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第10話 会議って人数が多いと大体揉める

 コンコン。


 扉を叩くと、円卓の魔より聞こえる「駄目だっ!」の声。

 つまりは、拒絶です。


 え~、……魔っ茶が冷めてしまいますが。ど、どうしよう。

 コン……コン。


「駄目だ駄目だ! 貴様が行ったところで魔王様の足を引っ張るだけだ!」

「駄目だと言うのは行けというフリだな? じゃあ燃えてくる! 火ッカッカ!」

「この火ゲロ! 少しは吾輩の話を理解しろっ!」


 どうやらボクに向けてではないようです。

 ソロリソロリと扉を開け、いつものように恐る恐る声をかけます。


「あ、あのぉ~、お飲み物を持ってまいり、う、うわあああぁ~」

 一斉に向けられる九つの瞳に、ボクは熱々の魔っ茶を放り投げて逃げ出すところでした。


 だって……そこに魔王直属の『四鬼将』が集結してるんですよ……こ、怖いです。


「うむ。ご苦労」


 整った微笑を浮かべるそのお方は、銀髪銀眼。いつものように寸分の乱れもない黒のばっちりスーツを着こなし、長く美しい髪を後ろで束ねた紳士的な出で立ち。


 魔王直属四鬼将が一柱、魔界の“知将”レヴィ様。

 レヴィ様に聞けば何でもわかる、調べものいらず。一家に一冊、魔界の一殺。

 そんなことから別名、魔界図書館(デス・ブック)とも呼ばれるレヴィ様なのです。

 しかし実態は、個性が強すぎる他の三将をまとめ上げ、さらに魔王様の教育係も兼任される魔界で最も胃に穴が空きやすい中間管理職なのです。


「おう! スララン! 相変わらずプニってるか?」

 そんな苦労とはかけ離れた声で――


「どれ触らせろ! ……ふむ、なるほど、これはおっぱいだ!」


 火ッカッカッと笑いながらボクの体をプニプニするこのお方は、赤く逆立ったざんばら髪。鋼のように鍛え抜かれた肉体からは、常に陽炎のような熱波が立ち上っています。布一枚の軽装――というか、熱すぎて服が燃えるから着られないだけともっぱらの噂です。


 魔王直属四鬼将が一柱、魔界の“暴将”シュラ様。

 体から蒸気を吹き上げ常に沸騰中、戦闘と聞けば敵味方関係なく暴れ続け、西へ東へ一騎当千の大立ち回り。

 止まることを知らないシュラ様の通った後には、ごみクズ一つ残らないとのことから、魔界の焼却炉(バーン・ヘル)なんて言われたりしますが、どちらかと言うとその原因に名前を付けて、魔界の起爆剤(メルト・ダウン)と言う方がしっくりとくるのです。

 その思考回路は「燃えるか、もっと激しく燃えるか」の二択。レヴィ様が最も制御に苦労する、歩く戦略兵器です。


「……あれあれ? スララン、あれあれ、おかしいデス」

 続いて聞こえるのは、しっくりでなく、ぱっくりと平らげるような声――


「魔っ茶にはお菓子と相場は決まってるデス。なのなのに、お菓子が用意されていないデスよ。つまつまり、スラランはプリンに餓死しろと言ってるんデスね。ねえねえ、そうね、そうなの? そうデスね!」


 プリプリとお怒りになり、餅のような頬をこれでもかと膨らませるこのお方は、透き通るような白肌に覆われた三頭身のフォルム。

 一見すれば魔界の愛らしいマスコットのようですが、顔の三分の一を占めるその口が、ぱっくりと裂けるように開いた瞬間、生物は食物連鎖の意味を知るそうです。


 魔王直属四鬼将が一柱、魔界の“食将”プリン様。

 一度その顎が開けば、一国の軍勢どころか、城塞都市の城壁、果てはその土地の『概念』さえも胃袋に収めてしまうことから魔界の吸引機(ブラック・ホール)の異名を持ちますが、この世界のすべてを「前菜」か「メイン」か「デザート」の三種類にしか分類せず、あらゆる存在を自らの栄養素へと変換するその特性から、魔界の献立(オール・メニュー)とボクたちは呼んでいます。

