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そらつばMIX  作者: manaka
デストラクション
29/34

崩壊―1

 翼が大河の記憶操作を始めた。

 ゲームスチルの様な存在に触れると、大河視点の体験が映像の様に流れ込んでくる。音声は無い。

 最新のスチルから辿って朝起きる所までを選択し、大河の意識が重視していない事を消す。次に、手帳の記憶を消す。そして、地下牢で抱えた嫉妬を主としたマイナス感情に囚われた事実を消す。それだけで多くの事柄が短期記憶から消えた。

 大河が重視している記憶は、やはり御門だった。ただし、現在の御門である。それと、あのキーホルダー。

 大河の感情は、驚愕しつつ納得もしている様だ。懐かしさも感じる。やはりキーホルダーは大河が贈った物なのだ、翼はそう確信した。どんな想いで贈ったのかが気になったが、

 一瞬、御門が意地の悪い表情を見せた所から、天井を眺める所まで飛んだ。途中は負の感情絡みで既に消えた様だ。その内容も気にならないと言えば嘘になるが、御門の胸に飛び込んだらしい大河の感情が一気に膨らんだ。

 喜びと悲しみが同時に流れ込んでくる。そして、更に大きく強烈で、あたたかな想い。大河の事情を知ったから分かる、満たされた想いが流れ込んできた。

 それらは黄色いマスコットのキーホルダーと結び付いていた。

 そして。泣きながら溢れだした想いは。


(うそ……お姉ちゃんを『姉』と認識してるの? それなら)


 この重要な記憶を残せば、羨望から負の感情に囚われる事は無いだろう。場所は地下牢から寮に、日付は高等部寮に引っ越した翌日として、常時アクセス状態にする事で大河の心を幸福感で満たす。

 多少は姉に対する甘えを見せるかもしれないが、そこは御門に対処してもらおう。そう考えながら丁寧に処理をして、大河の意識世界を後にした。


 現実世界では御門が翼を見つめていた。その口が開く前に、翼は指を揃えて拒絶の形で手のひらを突きだした。


「あたしには姉妹制度が良く分からなかったけど、湊の願いの強さも……叶った嬉しさも分かっちゃった。だからね、お姉ちゃんを『姉』と慕う気持ちは消してないの。もうキーホルダーを隠さなくてもいいよ。てか積極的に見せてあげて」


 それをどう処理したのか、御門は一瞬だけ考えて頷いた。


「一人も二人も変わらないものね。了解」


「あれ? なんだろ、すっごくムカついた」


「かわいい妹が二人になって嬉しいけど?」


 腰に手を当てて首をこてんと倒した御門の微笑みを見て、これは癖の方なのか意識した方なのかと考えてから後者と断定した翼だったが、その理由が伝わってくる兄妹的な感情の温かさとあっては照れが勝って顔を背けてしまう。

 どうにか横目で睨んだものの、御門側から見れば頬が膨らんでいるため可愛さが強調されるばかりだ。その事に翼は気付かず、


「…………ムカつく」


 それだけ言って、転移を起動した。


 一瞬で景色が変わりフィリップが待機する庭園への移動が完了する。

 施設の縁側で投射されたモニターを眺めていたフィリップは、翼に抱えられた大河を見て破顔する。


「ふむ、良い寝顔をしておる。先程の娘らも丁寧な処理だったが、この娘は格別と言って構わぬ程、より丁寧な仕事をしたようだな?」


 声をかけてきたフィリップに保護者の様な温かい視線を向けられ、またしても翼は照れた様に目を逸らし、そっと大河を横たえる。


「そう? まあ、ちょっと同情したかもね」


「そういう事にしておこう。所で、空。お主に頼みがある」


――空殿。貴殿にミストの事で頼みがある――


「……聞いてみるけど返事は期待はしないでね」


――口頭と思考での並列会話とは器用な真似を。だが翼絡みなら是非もない、聞こう。それはそうと俺が女言葉なのは大河さんの無意識に影響するせいか?――


 突然の事でありながら、ほぼノータイムで対応して見せた御門に頷いて、フィリップが会話を続ける。


「翼は本当の感情を現す様になって日が浅い故な、些か無防備が過ぎる」


――貴殿の口調についてはその認識で良い。私からの頼みだが、ミストは感情を得た事で『御門翼』になりかかっておる――


「あたしも同意見だけど、焦る必要は無い気がするかな。翼は覚えが早いもの」


――俺も同意見だが、魔界に帰るから消すとか言うつもりじゃないだろうな? ……乗り込むぞ?――


 表面には翼を思う感情を出し、それでいて剣呑な感情を乗せて思考を送ってくる御門。

 その器用さにフィリップも内心では驚きつつ、ニヤリと笑った。


「翼には数年の滞在許可が下りそうなのだ。お主に監視監督の協力を頼みたい」


――ミストにはまだ明確に告げる訳にはいかんのだが、無期限の滞在許可を約束する。それが次代を担う若き賢者の成長に繋がると判断した故な、妹なり伴侶なり貴殿の思うままに面倒を見てやって欲しいのだ――


