初夜に「君を愛する事は無い」と結婚相手に言われ涙を流して膝から崩れ落ちる花嫁のお話
「君を愛する事は無い……私には他に愛する者がいるのだ」
結婚式を終えたその日の晩、夫婦の寝室で男は新妻にそう言い放った。
タニア・シュトラウス伯爵令嬢は才女として有名であった。
王都の貴族学園では常にトップの成績を維持し、素行も良好。また友人の相談にも積極的に乗り問題解決に尽力するため人望もある。
だが彼女にとって最大の不幸は親に恵まれなかった事である。
父親であるシュトラウス伯爵は領地経営を家臣に任せ放蕩三昧、領地自体は国内でも有数の穀倉地帯に位置する上に主要街道沿いにある好立地であるにもかかわらず借金まみれと言う惨状だ。
母親の伯爵夫人に至っては政略婚として嫁いでタニア嬢とその弟を生んだ後、役目は終わったとばかりに家を出て愛人と生活を始め、夫や子供達は完全に放置している(もっともこの国の政略結婚した貴族としてはよくあるとまではいかないまでも珍しいと言うほどの事例ではないのだが)。
彼女が優秀な成績での卒業が決まり、王城での文官としての就職も決まったと言う矢先に、父親から彼女の結婚話が通達された。
寝耳に水である。
そもそも彼女は実家から独立する気であり離籍手続きも進んでいた。それは父親も了承していたはずであったのだ。彼女はもちろん周囲の知人もいったい何事かと驚き、就職先の王城でも急な話に何らかの事情があるのかと調査を行う事が決定された。
まあ裏も何もなく父親がすっかり自分が離籍を了承した事を忘れていて、借金相手の一人に結婚相手を探していると言われて思い付きで借金の棒引きを条件に売り飛ばしただけと言うオチだったのだが。
とは言え貴族家の当主同士が正式に取り決めた話で、離籍手続きも卒業後に行われる予定だったために籍は残っている状態だったのでこれを覆す事は不可能であった。
こうして将来を嘱望されていた彼女は、40近くまで結婚していなかった訳有り貴族に嫁入りする事になったのである。
ちなみに救いになるかどうかはわからないが、この件で父親はろくに約束も守れない男として有名になって信用を失い、債権者からの貸し剥がしにあい、担保としていた領地経営権を失って没落、王家から領主としての資格無しと判断され伯爵位も剥奪された。
なお弟君はタニア嬢の薫陶を受けて優秀だったので跡継ぎのいない遠縁の男爵家の婿養子に入る予定。相手のご令嬢との仲も良好。ただ最近の悩みは寄生しようとする元父親(絶縁済)がウザい事らしい。社交界ではいつ男爵家の堪忍袋の緒が切れて死体が生産されるか賭けが行なわれているそうな。ちなみに本命は3ヶ月後。
さて結婚する事になったタニア嬢。嫁ぎ先のヒエロスロコス辺境伯領は紛争の絶えない隣国との国境沿いで、王国から独自の兵権を持つ事を許され、精強な軍を保有している事で有名だ。また、数多くの鉱山を保有し金属加工業も盛んで、王国の金属製品の半分はここで生産されていると言われている。
現当主のゲイツ・ヒエロスロコス辺境伯は家を継いでから3度に渡る隣国の侵攻を退けた英雄ではあるが、一方では乱暴な振る舞いや女性に対する差別的な発言を行う事でも有名で、そのため38になっても独身であった。王家としては辺境伯領が不安定になるのを避けたいがために王命での結婚を検討しており、恐らくは辺境伯家では王家からの影響力の強い嫁を迎えるのを避けるために今回の結婚を決めたのではないかと言われている。辺境伯家は王家に臣従しているとは言え中央とは距離を置いており、王家に逆らう程ではないが口出しもあまりされたくないと言う立ち位置だ。
タニア嬢が辺境伯領に到着するとすぐに結婚式が行われ、そして初夜……と言うところで冒頭の状況、と言う訳である。
「私は真実の愛を貫く。故に君とは白い結婚となる」
その言葉を呆然とした様子で聞いているタニア嬢、ふとその大きく見開かれた瞳から一筋の涙が零れ落ちる。身体からは力が抜け、ついには膝から崩れ落ち床に手をつく。床にははらはらと涙が滴り落ちる。
その様子に流石にぎょっとしたのかタニア嬢へと歩み寄る辺境伯。
「すまない、酷い事を言っているのは自覚している。だが君を虐げるつもりは無……」
「ありがとうございますっっっ!!!」
そこには満面の笑みを浮かべて感涙を流すタニア嬢の姿があったそうな。
…………………………………………
オッス、おらタニア・シュトラウス! 現代日本からの転生者だ!
