やっと言えた
余命宣告を受けた。あと〇年で死ぬらしい。
明日、好きな人に一世一代の告白をしようと思っていたのに、なんて診断をしてくれたんだ。
あ、でもこのまま入院なら来月の期末テスト受けなくて済むかもしれない。もう勉強しなくてもいいのはラッキーかも。
部活はどうなるんだろう。幸いなことに私は部長とかじゃないから迷惑かけることはあまりないだろうが、せっかく練習したから卒業まではしてみたかったかもしれない。
あれこれ考えてると先生との話が終わったのか両親が立ち上がり、私も慌てて立つ。父は口をへの字にして眼に涙をため、母はしっかりと前を向きながらもせっかくのアイシャドウが崩れていた。なんだかんだいって私って愛されてるんだな。
「私、しばらく学校こないから」
「は?」
東広樹は大好物の焼きそばパンを頬ばろうと口を開けたまま固まっていた。
話しかけたタイミング間違ったかもしれない。
私の両親と広樹の両親は学生時代の友人同士で卒業後も連絡をとりあっており、必然的に私と広樹もよく会うようになった、よくいう幼馴染というものだ。
「だから、しばらく学校休むことになったの」
「……なんでって、聞いてもいいのか?」
いつもはそんな聞き方しないくせに妙に勘が鋭いというか。
「入院するっことになって、一週間後に」
「どこか悪いのか?」
「まあね」
私、死んじゃうかもっていったらどんな反応するのかな。
「いつ退院するんだ?」
「予定では〇年後かな」
正確には〇年後に生きてるか死んでるかが分かるんだけどね。
「そうか、結構かかるんだな」
広樹が伏し目がちになる。
「病名とか聞かないの?」
「気になるけど、美穂が言いたくなったらでいいよ」
「ふうん。じゃあ、今は言わない」
「わかった」
それからは広樹は無言で焼きそばパンを食べた。
その後の会話は最近のアニメや漫画、クラスで流行っていることなどいつもと同じだった。
入院生活が始まった。
初めはクラスメイトが何人か見舞いに来てくれた。気を使ったり使われたりですごく疲れたけれど、それでも誰かと話しているときは時間が早く過ぎていった。
「よっ」
「…広樹、何しに来たの」
「何って会いに来ただけだよ、どうせ暇だろーなーと思って」
鞄から教科書を取り出しベッドの上に並べ始める。
「また宿題するの?」
「ああ、別にいいだろ」
まるで自分の部屋かのように数学の課題を始める。
病気が見つかり入院が決まってから周囲の態度が変わっていくのをひしひしと感じた。気まずそうにする人、泣きたいのを我慢する人、から元気をする人。
そんな中でも目の前の幼馴染だけはずっと同じだった。
それがどんなに私を救ってくれたことか。
「広樹」
「ん?」
「ずっとそのままでいてね」
広樹が目をみはる。
「ああ、当たり前だろ」
彼の心から笑った表情が心地よかった。
ホームルームが終わってそれぞれが帰路に着く準備をする。
「広樹、今日友也の家でゲームするんだけど一緒にいかね?」
鞄に教科書を詰めていると、聡と友也がいた。
二人は高校生になってから初めてできた友達だ。
「ごめん、聡。今日はパス」
「オッケー。何か予定あるの?」
「ちょっとな。また誘ってよ」
「ほいよー。あ、そういえば広樹って遠野さんのお見舞い行った?」
「行ったよ」
「まじで、えらいなー」
俺、まだだわ、と聡が呟く。
聡がそんな反応をするのも無理はない。
聡は俺と美穂が幼馴染だって知らないし、俺たちも自ら言いふらしたりしてないからだ。
中学時代に俺たちが幼馴染だと周囲にばれてから冷やかしが増えたため、高校生になって美穂から絶対言うなと口止めされていた。
「別に無理して行かなくてもいいんじゃない。先生もそういうつもりで言ったわけじゃないと思し」
美穂が学校に来なくなった初日、担任が美穂の入院を伝えていた。
「まあそうだよな。行っても何話していいのか分かんないし、気まずいよな」
「何って教室で話すことでいいんじゃない。いつも普通に話してるじゃん」
「いやいや、入院してる人に学校のこととかデリカシーなさすぎでしょ」
「え?」
だーかーらー、と聡が続ける。
「学校行きたくてもいけない状況の人に、学校生活のこと話すって、相手が嫌な思いするだけじゃん」
「……そうなのか?」
聡の意見ももっともだ。だが本当そうだろうか。
何気ない会話なのにさっきから腹の底で引っかかるのはどうしてだろう。
「でも、学校行かなくていいのは羨ましいよな」
「は?」
腹の底の正体がわかった。
これは、怒りだ。
「だってさ、テスとか勉強とかないんだぜ。いいよな、俺も学校やす———」
「サトル!!」
えっ、と聡の動揺した声が聞こえる。
「俺、時間無いから行くな」
こんな時にも笑っている自分が嫌いだった。
一週間前に幼馴染が入院した。
いつものように屋上で一人飯を謳歌していると突然現れて突然あの告白を聞いた。正直、病気のことは気になって仕方なかったけど手を握り締めてがんばって笑う表情とか、声を震えないようにしているところとかみると聞いちゃいけないと思った。美穂が言いたくなるまで待とうと決めた。
病院の売店に目をやると美穂がいた。
「よっ!」
「げ、広樹」
「何見てんの?」
「別に」
そう言って美穂が本をもとに戻す。
最近流行りの異世界転生もののラノベだった。
「こういうの興味あるんだ。意外」
美穂が本棚に戻したラノベを手に取る。
