5.ゆらぐ世界で、いつかまた
二人で一緒に、向こうの世界に行けるようになったとき、鈴葉ちゃんにこう尋ねられた。
「ねぇ、凪ちゃん。どうしてわたしや凪ちゃんが向こうの世界に行けるんだと思う? 他の人は行けないみたいなのに」
わたしは特に思いつかなかった。
けれど、鈴葉ちゃんは「ブランコに乗っていて、ふと思いついたんだけど」と前置きして、語った。
鈴葉ちゃんは、世界はどうしてこうなのか、不思議に思うことがよくあるという。
「たとえばだけど。わたしたちは地球の地面の上で歩いて生きているけど、海のなかで魚のように泳いで生きている世界だってあり得るよね。地球じゃなくて、もっと全然違う星で全然違う世界があることも考えられるでしょ。それなのに、わたしのいる世界は、何でこんなふうになっているのかな。今いる世界とはまるっきり別の世界だっていいんじゃないかなって思うの。凪ちゃんはそういうこと、考えないかなって思って」
「うん、分かるかも。本を読んでいると、いろんな世界があるもんね。そんななかでわたしの世界がこうなのは、考えてみると不思議なことだよね」
そう答えると、鈴葉ちゃんはゆっくりと話した。
「他の人はあまりそういう疑いを持っていないから、別の世界が見えないのかなって感じたんだ」
「それ、本当にそうかも」
わたしには思い当たることがあった。
「わたし、小学二年生のとき、視力検査で目が悪いことが分かって、眼鏡を作ったの。それまで黒板の字が何となくはっきりしないのは当り前だと思っていたし、遠くがぼんやりするのも普通だと思っていたんだよ。世界はこんなにくっきりしているんだってすごく驚いたの。わたしが見ていた世界と眼鏡を通した世界は違っていて」
その日の高まった気分のまま、そこまでひと息に伝えてから、続ける。
「同じ世界であっても、人によって違うんじゃないかなって思ったの。それから、もっと考えて、わたしの世界はこれが普通だって思い込まない方がいいのかなって思った。もっと世界は違うかもしれないって」
「それも、やっぱり世界がこうであることを疑問に思うってことだね。凪ちゃんもいろいろ考えてるよね」
「そんなによく考えているわけじゃないけど、考えたくなるのは、鈴葉ちゃんと似ているかもね。それでね、わたし、眼鏡を初めてかけた次の日にブランコに乗ったら、別の世界を初めて見たの」
「ええっ」
「だから、鈴葉ちゃんの予想、当たっているかも」
日常のなかにも、自分が普通だと思っていたことが普通じゃなかったりすることって、意外とある。
身近なところだと、言葉。
わたしはずっと名古屋に住んでいる。鈴葉ちゃんは東京から引っ越してきた人なので、わたしはなるべく鈴葉ちゃんの前では標準語を使っているつもり。
ところが、鈴葉ちゃんからすると、ちょっと聞きなれない言葉があったり、イントネーションが違ったりするという。
あるとき、掃除中に「机をつる」って言ったら、鈴葉ちゃんが「机を運ぶ」とは言っても「つる」って言わない、と話したので、驚いた。
わたしは、標準語だとばかり思っていた。
二人で「そういうのって、おもしろいよね」と話し合ったことがあった。
そんなこともあって、わたしと鈴葉ちゃんの感じる世界は、決まり切っていない気がする。
わたしたちは時々、こことは異なる別世界の可能性を、さまざまに想像してみたりする。わたしと鈴葉ちゃんの気持ちの上では、世界はいつも大きくゆらいでいる感じ。
そのせいで、もしかしたら別の世界を見て、入ることができたんじゃないかなってわたしも思う。
だから、世界に疑問を感じているかぎり、わたしたちは別世界につながることができるかもしれない。別の場所に扉を見つけて、もう一度向こうの世界に行けるかもしれない。
心のなかではゆらいでいる世界から、別の世界へ。
それに。
わたしたちの世界も他の世界も、現実にちょっとだけ、いつもゆらいでいるんだよ。
