


 そんな俺の背に向けて、夜の帳に掻き消えるような声が僅かに空気を震わす。


(でもね、ダイチ。辛く厳しい努力を続けて汗を流し、歯を食いしばって血を流し。それでもその努力が報われず、涙を流し努力することを止めた秀才はなんて呼ばれるのよ……)


 シータは僻みを込めて囁いた。

 それは聞こえないように言ったのだろうが、残念だったな、俺には丸聞こえだ。


 ったく、やっぱバカだろこいつ。なんて呼ばれるも何も。


(――それが“()()”だろ)


 そう囁いた俺の背後から、不格好な音色と共に「痛っ」という努力(こえ)が聞こえた。

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