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そらつばMIX  作者: manaka
デストラクション
32/34

崩壊―4

 崩れた壁の隙間から中に侵入して、御門は愕然となった。


 何が起きたらこうなるのか、翠川邸の内部は完全に瓦礫の山と化していたのだ。


 見上げると、むき出しとなった建材の鉄骨が揺れていた。


 足元が崩れ、手近な山に手をつきかけ、触れた瞬間の違和感で反射的に引く。


 そこには鋭利な鉄筋が突き出ていた。


 ただ転ぶだけで大怪我しそうな瓦礫の中を、御門は可能な限り急いだ。


 辛うじて壁の形を保つ向こうに、投げ出した様な足を見つけた。もどかしい思いで辿り着き、立ちはだかる壁を回り込む。


 息も絶え絶えに座っていたのはエドワードであった。


「エド……なぜお前が?」


 問い掛けは自然の成り行きである。


 鼻で笑う音が聞こえた。だが声は出ていない。


 唇がゆっくり三回動き、親指を立てて下へ向けた。


 そこに込められた敵意。


「なるほど、これはお前がやったんだな? 最初から敵だったって訳だ」


 御門は、エドワードをひと目見ただけで長く持たないと気付いていた。だから見逃すつもりだったのだが。

 ひゅひゅひゅ、と掠れた息吹の悪意が耳に届いた瞬間、鈍い音と共にエドワードの足が折れる。


 御門の蹴りが入っていた。


「後悔する時間をくれてやる。あいつらの――そして翼の痛みを味わいながら消滅しろ」


 叫ぶ事も出来ずに悶える魔族を見下ろして告げると、反応を窺う事なく探すべき相手に集中して歩き始めた。


 微かだが温かな感情の揺れ。それだけを頼りに大まかな方向を定め、遮る壁を蹴破り、崩れた梁を乗り越え、傾いた柱をくぐる。


 直進する御門の進路上中空に褐色の人影が現れた。


 開口一番。


「空。すまぬ」


 その意味。


 御門は一瞥だけで通過する。


 しかしフィリップの言葉は続けられた。


「解らぬか? 媒体の役目を終えた証拠に魔力の流れが無くなったであろう」


 言われて気付き、立ち止まった。


 胸の辺りで感じていた継続的な魔力放出が無くなっている。


「どういう事だ」


「翼の消滅は避けられぬ。それと同時に壊れた媒体も消滅し、お主の体は元に戻る。まだ制限は解除されておらんと言うのに無理に強大な魔力を行使した結果だ」


「……消滅? 翼が?」


「すまぬ。何者かに侵入されて解除が遅れたのだ」


「それは聞いたぜ」


 御門の声が苛立ちを表現している。


 フィリップは苦悶の表情を見せた。


「――ミストは媒体が壊れる覚悟で強引な術式を使った様だ。故に間に合った。だが媒体が壊れては魔力が取り出せぬ。魔界へ渡れば問題無いが媒体が無くては情報を維持出来ぬゆえ時空を越えられぬ。ここで。この世界で体内の魔力を使い切り――消滅するしかない」


 絶望の宣告。


 御門の焦燥感が叫びとなった。


「翼は何処だ! 教えろ!」


 フィリップが指を打ち鳴らす。


 御門の視界が揺れ、次の瞬間には別の場所へ移動していたが、瓦礫に囲まれた空間は先程までと区別が付かない。


「事故事例として消滅の瞬間まで記録せねばならぬゆえ監視は解けぬが……せめて残りの時間は二人きりで過ごすが良い。私からは、すまぬ、とだけ」


 風に声を残してフィリップが消える。


 足元に翼が横たわっていた。


 叫びは出なかった。


 御門は、ただ、大切な妹をその手に抱きしめたかった。


 翼を起こし、顔についた瓦礫の欠片を払い落とす。


 ふわりと埃が舞い上がった。


 薄く細かい粒子。


 御門はそれを知っている。


 魔族が消滅する際に見られる塵だ。


 だが翼から立ち上るそれは、滅する場合と違って緩やかに進んでいる様であった。


 翼の目が開き、二人は視線を合わせた。


「あは、お姉ちゃん………来てくれたんだ。さっきの声はフィリップだね。聞いたの?」


 御門は頷いた。


「もう魔力が残っていなか?」


「ううん、まだいっぱいあるよ。ただ媒体をね、強引にこじ開けて壊しちゃったみたい。体を維持する魔力は少しでいいんだけどね、それすら取り出せないの。あ、お姉ちゃんは大丈夫だから」


