第二十九話 決戦の地へ
塔を出ると外の黒い侵食がより進んでいた。遠くに見えていた景色を今はもう見る事が出来ない。
「酷いわ……」
とても悲しそうに言うルルシア。おもむろに全員の前へと出たデューセルが口を開く。
「浄化を取り巻くエレメンテによる脅威は消えた、残るは浄化そのものを倒すだけだろう?」
彼の言う通り、絶望的な状況から少なくとも一歩は進んだのだ。皆の不安が少し和らぐ。
「行こう、みんな」
フルースの一言に各々顔を見合わせ頷く。先の見えない暗闇に足を踏み入れようとしたその時、ふわふわと漂う水の球が彼らの前に現れた。
「もしかして君……ユナシエル?」
まるで肯定するかのように水の球は暗闇へと飛び込んだ。神託によりシアラクアが身体を失ったように、彼女もまたその姿を失ってしまったのだろう。続いてフルース達もその後を追う。先程まで居た景色とは一変し、全て無の世界が広がっていた。当然足場など無い。半ば宙に浮く様な形で漂うだけだ。
「ちょっと! 動けないじゃないの!」
レイルナが文句を垂れる。彼女の言う通り進む事も戻る事も出来ない。そんな中水の球は彼らの周囲を回った後、ぽんぽんと跳ねるように動き出す。
「これは!」
水球の触れた部分に半透明の床が形成される。ユナシエルが歩けるようにしてくれたのだ。そのまま奥へ奥へと誘導していく。
やがてたどり着いた場所は禍々しく形容し難い空間。中央には大きな荊の椅子が鎮座している。そしてそこに座る人影はゆらりと立ち上がった。
「よくここまで来れたものだ」
この空間の主、全てを葬り去る浄化の主君であるラスターが姿を見せた。無論その体はシーナの亡骸、依り代としての偽りの姿である。
「しかしそれはこの裏切り者のお陰だろう?」
先程までフルース達の横に居た水の球……ユナシエルの魂はラスターの手の中にあった。
「エレメンテの力も元は我が与えた物、ならばそれを戻す事など容易いこと」
そのままラスターは水の球を握り潰す。次に手を開いた時には跡形も無くなっていた。
「そんな! ユナシエルさん……」
「お前! 何をしたのか分かってんのか!」
一行に衝撃が走る。そんな彼らを他所に、不敵な笑みを浮かべるラスター。
「何をそこまで怒る必要がある? この者達は我の僕、その役割を担ったに過ぎないのだよ」
「ふざけんじゃねぇ!」
激昂するコーストは武器を構えラスターの目前に迫る。……しかし。
――ガツン!
武器を弾く鈍い音が響いた。
「何っ!」
コーストは驚く。何一つ力を発揮してすらいないラスター。その前には赤・緑・黄色の三色の光が漂っている。
「まさかエレメンテ達……」
「あぁ、そうだ。これらは望んで我の盾となっているのだ」
「くそ!」
流石に敵わないと思ったのかコーストは一旦身を退く。しかしラスターはゆっくりとこちらに向かって歩いて来る。
「ただのヒトではこれを破る事は出来ぬ」
ジリジリとその距離が縮まってゆく。漆黒の眼はある一点を見つめたまま、ゆっくりと歩みを進めた。
「終わりにしよう、全てを」
重々しい空気が辺りを包む。ビキビキと音を立て黒い植物が仲間達の足元を拘束する。やがて身動きの取れなくなった彼らの横を通り過ぎ、ある人物の前で足を止めた。
「絶好の機会だというのに、何故力を使わない?」
ラスターはフルースの首元に手を伸ばす。酷く冷たい感触が顔に触れた。攻撃しようと思えば届く距離、しかしフルースでは到底勝ち目などなかった。
「フルース!」
皆が彼の名を呼ぶ。しかし先に動いたのはラスターだった。
「臆したか。ならばここで決着をつけてやろう!」
――ズドォン!
突如とてつもない力による衝撃波が起こる。あらゆるものが吹き飛ぶ程の威力。勢いで皆の足元に張り付いていた植物は跡形もなく吹き飛んだ。
「……フン。戯言を」
言葉と同時に響き渡る羽音。光の剣を携えてフォルクは舞い降りる。
「貴様如きに私が負けると思ったのか?」
彼の言葉にニヤリと笑うラスター。その瞳には狂気じみた光を宿していた。
「これで心置き無く戦えるという訳だな」
ラスターは手を広げる。黒い荊がその両手に絡みつき、刺々しい双剣へと変化した。目に見えぬ速さでフォルクへ迫る。
「無駄な事を」
しかし彼は難なく躱し、その剣を両腕ごと斬り落とした。フォルクは傷一つ無い。
「フフ、ハハハハ!」
ラスターは笑い狂いながら両腕から真っ黒な血を撒き散らす。すると血は手の形を作り、さらに歪で鋭い凶器となった。
「これはまだ始まりに過ぎぬ!」
先程と同じくフォルクに突進するラスター。
「何度やろうと同じだ」
そう放ち、再び腕を切り落とす。…だが。
「きゃあっ!」
「ぐあっ!」
切り落とされた腕は無数の棘となり、後方にいたルルシア達を襲った。
「貴様……!」
卑劣な罠に珍しく怒りを見せるフォルク。しかしラスターの猛攻は止まらない。
「さあ、もっと楽しませてもらおうか!」
飛び散る血液が刃となり降り注いでくる。それらを全て薙ぎ払いながらラスターへ迫ろうとするが、流石のフォルクも思うように近付けない。暫く苦戦する内、背後からの矢や魔法の援護に気付き彼は攻撃の手を止めた。




