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そらつばMIX  作者: manaka
エピローグ
33/34

湊の想い

五月の最終日曜日。高等部女子寮の玄関に大河の姿があった。


 白を基調とした清楚な服装はこれから逢う人物に好印象を持って貰うための努力だろうか。


 花壇へ朝の水遣りをしている宮代に声を掛けた。


「咲ちゃん、行ってくるね」


「あらら、これはまた可愛らしく――って、あんた……!」


 何気なく振り向いた宮代であったが、すぐに驚きの表情に変わりシャワーノズルを落とした。大河の何処かを指差している。


 宮代の豹変ぶりに何か大変な失敗をしているのかと慌てた大河は、玄関のガラスに自身を映してみた。


「え? ど、どこか変かな」


 聞かれて首を振った宮代だが、指先は大河の胸元を指したままである。


「ううん、服装は変じゃないよ。それ、相手は知ってるの?」


 指摘が意味するところに気付いた大河は、振り向いて明るく笑った。


「これ? あはは、知らないと思うよ。そういう事には鈍いみたいだし。でないとこんな風に付けられないよ。どう? キラキラしてかわいいでしょ」


 嬉しそうに角度を変えてみせる。そのまま回りそうな雰囲気だ。


「ん~……そっかそっか。ま、どっちでもいいんだけど。とりあえず頑張っといで」


 宮代は微笑ましいと言いたそうな笑顔である。


 ふと大河の表情が曇った。見つめる目にある種の疑念が込められている。


「咲ちゃん……」


「ん? どしたの?」


 答えた宮代の声は優しい。


 大河は遠慮している様な気まずさを声に乗せた。


「そのぉ……咲ちゃんって………割と仲良いよね。平気?」


 宮代はそんな事かと言いたげに笑顔で手を振る。


「何を言うかと思ったら何言ってんの。あたしは部活動の一環として接触が多いだけよ。そりゃあプライベートにも多少は関わってるけどさ、あくまでも互いの貸し借りの部分で恋愛感情なんてこれっぽっちも無い無い。あたし自身それどころじゃないし」


 あっけらかんとした笑顔に安堵したのか、大河も笑う。


 そこへ二階から声が振ってきた。


「咲~、そこにいる?」


 片桐の声である。


 宮代はポーチを出ると片桐を探して見上げた。


「はーい、ここにいますよー」


「あんたパソコンに詳しいでしょ? ちょっと教えてくれるかなぁ。今ミケが居ないの」


「いいですよ。もうすぐ終りますから茶菓子でも用意して待ってて下さいね、お姉さま」


「うん! おいしい紅茶を入れるから、お願いね」


 手を振りながら戻った宮代を大河の笑顔が迎えた。


「あはは、呼び方変えるって言ってたけどやっぱり『お姉さま』なんだね」


「う~ん、学園内では会長で通せるけど、プライベートだと無理なのよね。お姉さまもね、あたしが呼ぶときはそうじゃないと寂しいって駄々捏ねるのよ。慣れって洗脳と同じだわ。他の例も知ってるけど、つくづく怖いわねぇ」


 どことなく言い訳がましい事を並べ立てながらホースをまとめ始めた宮代に、まるでからかうような口調で、しかし優しく大河は訊ねた。


「でも、嫌じゃないでしょ?」


 宮代は笑った。


「ノーコメント。あんたはどうなのよ、すっかりお姉さまで定着させられてる……あれ? そういえば、湊の本当のお姉さまって誰?」


「片桐先輩をお姉さまって呼ぶのは嫌じゃないよ? もういっこの質問は、ふふっ。あたしもノーコメント。これくらいの隠し事はお互い様だよね」


「ん? 納得出来る様な出来ない様な。あたしだけ姉を知られてるのは不公平な気が……」


「でも咲ちゃんだって、あたしが知らない秘密を知ってるよね?」


「え?」


 突然核心に触れた様な発言を耳にして、宮代は目を合わせた。


 大河はその先を追及しなかった。


「なんとなくだけどさ、やっぱり一緒にいると解るんだよね。いつか聞けたらって思うけど、あたしはその機会が来なくても構わない。だって咲ちゃんだもん、知るべきだって事はちゃんと教えてくれるし、どうでも良い事や知らない方が幸せなら言わない。だから聞かないの。咲ちゃんも、あたしのお姉さまは……機会があればって事にしてくれる?」


