第11話 誰のために泣けますか?
「ようこそ諸君! 世界の希望を紡ぐ聖アルフォード学園へ!」
大講堂に響き渡る声。演台に立つディアマンテは、実技試験の時とは別人のようだった。穏やかな教師の仮面を脱ぎ捨て、そこにあるのは人類の希望を一身に背負うような威厳。
天井まで届くステンドグラスから差し込む七色の光が、俺たち新入生の真っ赤な制服を鮮烈に照らし出す。
「勇者とは――光である。勇者とは――希望である。勇者とは――個にして全である。手と手を取り合い、紡ぎ繋がれ人はやがて大きな一つの輪になる。その最初の一手を差し出す存在が君たちである! よって、我々は繋いだその手を決して離さぬよう精強でなくてはならない」
演台の横には、一際異彩を放つ老人が座っていた。
制服さえも年老いたか、それとも、胸元まで伸びる黒髭と混じったか、赤黒い制服を身に纏ったファンキーなじいちゃん。だが、その銀眼が放つ鋭い眼光は、数多の戦場を潜り抜けた者特有の重みがある。おそらくあれが、この学園の頂点――『学園長』だろう。
あの日ディアマンテによって直接合格発表を受けた俺は、その足で王都メルクリスの宿屋へ向かい、そこで魔守護狼隊に結果報告をしておいた。
あれから制服の仕立てや手続きやらで一週間が経過して、今現在に至るわけだが。既に魔界にも第一報は伝わっていることだろう。レヴィ以外の四鬼将たちには内緒で出てきたため、反応が気になるところだが……。
いやなに、奴らもバカじゃない。
単細胞が『俺様も一緒に燃える! 火ッカッカ』とか。
腹ペコが『勇者の卵を目玉焼きデス』とか。
どエロが『人界へ紅葉狩りにイっちゃいます』とか。
そんなバカなことは言いだしていないだろう。
……いないよな?
何はともあれ音沙汰がないということは、計画に支障はないということ。
よって、この魔王様が今やることはただ一つ。
――聖アルフォード学園で勇者候補生を演じる。
ただそれだけだ。
紆余曲折はあったが、ディアマンテの式辞をもって、俺は無事、目的に向けてのスタートを切るのであった。
* * *
セレモニーを終え、俺たちは中庭を抜けて学び舎へと移動した。
重厚な石造りの壁には、歴代の勇者たちの武勇伝が彫り込まれ、教室内には三十脚の魔導デスクが整然と並んでいる。
窓からは王都メルクリスの街並みが一望でき、遠くには広大な訓練場が見える。
なるほど、百名いた受験生から、この部屋に辿り着いたのはわずか三十名。
ここにいる連中は、人類の未来を担う最高級のエリートというわけだな。
「やあ~ダイチ! 君も合格したんだね~。これから一年間よろしくさ~ん」
約一名を除いて……。
「……ああ……残念ながら合格したんだな、チャド」
「本当に残念だったね! 勇者の称号にもっとも近い僕と同じ学年だなんて」
「はぁ……まぁ一年間よろし……ん!? って、あれ……?」
仕方なしに挨拶を返そうとするが、ふっと、チャドの言葉が気にかかる。
「一年間?」
聖アルフォード学園って、三年制じゃなかったっけ?
「おやおや、僕はともかく、君は一年一年が勝負だろ~?」
キョトンとする俺に、チャドは最初に会った時と同じく困惑の表情を浮かべる。
「ダ、ダイチ? ……君、選抜試験に続いて……まさかだけど……」
そのまさかだ。
選抜試験の内容すら知らなかった俺だ。
当然ながら、合格先である聖アルフォード学園の教育カリキュラムなんて、毛ほども把握していない。
「さっさと席に着け!」
チャドとの会話を断ち斬るように、ディアマンテの怒声が始業のチャイム代わりに鳴り響く。
素早く着席すると空気がピンと張り詰める。
その威圧感はまるで体罰を容認するかのようで……。
えっと、先生が生徒を叩きませんよね?
