第七章「霞が関の影法師」
東京・霞が関。財務省11階、政策調査室の一室にて。白い会議テーブルの周囲には、背広姿の男たちが沈黙して座っていた。
「瑞祥学園の件は?」
重く響く声の主は、財務事務次官・入間敬太。叩き上げのキャリア官僚であり、霞が関の“影の首相”と呼ばれる男だ。
「火災として処理済みです。児童と職員数名の死亡が確認され、警察庁・文科省にも連携済み。トクリュウの関与は隠蔽方向で──」
答えたのは、厚生労働省医薬局・新薬管理課の課長・土肥周作。冷や汗をかきながら、報告書のPDFをタブレットで操作する。
「しかし、“あの子”が生き延びている可能性があると、公安から報告が……」
「“ミカ”か」
入間が目を細めた。スクリーンに表示されたのは、過去の厚労省研修プログラムに参加していた学生時代のミカの顔写真。
「久世竜平とも接触している。彼を泳がせているのは、財務か公安か?」
「公安です。ただし……最近はAI部門経由の独立行動が増えており、現場と連携できていません」
「AIか……。利便性と同時に、制御不能を招く」
会議室の空気が重くなる。
「“KASTORI”は我々のシナリオ通り、選別と統制の道具として拡散されているが、同時に“逸脱者”も出始めている。港区、歌舞伎町、そして津。すべてがつながる」
土肥が口を開く。「次の拡散地点は、大阪・西成と判明しています。路上売買の温床であり、臨床試験を自然発生的に行うには最適です」
「政治日程は?」
「来月、衆議院解散。与党総裁選挙の裏で、新自由経済連携法案が通過する予定です」
入間は頷いた。
「“選ばれた国民”にしか未来は与えない。それがこの国の哲学だ。無知と暴力が蔓延する路上で、選別は進めろ。異物は除去する」
沈黙の中、一人の若手官僚が震える声で問いかけた。
「……それは、国民に対する戦争では?」
入間は静かに笑う。
「違う。我々は“国家”を守っているだけだ」
会議室のスクリーンには、複雑に交差する国家機関・企業・裏社会のネットワークが投影され、その中央にひときわ大きく赤く浮かぶ文字があった。
《KASTORI》
一方その頃、ミカは山小屋で久世とともに、そのスクリーンとほぼ同じ構図のホワイトボードを睨んでいた。
「ここから先は、命のやり取りになる」
久世が静かに言う。
「君の中の正義が、本物かどうか試される。今夜、君を西成に送る。そこが次の戦場だ」