 そう言って微笑む大河に、宮代は溜め息を交えて返した。


「あんたって、時々すっごく嬉しい事を言ってくれるのよね。ほんっと不思議」


 手を洗いながら向日葵の様な笑顔を見せる。


 大河もいつも通りに微笑み、腕時計を確認した。


「そう? あ、そろそろ行かなきゃ。お夕飯には帰ってくると思うから」


「うん。あたしも甘っ子のお姉さまが待ってるから急ぐわ」


 それぞれの用事の為に擦れ違い、宮代は寮内へ大河は門へと別れた。






 海藤と山吹は公園のシンボルでもある時計塔を見上げてベンチに座っていた。


 共にトレーニングウェアに身を包み薄っすらと汗をかいている。


 九時を回った暖かい陽光が二人に照りつけた。


「一ヶ月ですね………」


 山吹の呟きに、海藤は少しの間を置いて返した。


「早いのか遅いのか。どっちなんだろうな」


 流れる沈黙を嫌ったかの様に風が吹きぬける。


 再び山吹が口を開いた。視線は変わらず上を向いている。


「今朝フィリップから連絡がありました。虚偽の依頼による目的外への術行使だそうです。教頭の財産没収に干渉する理由が出来たと礼を言ってましたよ」


「やっぱり大河さんの不幸もエドか。もう数発殴っておけばよかったぜ」


「ですが……エドの計画によって起きた弊害まで戻す事は出来ないそうです。大河さんの過去は変わりません」


「て事は、あの二人も……」


「そういう事です」


「……そうか」


 海藤は下を向き、山吹は時計塔を見上げたまま、それっきり黙りこんだ。


 遠くから鳥のさえずりが聞こえる。


 長い沈黙であった。


 二人の座るベンチに、すうっと人影が割り込む。


 海藤が顔を上げた。


 白いパーカーから黒いシャツを覗かせ、タータンチェックのスカートに黒いニーソックス、黒のローファーを履いた少女が軽く足を開いて立ち、腰に手を当てて首を傾けベンチの二人を見下ろしていた。


 手に提げたビニール袋を差し出して周囲を見渡す。


「バテたか? 情けない体力だな」


 御門である。


 体は戻っていなかった。


 山吹はスポーツドリンクのボトルを海藤に渡し、御門の様子を見て応えた。


「お二人なら少し離れた所で何やら話していますよ。じきに来るでしょう」


「湊も来てるのか」


 御門は溜め息を吐き、ふと二人が手にした飲み物を見て付け加えた。


「あぁ、すまん。冷えたのしかなかったんだ」


 その言葉に海藤と山吹は顔を見合わせた。


 御門なら常温の物を選ぶと解っている。温度管理された物を買ってきたという事はそれしか無かっただけなのだ。暗黙の了解であり以前の御門なら気遣いの言葉など加えない。


 海藤はボトルを眺めながら呟くように言った。


「そんな事は気にすんな。……お前、少し変わったよな」


 御門の返事は短かった。


「断る」


「その答えが相応しい問い掛けはしてねぇ、勘違いすんな。そういう感情とか一切抜きで聞いてるんだが、前と比べて妙に女らしくなってないか? 修復をしたと言ってたがそれが原因か?」


 海藤と山吹には翼の消滅危機や腹部貫通の怪我について話しておらず、フィリップにも口止めをしていた。その上で、ちょっと修復したと伝えたのみである。


 海藤は、翼との融合が高まり、御門が女性寄りになったのではないかと聞いているのだ。

 御門は苦笑いになり、自覚している部分もあると前置きして語った。


「咲にも言われたんだが、女ばかりの中でバレないように生活してるからな、行動様式を真似てるうちに順応したんだろう。翼との混合体でもあるしな。女らしくなったって言うけどな、これでも俺は結構混乱気味なんだよ。日常的に女扱いされるってのは、お前等が当たり前にやってる事を全て否定されるんだ。異なる文化圏でホームシックになる奴の気持ちが良く解る。俺は早く帰りたい」


 何気ない会話に、海藤が思い出して叫んだ。


「そうか! 何か違うとは思ってたんだが、劇的に言葉が多くなったぜ?」


「そう言えば聞いた事にもすんなり答える様になりましたね」


 二人の指摘に、また苦笑を浮かべる。


「俺そんなに足りてなかったか? そりゃすまん。男女の違いってのかな、女子って良く喋るんだ。一つの事を伝えるのに付随する情報も多い。その中から次に繋がったりするし前の話題を補強したりもする。飛ぶときはとことん意味不明な飛び方をするが、概ねの会話は全て繋がってるんだ。俺がそれに慣れたのかもしれ――――えと、うるさいかな?」


 御門が首を傾げた。


 語りを聞きながら口を開けていた二人は顔を見合わせ、山吹が訊ねた。


「親しみやすくなったなと感じました。それだけ話す様になったんです。あの日、僕達が意識を失ってる間に何が起きたのか教えて頂けますか? 貴女が話さないのには理由があると解ってはいます。聞いていいものか散々迷いましたが、やはり知っておくべきではないかと思うんです」


