3.一番の大きな違い
わたしたちは、まだまだこれからもこの世界を探検できるって思っていた。よく似た世界でもっといろんなことができるんじゃないかと考えていた。
それなのに、第七公園がなくなる、という話を聞いてしまったのだ。
「ええっ、嘘だよね」「信じられない」「本当にどうして」と、お互いに大きな声で文句を並べて騒いだ。
本当に嘘だったらどんなにいいだろう。
二度と立ち直れないんじゃないかと思うくらい、二人ともひどくがっかりしてしまった。
けれど、そのうちわたしも鈴葉ちゃんも、残り少ない別世界での冒険について考えていた。
「もうあと何回も向こう側には行けないってことだよね。何かやり残したことはないかな」
向こうの世界での残りの時間をどうするか、二人で意見を交換した。だけど、いい案は出てこなかった。
ついに残りは、明日一日。
そうなってしまった昨日の夕方、わたしと鈴葉ちゃんはこちら側へ戻ってきて、ブランコに腰かけたまま、こんな話をした。
「向こうの世界のわたしたちは、パラレルワールドに行ったりしないんだよね」
あちらの世界には、わたしたちがいる。それって要するに、こちらの世界には来ないということ。他の世界に二人で行っていることはなさそうだった。
そっくりな世界で、考えることもきっと同じようなわたしとわたし。あるいは、鈴葉ちゃんと鈴葉ちゃんなのに。
鈴葉ちゃんの話では、たまたまお弁当を買いに行くときに、木陰のある第七公園を通ろうとしたみたい。何気なくブランコに座ったのがきっかけで、向こう側へ行けたという。
「向こうのわたしは、まっすぐお弁当屋さんに行ったから、ブランコに乗っていないんだよ。だから、パラレルワールドのことも知らないんだと思う」
実は、鈴葉ちゃんはそのとき、あちらの世界の自分にもう少しで会いそうになっている。部屋の奥から自分の声が響いてきたという。とっさに走って逃げて、会わずにすんだとか。
「ほんのちょっとした行動の違い。というか、公園を通ろうかなって思うか思わないかの違いなんだけどね」
鈴葉ちゃんの言葉に、わたしは考え込む。
見上げた空は灰色っぽくて、雲がたくさん浮かんでいる。
少しだけブランコをゆらすと、その雲が同じリズムで上下する。いつもの世界にいるんだって感覚がした。
「でも、向こうの世界に行った経験を鈴葉ちゃんから聞いたのがきっかけで、わたしたちは仲良くなったんだよね……」
「そうだね」
これまでわたしたちは、向こう側の世界との違いをいろいろと探してみた。
でも、結局たいした相違を見つけられなかった。色や数の違いとか、大きな理由もなさそうな程度で。お弁当のおかずも、特においしいとかまずいとか感じるものは見つからなくて。
もっと調べれば、大きな違いもあったのかもしれない。けれど、時間も限られていて、遠くまで行く機会もなかったし。
だけど、分かったんだよ。
こっちの世界と向こうの世界の一番の大きな違いは、わたしたち、だった。
そのことに気づいて、二人でうんと語り合った。
「パラレルワールドに行っていないわたしと凪ちゃんは、仲良しなのかな」
鈴葉ちゃんもブランコを軽くゆらして、そんな疑問を口にした。
「多分、そうだよ。だって、この間二人でいるところ、一瞬だけ見たよね」
次の瞬間にはブランコまで戻されてしまったけど。
学校から帰ったあとに、二人で出かけていたみたいだから、きっとそう。
「でも、わたしと凪ちゃんってもともとあまり接点なかったよね。クラブ活動とか委員会とか一緒じゃなかったし」
「それより、グループが違うから、声をかけられなかったよ」
鈴葉ちゃんは、五年生になった四月にお父さんの転勤で近所に引っ越してきた。
けれど、転校してクラスが一緒になっても、友だちのグループも違っていて、仲良くなるきっかけはなかった。
