表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/42

第八章「西成の黙示録」



大阪・西成、あいりん地区。朝の通天閣が霞むほどの黄砂が空を覆い、ゴミと尿の匂いが交じり合う路地裏を、ミカは迷わず歩いていた。


「この街では、“死”は隣人だ」


久世が言った通りだった。破れたブルーシートの奥に、痩せこけたホームレスが静かに息を引き取っていた。誰も騒がない。誰も見ない。そこでは死すらも、風景の一部にすぎない。


ミカの手のひらには、Signalを通じて送られてきた情報──カストリの流通ルートが記されている。西成では既に複数の路上売人が動き始めており、その中枢には「サカグチ」と呼ばれる半グレ崩れの人物がいるらしい。


彼を突き止めることが最初の任務だった。


ミカは、西成の路上スナック街「飛田裏」に潜入する。派手なスーツに身を包んだ中年の男たちと、下を向いた少女たちの間をすり抜けるように歩き、やがて一軒の薄暗いバーに入る。


「おい、姉ちゃん、見かけん顔やな」


カウンターの奥で酒を煽る刺青男が声をかけてきた。


「サカグチって人を探してる。あんたには関係ない話よ」


ミカの目に迷いはなかった。だがその瞬間、背後から首筋に冷たい金属の感触。ナイフだ。


「サカグチさんは忙しいんや。女の子と遊ぶ暇なんて、ないんよ」


声の主は、明らかに薬物中毒者だった。両目が血走り、身体が異常なほど痙攣している──カストリを摂取した典型的な症状だった。


と、バーの扉が乱暴に開いた。


「おい、もうええ。離せや」


現れたのは30代後半、黒皮のジャケットに無精髭の男。サカグチだった。だが彼の目もまた、どこか“濁っていた”。


「お前、公安か? 財務の犬か? 厚労の回し者か?」


「どれでもない。ただのサバイバーよ」


ミカがそう答えた瞬間、店内が静まり返る。


「カストリは、あんたたちが思ってるよりずっと深いところで動いてる」


サカグチは、虚ろな笑みを浮かべた。


「なら教えてやる。西成で最初にバラ撒いたのは、厚労省直属の臨床モニター部隊や。政府が“実験”しとるんや、俺らの命でな」


その言葉に、ミカの中の何かが確実に壊れた。


そして、壊れた先に浮かぶ“怒り”と“使命”。


夜。久世と再会したミカは、手帳に新たな地図を描いていた。


「次の拠点はどこだ?」


「──津市や。東海地方最大の流通拠点になりつつある」


久世が答える。


「そこには、“製造所”がある。そして、“始まりの女”も」


「始まりの女?」


「お前の母親や、ミカ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