「なぜだ。もう少し待てなかったのか?」


「ん~あれ以上は無理ね。待つどころかギリギリ間に合った感じ」


「あの光が魔力暴走か?」


「うん。放置したら半径五百メートルは消し飛んだかな? 制限解除に手間取ったから空間断層が五つしか作れなくて……あれ? そういえば犯人は誰だったんだろ?」


 皆を助けるために強大な魔力を行使した結果。


 それが自身の消滅を招いているにも関わらず翼は淡々と語っていた。


「なに落ち込んでるの? やっと戻れるんだよ? そしたらまた、お兄ちゃんって呼ばせて――あ、そか。あたし居ないんだった。あはは、馬鹿だね」


 何もかも諦めた口調に未練が感じられず、御門は一抹の寂しさを覚えた。


 これが人間と魔族の違いなのか、と。


「媒体の修理は出来ないのか? 治療に使ってる分を回すとか。あいつらもお前の命と引き換えに等しい助かり方なんて納得しない筈だ」


 聞かなくても解っていた。可能ならとうに実行している。


 返答はそれを補強する内容であった。


「あはは、前にも言ったよ? 治療とかの特別措置は術の体系が違って使用する力も違うの。物品を修復する場合は魔力を使うから媒体を通さないと……だからね、媒体が壊れたら何も出来ないの。ねぇ、そんな事より抱っこしてて欲しいな」