 御門は海藤を見る。


 彼も頷いて同意を示した。


 大きな溜め息を吐いた御門は腰に手を当てて天を仰ぎ、


「翼が気にしてるんだよ。お前等だから話すけどな、絶対に謝りに行くなよ?」


 事実をそのまま伝える事にした。






 待ち合わせ場所に現れた大河の服装を見るなり駆け寄った翼は、彼女を木立へと引き摺り込んだ。


 御門が来る少し前の事である。


 息が荒いのは走ったせいか、それとも感情的になっているせいか。


「湊、あんたどういうつもり?」


「えと、遅れたことなら、ちゃんと謝るつもりだけど」


 大河は首を捻る。


「そんなのどうでもいいの! これよ!」


 翼が指差したのは、校章をデザインしたブローチチェーンである。


 それがブラウスのボタンホールに通されていた。


 上から三番目、貞節のイエローリボン。


「どういうつもりでここに着けてんのよ!?」


 目を吊り上げながら指を突き立てている。


 大河は笑って手を左右に振った。


「あは、翼ちゃん外部なのに知ってたんだ。大丈夫だよ、ここに付けたら可愛いなって思っただけ」


「……本当に!?」


「うん。だから安心して」


「うぅ~なんか最近の湊ってそれと同じアピールしてる気がするんだけど?」


 大河の笑顔が変化した。


 考えるときの癖を見せながら、じぃっと翼を見つめ、少しだけ意地悪そうに微笑んだ。


「ふふ、どうしようかなぁ、咲ちゃんなら上手く説明出来るんだろうけど。あ、そうだ。その靴」


「靴?」


 翼は自分の足元を見る。


 黒いローファーだが、サイドに小さな星が並んで光る、割と好んで履く物だ。


「うん、それってお気に入り?」


「そりゃまぁ、そうだけど」


「え~と、ちょっと借りていい?」


 そう言ってしゃがみ込んだ大河は靴を指す。


 翼が木に手を掛けて脱ぎ、それを持って大河は立った。


「ありがと。じゃあ、さっそく履いて」


 また、しゃがみこんで足元に置かれ、翼は首を捻りながら履いた。


「履いたわ。おまじないか何かなの?」


「イエローリボンの意味を踏まえたお話なんだけど」


 心臓が跳びはね、翼の体もピクンと跳ねた。

 何も言えずにいる翼をじっと見て、ふわりと微笑む大河。


「あは、その反応が見たかった」


「なんの事、かしら」


 大河は少し体を屈め、とぼける翼に目線を揃えた。そして。


「あたしは靴を持って逃げる事も茂みの奥に投げ込む事も出来た。それをしなかったのが、今のあたしが示せる誠意。解ってくれる?」


「なにそ――……!? 湊――」


 翼は靴の意味を理解した。


――あたしが走りだしても直ぐに追えるでしょ?――


 不穏な空気が漂う。


「……告白の意味だって認めたのね?」


「空ちゃんは知らないんでしょ?」


「当たり前よ。教えてないもの」


「じゃあ問題ないはずよ? どうしてそんなに怒るの?」


 大河は微笑みを浮かべていた。


 余裕とか嫌味とかではなく純粋に翼と仲良く語りたい、そんな雰囲気である。


 それが解るからこそ、真意を計りかねた翼は困惑していた。


「く、靴の例えよ。出来るけどしないのが誠意って言ったじゃない。リボンは意味のままだけど黙ってるんでしょ? つまり聞かれた時は告白するって事じゃん」


「それはそうだけど、翼ちゃんが怒ったのはその前だよ? 気付いた瞬間だよ?」


「そ、れは、あ、あたし意味知ってたし、女の子同士でそんなのおかしいから止めるのは当然じゃない。あんたこそ何? そういう趣味の人なの?」


「好きになった人の内面だけ見てたら、そんなの関係ないって思うんだけど」


 落ち着いて話す大河に反して翼の言葉はどんどん感情的になっていく。


「な、何よ、堂々と好きだなんて言って。今日だって一緒に出ればいいのに、わざわざ待ち合わせするなんておかしいと思ったのよ。やっぱりこういう事だったのね。あたしは認めないから!」


「決めるのは空ちゃんだよ?」


「駄目! そんなの変だもん! お姉ちゃんは絶対にあげないんだから!」


「どうしても?」


「どうしても!」


「つまり空ちゃんが男の人だったら問題無いって事だよね? 言質とったけどいいんだよね?」


「言質!?――――」


 翼は絶句した。


 覗き込む様な視線から逃れる事も出来なかった。


 三十秒はそのままだったろうか。


 大河は変わらない微笑で告げる。


「ふ~ん。やっぱりそうなんだ。じゃあ、問題無いよね?」


「やっぱりって何よ……意味が……解らないわ」


 記憶操作は念入りに行われた筈だ。御門に掛けた術の効果は問題なく発揮されていて、大河が魔族と関わりを持っていない事も解っている。大河は御門を『姉』と慕っているだけのはずだ。だと言うのに、言い知れぬ不安が湧き出して止まらない。


 ヒントが、大河の手で目の前にぶら下げられた。


「これ、あたしのオリジナルなの。空ちゃんも持ってるよね?」


 あの黄色いマスコットのキーホルダーであった。

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