1.向こう側の世界
わたしと鈴葉ちゃんは今日、最後の冒険を終えた。
ブランコから降りて、わたしたちは公園をあとにしようとする。
この第七公園は、今日でおしまい。
名残惜しい気持ちが高まって、思わず振り返った。さっきまで乗っていたブランコがゆらゆらと小さくゆれ動いている。
第七公園は、周りに木が生い茂っていて、すべり台とブランコと砂場があるくらい。小さな園内は、いつも人気がない。
「これからは、第六公園にでも遊びに行ってよ。遊具を新しくしたばかりだからね」
一週間ほど前、工事の準備に来ていたおじさんたちにそう言い渡された。
そのとき初めて、わたしも鈴葉ちゃんもこの第七公園が取り壊されて、駐車場になることを知ったのだった。
公園の木々はそのままみたい。だけど、遊具はすべて解体して、整地する工事がこれから始まるという。
確かに遊具はどれも古びていて、隣の公園の真新しい遊具で遊んだほうがみんなは楽しいに違いない。でも、わたしたちにはこの公園でなければならない理由があった。
第七公園のブランコは、わたしと鈴葉ちゃんにとっては別世界への入り口だったのだから。
わたしが小学二年生のときのこと。
一人でブランコに乗っていたら、急に周りがゆらゆらとゆらいでいるような感覚がした。乗っているわたしのほうじゃなくて、周りの世界のほうが動いている。
青く明るい空もまっ白な雲も、緑の木々も建物も、そばにある砂場やすべり台も、みんなわたしの周りで上になったり下になったりしてゆれていた。
呆然としていると、ゆれている世界はやがて二つになった。わたしは新しくできた世界に引っ張られそうになって、はっとする。
ブランコを漕ぐのをやめると、すぐもとに戻った。
それからのちも、この公園のブランコに乗ると、同じように現われた世界に引き込まれそうになることがあった。
もう一つの世界はどんなところなんだろう。
本当に行ってしまったら怖いと思うのに、どうしてか気になって、何度も同じことを繰り返していた。
このことをお母さんには話してみた。
でも、全く本気にしてもらえなかった。
「凪ちゃんは、本を読みすぎるからねぇ」
わたしは読書が大好きで、お話の世界に憧れたりぼうっと浸ったりするくせがある。その世界が架空のものと分かっていても、現実のように思い浮かべて、いっぱい楽しむことができた。
だから、嘘だと思われるのは仕方がないことかもしれないけど。
それでも、わたしだけこんな経験をしているのかと思うと複雑だった。
幼いころから本を読むことができれば退屈しなかったので、友だちも少ないまま高学年になった。こんなことを話せるような友だちはほとんどいないし、たとえ話しても信じてくれる友だちもいなさそうで。
一人だけの体験は、ちょっぴり寂しく感じた。
ところが、五年生の夏休み前、鈴葉ちゃんが全く同じ経験をしていたことをたまたま知ることになった。
同じように第七公園のブランコに乗っているうちに、別の世界が分かれてきたという。しかも、その世界に吸い込まれそうになって、行ってみたというから、びっくり。
「鈴葉ちゃん、勇気あるね」
思わず声を上げた。
怖くて漕ぐのをやめたわたしとは大違い。だけど、鈴葉ちゃんは落ち着いた調子で話した。
「びっくりしすぎちゃって、怖いとか変だとかあまり考えられなかったから。だから、そのまますんなり行っちゃったんだと思う」
鈴葉ちゃんの話では、向こうの世界もこっちとほとんど同じだったそうだ。
ブランコから降りると、鈴葉ちゃんはほっこほっこ弁当という近所のお弁当屋さんに昼食を買いに行ったという。
もとからその予定で、ブランコから降りた先がまるで変わりのない世界だったので、しばらく別の世界であることに気づかなかった、とのこと。
「違ったのは、公園のベンチが赤かったのと、お弁当のからあげがおいしかったことだよ」
いろいろ話を聞いているうちに、その世界はこっちの世界からすると、パラレルワールドなんじゃないかなと思った。
パラレルワールド。並行世界ともいう。SF小説などでよく聞く言葉だ。
その理論では、わたしたちの世界とよく似た世界が無数に存在しているという。こっちとそっくりな向こうの世界は、その一つなんじゃないかと。
鈴葉ちゃんの意見も同じだった。
こちらの公園のベンチは青色。ほっこほっこ弁当のからあげは、ごく普通の味だと思う。
そっくりだけどちょっとした違いのある世界に、第七公園のブランコから行くことができるんだ。
鈴葉ちゃんは、わたしにこう尋ねた。
「もう一度ブランコに乗って、行ってみようと思うの。凪ちゃんも一緒にどう?」
誘ってもらえて、うきうきと嬉しくなった。
一人なら怖いけど、二人なら心強い。
わたしと鈴葉ちゃんは、一緒に第七公園のブランコに乗るようになった。
そうして、夏休み前の暑い時期から、涼しくなる秋と寒い冬を経て。
少し温かくなった春休み前の今日まで、向こうの世界へ何度も冒険をしてきたのだった。
わたしも鈴葉ちゃんも、公園の外まで出たところで立ち止まった。深く息をついて、知らないうちにたたずんでいた。
わたしは眼鏡の向こうに映る木々を眺めた。
入り口にある大きな桜の木が、薄桃色のつぼみを少しずつ膨らませている。
その場で、これまでの日々を思い返して話し合うことになった。