学校の図書室や市立図書館で会うから、お互い本が好きなんだなと思って、気になってはいたけど。
今では鈴葉ちゃんのいない生活なんて、考えられない。
わたしには親しくなった友だちは何人かいる。でも、わたしの好きな本の話をこんなにたくさん聞いてくれる子はいない。
「凪ちゃんって、怖そうな本でも難しそうな本でも何でも手に取るでしょ。勇気あるよね」
鈴葉ちゃんにそう言われたときは、笑ってしまった。鈴葉ちゃんのほうがずっと勇気があるのに。
わたしにとって本の中身は、自由に想像できるもの。わたしの心のなかでは本の世界から飛びだして、好きな展開や続きを考えることもできるものだった。
わたしは鈴葉ちゃんが敬遠してしまうような本のなかから、鈴葉ちゃんの好きそうなものを選んで教えてあげることにした。大抵の場合、喜んでもらえた。
鈴葉ちゃんは転校してきたばかりのとき、凛花ちゃんのグループに入れてもらったものの、話題にどこか不満があったという。
本の話もしたかったし、何か深く考えて意見を出し合うようなことがしたかったとか。
わたしたちは、好みの本が一致することも多いし、いろいろしゃべるのも盛り上がって楽しい。
もしも今、わたしにこんな友だちがいなかったら、世界中がモノクロ写真のように色彩がなくなるんじゃないかって気がしてしまう。
鈴葉ちゃんも「凪ちゃんと友だちでないなんて、考えたくないよ」と言ってくれた。
嬉しいことに。
「向こうの世界でもわたしたちは仲がいいみたいで、よかったよね。六年生ではクラスが違うかもしれないから、余計接点がなくなるかと気になったけど、大丈夫だね。でも、仲良くなるきっかけって何だったのかな。パラレルワールドじゃないとしたら」
わたしが小さくゆれているブランコから話しかけると、鈴葉ちゃんは足を地面につけて考え込んだ。
「そうだね、わたしたちが仲良くなったきっかけを知りたいよね。だけど、向こうの世界に行けるのってもう明日しか残っていないよ。何度も行けないから、そんな簡単に分からないよね」
そこで、わたしはひらめいて、ブランコを急に止めた。きぃと手元でブランコの鎖が音を立てる。鈴葉ちゃんのほうへ身を乗り出す。
「ううん、分かる方法あるよ。わたし、日記をつけているから」
「えっ?」
「多分、向こうのわたしも日記をつけていると思う。それを見れば、書いてあるんじゃないかな」
「凪ちゃん、すごい。それ、絶対見なくちゃ」
こうして、最後の冒険は、向こうの世界のわたしの部屋に行くことに決まった。何だかずいぶん小さな冒険だけどね。
ただ、よく考えたら、そんなに簡単じゃないことが分かった。
まず、もとの世界の話。
公園の工事はあさってからだけど、明日の夕方になったら、工事に備えて公園を閉鎖してしまうそうだ。その前に行って帰ってこなくては。
普段通り六時間目まで授業がある日だから、乗ることのできる時間は短い。何度もやり直すこともできない。
それから、向こうの世界の話。
明日の夕方、わたしの家には、お母さんとわたし自身がいる可能性が高い。
あとで塾に行く予定があるので、その時間帯はあまり出かけることがない。こっちのわたしは、鈴葉ちゃんとあちらへ行くんだけどね。
向こうのわたしに会わずに、日記帳を見てこないといけない。
「わたしが二人いることにお母さんが気づくのも、やっぱり避けたいし。部屋にいるわたしを家から出して、わたしが忍び込まないといけないってことだよね」
「うーん。それじゃ、わたしが向こうの凪ちゃんを訪ねていって、呼び出すとか?」
「そうだね。とりあえず、それでいこうか」
わたしたちは作戦を決めて、ブランコから降りる。
風が冷たくなってきた。辺りが暗くなり始めたころ、ようやく話がまとまったんだ。