 レヴィ様による二時間の調理を1秒で平らげるプリン様。同じ『食』を提供する身として、あの時のレヴィ様の顔は忘れられません。


「あぁ~ん、待ってプリン! その魔っ茶はあたくしへのご褒美よぉ!」

 裸エプロンで料理をするように妖艶な声で――


「ねえ、スララン。そうでしょ? そのアッツアツの液体を、あたくしの肌に垂らして……ジュって、ジュワァァァ~って。火傷の痕を、あたくしの愛の紋章にしてくれるつもりなのかしら? ……んもう、想像しただけで、あたくし、イっちゃいそう……!」


 体をクネらせると、豊満な胸をボクの体のようにポヨンと揺らし、吐息を漏らしながら、ボクを見つめる瞳は三つ。眉間の上にある三目眼は今日も蛍光ピンクに輝きます。


 魔王直属四鬼将が一柱、魔界の“美将”ゼパル様。

 その目は、見た者の理を逆転させます。苦痛を快楽へ。恐怖を陶酔へ。

 ゼパル様に睨まれた者は、自らの肉体が裂かれる痛みさえも、至上の愛撫として受け入れてしまうそうです。

 その美貌で一国を魅了し、王を跪かせ、聖者を堕落させ、夢心地の中で国民の魂を最後の一滴まで吸い尽くす。陥落した城には、例外なく、永遠の悦楽に浸った表情のまま、ミイラのように干からびた死体の山が築かれるのです。そんなゼパル様のことを、魔界の傾城(フォーリン・ヘブン)とも、魔界の悪夢(ドレイン・エンド)とも呼び、呼び名が分かれますが、魅了された人々は例外なく笑顔で死んでいく、その薄気味の悪さだけは一致するのです。

 快楽と苦痛の境界線が完全に崩壊している、レヴィ様も手を焼く魔界一のサイコパスです。


 そんな多彩な二つ名をもつ四鬼将の皆様ですが。

 その名は魔界のみならず人界にも轟きます。

 ですが、魔物とは一線を画すその名を口にするのが汚らわしいのでしょうか、

 彼らは魔界の鬼神を言葉足らずにこう呼ぶのです。


 ――『鬼』と。


『ほらっ、悪いことしてると四鬼折々の鬼がくるよ』


 親が子供を寝かしつける際の決まり文句。

 魔王がくるよ。とならないのは、歴代魔王様たちが一様に魔王城で勇者を待ち構えているからでしょうか? 威風堂々たる魔王様の姿に馴染みがないからでしょうか。


 対して、四鬼将は違います。


 レヴィ様は、研究のため。

 シュラ様は、愉悦のため。

 プリン様は、食事のため。

 ゼパル様は、快楽のため。


 四鬼将は――鬼は人界に度々姿を現します。


 それこそ災害のように、人界の人々にとって魔王様より身近な災厄で最悪な鬼の存在。


 さてさて、そんな四鬼将の面々が少々揉めております。

 ええ、いつも通りですね。


「火ッカッカ! 魔王様が命を燃やして学園に潜入だと? 熱いぜ流石は魔王様だ! よし俺も火遊びに行ってくる!」

「待てと言っている、シュラ! 潜入は隠密が基本だ。貴様が動けば三秒でバレる」

「火ッカッカ! 冷やすなレヴィ! 燃え上がった炎が止まるわけないだろ!」


 手綱を握るように忠告するレヴィ様でしたが、火のついた暴れ馬の折り合いが付きません。

 ですがそこは魔界の知将。素早く軌道修正ならぬ騎乗修正。

 レヴィ様はこめかみをピクつかせながら、即座に次の策を繰り出します。


「まぁ吾輩の話を聞け。間もなく魔界北部の火山地帯で、百年に一度の『真紅のマグマ溢出』が起きる。その熱量は、貴様の火力をさらに一段階引き上げるだろうになー。いやー至極残念だ」