からあげが誰かの味加減でおいしくなったり、ボランティアの人たちの準備の仕方でベンチの色が青から赤に変わったり。鈴葉ちゃんが木陰を通ろうと考えたら、結果的にわたしたちが向こうの世界へ行けたりする。
ほんのちょっとしたことだけど、世界は少し変化する。
向こうの世界を見てきたからこそ、実感できたことだ。
鈴葉ちゃんはわたしより行動的で、向こうの世界に一人で行ったり、ためらいなく市役所に電話したりできる。それに、工事のおじさんに「一回だけ」って話して、うまくブランコに乗れるようにしてくれた。わたしだけだったら、諦めてしまったかもしれない。
でも、これからはわたしも、時には何かできたらいいなって思う。分厚くて難しそうな本を読もうとするよりも、ずっと勇気はいるけれど。
向こうの世界のわたしは、日記帳にこんなことを書いていた。
『思い切って「鈴葉ちゃんの好きな本のこと、教えて。図書室のおすすめ本コーナーで紹介したいから」と話してみた。来週の図書当番の日に、鈴葉ちゃんにも図書室に来てもらえることになった。これで、学校でも鈴葉ちゃんと話ができそう』と。
鈴葉ちゃんと市立図書館で再会したとき、わたしは学校で図書委員をやっていることを話したらしい。
こっちのわたしは、そんなことをしていないのだけど。
鈴葉ちゃんは、学校では凛花ちゃんたちのグループとの付き合いもある。だから遠慮していた。
それに、こっちのわたしはパラレルワールドに一緒に行くから、校内でそんなに接点がなくても、仲良くできたし。
向こうの世界のわたしは、ちょっと勇気があったんだなと思った。
だけど、わたしとよく似たわたしにできたことだから、わたしにもできることなんじゃないかって、今は感じている。
わたし一人でも、行動すれば世界はゆらぐ。わたしもみんなもちょっとずつ世界を作っている。
わたしたちの世界はゆらぎ、別のたくさんの世界もまた、きっとゆらいでいるんだろうな。
公園の入り口で、駐輪禁止の柵に寄りかかったまま、鈴葉ちゃんは話した。
「またすぐに向こうの世界に行けるかは分からないけど、わたしたちがすることはいっぱいあるよね」
扉を探すことも考えるけど、図書館に行くような日常だって、たくさん一緒にすると思う。
わたしは、鈴葉ちゃんに日記のことをすでに話していた。
「やっぱり本がきっかけだったんだね」という結論になったけど、わたしの言葉が後押ししたのだと思ったら、こちらのわたしも、ちょっと何かしたくなってくる。
この世界のわたしたちは、きっと向こう側の世界で冒険をした分、仲良しだと思っているから。
「そうだね」
わたしは鈴葉ちゃんに提案する。
「とりあえず、おいしいからあげの作り方を一緒に研究しようよ。向こうの世界の味を忘れないうちに。それで、もう一度向こうに行ったら、比べるの」
「いいね」
わたしと鈴葉ちゃんは笑う。それをきっかけに、ようやく公園から歩き出した。
やわらかな夕陽が地面にわたしたちの長い影を作っている。二人でゆっくりとこの世界を一歩一歩踏みしめていく。
あちら側でも、わたしと鈴葉ちゃんは一緒にいて、世界を踏みしめていることもあるんだろうな。
そんな想像をしたら、向こうの世界が近づいてきたような気がした。
いつかまた、どこかで。二人で向こうへの扉をくぐることがあるかもしれない。
道ばたの桃色や黄色の花が、少し暖かくなった風に春の匂いを運んでくるような。
そんななかを、わたしと鈴葉ちゃんは会話を楽しみながら進んでいく。
やがて、別れ道にやってきた。
いつものように手を振って。わたしたちは、これからの冒険に備えて会う約束をする。
「またね」って。
ひだまり童話館様の第41回企画「またねの話」に参加させていただきました。
ひだまり童話館様の企画には、2021年11月の第26回から今回の第41回まで、計9回参加させていただきました。
霜月透子様、鈴木りん様、たくさんの素敵な企画をありとうございました!
またの開館をお待ちしています。





