焚き火の少年(ウタほたるのカケラ〈US〉出張版【サイズL】第1iL片)
閲覧注意です。
※ しいな ここみ先生主催の【冬のホラー企画3】参加作品です
※noteにも転載しております。
これはあたしが小学3年生まで、お隣さんでおさななじみだった男の子のはなし。
彼の家は父親と母親のあいだに喧嘩が絶えなく。彼自身も巻き込まれて、よく痣をつくっていたものだ。
だからといって、彼は家に帰りたがらなくなるなんてこともなかった。むしろ、学校が終われば早足で帰宅していたくらい。じぶんのいないときにふたりが喧嘩をして、とんでもないことになってはいけないと、彼なりの使命感がそうさせたのかもしれない。むかしはあたしとよく遊んでいたのに、それも学校での昼放課くらいになって。彼から聞いたはなしだと、平日の帰宅後や休日は、食事とお風呂以外は2階にあるじぶんの部屋にこもりきり。喧嘩の物音がおおきくなったときだけ、それを止めに走って降りていくそうだった。
彼の家にはちいさな庭があり。芝生は植えてないものの、イチョウの木が何本か立っていて。あたしが幼稚園のころは、まだ仲がよかった彼の両親が焚き火をして、焼き芋をよく焼いてくれたらしい。あたしの両親が教えてくれたのであって、あたしは覚えてないし、彼の家の庭ではその木はすでに枯れてしまっていて、葉をしげらせることはない。
そんな冬のある日曜日。
あたしは、お隣さんな彼の家をのぞいてみた。
気になった理由といえば、きのうの夫婦喧嘩はどうやら激しかったようで、その音があたしの家にまでよく聞こえてきたからだ。
怒鳴り声が聞こえてくることはしょっちゅうだったが、あれほど物音までおおきく響くのは、はじめてだったため。お母さんなんか、警察に連絡しようとしてお父さんにとめられたほど。
だから彼がまた顔に痣でもつくってやしないかと、あたしは気にかけていたのだ。どうせ部屋にこもっているんだろうし、顔を確認できないことを承知で、そう高くもない柵越しに、彼の家をのぞくと。
冬の木枯らしにまぎれて、ちいさくぱちぱちという音が聞こえ、やたら黒い煙をあげる焚き火を、そばで守るように立っている彼がいた。
こんなふうに、部屋にこもらず庭にいる彼を見るのは珍しい。そういえば、彼の両親も不在なのか、家の中からの音はなく、電灯もつけられていないみたい。
だとしたら、彼はひとりで留守番しているのだろうか。小学生ひとりで、焚き火をするだなんて、火事にでもなったらどうするつもり?
あたしはそれをとがめようと、彼の家の門をくぐり、焚き火へと近づくと。やたら黒い煙だけでなく、その燃えるにおいに鼻をつまんだ。くさいなんてもんじゃない、まさに異臭とはこれのこと。
お芋を焼いているわけでもなさそうだし、なんでまた焚き火なんかしているのだろう。寒いなら、いつもどおり部屋にこもっていればいいのに。
そこでようやく、あたしは気づいた。
彼の家の庭に立っていたイチョウの木は、すでに枯れてしまっている。彼はなにを燃やして焚き火をしていたのか? わざわざよそから、落ち葉を集めてきたのだとしたら、彼にはそうまでして火を燃やす理由でもあるのだろうか?
「おじさんやおばさんが帰ってきたら、怒られるよ?