「この一年次を受け持つディアマンテだ。改めてよろしく。さて、まずは最初に言っておく! 素行不良の者に対して、私は容赦なく斬るからな」
あ、はい。流石は勇者学園。斬るみたいです。
物音一つ立てることなく、自然と背筋が伸びる三十名。
恐怖政治万歳。炎上案件ですよ、これ。
「ふむ。聞く態度は心得ているようだな感心感心。では、早速ではあるが本年度のカリキュラムを説明していく。と、その前にまずはひとつ質問だ」
教壇に立つディアマンテは、自己紹介もそこそこに教室内を見渡すと問題を提起する。
「学科試験にも出た勇者学第一問の問題だが……ダイチ・ヤギ。お前は『ラノベ一冊書けちゃいますよ?』と、意味のわからない答えを書いていたな。さて、それでは改めて質問だ。“勇者とはどうあるべき”だ?」
どうあるもこうあるも、そんなの一言だろ。
「魔王を倒す存在であるべき。ですかね」
「なぜ魔王を倒す?」
だがしかし、即答したディアマンテの言葉で思い出す。
この問題は十万字以内に収めることを前提とした、壮大な問題であることを。
「うんと……世界を滅ぼそうとするから?」
そして、ここから十万字とは言わずともディアマンテ先生による一時限目。
“道徳”の授業が始まったわけである。
「そんなに世界が困窮しているようにみえるか?」
ディアマンテは窓の外、平和を享受する王都の街並みを指さした。
「ぶっちゃけみえないですね……」
実際、魔界と人界の均衡はレヴィも言っていたように保たれている。
いや――正確には『保たれていた』。
俺が魔王として、勇者の供給を止めるという姑息的療法に走らなければ、昨日までと同じ日常が続いていたはずだ。
だがしかし、今の問題はそこじゃない。
俺は話を戻し、次の答えを告げる。
「では……すべての人々の命を救うため?」
これも勇者の役目、代名詞だろう。勇者は人々の命を救うために魔王を倒す。
魔王が勇者っぽいセリフを口にする中。
「すべての人の命を助けることなんてできるわけがないだろ。最果てで襲われている子供をどうやって助ける? そんなことを言ってる間にも人は死んでるぞ?」
勇者を教育する立場の人が、身も蓋もないことを口にした。
そりゃないっすよ先生!
「……えっと、それってつまり、魔王を倒す云々じゃなくて、救うべき命を選択し、時に非情な決断を下せる存在が勇者、ってことが答えになるわけですか?」
それこそ身も蓋もない取捨選択。
だが、俺の質問気味な答えに対し、
「縁もゆかりもない、まったくの他人が死んだとき、ダイチ、君は泣けるか?」
ディアマンテはそれが不正解だと言わんばかりに、突飛な質問を返す。
「いや……泣けないかと」
「当然だな。赤の他人が、生きようが、死のうが、それは自分には関係のない話。ダイチに限った話でなく、人というのは元来そんなものだよ。だが――」
ディアマンテは言う。
「勇者は泣くんだよ」
勇者とは――
「全てを救えずとも、全ての命に向き合うことができる存在。それが勇者だよ」
――と。
……いや、言いたいことはわかる。
言ってることも間違いではないのだろう。
道端で息絶えた動物に対しても、
もっと言うなら枯れゆく花々に対しても等しく。
慈愛に満ちて、命の尊さを知り、あらゆる差別がなく、
全ての事象に平等である存在。
だが腑に落ちない。
「そんな聖人君子います?」
きっと女神だってもっとわがままだ。
その答えを待っていたかのようにディアマンテは口角を上げ。
「だから、この学園があるのだろ?」
本日一番の恐怖を俺に植え付ける。
「ダイチ。君はここにいる誰よりも、他者を思いやる感情が欠落しているようにみえる。赤の他人で泣けないのならば、まずは手始めに、この学級三十名のために泣けることから始めるのはどうだ?」
教壇の下より何やらプリントを取り出すと、これにて前振りは終わりと手を打ち鳴らし。
「というわけで、そのために行うべき説明に入る」
首を傾げる俺を蚊帳の外に、一年次のカリキュラムが発表されていくことになった。




