表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/42

第三章 「処理場(システム)」


飛田新地の最奥。

観光客が決して踏み入れない、業者専用路地。

白塗りのラブホテルが取り壊され、地下へと続くコンクリート階段がむき出しになっている。


久世竜平の案内で、ミカはその「穴」へ降りていった。

空気は重く、腐肉と消毒薬の臭いが混ざっていた。


「ここが、“処理場”や」


廊下の両側に、金属製のドアが並ぶ。

鉄格子の奥には、人間のようで人間でない“何か”がうごめいていた。


「……ここで何してんの?」


「人間の限界を、“試しとる”。

医者もおる。厚労省の裏口通しとる研究者もな。

カストリの濃度を上げて、人間がどう壊れるか、どう変わるか……」


久世の声は、あくまで冷静だった。

善悪ではない。生か死かでもない。

ただ「必要だからやってる」という顔をしていた。



扉のひとつが開く。

中にいたのは、体中を縛られた男だった。

髪は抜け落ち、歯が全て溶け、肌は黄ばみ、目は黒く濁っていた。


「……こいつは、港区の起業家やった。

エンジェル投資家で、女を使って詐欺してた。

最初はカストリで気持ちよぉなってたけどな、

5ヶ月後には、もう“言葉”が出ぇへん」


男は、喉の奥から豚のようなうめき声をあげた。

ズボンの下では、何かが肥大し、変形していた。


「言葉も、名前も、過去も、失って、“性器”だけが残る。

それが、カストリが作る“肉骸”や」


ミカは息を呑んだ。

怖い、けれど……惹かれていた。


「……私、ここで働きたい」


久世は少しだけ笑った。


「嬢ちゃん、働くってなぁ、ここは風俗やないぞ。

“自分の内臓ごと、商売に出す”場所や」


「それでもいい。

壊れてもいいから、“壊れる瞬間”を、ちゃんと見たいの」


その言葉に嘘はなかった。

ミカの目には、快楽よりも強い“飢え”が宿っていた。

欲望の極北を知りたいという、病的な知性が。



その夜。

ミカはカストリの原液を、再び注射器で打った。


――意識が反転する。


飛田の街がゆらぎ、障子の奥の女たちが獣のように笑う。

男たちは全員、犬のように尻尾を振りながら女を舐め、噛み、喰らっている。


幻覚か? 現実か?


ミカの脳は溶けながら、ある確信を得ていた。


──この都市まちは、

もはや“ヒト”でいられる場所じゃない。


彼女の耳元で、誰かが囁く。


「ようこそ、“肉骸都市”へ。

君はもう、“人間”をやめたんだよ」


ミカは笑った。

それは、人間だった頃の“美月”とは違う笑いだった。



夜明け前。

地下の“処理場”で、久世が電話を取った。


「……はい、厚労省。ええ、確保しました。

“フェイズ2”に移行可能です。

実験対象:“ミカ”。プロファイルコードK-07。」


――背後で、ミカが、鏡の前で笑っていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