第008話 トロフィーモンスターへの対抗策
中学校は危険だから、安全な場所まで離れた方が良いと言われた、薄ピンク色のポニーテール少女は、数秒沈黙した。
そして、紐タイプのカチューシャを身に着けている青髪少女へ聞く。
「水穂ちゃんは、あの3人組から逃げないの?」
「私は、あの3人組を倒さないといけないから、ここに残る」
「さっき、ピンチの状態まで追い込まれている様子だったけど、また同じことになる心配は無い?」
「うん。真桜のおかげで、トロフィーモンスターへの対抗策は立てられたから、心配しなくてもいい」
「対抗策……? 私のおかげ……?」
「うん。勝ち目はある、ということ」
「…………そう」
真桜は、言った。
「じゃあ、私はこの学校から脱出するよ」
「混沌ズはまだ、保健室とそれほど離れた場所にはいないと思う。だから、私があの3人組となるべく早めに対面して、そして戦うからその間に――」
「私は逃げればいい、ということだね」
「――うん」
水穂は、続ける。
「私が最後に捉えた足音から推測して、3人組は左側の通路を辿ったはずだから、真桜は右側の通路を走って中学校から離れて」
「おーけー」
水穂は、保健室の扉から廊下へ顔を出して、左右の状態を確認する。
そして、言った。
「今なら、大丈夫」
「分かった」
水穂は、左側の通路へと消えていった。
「別れは、あっけないものだったな……」
そんな言葉をつぶやき、真桜は右側の通路を走った。
息を吐きながら、思う。
――本当に、今日が終わる頃には、水穂ちゃんのことは綺麗さっぱり忘れているのかな? 私。
――忘れない自信しか無いけど。
――でも、そういう法則で世界が回っているのなら、普通に忘れてしまうんだろう。
――そうやって、何か大切な記憶を、無意識のうちにどんどん落としていくのだろうか?
――魔法とか異能とか関係なく、それ以外の大事な思い出とかも……。
――もしかしたら既に、たくさん失っているのかもしれない。
――忘れるって、恐ろしい。
そんなことを考えながら、真桜は校舎内を走り続けた。
◇
「魔法少女どもはいったい、どこにいるのかしら?」
「数学的に考えれば、答えは導き出せますよ」
「何言ってんの? コイツ」
「コイツとは失礼ですね……まあ、聞かなかったことにしてあげます」
混沌ズメンバーの1人、高校制服を着用した少女。仲間からは――レアム――と呼ばれていた彼女は、説明を始めた。
「この世には、確率という概念が存在します」
「そうね……」
「そして、教室の数、奴らの移動速度、私たちの移動速度、学校の広さ等々、数値化して、数学的答えを導き出すわけです」
「ええ……!」
「そしたらなんと! ――何%の確率で、私たちと奴らが遭遇できるのかが、分かるということです!」
「おおっ……! ――って、」
リーダーは、ツッコんだ。
「遭遇確率が分かっただけじゃねえかっ!!」
両耳を両手で塞ぐレアム。
「廊下では静かにしてください」
「やかましいわね! 結局確率を求めたところで、奴らのいる場所なんて分からないじゃない!」
「何%の確率で、どこにいるのかは分かりますよ」
「もう確率は良いわっ!!」
小柄な少女、仲間からは――ヘイル――と呼ばれている、混沌ズメンバーのもう1人の人物が、口を開けた。
「私も、魔法少女たちを探す良い方法を思いついたよ!」
「期待はしていないけど、聞かせてちょうだい」
「放送室からトロフィーモンスターを介して、魔法少女に命令すれば良いんだよ! 放送室まで来い――と」
「期待通りのめちゃくちゃ良いアイデアじゃない!」
「では、放送スピーカーの音が行き届かない場所にいる確率も、求める必要がありますね」
「黙れ確率っ!!」
そんなこんな騒いでいる3人組の元へ、1人の少女が近づいていた。
青色の剣を握り、敵へ奇襲をしかける人影。
トロフィーモンスターに、本気の一撃を与える。
「ぐあああああっっ!!!!」
トロフィーモンスターの口からいきなり発せられた悲鳴に、ビクリと驚く混沌ズの3人。
「と、トロフィーモンスター……っ!?」
そして彼女らは、魔法少女――水穂の存在に気が付いた。
「せ、正義の味方が奇襲ってどうなのよ!? 正々堂々、闘いなさいっ!!」
「どこから目線で言っているのか……」
そう口を動かしてから、更にトロフィーモンスターへ二度目の攻撃を命中させる。
「があああああああっっ!!!!」
しかし、トロフィーモンスターの体力は凄まじかった。
ダメージを与えても、依然撃退できる気配が無い。
「トロフィーモンスター! 悲鳴を上げるんじゃなくて、理不尽な命令をしなさいっ! くるくるその場を何周も回り続けろ――とかねっ!」
「くるくるその場を――」
――瞬間だった。
――ドガアアアアァァァンッッ!!!!!!
と、衝撃的な破壊音が響き渡る。
コンクリートの粉塵が空気中を舞った。
「――り続けろ」
そして、トロフィーモンスターが命令言葉を言い終える頃、水穂はくるくるその場を回ることなく、剣を握って、ただ2本足で立っていた。
剣の切っ先が指す地面には、パックリ抉れ砕けたコンクリートの破壊跡ができている。
「――ちょ、ちょっとっ!? なんで魔法少女は、トロフィーモンスターの命令通りに動いていないのよっ!」
混乱しているリーダーとは対照的に、冷静な様子のレアムは、まさか……とつぶやいた。
「床を剣で破壊して、その時に発生する衝撃音を利用して、トロフィーモンスターの命令文を一部分しか聞こえないようにしている……」
「ど、どういう意味よ?」
「つまりです。魔法少女はトロフィーモンスターの命令文を全て耳に入れているわけではありませんから、何を命令されたのか、彼女の脳が認識できていないんです。だから、命令に従うも何も、何を命令されたのかを脳が理解していないから、従うことすらできない。頭を垂れよ――という指示も、頭を――しか聞き取れていなかったら、意味が分からないでしょう? そういうことです。魔法少女は、自らそんな構図を作った。剣で地面を破壊して、大きな音をあえて立ててから、トロフィーモンスターの命令言葉を全文聞こえないようにしたんです……」
その通り――だった。
そして、その対抗策を実行しようと思ったきっかけは、宮西真桜にあった。
真桜がトロフィーモンスターと対峙した際だ。彼女は、トロフィーモンスターの『頭を垂れよ』という指示に従わなかった。
その理由はおそらく、水穂の『逃げてっ!!』という言葉とトロフィーモンスターの命令言葉が、ちょうど重なっていたからだ。
つまり、トロフィーモンスターの命令言葉が全て聞き取れていなかったことにより、真桜は怪物の命令に従わずに済んだ、という仮説が強く考えられる。
確証は無かったが、それしか考えられないとも思った。
だから、試した。
結果は、予想通りであった。
しかし、まだ警戒心というものは解けない……。
――何か、別の形での命令手段が存在する可能性もある……。
水穂は、内心の不安がまだ消えきれていなかった。