4.最後の冒険
夕方、わたしと鈴葉ちゃんは公園にやってきた。
遊具の解体される前日、向こう側へ行ける最後の日だ。
ところが、いつもと違って聞きなれないカタカタという機械の音が響いてきた。
工事用の大きな車が停まっている。すでに工事の人が来ていた。
「もうこの公園は閉鎖するから、入らないでくれる?」
ヘルメットをかぶったおじさんに、止められてしまう。
見回すと、同じような格好の人たちが園内にさまざまな資材を運んでいた。
もう準備が始まっている。
間に合わなかったんだ……。
わたしは絶望感で何も考えられなくなってしまう。すると、鈴葉ちゃんの声がした。
「一回だけ、ブランコに乗ってもいいですか。わたしたちの思い出のブランコなんです」
「……そうか。最後だもんなあ」
一転して、工事のおじさんたちは同情してくれた。心の底からほっとする。
鈴葉ちゃん、すごい。
「それじゃ、資材が運び終わって落ち着いたころなら。十分だけいいよ」
「ありがとうございます」
二人で大きな声でお礼を言った。
十分間だけ。
それでも、一度くらい向こうの世界に行ける。
わたしと鈴葉ちゃんは互いにうなずきあった。
しばらく待たされたけれど、わたしたちはブランコを漕ぎ出すことになった。
ブランコはゆらゆらゆれて。わたしも鈴葉ちゃんもゆれる。
やがて、いつものように、世界がゆらゆらゆれ出す。ゆらめく世界からもう一つの世界が分かれてくる。
わたしと鈴葉ちゃんは手をつないで、向こう側の世界へ吸い込まれていく。
向こうの世界も工事中だった。
同じように、周りに資材が積まれている。わたしと鈴葉ちゃんは、ブランコから降りる。
すると、さっきと同じおじさんがわたしたちに向かってきた。
「ブランコ、もういい?」
わたしも鈴葉ちゃんも大慌て。
「まだだめです。ちょっと用事があるので、それが終わったらもう一回乗っていいですか」
そうしないと、帰れない。うっかりしていた。
「ええっ?」
おじさんの不満そうな声を聞いてしまったけど、二人とも両手を合わせて、懸命に謝るしかない。
「ごめんなさい。もう一回来ます」
「ごめんなさい。あと一回だけお願いします」
わたしたちは、大急ぎで公園から走り出す。
住宅地を横切っていく。自宅までの距離がこんなに長く感じたのははじめて。
わたしも鈴葉ちゃんも息を切らしながら、わたしの家にたどり着いた。
すでに夕暮れどきで、辺りは薄暗い。近隣の家々は、それぞれ明かりが灯っている。
見慣れている二階の窓を見上げた。そこで気づく。
わたしの部屋の明かりがついて……いない。
これだけ暗いときは、本を読むのに必ず電気をつけるようにお母さんに言われている。だから、ついていないことはないはずなのに。
ということは。
わたし、出かけているんだ。もしかして、向こうのわたしも鈴葉ちゃんと一緒なのかも。チャンスじゃないの。
早速作戦を実行する。
わたしは鈴葉ちゃんを残して、「ただいま」と家に入った。
「ただいまってこと、ないでしょ。庭にいただけなのに、大げさねぇ」
台所にいたお母さんの言葉に、わたしは跳び上がった。
玄関前の庭へ行っただけだったらしい。わたしは時々、家の周りにある草木を見に歩いて、気分転換をする。
たまたまそれで家を一歩出たんだ。ということは、見つからなかったのが奇跡。
すぐにわたしが戻ってきちゃうってこと。
二階に駆け上がり、窓を開ける。
「鈴葉ちゃん、庭っ」
声を落として呼びかける。下にいた鈴葉ちゃんはすぐに気がついて、向かってくれた。
だけど、そんなに長い間、この世界のわたしを引き止められないに違いない。
わたしは机の上の棚を眺めた。自分の記憶と同じ場所に日記帳があって安堵する。ここのわたしも同じように暮らしているんだろうな。
日記帳を取り出す。鈴葉ちゃんとこちらに来た七月の時点から、ぱらぱらめくる。なかなかそれらしい話は出てこない。
そういえば、パラレルワールドという目立つ言葉は出てこないんだった。早くしなくちゃ。
焦るあまり、眼鏡をかけ直す。手に汗をかいていた。なかなかめくりにくい。
『鈴葉ちゃんと市立図書館で会って、たくさん本の話をした。二週間後にまたここで会おうねと約束した。鈴葉ちゃんとなら、いろんな話ができそうでよかった』
九月のページに、ようやくこんな記述を見つけた。本の返却期限に合わせて会うことにした、ってこと。
もっとこの二人のことを知りたかったけど、もう時間はない。
せめて、二週間後のページだけは。
そう思って、めくる。見つかった。書いてある文章を読んで、はっとする。
わたしはその内容をかみしめて、しっかり記憶した。
すぐに階段を駆け降りて、外へ出ようとする。
「どうしたの?」
お母さんに聞かれても。
「うん、ちょっと」
ごまかして、何とか玄関から出る。ドアの開く音やわたしの足音で、鈴葉ちゃんも分かったみたい。
「それじゃ、また学校で」
「うん」
そんな会話がすぐそばで聞こえて、鈴葉ちゃんがやってきた。
鈴葉ちゃんは声をひそめて、わたしに告げる。
「すぐに向こうの凪ちゃんが来るよ」
わたしたちは、走って走って逃げた。自分から逃げるってやっぱり変だけど。
たとえここで自分と会ってしまって、急にもとの世界に戻されても、もう大丈夫ではあるんだけど。
最後くらいしっかりブランコに乗って帰りたいなって気持ちがあった。
公園に入り、息をつぐ暇もなく、ブランコの前まで走り抜ける。
「ちょっとだけ乗りますね」
おじさんたちにぺこぺこ頭を下げて、わたしたちはブランコに腰かける。ゆらす。ゆれる。ゆらゆらと世界がゆらいで。
ほっとして、わたしと鈴葉ちゃんは顔を見合わせ、手をつなぐ。
そうして、もとの世界に無事に帰ってきたのだった。
こっちの世界ではたいして時間は進んでいないし、向こうの世界では何事もなかったようになっているはず。
これがわたしたちの最後の冒険だった。
工事のおじさんたちにお礼を言って、わたしたちは公園の入り口まで戻った。
でも、立ち止まってしまい、結局入り口にある駐輪禁止の柵に背中をもたせかけた。
「これで終わりだね」
「うん」
わたしは続けた。
「もうあっちの世界に行けないのは、ちょっと寂しいね」
「そうだね。でもさ、入り口がなくなっただけで、向こうの世界は向こうの世界でずっとあるってことだもんね」
「うん」
その辺は、鈴葉ちゃんと何度か話し合ったことだった。
わたしたちは、いつかまた向こうの世界に行けるかもしれないって考えているんだよ。
「これから、向こうに行ける入り口を探してみようよ」
「そうだね。わたしたちの世界がゆらいでいるかぎり、きっと見つかるよ」
わたしの言葉に、鈴葉ちゃんは大きくうなずいてくれた。