 翼が首を傾げて甘える。


 御門は黙ったまま、繊細な細工物を扱う様に優しく抱きしめた。


「ぎゅってして。大丈夫、崩れたりしないから」


 その通りにして、やっと気付いた。


 翼は小さく震えていたのだ。


「翼……お前……」


「いいの。言わないで」


 その感情がどんどん御門に流れ込んでくる。


 消滅への不安と恐怖、側に居られなくなる悲しみ、それらを上回る――御門を元に戻せる事への大きな喜び。


 御門は言わずにいられなかった。


「俺はお前を救いたい。それが叶うなら、どんな内容でもいいから契約してくれ」


 コツン、と頭で優しく押される。


「もう、何で言うかなぁ。決心が揺らぐじゃない」


「あるんだな? 助かる方法が」


「うん。一つだけね」


 翼は体を離すと、御門の目を覗き込んで言った。


「あたしと結婚してくれる? それだったら第四条が適用されるの。強制契約の一種だから今のあたしでも契約を結ぶ事が可能よ?」


「いいだろう」


 即答であった。


 翼の目は御門の心を覗いている様な光を湛えている。


「本当に? あたしを生涯の伴侶にするんだよ? そのまま魔力を失うから体も戻せないんだよ?」


「お前に嘘を吐いた事は一度も無い」


 御門は真剣に答えた。


 返って来たのは小さな、そして寂しそうな笑いであった。


「くすくす、じゃあ、これが初めての嘘ね。あ、最後にもなるのかな?」


「俺は本気だ! 早くしろ!」


 焦りが御門の声を大きくした。


 翼は手を持ち上げて指先で御門の唇を押える。


「ありがと。でも、だ~め。同情で結婚なんて嫌なの。まあちょっと嬉しかったけどね。あ~あ、もっと時間があったらな~……」


 天を仰ぎ、溜め息混じりに声を張り上げる。


 つう、と流れた涙。


 流れ込む感情。


 御門は何も言えなくなってしまった。






 風に乗って、何かがパラパラと崩れる音が聞こえた。


 ぶら下がった建材が揺れて軋みを響かせる。


「……ん?」


 御門が立ち上がり周囲を眺めた。


「どうしたの?」


「いや……なんでもない。ここは危険だ、移動しよう。少し向こうに広い所がある」


「あたしはここでもいいよ」


「俺が良くない。ほら、立て」


 強引に翼を立たせ、転ばないように支えて歩き出す。


「もう、いいのに。お姉ちゃんだってフラフラじゃない」


「俺は諦めが悪いんだ」


 約束事とは言え、この期に及んでも翼は「お姉ちゃん」と呼称している。


 その線引きが御門を苛立たせた。


 瓦礫で埋め尽くされた空間を慎重に進む。


 翼の足元が崩れた。


「きゃっ」


 ふらついた体を支え、気を付けるように目で訴える。


 周りには突起物が多く倒れ込むだけでも危ない。


 それを言いたいのだと解り、翼は微笑んで頷いた。


 しかし、足元を見ていると張り出した鉄筋に引っ掛かり、周囲を見ていると足元が疎かになる。何度かバランスを崩し、そのたびに御門が助けて進んだ。


「なんか映画のラストシーンみたいだね」


「そうだな」


 神経を張り巡らせている御門の答えは短い。だが護られている実感が翼の心を暖かくする。


 ふと思い付いて翼がくすくす笑う。


「ねぇ、ラストシーンってさ、約束事があるよね」


「男が死ぬ」


「なによぉ。ムード無いなぁ」


「俺は人として出来が悪い――」


 本音である。御門は宮代の言葉を思い出した。


 ――なるほど、人間愛は持ってても恋愛感情には疎い訳だ――


 ――憧れ以上になって本人の中で固まったら、ちゃんと応えてあげて欲しいの――


 血は繋がっていない。種族すら違う。それを理解した上で翼は結婚の話を出し、それでも妹としか見られていない事を見抜いて断った。そして御門を戻すと決めた様だった。


 ずっと「お姉ちゃん」で通しているのは、最期まで妹であろうとしているのだ。


 その深い愛情。


「――応えたくても、俺には……解らない」


 自身の想いに関して、御門は誰よりも未熟であった。


 翼が覗き込む。


「お姉ちゃん、大丈夫? 何処か痛い? 回復術なら系統が違うって言ったでしょ? 遠慮しなくていいんだよ?」


 感情を悟られまいとでもする様に、御門は誇りまみれの腕で涙を拭った。


 大きく深呼吸する。


「俺の心配はいい。時間はどれくらい残ってるんだ?」


「あはは、そんなのわかんないよ。初めてだもん」


「あ、そう……だな」


 当たり前の回答に言葉を失う。


 翼が明るく聞いた。


「ね、さっきの話。映画のラストシーンの約束事」


 周囲を確認しながら御門が答える。


「……すまん。本当に解らないんだ」


 回答はくすくすと笑った後に告げられた。


「キスシーンよ」


 思い掛けない言葉に思わず立ち止まる。


「まだあるのか? 助かる方法が!」


 翼は楽しそうに、そして寂しそうに笑った。


「そんなの残ってないわよ。もう、にぶいんだから。お姉ちゃんにはまだ早いのね」


「っ……悪かったな」


 可愛らしく頬を膨らませて歩き出す。


 その目に力がこもるのを見て再び翼が覗き込む。


「あれ? 怒った?」


「しゃべってると転ぶぞ」


 御門は周囲を観察しながら、ゆっくり翼を導く。


 残された時間を二人きりで過ごす、たったそれだけで翼は浮かれていた。


「あは、あたしが転んでもお姉ちゃんが助けてくれるんでしょ? ――きゃっ」


「ほらみろ」


 足を乗せた瓦礫がバランスを失い、翼が大きく傾く。

 御門が強引に引っ張って、際どい所で立ち位置を入れ替えた。


 安全なスペースへ放り出され、翼はよろけて地面に座り込む。


「あはは、言った側から……えへ。ありがと」


 舌を出して振り向いた翼に御門は何も返さず、力無くそこに立っていた。



 その腹部を、太い鉄筋に貫かれて。


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