いやー、結婚したくないから文官への道を志したのに鳥頭のクソ親父のせいて大ピーンチ、からのまさかのどんでん返しだ、ヨカッタヨカッタ。
なんで結婚したくないかって? ……うん、自分、前世ネームをタカシって言いましてね。つまり男だ。いわゆるTS転生ってヤツだな。いやー、男に抱かれるとか無理ッス。
でもここは中世ナーロッパ世界。貴族令嬢は基本嫁いで子供を産むのがお仕事だし、同性愛なんてやたら強い影響力のある宗教によって弾圧されている……もっとも結婚が禁じられている聖職者にこそ同性愛者が多いのは公然の秘密なんだが。正直な話、女子修道院が百合の園と聞いて本気で出家を検討しました……戒律が厳し過ぎて諦めたけど。
だが結婚相手のイケオジ辺境伯には真実の愛()のお相手がいて俺に手を出す気はない。しかも体裁上は奥さんだから生活にも困らない。中央とは距離を置いてるから面倒な社交も最低限。あれ? 俺、勝ち組では?
そう思った俺は思わず涙を流すほど感動、辺境伯様に感謝の言葉を告げたのだった……
うん、めっちゃ困惑されたわ。と言う訳で事情説明。まあ前世うんぬんは頭おかしいと思われるだろうから伏せて、同性愛者である事、男に抱かれるのは生理的に無理であるとカミングアウトした。それに対し辺境伯様は愕然とした顔で一言。
「……君もか」
……はい。辺境伯様、そっちの人でした(白目)。
なんでも若くして戦場に蔓延る衆道にハマり女に興味が持てなくなったんだとか。ちなみに辺境伯配下の部隊は皆強い絆(意味深)で結ばれており、仲間を守るために命を賭けて戦うのがその強さの秘密だとか。地獄かな?
王家の持ってくるであろう婚姻を避けたのもまさか王家から紹介された嫁に「君を愛する事は無い」なんて言える訳ないからで、俺が選ばれたのは借金のカタで立場の弱い相手ならイケるとふんだからだ。ありがとうございます!
「あれ? でもそうなると跡継ぎとかはどうなるんですか?」
「弟がいる……ヤツは両刀だから問題無い」
どっちみちソッチもイケる人なんですね(白目)。
さてお互い隠し事が無くなった事で共同生活の条件を詰めることにする。まず夫婦の寝室は別々、お互い愛人の存在を認める……嘘みたいだろ、新婚夫婦の会話なんだぜ、コレ。
「愛人……立場上逆らえない奴隷とか買って良いですか!!」
「無論だ、私も身代金を払えなかった屈強な隣国兵士や貴族の美少年の戦争奴隷を所有しているからな……グヘヘ」
「うわ気持ち悪い笑い……でも夫を失った借金まみれの未亡人とか親に売り飛ばされた薄幸の美少女とか……ウヘヘ」
「おまえそれでよく人に気持ち悪いとか言えたな……」
「ハッ、もしや母娘まとめてなんて事も可能かも!?」
「おまえ……親と子供を同時になんて神をも恐れぬ所業を……
天 才 か 」
拝啓、弟君。おねーちゃんは嫁入り先で巧くやっていけそうです。
はい、辺境伯配下の部隊のモデルはテーバイのヒエロス・ロコスですね。辺境伯の家名はそこから。ついでに「ゲイ」ツって名前。
主人公の名前は頭文字がTSになる組み合わせでテキトーに付けた。
シリーズどっちにしようか迷ったけどナーロッパの方にした。理由? 同性愛ネタはそっちでまとめようって思ったからだよ!




