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第二章 「飛田新地、肉体の値札」


六本木の朝は、無機質で静かだ。

深夜の喧騒が嘘のように消え、白いビル群だけが霧に濡れていた。


ミカは、歩いていた。裸足で、顔に血をつけたまま。

みれいの死体をソファに残したまま、何一つ後悔せず、むしろ「終わった」と心の中で呟いていた。


逃走ではない。これは“旅”だ。


──ここでは、まだ足りない。

──もっと深く、もっと本物に堕ちなきゃ。


ポケットには、クレカを盗んだパパの財布。

スマホには、なぜか知らないSignalのグループがいくつも増えていた。

そして、誰かが言っていた。「大阪の飛田、カストリの“源流”がある」って。



新大阪。

東海道新幹線の終点。朝8時すぎのホームで、ミカは初めて咳き込んだ。

吐き出した唾には、ほんのり黒い血が混じっていた。


「……カストリ、抜けかけてんのか……」


思考がぶれていく。現実と幻覚の境界が壊れはじめていた。

ホームにいるサラリーマンたちの顔が、歪んだ豚のように見える。


タクシーで飛田新地へ。

女の肉体が“品書き”として陳列され、白い障子の奥で値段が決まる街。

15分1万2000円、60分なら5万円。写真と現物が違うのは当たり前。


昼間なのに、ネオンが消えない。


「よう、嬢ちゃん、迷い込んだな」


路地の奥で、ミカは声をかけられた。

身長190、和彫りの龍を肩に乗せた男。年齢は30代後半。

白いスーツの内ポケットには、拳銃の輪郭が見えた。


「紅蠍會や、知っとるか?」


──ああ、当たりだ。

ミカの中の“獣”が笑う。


「知ってるよ、トクリュウの巣でしょ?」


男の目がわずかに細まる。

そして彼女を、無言でベンツに乗せた。



向かったのは、西成にある旧診療所跡。

壁には漢字で「肉診所」と書かれ、鉄のシャッターが半分だけ開いていた。


その奥にいたのが、紅蠍會・若頭の久世竜平だった。


34歳。髪は短く整えられ、和彫りが首元から背中へと続いている。

眼光は強く、だが静かだ。暴力の匂いが、呼吸の奥から滲んでいる。


「嬢ちゃん。名前は?」


「……ミカ。美月は死んだの」


「そうか。死んだんか。ほな、お前はここから生きるか死ぬか、やな」


彼の隣には、銀色のアタッシュケースがあった。

開けると、赤紫の小瓶がずらりと並んでいた──カストリだった。


「本物のカストリや。東京モンが吸ってんのは、精製落ちやで」


「もっと強いのがあるってこと?」


「ある。脳ごと焼くようなやつや。

……せやけど、お前はそれに耐えられるか? 死ぬで。骨の芯から」


ミカは笑った。

薄く、狂ったように、快感を予感するように。


「死ぬかもしれないけど、まだ死にたくない。

……この都市まちの“本当の地獄”を、まだ見てないから」


久世は無言で頷いた。そして、一本の小瓶を彼女に手渡した。


「ほな、見せたるわ。“肉骸都市”の入口を」


ミカはそれを受け取った。

指が震え、唇が乾き、心が期待で高鳴った。


──その瞬間、彼女はもう“人間”ではなかった。

カストリに魂を喰われた“肉骸”として、都市に放たれたのだ。

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