第006話 ピンチの人間を見捨てることができないタイプ
危機的状況に迫られると、性格や言動が大きく変化する人間が、この世には存在する。
それは例えば、普段幽霊が怖くないと胸を張って言っている人物が、実際にお化け屋敷に行けば一番怖がっていたり。
それは例えば、普段綺麗事を熱弁している人間が、いざ誰かが意地悪をされている現場を目撃すれば、見て見ぬふりで対応したり。
またそれは例えば、普段弱々しい言動を見せている人間が、他人を攻撃しているヤンキーを見かければ、勇気を振り絞って立ち向かったり……。
と、人間という生き物は、異常事態に直面すると、無意識の領域内で普段からは考えられない行動に出るパターンが、少なからず存在する。
宮西真桜も、その異常事態に直面すると言動が変わる生き物、に含まれていたのだろう。
他人がピンチの状況を、見捨てることができない、そんな人間だった。
救わないといけない――と本能が判断するタイプ。
本物の正義感が、内に宿る少女。
カラス形の純黒物質を放とうとする、赤髪女性へ――
「――やあああああああぁっ!!!!」
――真桜は、飛び掴んでタックルしていた。
両手で身体を包み込み、押し倒す。
「――な、何っ!?」
いきなりの展開に驚愕を隠しきれない赤髪女性――混沌ズのリーダー。
それは、その場にいる皆がそうだった。
「え……っ?」
魔法少女もまた、困惑している。
誰? 何が起こっているの? と。
――ドンッ!
混沌ズリーダーの背中が、地面と衝突した。
そして――
「――あ」
混沌ズリーダーのチャージしていた黒色の物質が、反射的に放たれる。
それは、真桜が彼女を押し倒したことにより、方向がズレて、天井へ向かっていた。
――ドカアァン……ッ!!
純黒の物質と天井のコンクリートが直撃し、瓦礫の破片が、雨のように廊下へ降り落ちた。
「――うあああああぁ……っ!」
混沌ズ3人組は、その降ってくる瓦礫の豪雨を見て、パニック状態となる。
「と、トロフィモンスター! そこのピンクポニテに攻撃しなさいっ!」
「――了解しました」
――しゃ、喋った!?
大きなトロフィー形の物体が言葉を発したことに、ビックリする真桜。
だが、驚き続けている場合で無いことも、よく分かる。
攻撃しなさい――という指示に、了解しました――と返事をしていた。
敵意は、むき出しだ。
ぼーっとしていたら、やられてしまう。
その未来は、避けなければならない。
真桜は、赤髪女性の上半身を掴む腕を離して、立ち上がった。
眼前には、天井へ届きそうな程の大きさをした、トロフィモンスターが立ちはだかっている。
――たぶん……というより絶対に、私ではこのトロフィーの怪物を倒せない。逃げるしか無い……っ!
背後で『気をつけ』の姿勢を維持している魔法少女を連れて。
トロフィモンスターが、口を開けた。
「頭を――」
その瞬間、魔法少女が言葉を重ねる。
「――逃げてっ!!」
そして、トロフィモンスターが言い切った。
「――れよ」
「…………」
「…………」
「…………」
しかし、何も起こらなかった。
トロフィモンスターは、真桜に対して『頭を垂れよ』と指示を出したのだが、真桜は顔を上げ続けていたのだ。
頭を垂れてなどいなかった。
その事実に、トロフィモンスターは混乱する。
「な、なぜ頭を垂れない??」
「ぎゃ、逆になんで、頭を下げないといけないの??」
真桜もまた、意味不明だと感じているのだった。
「まさか……」と魔法少女がつぶやく。
トロフィモンスターは、手をグーの形にした。
「こうなったら、物理攻撃で制するのみだ。くらえっ!!」
「――っ!」
トロフィモンスターのグーパンチが、真桜へ迫り来る。
――ど、どうしよう……っ!
そして、真桜の視界に『それ』が映った。
地面上に寝転がっている――青色の剣。
魔法少女が落とした武器――『青の剣』だ。
真桜は、反射的にそれの柄を握り、そして――
「――はああああぁぁっっ!!!!」
トロフィモンスターに、振り当てた。
「ぐわあああああっ!!!?」
トロフィモンスターが、その剣撃をまともに受け、音を立てながら倒れる。
その影響なのか、魔法少女は『気をつけ』の状態から解放されていた。
そして、真桜の握っていた青色の剣は、細かい粒子となり消滅していた。
「――っ!」
魔法少女は、真桜の手首を急いで掴む。
そして、言った。
「一旦、ここから逃げよう……! 危険だから……」
「う、うん……!」
2人は、その場から退散する。
背後からは、混沌ズリーダーの声が聞こえて来た。
「――逃げたって無駄よ! 絶対に……! 絶対に、仕返ししてやるんだから……っ!」
そのセリフに構わず、2人はひたすら足を動かした。
そして、今は安全な保健室の中へと入室する。