第014話 トロフィーモンスターのぐるぐる攻撃、真桜はピンチ!
「ご、ごめんなさい……? ごめんなさい……」
屋上に、どこか寂しさの含んだ横風が、ひゅうと吹く。
トロフィーモンスターは、驚愕の感情を声に上乗せていた。
「…………」
数秒の沈黙――。
その後、首をブンブン振る人間のように、自身の身体を左右に振らす。
「おそらく……! おそらくだが、我の聞き間違いだろう! そうだ! そうに違いない!」
トロフィーモンスターは、再び真桜に告白をした。
「結婚を前て――」
「――ごめんなさいっ!」
「早いてっ!!」
ツッコミのせいか、口調が大きく変化する金色の怪物。
トロフィーモンスターは、無力感に包まれた様子となった。
「いっそのこと、世界が滅べば良いのに……」
「こ、これを乗り越えたら、きっともっと強くなれるよ……!」
「強くなれる……?」
「そう! 私が言ったら無責任だと思うけど、精神の成長に繋がるきっかけとかに――」
「――なるほど! 強さというものは、我の魅力。つまり、ここは力技で強行突破すべし、という訳だな!」
「全然違う……!」
「では――こうしてやろう」
そう言葉を発したトロフィーモンスターは、調味料の入ったプラスチック容器を握り締めるかのように、真桜を握り締めている片手の締め具合を――ぎゅっ――と強くした。
「――ううっ!」
真桜は、苦痛の表情を浮かべる。
「く、苦しい……っ!」
「――回転だ」
「回転……?」
「こうするのだ」
瞬間。
トロフィーモンスターは、その場をぐるぐると、回り始めた。
まるで、ハンマー投げのスイング時のように。
または、プロペラ軸の動作時のように。
目では追えないスピードの高速回転を、何周も繰り返す。
そして、真桜はプロペラの羽でいうところの、先端部に位置するポジションだ。
それが意味することは、一番負担の大きい場所ということであった。
真桜は、トロフィーモンスターに振り回されながら、瞳の奥にぐるぐるマークが出来上がった。
「め、目があぁ……っ!!」
――1分間。
トロフィーモンスターは、高速の自転を続けた。
真桜は、目をぐるぐると回し、頭がぐわんぐわんと不快な感覚に襲われ、気分が悪化していく。
そして、トロフィーモンスターの回転は徐々に減速し始めた。
まるで電源を切った扇風機のように減速を重ねて、やがて完全停止。
真桜は再度、中庭地面から高さ数メートルの位置で、握り締められる。
「い、嫌な気分……っ」
バスで寝ている人間みたく、首を後方へ傾かせ、顔を上の方へ向ける真桜。
「うぅ……っ」
ぐるぐる目は治まることなく、気分の悪さにより力は抜け、ピンチにまで追い込まれていた。
そんな彼女に対して、トロフィーモンスターは声をかける。
「今なら、分かるだろう? 我の強さが」
「つ、強くても……っ」
「何だ?」
「その力の使い方は、尊敬できない……っ!」
「ならば、尊敬されるまで力を振りかざすとしよう」
トロフィーモンスターは、自身の純金の身体を、ぴかっと光らせた。
日光に反射する鏡に似た、強力な光が真桜の目を攻撃する。
「ま、眩しい……っ!」
瞳を強く閉じても、光を感知できるほどの、強力な光量。
真桜は、手で目を覆い被せたいが、トロフィーモンスターの片手が、彼女の両腕をがっしりと拘束しているため、実行出来ない。
「これほどの輝きを目にしてなお、まだ我に憧れないか?」
「目に見える輝きよりも……っ、目に見えない輝きの方が、私は凄いと思う……っ!」
「そうか。未だ、我の魅力が分からないか。さらなる攻撃を与える必要があるようだな」
トロフィーモンスターは、自身の放った輝きを抑える。
そして、真桜を握り締める片手の向きを、90度右へ回転させた。
手にひらを全開にして、真桜はトロフィーモンスターの純金の手のひら上に、横向きになる。
そして――、
「ペン回しならぬ、人間回しだ」
――トロフィーモンスターは、5本指を器用にコントロールして、ペン回しをするかの如く、
「いやああぁっ!!」
真桜を右方向、左方向、上方向や下方向など、あらゆる方向へと、まるでおもちゃを弄ぶかのように、激しく振り回した。
彼女の視界は、不規則に目まぐるしく回る。
先ほどの高速回転よりも、気分の悪さは格段に上がっていた。
「悲鳴の質が良くなっているな」
「あ、頭がっ! ダメ……っ! 気分がっ!!」
「安心しろ。告白の結果次第では、これ以上の苦痛は与えないでやる」
「あ、あなたの思い通りには……っ! 絶対にならな――」
「――トルネード」
「――いっ!?」
ペン回しの上級技により、えげつない振り回しを体感させられる真桜。
「〜〜〜〜っっ!!?」
「うむうむ。可愛い悲鳴は聞けたし、一旦休憩するか」
トロフィーモンスターは、人間回しを一時中断させ、真桜を手にひらの上にボトッと乗せた。
真桜は、うつ伏せ状態で、倒れる。
「き、きづい……っ!」
「良い光景だな」
トロフィー形の怪物は、続けて口を開けた。
「そろそろ理解したであろう。貴様に取り残された道は、一つしかないという事を」
「一つ……?」
「我と、結婚を前提に付き合う。告白を再び断ったら、もっと嫌な気分に襲わせる」
「…………」
「沈黙は肯定のサイン、ということで大丈夫か?」
「…………い、いや」
「いや?」
「時間はかかったけど、私だって、大人しくやられていた訳では無い……っ!」
「なに……?」
首を傾げるトロフィーモンスターに向かって、真桜は片手に握り続けていたスマートフォンを、モンスターの純金の手の上へ、強く押し当てた。
「こ、これは……っ!?」
「7月の直射日光に当たり続けたスマートフォンは、熱くなるって知ってる……っ!?」
「――っっ!!」
熱に弱いトロフィーモンスターは、反射的に真桜を放り投げていた。
それは、熱い石を触って思わずそれを手放す人間のように。
真桜は上空へ放り投げられ、そして――
「――っ!」
落下する。
下は、中庭。
そのまま落ち終わると、大怪我確定だ。
実際、真桜の手から離れたスマートフォンは、中庭へ垂直落下し、おそらく砕け散る運命が決まっているであろう。
真桜は落下の最中、2階教室のベランダ柵へ精いっぱい右手を伸ばした。
「ぐっ……!」
何とか、柵の下部に右手のひらをかけることに成功する。
しかし、身体はぶら下がった状態だ。
スマホは案の定、地面へ衝突し粉々になっている。
身体を上へ持ち上げ、柵を乗り越えたいところだが、さっきまで受けていた攻撃の影響も相まって、力が思うように出力できない。
「――わ、我に対して、なんてことを……っ!」
トロフィーモンスターが屋上から身を乗り出し、柵にぶら下がる真桜を、怒りの感情を込めて見下ろしていた。