第14話 できないことは、できないと言った方がいい
「これが……寮!?」
目の前に聳え立つ光景に、思わず口が半開きになる。
それは学生の寝泊まりする場所という概念を根底から覆すものだった。白亜の石壁に、深い紺色の屋根瓦。窓枠には繊細なアイアンワークが施され、まるで由緒正しき貴族の別荘だ。
各班に一軒、この豪華な洋風の館が割り振られてるってことかよ……。
聖アルフォード学園の資金力と、選ばれた生徒への期待値がプレッシャーとなって押し寄せてくる。
「んじゃ入るわね、ただいまーっ!」
シータがルームキーを差し込み重厚なオーク材の扉を開けると、そこは広々とした玄関ホールだった。
磨き上げられた大理石の床が、シャンデリアの柔らかな光を反射している。正面には豪邸動画でしか見たことがないような、中央から左右に分かれて伸びる優雅な両階段。
二階へ上がると、廊下を挟んで左側に三つ、右側に三つの個室が並んでいた。
左右対称の構造を利用して、左側を女子エリア、右側を男子エリアとする。
部屋にはふかふかのベッドと、新品の香りがする木製のデスク。
窓からは学園の広大な敷地が一望できる。
個室があるなら、一日中引きこもってゲームでもしていたいところだが……そんな願望を飲み込み、っというかネットもゲームもない異世界、よくよく考えずともやっぱ地球のほうがよくね? 早いとこ帰らなきゃ。
小休憩の後、一階の共有スペースへと移動する。
そこは、吹き抜けになった高い天井が開放感を演出する、かけっこができるほどの広大なリビング空間だった。壁際には重厚な書棚や装飾品が並び、床には毛足の長い絨毯が敷き詰められている。端と端では声を届けるにも一苦労な広さ、必然的に中央の対話スペースに全員が集まることになる。半円の大きなソファーが二つ組み合わされ円を形作り、中心には円形のローテーブル。
「ほら、会議、やるわよ」
シータの言葉に促され、俺たちはその円卓に腰を下ろした。
時刻は黄昏時。
リビングの大きな窓から、暴力的なまでの赤色が差し込む。
闇に吸い込まれそうな夕日が、世界を赤紅色に焼き尽くし、室内の高級な家具たちを情熱的に照らし出す。それはまるで、明日へのレッドカーペットを敷いているかのようだった。
……そんな美しい光景のはずなのに。
どうして俺の目にはそれが、血の色に見えるのだろう。
「それじゃ、挙手制でいきましょ。まずは……」
着席するや否や、シータによって雑談も抜きに円卓会議が開始された。
議題は――
「ゴミ出し」シータの言葉に、「はい!」と即座にハイネがピンと手を伸ばす。
ディアマンテからの宿題でもある、寮生活における役割分担である。
「洗濯……は各自各々。でいいわよね? それとも女子と男子で洗濯担当作る?」
っち、くそ! 手を上げようと思ったのに……。男子と女子でわかれるなら問題外だ。なんでチャドのパンツをよろしくしないといけないんだよ!
風呂、トイレ・洗い物などの水回り担当と、掃除担当は各二名ずつの持ち回りとなった。
そして、俺が手を上げたのは――買い出し担当。
食材や各種日用品などの買い出しだ。
人界の冷蔵庫事情を確認しに厨房へ向かうと、そこはプロの料理人が使っても遜色ないほどのキッチンだった。
現代的な電化製品は当然ないが、食材を冷やすのは氷霊石と呼ばれる魔石を組み込んだ重厚な木製の保管庫だ。クーラーボックスに贅沢に氷を詰め込んだような構造で、中には何の肉だかわからない生ものもあるが、地球で見かけるような野菜や、見慣れた香辛料もあってまずは一安心。
魔界のグロテスクな食材に比べれば天国だ。スラランのおやつが唯一の楽しみだったから助かります。そんな冷蔵庫に数日分の食材が用意されているが、その後は買い出しが必要となる。
これで大手を振って聖アルフォード学園を抜け出し、王都に行けるというわけだ。
俺の目論見は順調。……のはずだったが、最後に最大の難所が立ち塞がった。
「料理担当」
「…………」
その言葉に、手が上がらない。
俺とチャドは顔を見合わせ、対面に座る女性陣を覗き見ると、
――三者三様にモジモジ。
ハイネがまずは予防線を張る。
「……料理はまだ早いって、ママに言われててぇ。教えてもらってないんですぅ。火とかぁ? 刃物とかー? ハイネの小さな手じゃ危ないもん。ハイネ、本当は作りたいのに! ほんっとーに残念でっす」
流石はハイネ。幼女というアドバンテージを十二分に活かした満点の言い訳だ。
次にセシルが震える声で続く。
「わ、私……ごめんなさい。お、お嫁に行くなんて考えられなくて、花嫁修業なんて……夢のまた夢でして……、で、あの、隣に男性がいると、その……持ってる包丁で……」
わかったもういい何も言うな。お前は黙って座ってろ。
そんな中、シータは意を決して何か言おうとするものの。
「となると、僕たちはまたリーダーに頼ってしまうのかな~?」
先に口を開いたチャドの何気ない一言で、問題は解決に向けて舵を切る。
「ふぁ!?」
突如の無茶ぶりに、驚きの表情を浮かべるシータだったが、
「わ、わー素敵。リーダーはカボチャ料理もバッチリなんですね」
「ごめんなさいリーダー、ハイネが可愛いだけの子供で。ううぅ~」
「気高きリーダー、これこそ君が最高に輝ける舞台だと思わないか?」
「まーお前リーダーだし、それでいいんじゃね?」
各人から浴びるリーダーの声に、
お前はとろけるチーズかと言わんばかりにとろけるシータ。
「……そ、そうよね。リーダーだもんね。私がやらなきゃ、この班は始まらないわよね。……いいわ! 私に任せなさい! リーダーが作る至高のディナー、拝ませてあげるわよ!」
これ、リーダーっておだてて、こいつに全部押し付けりゃよかったんじゃね?
とはいえ、平穏無事に役割分担が決まったわけだし、まあ、よしとするか。
「んじゃ分担作業も終わったことだし。時間も時間だ。さっそく晩飯を頼むわ!」
……けれど。俺は忘れてた。
こいつがポンコツだということを。
「……ふぇっ!? ほ、本当にヤっちゃう……よ?」
……その不穏な言葉の意味を、俺たちはすぐさま知ることになる。
シータがトボトボと厨房へ向かい、一時間後。
華やかな食卓は、音を立てて“墓場”へと変貌した。




