第一章 「港区、午前三時。美月、カストリを打つ。」
港区六本木、午前三時。
タワーマンションのペントハウス、そのリビングに流れるのは、最新のLo-Fiヒップホップとオレンジ色の間接照明。ソファに沈み込む女の輪郭が、ゆっくりと崩れていく。
「ねぇ、ミヅキちゃん、まだ打ってないの? これ、マジで飛べるから」
薄く笑ったのは、金髪の港区女子──みれい。26歳、整形10回、自称「ラグジュアリーモデル」。パパ活の延長で“営業”をかけた相手が、今ではカストリの卸元だ。パーティーを口実に女を集め、金を落とさせる装置として機能する女。
そのみれいが、ガラスのスティックを差し出した。
赤紫に光る小瓶、底に沈んだわずかな粉末──それが「カストリ」だった。
美月、17歳。新宿のフリースクールをドロップアウトして3ヶ月。
母親の彼氏に暴行され、警察も児相も信用できず、逃げてきたのが港区だった。
それでも、TikTokで知った「港区女子」たちの煌びやかな世界に、自分もなれると思った。ブランドバッグ、夜景、タワマン、外車、金、金、金――。
でも現実は、三日で金が尽き、五日で体を売った。
「……どれくらい、効くの?」
「一滴で、昨日のトラウマが全部ふっとぶよ。性病もクソ親も、記憶から消える。
てか、もう一人の自分になれる。みんなそうして“起業”してんじゃん、最近」
みれいの声は、どこか祈りにも似た調子だった。
言葉の裏にある「どうか堕ちて」という誘惑と、「あたしの孤独を分かって」という哀願。
美月は受け取った。スティックの先を鼻に近づけ、ためらい、そして吸った。
──最初に来たのは、光のフラッシュだった。
それから内臓が裏返ったような感覚。膣の奥が熱く、胸がきしむ。
「これは快楽じゃない。これは、“暴力”だ」そう思ったときには、もう口が笑っていた。
「すご……すごい、なにこれ、なに、あは、あははは」
みれいが笑う。
男たちがスマホで撮っている。
そのとき、美月の中の「誰か」が目を覚ました。
――名前は、“ミカ”。
ミカは笑った。あどけない17歳の顔に、どす黒い喜びが満ちる。
「みれいちゃん、キスしよっか?」
「え……ミヅキちゃん?」
「ミヅキ? 誰それ。ミカは、ミカだよ。あたしがホンモノの」
ミカは立ち上がり、みれいの首を掴んだ。
「ねぇ、カストリ、もっとちょうだいよ。ぜんぶ、飲んであげるからさ」
次の瞬間、リビングの壁に、みれいの頭がぶつかった音がした。
男たちは驚くより先にスマホを構え、**“暴力ポルノ”**のネタを撮る準備をしていた。
その夜、六本木で一人の港区女子が脳出血で死亡し、
翌朝、「SNSで暴れてた女の子が、AV出演中に発狂した」という投稿が炎上していた。
だが、本当は誰も知らない。
その夜、“ミヅキ”は死に、“ミカ”が生まれたということを。