「なんとなく。今までは異世界とか第二の人生とかバカバカしいって思ってたけど、この生活してから他人事に感じられなくなってさ」
そう呟く彼女を見ていると、このまま遠くに手の届かない場所に行ってしまいそうな儚さがあった。やっぱり、学校休んでいいことなんて何もないじゃなか。
「美穂、退院したら何がしたい?」
少しでも元気になってほしかった。
「え?」
美穂が驚いた顔をする。
「〇年後には退院するんだろ?だから、その時の予定一緒にたてようぜ」
いつもの笑顔がみたかった。
「……いい。気持ちだけもらっとく」
またあの顔だ。泣きたいのを我慢してる。
「えっと、なんで?」
「いいったらいいの。そういう気分じゃない」
「気分ってなんだよ。俺は少しでも元気づけようとして———」
「頼んでない‼そんなこと一言も頼んでない」
美穂が俯き、手を握りしめる。
「それになんなの、毎日毎日毎日、私に同情してるの?憐れんでるの?……もう、ほっといて」
そのまま売店を後にしようとする美穂の腕を慌ててつかむ。
「どうしたんだよ。そんなにイライラして。何かあったのか」
美穂がこんなに取り乱すなんて絶対おかしい。
「……広樹には関係ないでしょ」
俺にはもう一度彼女の腕をつかむことはできなかった。
検査結果は最悪だった。
〇年後って言ってのになんで短くなってるの。
なんでまたお父さんとお母さんが泣いてるの。
なんで私だけこんな目に合わないといけないの。
————私ってなんのために生まれてきたの。
頭の中はいっぱいいっぱいだったのに、涙は相変わらず出てこなかった。
ただ、目の前が真っ暗になるとはこういうことなんだと他人事のように思えた。
食事制限されているのがバカバカしくなって売店に行った。デザートコーナーに足を進めている途中、視界にある文が目に留まり、手に取ると現世で死んだ主人公が異世界で生き生きと暮らしているラノベだった。
私も異世界に行ったら今の暮らしはリセットされて、もっと穏やかに暮らせるだろうか。
異世界に行ったら何しよう。こんなこと考えるなんて、らしくないな、私。
「よっ」
振り向くと広樹がいた。
「げ、広樹」
今一番会いたくなかった。
「こういうの興味あるんだ。意外」
広樹がさっきのラノベを手に取る。
確かに今までの私はこういうの全く興味なかったよな。
「なんとなく。今までは異世界とか第二の人生とかバカバカしいって思ってたけど、この生活してから他人事に感じられなくなってさ」
私も死んだら異世界に行けるかな。なんて。
私はこれからどうなるんだろう。あとどれくらい現世にいられるんだろう。
「美穂、退院したら何がしたい?」
「え?」
「〇年後には退院するんだろ?だから、その時の予定一緒にたてようぜ」
未来のない私に、未来の予定をたてさせるの。
気持ちだけもらっとくと断ってもなかなか引き下がってくれなくて。もう全てがどうでもよくなって、
さっきの検査結果を告げてやろうかとも思った。でも伝えてしまうと広樹もみんなと同じになってしまいそうで怖かった。なによりも、広樹は広樹のままでいてほしかった。
そうしないと私を対等に扱ってくれる人がこの世に存在しなくなってしまうから。
美穂と気まずくなって、なかなか会いに行く勇気が出なかった。やっぱり聡の言う通りだったかもしれない。
なんとなく、家に帰る気にもなれなくて病院の中庭に足を運ぶようになって一週間。今日も中庭のベンチに腰かけた。太陽で温められたベンチは俺の腰をさらに重くさせた。
「広樹くん?」
「美穂のお母さん」
こんにちは、と挨拶する。
「いつも来てくれてありがとう。あ、そうだ、これあげる」
そう言って、紙袋を手渡された。
美穂のお母さんは明るく話していたが以前よりやつれて見えた。
「これって、美穂のお見舞いのじゃ」
「いいのよ。いつも持って行ってるから。それに今日お医者さんから追加の食事制限の話をされて、それも渡せなくなっちゃったから」
「……食事制限?」
嫌な予感がする。
「そうなの。……広樹くん、美穂から病気のことは聞いた?」
何も知らない、本人に聞く勇気がなかったから。
「……はい」
「ならよかった」
お母さんがほっとした顔をした。
罪悪感よりも嫌な予感が的中しそうで怖かった。
「あの子、……もう長くないのよね」
「…………」
「最期くらいは好きなもの食べさせてやりたいのに、どうすればあの子が救われるのか。毎日毎日考えてもわからないの。病気のことが分かったときも、今も変わらないでずっと笑ってて、親の私がしっかりしないといけないのに———」
途中から内容が全く入ってこなかった。
ただ分かったのは美穂が死んでしまうということ。この中で誰よりも早く。
「廊下では走らないでください!」
紙袋を片手に病室に急いだ。部屋のドアを勢いよく開ける。
美穂が驚いた顔でこっちを見ていた。
「……ひろき、どうしたの?」
「どうしたって、お前……」
死んじゃうの?
「……」
美穂が紙袋を見る。
「もしかして、お母さんに会った?」
「ああ」
「そっかぁ」
重苦しい空気とは裏腹の快晴に腹が立ってくる。
「あのさぁ、ひろき、私ね……死んじゃうんだって」
「知ってる」
「うん、それでね、あの……聞いてほしいことがあって」
「……なに?」
美穂が瞬きするたびに涙が溢れていた。
「……死にたくない」
ごめん、こんなこと言って迷惑かけるだけなのに、ごめん、と謝り続ける彼女が痛い痛しくて。
「俺も伝えたいことあってきた」
「……何」
「俺をおいていかないで」