無感情な有浦さんと付き合ってみた
「よし、これで終わりだね。この日誌は僕が先生に出して来るよ」
「ありがとう」
放課後の教室にて。
日直の一組の男女が真面目に日誌を書いていた。
他の生徒は既に帰宅したか部活に行っており二人っきり。
「有浦さん、ちょっと良いかな?」
「何?」
男子生徒の純は、日誌を先生に届けに教室を出る前に、同じ日直の有浦に声をかけた。
有浦は帰り支度を止め、立ち上がったまま同じく立っている純に視線を向ける。
その顔は無表情であり、どのような感情なのか全く分からない。
「その、もしよければだけど、僕と付き合ってくれないかな?」
突然の告白。
虚を突かれたからなのか、有浦は微動だにしない。
「…………」
「…………」
微動だにしない。
「…………」
「…………」
微動だにしない。
「…………」
「…………」
眉の一つも動かない。
それほどまでに深く驚いているから、というわけではない。
彼女は元から感情が全く顔に出ず、いつも無表情なのだ。
不意打ちで告白されるという状況ですら変わらないというのは、余程の事である。
「…………?」
かなり長い時間をかけて、ようやく有浦が動き出す。
純から目を逸らし、ゆっくりと周囲を確認し始めた。
その行動は予想通りだったのだろう。
顔を真っ赤にした純がすぐにフォローを入れた。
「嘘告とか冗談じゃないから、誰も隠れて見てたりしないよ。僕、本気で告白してるんだ」
クラスメイトからは感情が無く不気味だと評されている有浦。
そんな彼女に告白なんてする人物がいるのはおかしい。
ゆえに揶揄われているのだろうと思い至ったのだ。
だが純の告白は本物だった。
「…………」
「…………」
沈黙はまだまだ続く。
純は辛抱強く有浦の答えを待った。
「…………いいよ」
「!!」
有浦が口にしたのはOKの言葉。
彼女の無感情さとは対照的に、純の顔は見る見るうちに喜びに満ち溢れて行く。
それにストップをかけようとするかのように、有浦は答えの続きを伝える。
「でも、付き合うって何をすれば良いの?」
「え?」
有浦は無感情のまま首をかしげる。
「何をすれば良いか教えて」
「え、ええと……」
この問いは純の予想外だったらしく、必死に頭を巡らせる。
ここで有浦が嫌がることを伝えてしまえば、やっぱり付き合いたくないと言われてしまうかもしれないため、言葉と内容を選ぶ必要があるからだ。
しかし純にとってこれが初めての恋愛であり、初めての告白だ。
ピュアな高校生男子が上手い恋愛トークなど出来る筈もなく、素直に自分の考えを説明することに決めた。
「休み時間とかに話をしたり、お昼ご飯を一緒に食べたり、一緒に登下校したり、LI〇Eとかで雑談したり、デートしたりとか、かな?」
「それが付き合うってことなんだ」
「多分そう、なんじゃないかな」
「分かった。じゃあ待ってる」
「え?」
「一緒に帰るんでしょ?」
何のことを言っているのか純は一瞬分からなかったが、すぐに『日誌』と『一緒に登下校』のことを言っているのだと気が付いた。
「急いで行ってくる!」
この日から、ピュアな純と無感情な有浦の『お付き合い』が始まった。
ーーーーーーーー
「それでさ、その時にオススメに出て来たのが気になって見てみたら、超可愛かったんだよ」
「ふ~ん」
「犬も可愛いけど、猫も良いな~」
「ふ~ん」
「なんて思ってたら、その関連動画に今度はハムスターが出て来て、それも可愛いかった」
「ふ~ん」
教室でお昼ご飯を食べながら、純は一方的に有浦に向けて話し続ける。
有浦は適当に相槌を打ちながら淡々とお弁当を食べていて、温度差がかなり激しかった。
付き合いだして最初の頃、有浦の薄い反応に焦った純は、彼女が興味を惹きそうな話題を考えて必死に話しかけた。でも数日も経過すると焦りが消え、彼女の反応を自然なものと受け入れて自然に振舞えるようになっていた。
しかしそれはあくまでも純がそれで良いと思っただけの事であり、周囲から見ると普通では無いようだ。