「真紅のマグマ!? 魔王様よりそっちの方が燃えそうだ! よし決まりだ、俺は今から北へ行ってくる! 火ッカッカ!」


 燃え広がるように笑うシュラ様と、消火に勤しむレヴィ様。

 そんな燃える笑顔の隙間を縫って、


「火遊びじゃなくて焼くのデス。目玉焼きデス。勇者の卵の、半熟目玉焼き。じゅるじゅるり。プリン、“勇者定食”を食べに行くのデス」


 一難去ってまた一難。本日の献立が発表されたのです。

 ですが、レヴィ様は料理名を告げるように口を開くのでした。


「おーっとっと、プリン。卵で思い出したのだが、吾輩レッドグリフォンの卵を手に入れたのだった」

「レ、レッドグリフォンの卵!? 今、どの段階なのデス? 教えろデス!」

「あーどうだったか、そうそう、卵内部で焦熱が発生したところだ」


「じゅるじゅるり! それは心臓が形成されているデス、食べるなら今から月が一巡りするまでなのデス! それを過ぎると胚の発育が急速に進み翼も形作られて、レッドグリフォンの卵の醍醐味である辛味が薄れ、苦味へと変化していくのデス!」


 ゆったりボイスが一転、言葉をプクっと膨らませるようにプリン様は早口にまくし立てます。


「いや、吾輩は研究のために保持しているのであって食すためではないのだよ……が! どうだろう、聖アルフォード学園に向かうのを止めるというのであれば、この卵をプリンに渡すのもやぶさかではないのだが?」


「やめるデス!」

 三分クッキング完了。


 見事にお世話を焼くレヴィ様。さあ、あとひと踏ん張りです。

 四鬼将最後のひとり、ゼパル様が焼いたのは、


「あぁ~ん、何よ、魔王様ったら! あたくしに内緒で秘密の花園なんかにイっちゃって!」

 どうやらヤキモチのようでした。


「きっと、抜け駆けして蜜という蜜を吸い尽くしてるんだわ……。はぁはぁ、でもそこにいるのは新緑の若葉たち。……恥じらい抵抗するかもしれないわねぇ。でも、それはやがて高揚へ、真っ赤に染まる頬はまさに紅葉シーズン到来! あぁ~ん、ダメ。想像したら、あたくしの中の『愛』が暴れだしそうだわ……。あたくしの愛撫で、跡形もなく、ドロドロの愛の粘液に、溶かしてあげたくなっちゃう……あらやだ、もぉ我慢できない。あたくし紅葉狩りにイっちゃいます」


 そんなゼパル様の焼いたモチへ蜜をかけるように、レヴィ様は甘い言葉を垂らします。


「なあゼパル。そう言えば吾輩、禁忌の武器庫から『地獄の鞭』なるものを発掘したのだが。吾輩ですら知りえぬこの鞭の性能を試してみたいのだがどうだろう。実験に付き合ってはもらえないだろうか?」


「地獄の鞭!? 打たれた者は十六発で快楽の門を叩き、打つ者は百三十六発で絶頂の果てに昇天するという、あの伝説の鞭のことかしら?」

 ゼパル様は頬を朱に染めて、これぞ紅葉シーズン到来です。


「そ、そうだ。やけに詳しいな……」

「任せて頂戴! 鞭のことなら全部わたくしにお任せあれ! ビシバシやってあげるわね」

「――!? ちょ、待っ……や、やってあげるわね?」


 こうして四鬼将会談は連れ去られるレヴィ様の断末魔の下にお開きとなり、

 冷めきった魔っ茶を見つめ、ボクはぬくもりを求めます。


 太陽に照らされた大地のように温かなあの方の手のぬくもりを思い出しながら。


 魔王様、お元気でしょうか?

 聖アルフォード学園はいかがでしょうか?


 魔界は今日もカオスです。

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