第二十六話 水の聖域
次に視界に映ったのは、薄暗い神殿のような場所だった。敷き詰められた石床は僅かに湿っている。人の気配は感じられない。
「ここは……?」
フルースが呟き辺りを見回した。他の皆の姿も確認出来る。
「ワタシにも分からない。それにここには強大な魔力の渦があるらしく転移も使えない」
デューセルでさえも未知の場所だったようだ。抜け出す事の出来ない謎の空間に不安を感じていると、不意に何かの音が聴こえてきた。
「この音……」
耳を澄ますレイルナ。彼女の獣の耳がピクリと動いた。
「流れる水の音ですわ!」
一行は顔を見合わせ、恐る恐る歩みを進めた。奥へと進むにつれて大きくなる流水の音。やがて広い場所に辿り着いた。透明な水は天地を無視し優雅に流れている。まるで神殿のようだ。
「わぁ! 綺麗」
あまりの美しさに思わず見惚れてしまうフルース達。すると突然、水面に大きな波紋が広がった。現れたのは巨大な魚のような生物の群れだった。
「……!」
魚達はこちらに気付くと勢いよく向かってきた。身構え戦闘態勢に入る一行。しかし、不思議な事に相手は一切攻撃して来ない。むしろぴょんぴょんと跳ねて戯れているようだ。
「なんだ? コイツら……」
半ば呆れるようにして武器を下ろすコースト。敵意は全く感じられない。
「もしかして、僕達を案内してる?」
そのフルースの一言に魚達はぐるりと大きく周った。どうやら正解らしい。そしてそのまま魚達に案内され神殿の中を進んでいく。
――
しかし進んでも進んでも景色は変わらない。どこもかしこも同じ水面同じ神殿。出口など無いかのような錯覚に陥る。ふと一行は立ち止まる。
「本当に着いて行って良いのかしら……?」
ルルシアは不安を零す。よくよく考えれば、謎の生き物が出口に導いてくれるとは限らないのだ。
「どうして?」
間髪入れずにフルースが聞き返した。
「だって……もし罠だとしたら、私達は二度とここから出られなくなるかもしれないのよ?」
そんなの嫌でしょ? とばかりに彼女は言う。魚達は相変わらず側で跳ねている。それを見るや否やフルースは向き直った。
「先のことは分からないけど、今はとにかく信じよう」
彼の真っ直ぐな瞳が不安を打ち砕く。確かに未来を心配していても仕方ない。大切にするべきなのは今だということなのだろう。
「……ええ、分かったわ」
再び魚達に着いて行く事に決めた一行。彼らに導かれて進んで行くと、水の流れは次第に緩やかになっていった。
「おいおい、行き止まりか?」
目の前に広がる景色を見てコーストは溜め息を吐く。中央に見えるのは円形の水溜り。その周囲を規則的に支柱が並んでいるだけだった。
「やっぱり騙されたんじゃないんですの?」
「ううん、違うよ」
諦めかけていた皆をフルースは止めた。
「見て」
彼が指し示したのは何の変哲も無い水溜り。先程まで案内していた魚達がくるくるとその中心を泳いでいた。やがてそれは水に同化し渦を形成する。段々と渦の中から別の水の塊が浮上した。そして水の塊は弾ける。
「……人!」
彼らの前に現れたのは水色の長い髪の女性だった。ふわりと滞空したまま彼女は閉じていた目を開く。
「私はユナシエル。皆さんのお陰で解放されました」
そう言って微笑む彼女から邪な気配は感じられなかった。
「僕達ここから出たいんだ、もし知っていたら教えてくれないかな?」
疑う事無くフルースはユナシエルに尋ねた。
「勿論ですよ。それにここは水の聖域、私にとっては庭のようなものですから」
言って彼女は水面に手をかざす。現れた水鏡から別の風景が浮かび上がった。
「さあ、こちらへ」
広がる別世界を指し示すユナシエル。何の疑問も無く着いて行こうとした彼らの前にレイルナが立ちはだかった。
「待ちなさい、一体何を企んでますの?」
言いながら鋭い眼差しで彼女を睨み付けた。
「何も……ただこの世界を救ってほしいのです」
悲しげに答えるユナシエルに対し、レイルナはなおも詰め寄る。
「貴方、エレメンテでしょう?」
「どうしてそれを……!」
言葉を聞き驚いた様子を見せるユナシエル。否、一瞬他の何かに気付いたように見えた。突如レイルナが鋭い爪を向けて彼女に飛び掛かった。
「レイルナ!」
彼女らしからぬ行動に思わず声をあげる一行。
――バシャ!
一瞬視界が遮られると同時に、水の弾ける音が響き渡った。
「!」
一同は驚愕した。先程までレイルナが居た場所には、以前倒した筈のシアラクアの姿があったのだ。
「フフ。久しぶりね?」
不敵な笑みを浮かべるシアラクア。復讐のために蘇ったとでも言うのだろうか。攻撃の姿勢では無いが殺意がひしひしと伝わる。一行が武器を構えようとしたその時。
「駄目です! 今の彼女と戦っては……!」
真っ先に動いたユナシエルが水の壁を築き、双方の攻撃を弾いた。
「何で止めるんだよ!」
「今はこの場を引いて下さい! ……お願いです」
そう言って水鏡の先を指差すユナシエル。コーストは怪訝そうにしたが、すぐに皆と共に水鏡の中に飛び込んだ。