「お前らそれでマジで付き合ってるの?」
「純が一方的に絡んでるようにしか見えないぜ」
「有浦さん、嫌だったらちゃんと嫌だって言わなきゃダメだよ」
どうやら付き合いたくない有浦の気を惹こうと純が無理矢理絡みに行っているように見えるらしい。恋人同士の甘い雰囲気など欠片も無く、有浦の塩対応が目立つのだから当然だろう。
「別に平気。あっちいって」
「何よその言い方。こっちは有浦さんを心配してるのに」
「そうそう。私達のことなんか眼中にない感じ、超失礼だよ」
せっかく心配してあげたのに冷たい反応だったことに、クラスメイト達は不機嫌になった様子だ。そもそもが余計なお世話であるため逆恨みでしかないのだが、まだ精神的に未熟であるが故の反応か。
「純も有浦は止めとけって。そいついっつも不愛想で何考えてるか分からないじゃん」
「そうそう。話しかけても反応薄いし、不気味だよ」
「彼女が欲しいなら誰か紹介してあげようか?」
これまでの有浦の態度について思うところがあったのだろう。
クラスメイト達が本人の前で不満をぶちまけはじめた。
何を言っても無感情で、何も言い返しては来ないだろう。
そう考えているからか、きつい言葉が投げかけられる。
「それ以上は口を開かないで貰えるかな?」
だが有浦が無感情だとしても、純はそうではない。
低くてきつい口調でクラスメイト達に圧をかけた。
「僕の好きな人を、これ以上侮辱しないで」
純がそこまで有浦のことを好きだとは気付いていなかったのだろう。
クラスメイト達は彼の本気を知り、激怒させてしまったと焦る。
そして静かな覇気を受けて思わず後退る。
「わ、悪かったよ。そんなに怒るなって」
「ごめんなさい。言い過ぎだったわ」
「有浦も悪かったな」
「…………」
二人の関係を茶化しに来ただけだったクラスメイト達は、調子に乗ってやりすぎてしまい思わぬ反撃を喰らってすごすごと退散した。
「それでさ、さっきの話だけど……」
教室内の空気は最悪だったが、純は何事も無かったかのように話の続きを始める。
「ふ~ん」
そして有浦もまた無感情なままに、塩対応を続けるのであった。
ーーーーーーーー
そんなこんなでクラスメイトとギクシャクしながらも二人は交際を続けた。
それが一か月ほど経過した時。
「うう、き、緊張する……」
駅前の広場にて、純は有浦が来るのを待っていた。
ようやくと言うべきか、初デートの日が来たのだ。
「有浦さんとデート、有浦さんとデート、有浦さんとデート……」
緊張で立っているのも辛いくらいであり、目を閉じて震えながら待つ。
そんな彼に向けて待望の声が掛けられた。
「おまたせ」
「ううん、待ってな……」
反射的に目を開けてお決まりの文句を言おうとしたのだが、最後まで言うことが出来なかった。
「どうしたの?」
「…………」
相変わらず無感情のまま首をかしげる有浦を、驚きの表情で見つめることしか出来ない。
そしてそれは純だけではない。
周囲に居る何人かも、有浦の姿に視線を奪われていたのだ。
「か、可愛くてびっくりしちゃった」
男女交際について詳しくない有浦は、当然デートに対する知識も皆無のはず。
純のことが大好きで恋する乙女としてデートをするのではなく、デートとは何をする場なのかを体験して勉強する場になるのだろうと純は予想していた。
それゆえてっきり大人しい服装で来るかと思っていたのだ。
だが有浦の服装は大人しいどころか、とても可愛らしいフリル付きの薄いピンク色のワンピースだった。靴も靴下もアクセも全てがそのワンピースに絶妙にマッチしたコーデになっている。そして何よりもほんのりと薄く化粧をした顔が、無感情であっても可愛いと評するに十分なものだった。
有浦が本気のデートコーデでやってきた。
そのことに驚くと同時に、好きな人の可愛い姿を直面して純はガチ照れする。
「…………ありがとう」
しかし有浦はその反応を受けても表情が変わらなかった。
