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第十三話 迷いの末に見たモノ

――


――――


――――――


 真っ暗な世界が微かな灯りに照らされる。どこまでも何も見えない、何も聞こえない。あるのは漠然とした無だ。そしてそこを一人彷徨うフルース。

(ここはどこだろう?)

 一つ疑問が浮かぶ。前までルルシア達と山に居た筈だ。彼女達の姿が無いことに不安を覚える。

「ルルシア〜! コースト〜!」

 思い切り声を出すが、反響するどころか全く余韻を残さずに言葉が消えていく。広いようで狭い、狭いようで広い……何とも言いようのない所だ。何度もルルシア達の名を呼び、ひたすら進む。


……


 どれほど歩いたかは分からない。やがて目の前に扉が現れた。この先に何か有るのかもしれない。しかし不思議と怖い気持ちは無かった。まるでそれが当たり前のように、扉を開ける。するとそこには先ほどよりも色の付いた世界が広がっていた。

「……街?」

 以前居た村とは違う、かなり文明の発達した景色。見たことも無い電気を発する灯りがあちこちにあり、木造りではない豪華な建物が所狭しと並んでいる。ふと視界の隅々を黒い人影が通った。

「あ、あのっ!」

 フルースは呼び止めその影に触った。……筈なのだが、それは何も無かったかのように消散した。空気を掴むような感覚だった。他にも同じ影がそこら辺を歩いている。それでも何度も影に触れようとする。しかしやはり触れることは出来ない。

「どうなっているんだろう?」

 いくら考えても答えは出ない。次第に幻影達の街は薄暗くなっていく。人影もどんどん減り、白くふわふわしたものが空から降ってきた。

「何だろう」

 フルースが手を差し出す。接触するとそれは溶けるように消えた。触れた部分から熱が奪われるような感覚がする。気付けば息も白くなっていた。

「さ……寒い」

 彼は身を縮こめ、少しでも暖かくなるように腕を組む。ハッと辺りを見回すと、また景色が変化していた。

「そんな」

 先程まで見えていたものは全て廃墟となり、白い雪だけが積もり始めていた。もちろん人影はもう完全に無い。

 嫌な予感がした。ずっとここから出られないんじゃないか、という恐怖感に襲われる。

「誰か……!」

 必死で叫ぶ。だが一向に誰も来ないし、何も起こらない。堪らず彼は走り出す。凍て付く極寒がその身に突き刺さる。


――ザッ!

 雪の塊を踏む。すると、足元が急に崩れた。

「わぁあああっ!」

 そのままフルースは飲み込まれていった。


――


――……


 パチパチと何かが爆ぜる音が聴こえる。フルースはゆっくりと目を開けた。少し離れたところに小さな焚き火がある。周りは暗くてよく見えないが、さっきよりは安全な所だと思った。

「んん」

 彼は起きあがる。どこも痛む部分は無い。暖かい焚き火が冷えた身体を温めてくれる。ホッと一安心していると、前方で物音が鳴る。

「誰?」

 身構える。相手は暗闇の中、光を頼りにこちらに向かってきた。徐々にその姿が見えてくる。

「えっ……」

 そこに居たのは見知らぬ白髪の青年だった。その容姿からするに人間なのだろう。青年は少し驚いた様子だったが、すぐに笑顔になる。

「良かった、目を覚ましたんですね」

 その口調は穏やかで、とても安心感を覚える。そしてフルースは自分の置かれた状況に気付いた。

「えっと、助けてくれてありがとう」

 即座に礼を言う。すると青年は照れ臭そうに、薄紅色の目を細めた。

「いえ、大した事は何も」

 改めて見ると彼の姿はかなり整っていた。正装、というのだろうか。胸元の豪華な飾りが火に照らされて輝いている。

「あっ、と……僕は」

「フルース君。ですよね」

 驚いた、青年は彼の名前を知っていたのだ。一体どこで会ったのだろう……フルースは考えたが思い当たらなかった。

「驚かせちゃいましたね、すみません。実は私も何で知ってるのか分からないんです」

 申し訳なさそうにする彼。どうしてか、不思議と初対面ではないような気になる。どこか懐かしい雰囲気を感じるのはそのせいなのかもしれない。

「ここはいったい?」

 フルースが問うと、青年はしばらく考え込んだ。そして一言こう言った。

「実はここが何処なのか分からないんです」

「へ?」

 まさかの返答だ。彼は冗談を言っているんだろうか? と一瞬思ったが違うようだ。真剣そのものの顔をしている。

「えっと……じゃあ僕と同じだ」

「あは、そうなんですよ!」

 二人は顔を合わせて笑った。少しの間、沈黙が流れる。しかし気まずくはない。むしろ心地いいくらいだ。

(この人は悪い人じゃない)

直感的にそう思えた。フルースが考えていると、彼が口を開いた。

「実を言うとここから出る方法も知らなくて」

 よく見渡せば、最初に迷い込んだ真っ暗闇の世界と似ている。ただ前と違うのは、そこに焚き火と青年が存在するということ。そうだ、フルースは忘れかけていた事を思い出した。

「ここから出なくちゃ」

 勢いで口から出た言葉。それを聞いて青年はキョトンとしている。しかし紛れも無くこれはフルースが今やらなければいけない事だった。

「でも、どうやって?」

「それは……」

考えても答えは出ない。しかしこのままここに居るわけにもいかない。どうにかしてこの場から脱出しないといけないのだが……。

「うーん」

 悩むフルースを見て、心配そうに見つめる青年。焚き火の薪が立てる音だけが響く。悩み抜いても結果は何も変わりそうになかった。

「すみません、役に立てなくて」

 突然青年が謝る。意味が分からなかった。不思議そうにしていると、彼は悲しげな表情をして続けた。

「私は、実は貴方のお陰でここに居るんです」

「え?」

 ますます訳がわからない。彼とはついさっき会ったばかりなのに、一体いつ役に立てたのだろうと。

「詳しい事は上手く説明出来ませんが、私はずっと暗闇の中に居ました。丁度貴方がここへ来る直前に、貴方の声を聞いたんです」

 彼は重苦しそうに語る。何より自分と似たような状況だったことに驚いた。

「それで気付いたらここに居た、そんなところですね」

 本当に謎だらけだ。ここは常識が通用しない空間、だとでも言うべきだろうか。

「あっ、そうだ」

 ふとフルースは気付く。青年の名前を聞いて無かったことに。しかしどう言うことか、妙な違和感がそれを止める。

「?」

 青年は首を傾げている。聞くことを躊躇う必要などない筈なのに、空気が、この場所が、それを拒む。

「……そういえば、言っていませんでしたね」

 彼は続けようとする。知りたいことを。知ってはならないことを。その後どうなるか、分からないのに何故だか分かるのだ。

「私は……」

 時がゆっくりと進むように感じる。思わずフルースは立ち上がり後ろへと下がる。


……「フォルク」


 突如空間に亀裂が入る。バラバラと割れて砕け落ちていく。青年……フォルクの背に奇怪な翼が生えた。その目が濃い赤へと染まる。フルースは気付いた、あの時山で起きたことの全てを。


「……待って!」

 恐怖はもちろんあった。だがそれよりももっと大事な事を知った。


――ガラガラガラ

 今度は足元が崩れて行く。そんな状況でもフルースはその手を伸ばした。

「フォルク、君は……!」

 あの青年が、“破壊”になってしまった理由に気付いたのだ。

 

――また真っ暗闇へと落ちる。


 その最中、フォルクの冷たい瞳にほんの僅かに哀しい色が混ざっていたのを、フルースは垣間見た。

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