第005話 いつもと違う中学校
「人が1人もいないのは、なんでだろ……?」
とつぶやきながら、中学校の廊下内を歩く少女――宮西真桜。
学校に忘れてしまった家の鍵を取るために、帰宅路から中学校へ戻っていたのだが、校内は不自然な状態だった。
いつも通りであれば、部活に励む生徒や、業務に努めている教師たちが、中学校の敷地内をうろうろしているのだが、その人間という生き物自体が、自分以外に確認できない。
まるで、夜の学校だ。
だが、現時刻は17時20分。
まだ夜と呼ぶには、早すぎた。
「たまたま、人が見当たらないだけ……? でも、周りはやけに静かだし……」
答えが求められず、予測すらもできない。
静寂に包まれる、学校の空間。
そんな中。
――ドゴオオ……ォンッ!!!!
逆に次は、耳を強く刺激する轟音が響いてきた。
爆音とまではいかないものの、何かが破壊したような音。建物解体の時に発生する地響きとよく似ている。
「只事じゃない音だよね……」
彼女の内心から、不安という感情が膨らんでいく。
いつもの日常との大きなギャップ――異常に包まれた学校内。
異常の元凶は?
異常の正体は?
「とりあえず、音の響いたところまで行ってみよう……」
行くのは怖いが、何かの破壊音だったのだ。
何らかのトラブルによって、生み出された音なのかもしれない。
それこそ、怪我人がいる可能性だってある。
そんな悪い予感が浮かび上がると、確認くらいはしないとな――と真桜は思っていた。
小走りで、その音の響いた方向へと向かう。
「――今はあえて、攻撃を外したけどね」
――ひ、人の声!?
真桜は、反射的に身を屈めていた。
廊下の壁際に引っ付き、――そっと、曲がり角から顔を覗かせる。
――こ、これは……?
――どういう状況?
真桜の視界に映る光景。
それは、不可解なものであった。
今までに見たことのない、異常な光景。
何せ――
――と、トロフィーがかなり大きくて、なぜか手足が生えていて、それに……動いている??
意味が分からない。そんな、意味不明な物体が存在していたのだ。
そして、その『なぞトロフィー』の手前側に3人の女性がいて、彼らと対面している1人の少女が立っている。
また不可解なのは、その少女の服装だった。
真桜からは、その少女の背中しか見えないのだが、彼女の着用している衣装が普通の服装とは全然違うことは、一目瞭然だった。
青色の、肩にかかる程度の長さの髪。
ストレートのボブカット。
青色の手袋をはめており、引き締まったボディをなぞる黒色の服を着て、丈の短い青色のプリーツスカートを着用している。
ブーツとソックスは、青色。
全体の大部分を青色で塗り固めた格好。
そして、その雰囲気は……。
――まるで、魔法少女みたい……。
可憐であった。
だが、その少女の様子を取って見ても、状況はおかしかった。
少女は、びしっと気をつけをしていたのだ。
軍隊の一員のように、真っすぐと手足を伸ばして、その姿勢を維持している。
それを見てか、3人の女性はゲラゲラ笑っていた。
「――次は、しっかりと当ててあげるわ! 痛いだろうけど、自業自得ね。今まで、私たちの邪魔をしてきた罰よ!」
と言う、赤髪の女性がかざした右手の中心部からは、黒色の何かが出現していた。
いうなれば、シューティングゲームのエネルギーチャージ砲みたいなものと似ている。
ホタルの灯りのような物体が、真っ黒に濁って光る、そして風船のように徐々に大きくなっていく感じ。
さらに、廊下の周囲には――
――壁、地面、ガラスがところどころ、粉砕されている……っ。
まさか――と、真桜の頭の中に、1つの仮説が浮かび上がってくる。
――あの、赤髪の女性が、廊下を破壊した……? さっきの破壊音の原因は、あの人……?
だがそう予測はしても、所詮は仮説だ。
確定的に断言はできない。
それに、よくよく仮説を振り返ると、内容は実にバカげていた。
女性一人に、廊下を複数個所、あんな派手に破壊できるのか――?
普通なら、そう思うところだが……。
しかし今、現実では考えられない光景が、彼女の目の前に広がっているのもまた事実。
――純金の手足が生えた、巨大な『なぞのトロフィー』。
――蠢く黒色の、肥大化していく正体不明の物体。
むしろ、あの黒色のエネルギーの塊的な物体が、シューティングゲームのように発射できたとしたら……。
「…………」
あれが、コンクリートを粉々にする様子が、安易に想像できた。
「――さーてさて! 魔法少女さまよー! 目を強く閉じてしまって、無様だねー!」
――ま、魔法少女……?
そのワードが、真桜を更に混乱させる。
確かに、可憐な服装を着用しているから、まるで魔法少女だとは思っていたが……。
あの赤髪の女性は、もろに発した。
魔法少女――と。
――本当に、魔法少女だったの……?
そんなバカな――とは言い切れなかった。
非現実的な情報が雪崩のように押し寄せた現在の状況。ありえなくはないか――くらいには思えていた。
だがしかし、である。
仮に少女が、本物の魔法少女だったとして……。
――なんで、真っすぐ気をつけをしているんだろう……?
赤髪女性のさっきから放っている言葉から察するに、あの人は魔法少女の敵だ。
私の邪魔をした罰だとか、無様だねとか、言っているのだ。
味方では無いだろう。
そしておそらく、あの黒色の物体を魔法少女へ当てて、ダメージを与える気だ。
その憶測が正しいとすれば、ではなぜ魔法少女は『気をつけ』の姿勢を続けているのか?
攻撃を避けたいのなら、気をつけの姿勢なんて絶対にしないだろう。
真桜は、もしや――と思った。
――気をつけを、させられている……? それこそ敵の力によって、身体の動きに制限がかけられているとか、そんな感じ……。
その予想が的中しているのであれば……。
あの魔法少女は、絶体絶命のピンチに追い込まれている、といえる。
敵から攻撃を放たれようとしているが、自身の動きには制限がかけられていて、どうしても回避できない状況……。
「――ふふっ! 終わりよ」
赤髪女性の生成している、黒色物体が大きなカラス形のものへと変形していた。
「ぅ……っ」
魔法少女の口から、そんな呻き声が聞こえてくる。
――ど、どうすれば……っ。
真桜は、今自分がするべき行動についての決断に苦しんでいた。
自分は、何をすれば良い?
明らかに危険な場所だ。破壊跡があり、その犯人らしき人物が視界に映っている。
自分は、逃げるべきか?
でも、あの可憐な魔法少女は、現在進行形でピンチに追い込まれている状況に見える。だったら、自分は彼女の助けに入るべきなのではないか?
だけど、自分に何ができる?
助けるって、どうやって?
「…………」
――そう、だ。私は、ただの一般人。あの場所に介入したところで、何もできない。あの謎の力に対抗することは、不可能だ。
――最善の行動は、大人に助けを求めること。
――ここを離れて、警察に連絡しよう……っ。
真桜は、その場から後退した。
「――これでフィニッシュよ、魔法少女」
「――い、いや……っ!」
――――。
「――っ!」
真桜は、曲がり角から飛び出し、彼女らの戦闘区域まで、走り向かっていた。
――な、なんで……っ!
自分でも、理解不能だった。
勝算の無い戦に突っ込んでくる、ただのバカ。
でも、足が勝手に動いていた。
真桜は、魔法少女を見捨てることが出来なかった。