そのいつも通りの様子を見て、純の心が落ち着いてきた。
「それじゃあ行こっか」
「うん」
デートコースは予め相談して決めてある。
純が決めて当日発表する定番のやり方も考えたが、変なコースにしてしまい有浦がつまらなくなることを防ぎたかった。
好きな人だから、楽しませたい。
純はやはり本気で有浦に惚れていた。
「でさ~、お母さんったら酷いんだよ。勘違いで僕を悪者にしたのに謝ってくれないんだもん」
「ふ~ん」
とはいえ特別なデートコースというわけではない。
街を散策し、ウィンドウショッピングをして、ご飯を食べて喫茶店でゆっくり駄弁る。
映画を見たり遊園地に行ったりなんて特別なことをしないのは、ゆっくりと関係を進めようと決めているから。
学校での二人の延長線上。
それは傍から見ているとつまらないかもしれないが、少なくとも純にとっては満ち足りたものだった。
やがてデートは終わりに近づき、夕暮れの中の住宅街を二人は歩く。
相変わらず純が一方的に話し、有浦が無感情で相槌を打つだけ。
それでデートは終わるはずだったのだが。
「あっ、ごめん」
純の左手が有浦の右手に触れ、純は慌てて手をひっこめた。
その反応を受けて有浦は足を止める。
「有浦さん? どうしたの?」
まさか手が触れたのがそんなに嫌だったのだろうか。
そう思いかけた純に対し、有浦はいつものように軽く首をかしげて質問する。
「手を繋ぎたく無いの?」
「え?」
「デートなら手を繋ぐのかと思ってた」
突然の問いに純は即答できなかった。
何故ならばそれはデート中にずっと考えていて、でもまだ早いかと諦めたことだったからだ。
繋ぎたいという気持ちと、それはまだダメだという気持ちがせめぎ合っていて、どちらも素直な気持ちであるがゆえに、どう答えて良いか分からなくなっていた。
「それにキスしなくて良いの?」
「え!?」
手を繋ぐことすらまだなのに、いきなり数歩先の話が飛び出て来て純は面食らった。
まるでキスを催促しているかのような言葉にドキドキが止まらない。
そんな動揺を悟られたくないからと、有浦の言葉の意味を必死で考えた。
「もしかして、デートで何をするか調べて来たの?」
「うん、予習は大事」
「そ、そういうことだったんだ」
もしここで、それがデートで必要な行為だと説明すれば、有浦は受け入れてくれるだろうか。
好きな人と手を繋ぎ、キスが出来る。
それは純にとって最高に幸せなことだ。
「確かに僕は有浦さんと手を繋ぎたいし、キスだってしてみたいよ」
「…………」
「でもそれは有浦さんもそうしたいって思った時にしたいんだ。有浦さんの気持ちを置き去りにしてやりたくなんかないかな」
気持ちを一方的に押し付けるのではなく、お互いに気持ちを寄せ合う関係。
「それが付き合うってことだと、僕は思うから」
ゆえに純は有浦に求めない。
彼女が付き合うことの意味を理解し、純を求めてくれるようになるまでは。
「…………」
「…………」
純の答えを有浦はどう感じたのだろうか。
立ち止まったまま、時が止まったかのように身動きしない。
そんな彼女の次の言葉を純はゆっくりと待つ。
いつもと同じように。
それが純の役割なのだと信じて。
やがて、有浦がぽつりとつぶやいた。
「どうして?」
純は彼女の言葉を遮ることなく、視線で先を促した。
「どうしてそんなに私が好きなの?」
それは彼女がずっと抱いていた疑問だった。
「無表情で怖いし、相槌しかできないし、一緒にいてもつまらないよね」
自分が他人からどう思われているのか。
クラスメイトに言われるよりも前に、彼女はとっくに気付いていた。
今でこそデート用に着飾っているが、学校では地味な雰囲気だ。
誰かから好かれるような女ではない。
それなのにどうして純は彼女に告白したのだろう。
どうしてここまで大切に想ってくれるのだろうか。
「つまらなくなんかないよ。楽しいよ」
「どうして?」
「なんとなくだけど有浦さんの気持ちが分かるようになってきたからかな」
