薬草採りと錆びた剣
旧市街の外れは、王都の外壁から伸びる陰のような場所だ。誰も管理せず、誰も気に留めない。だからこそ、薬草が自然に育ち、貧しい者たちの生計を助けている。
その日、俺は木工の帰りに、ふと裏路地の奥から聞こえる叫び声に足を止めた。
「やめてくださいっ……それは、私の……!」
少女の声だった。慣れた者なら無視する。誰かが泣こうが叫ぼうが、関われば自分も危ない。
だが、その声には、妙に耳を引くものがあった。
……足が、勝手に動いた。
茂みをかき分けて進むと、そこには三人の粗暴な男と、倒れ込んだ少女がいた。
一人が彼女のカゴを奪い、中の薬草を荒っぽく床にぶちまける。
「ははっ、売り物じゃねえか。市場に流せば、昼メシ代くらいにはなるな」
「ちょっとくらい分けてくれてもいいじゃんよ。なあ?」
少女は震えながら頭を下げていた。
「お願いです、それは……弟の薬なんです……っ」
なるほどな。つまり、俺が一番嫌いな手合いだ。
そいつらの前に歩み出ると、男の一人が俺を見て鼻で笑った。
「なんだジジイ、引っ込んでろよ。もう剣も握れねぇ癖に、口だけは達者か?」
「……そうだな。確かにもう、剣は握ってない」
俺はゆっくりと、背中の木材の束を下ろした。
だが、その下に、古ぼけた剣が一本、括りつけてあった。
──柄は擦り切れ、刃は錆び、重さだけが記憶に残る剣。
それでも、手に取れば、身体が勝手に動く。
「けどな、“抜けない剣”ってのは、見てるだけじゃ分からねぇんだよ」
男たちが顔色を変える前に、俺は一歩踏み出していた。
ザン、と風が鳴る。雷撃はもうまとえないが、筋肉はまだ忘れていない。
一人、二人、三人──全員、腰を抜かして逃げ出した。
静まり返った路地に、少女の震える呼吸だけが残った。
「……大丈夫か」
声をかけると、彼女は涙をためたまま、何度も頷いた。
その顔に、十年前の、とある戦災孤児の姿が重なった。
その夜。彼女は礼にと、熱々の野菜スープを持ってきた。
冷えた体に沁みる味だった。
「また、薬草を採りに来ます。……今度は、ちゃんとお礼しますから!」
そう言って、彼女は笑って帰っていった。
俺は、久々に笑った。
ほんの少しだけ、あの頃の自分を思い出しながら。