また喧嘩になるかも」
彼の両親が不在だとしても、その帰宅まえに、焚き火をやめるようにあたしはうながしたのだけれど。
彼はただ、ひとこと。
「大丈夫」
そうつぶやいて、火を絶やさないようにと、なにやら破いた紙をくべていた。「算数」と書かれたノートの表紙が見えて、学校で使っていたものに見えたけれど、彼の様子が変なことに戸惑ったあたしは、それを見て見ぬふりをして。
「火事にだけはしないでね。
あたしの家も燃えちゃうから」
そのひとことを残し、家へと戻ることにした。
そして。
あたしは、これらすべてのことを、キッチンでパンケーキを焼いていたお母さんに話したのだ。
お母さんが、フライパンの火をとめて、彼の家へ様子を見に行ってからしばらくすると、家の外からパトカーらしいサイレンの音と赤い光が。ハチミツをかけたパンケーキをかじりながら、あたしはよくわからないけどすごく不安を覚えた。
お母さんは、夜遅くまで帰ってこなかったし、電話で警察からその連絡をもらったお父さんは、心配いらないと告げたけど。あたしは、ずっとひとつのことを考えていたんだ。
それは、彼があたしに告げたひとこと。
「大丈夫」
あたしは、はじめは焚き火のことかと思っていたが、時間が経つにつれてなんだか、なにかほかの意味がある気がしてならなかったのだけれど。そのときのあたしには、正解にたどりつくことはできなかった。
もうふたりは喧嘩しないから「大丈夫」。
そう理解できたのは、それから何年も経ってから。
あの次の日以来。彼は家から姿を消して、学校にも来なくなった。あたしの両親は彼が「引っ越し」したのだと、嘘とも正確な真実ともつかない説明をくれたけれど。彼が学校のノートを焚き火に燃やしていたのは、もう必要なくなったからだということ。あたしはそれだけには気づいていた。
でも、焚き火からの黒い煙と異臭。あたしが来るまえ、ノートを継ぎ足し、くべるまえに、彼がなにを燃やしていたのか。
日曜日に小学生の男の子ひとりを置いて、不在にしたまま、すがたをまったく見せずに「引っ越し」してしまった彼の両親は。あのときどこにいて、「引っ越し」まえに、ちゃんと帰ってきたのか。
あたしはそのこたえに気づかなかったし、今にして思えば気づかないままでいたかった。
真相を知ったのは中学生になった4月。
うちの中学校はあたしのいた小学校のほかに、もう一校。小学校ふたつぶんを校区とした。
あの事件はもうひとつの小学校でも知られていたらしく、あたしの家がお隣さんで、彼とはおさななじみと聞いた、あちらの小学校出身の友達から、すべてを教えられたのだ。
すべてと言っても、噂と憶測まみれだろうが、あたしの小学校には厳しく箝口令が敷かれていて、あちらの小学校出身者ほどの情報通はいなかったし。
あの日の前日に起きた激しい夫婦喧嘩。
最悪の結果をおそれ、たぶん、それを止めようとしたおさななじみの彼。
あるいは手遅れになってしまったから、もうひとりにその罰を下して、両成敗にしたのこそが彼だったのかもしれない。
そして、焚き火で落ち葉のかわりになにを燃やせば、あんな黒い煙と異臭があがるのか。
それらをどう繋げれば、もう彼に学校のノートはいらなくなるのか。
それらについての、ありったけの噂と憶測。
その噂と憶測こそがすべてであって、それ以来、彼とその両親が「引っ越し」してしまったまま、あたしは逢うことができずに。きっともう逢うことすらないこと、これが唯一の現実なのだ。
門を鎖で絡まれて、なかば廃屋となったまま。「引っ越し」して帰らぬ彼と両親をか、もしくは、その入れ替わりに、事故物件に入居しようという変人を待ちながらか。うちのとなりには彼の棲んでいた家が建ったままでいる。
ちいさな庭には、きっとあの焚き火のあとが、煙は失せてもこびりついた異臭とともに、まだ消えずにいることだろう。
確認はしていない。そう高くもない——中学生になったあたしには低い柵のむこうにひろがる庭を、のぞいてみたことはないけれど。
あたしの記憶の中で、まだあの焚き火は燃えつづけているのだから。
その火を守るように立ち尽くす、小学3年生の彼とともに。