「え?」
「確かに表情は変わらないけど、雰囲気で分かるんだよね。この話題は楽しそうだとか、これは興味無さそうだから止めた方が良いかなとか。今日だって、有浦さんが好きそうな店に長くいたつもりだったんだけど、間違ってたかな?」
「あっ………」
有浦には思い当たることがあった。
確かに行ってみて興味を抱けなかった店からは早く出てほっとした。
逆に面白そうな店には長く居たから楽しめた。
偶然かと思っていたけれど、純が彼女の気持ちを察してコントロールしてくれていたのだ。
だがそれは満額回答には達していない。
相手の気持ちが分かったとしても、無感情で怖いという見た目に変わりはないのだから。
「でもそれって、付き合ってから分かったことだよね。そもそもどうして告白して来たの? どうして私なんかを好きになってくれたの?」
「…………聞きたい?」
純は何故かバツが悪そうな顔になっている。
好きになった理由を伝えることが恥ずかしい、というよりも、言い辛くて困っているかのような雰囲気だ。
「うん」
だが彼女からそう言われたら断れなかった。
「その、怒らないで聞いて欲しいんだけど」
「?」
「見ちゃったんだ」
「何を?」
「有浦さんが鼻歌を歌いながら笑顔で歩いてるところを」
「!?」
その瞬間、有浦はサッと顔を横に背けた。
「この前、家族で旅行に行った時に偶然」
それは彼らが住んでいる街からは遥か遠く、飛行機と船で乗り継いでいかなければならない離島。
まさか知り合いがいるとは思わなかったのだろう。
普段は無表情な有浦が、感情を素直に表に出して歩いていた。
二人は偶然同じ日に同じ場所へ家族旅行に向かい、純だけが彼女の存在に気付いた。
「それがあまりにも可愛くて好きになっちゃったんだ」
「…………」
有浦は変わらず顔を背けたままだが、全身がプルプルと震えていた。
よく見ると耳が真っ赤になっている。
「もちろんそのことは誰にも言わないから安心し……有浦さん!?」
突然、有浦が真っ赤になったのを隠すかのように純の胸に顔を押し付けた。
「本当は私、感情がかなり激しくて、小さい頃に色々と迷惑かけちゃったの」
「え?」
それは今の有浦のイメージからは全く想像出来ない話だった。
しかし純は屈託のない笑顔を浮かべる有浦を目撃してしまっていたが故に否定できない。
「だから感情が表に出ないように、いつも歯を食いしばって必死に耐えてるの。そうしたら上手く話せないし、無表情で怖いなんて思われちゃって……」
「そう、だったんだ」
感情が無いと言われていた有浦は、むしろ感情がありすぎる女性だった。
彼女の本当の姿を知る人は多くはない。
「家族の前だと自然体でいられるんだけど、まさか純君に見られてただなんて」
「悪い」
「謝らないで。むしろありがとう」
「え?」
「こんな私を好きになってくれて本当に嬉しい。大切に想ってくれて本当に嬉しい」
純の服を掴む両手に力が籠められた。
「いつかなんとかしなきゃって思ってたの」
ずっと感情をゼロにして生き続けるだなど出来る筈が無い。出来たとしても精神が摩耗する一方だ。
いずれは自分の激しい感情と向きあわなければならないことは分かっていた。
「純君にもっと好きになってもらうためにも、私頑張るね」
これまで抑えていた感情をどうやって人前で表に出せば良いのだろうか。
純を相手に試行錯誤しながら練習することになるのだろう。
「もっと好きになるなんて簡単なことだよ」
「え?」
「あの時の笑顔をもう一度見せてくれたら、好きすぎてどうにかなってしまうから」
深刻にならないように冗談めかして純は笑う。
だがその冗談が致命的であることにすぐに気付かされることになった。
「…………馬鹿」
「!?!?!?!?」
真っ赤な顔。そして微笑みながらの上目づかい。
その破壊力は鼻歌ウォークなんかよりも遥かに破壊力が高く、純は本当にどうにかなってしまったのだった。
有浦さん。
有裏さん(意味深)