「――!?」


「え!? 今なんて!?」


 絶句した御門に代わり返事をしたのは翼だった。

 その顔からは表情が抜け落ちている。今聞こえた言葉の真偽を巡って頭をフル回転させているのだろう。


「調査にあと3日ばかり必要だがな、お主らは被害者の立場になるやも知れぬ。こちらの時間で1ヶ月ほど待って貰う事になるが、体を元通りにした上で以前と同じ生活が出来よう」


 フィリップの言葉を聞き終わる前に、翼が御門に飛び付いた。


「おねえちゃん!!」


「きゃぁ! ちょっと、どうしたの!?」


「あたし残れる! お姉ちゃんの側に残れる! 残れるの!!」


 翼は御門の頬に自分の頬を擦り付けて喜びの言葉を口にした。


 その時。


 昼間なのに木の影が焼き付かんばかりの閃光が発生し、直後。


――ドオオオン!!


 翠川邸から、激しい振動と共に爆発音が響いた。


 確認するまでもない。何か不測の事態が起きたのだ。


「翼! 場所は分かる!?」


「まだ全解除されてない! 探れない! フィリップお願い! あたし達を現場に転移させて!」


「よかろう。通信が途絶するやもしれぬが記録と監視は続けておる。何かあれば呼ぶが良い」


 二人が頷くのを確認してフィリップは指を連続で鳴らす。直後に御門と翼が消え、次に大河が消えた。

 モニターに視線を戻して一人思案する。


「……『聖なる火矢』か。ライナスが居る故、全員無事であろうが……ふむ、日本で販売契約した記録は無い。横流しの他に虚偽申請も疑わねばならんな」


 拡大したウインドウには、二階のうちの一部屋が丸ごと爆発で膨れた後に瓦礫が降り注いだ様相で、呆然と立ち尽くす翼と、倒れている人影に駆け寄る御門が映っていた。






 翼を残して翠川を追った三人は、エドワードに探知させて二階に上がり回廊を半周した辺りで部屋を突き止めていた。


「第一目標、無傷で翠川さんの確保。第二目標、おそらく入手済みであろう手帳の回収。片桐さん情報によれば手帳に刻まれた術の起動は六段階、中断からのリスタートは不可も所有者が固定されるため解呪が必要です」


「大河ちゃんの解放が成っていれば、あの妙な術が飛んでくる事は無いはずだが、そこはどうなんだ?」


 山吹の確認を受けて海藤がエドワードに視線を投げた。エドワードが頷く。


「エネルギーの流れは止まっています。翠川鮎が『勿体無い』と言っていたことから然程貯蔵出来ていないと推察されます。ただし、事象の改変には大量のエネルギーを要するので、使えてもあと一度でしょう」


「なるほど。油断は出来ない訳だ」


 海藤は呟く様に言って、指先で扉の一部にトトトトンと触れて行く。


「もっともガサツに見えて実は一番器用というギャップが誰得な萌ポイントですね。さすがは天現活殺てんげんかっさつ流皆伝の最短記録保持者と言いますか、もう師匠を越えてるんじゃないですか? それ」


 扉には、僅か十センチ四方の範囲で――震混術しんごんじゅつによる波の干渉が発生していた。

 三人とも皆伝の実力者だが、通常の打撃に震混術を乗せられる海藤の器用さは、真似できる者がいないほどだ。指先で発生させるなど師でも到達していない高みであり、ましてや――


「俺はお前らほど頭が良くないからな。その分のパラメータが体術に振られているのだろうさ――フッ!」


――音も無く物質に孔を穿つなど誰にも出来ない。しかも抜いた破片を落下音でバレないよう回収までしている。


「度を越しているという話です。蝶番をその技術でカットしたときは目を疑いましたよ」


「山吹なら直ぐに出来ると思うぞ。御門は厳しいだろうな。あいつは素直過ぎる――」


 僕はそんなにひねくれていますかと言いかけた山吹だったが、穴を覗いた海藤のハンドサインで頭を切り替え、交代して中を見る。

 翠川が部屋の中央に膝を着き、震える手で手帳を捲っているのが見えた。

 山吹は人差し指を立てて唇に当て、


「ビンゴです。声を出さないよう気を付けて、見付からないよう確認して下さい」


 エドワードを促した。


 中を覗いたエドワードはゴクリと喉を鳴らして頭を引き、扉の前を二人に譲る形で戻ると小声ながら急いで話す。


「あ、あの手帳で間違いないですっ。既に起動が始まっているかもしれないので回収を急いだ方がいいですっ」


「その前に。先程も今も彼女は取り憑かれた様に見受けられるのですが、解放なり解呪なりは可能ですか?」


 焦りを見せるエドワードを手で制して山吹が問う。翠川は必死の形相だったのだ。誰かが命を落とす様な不測の事態は避けたい。


 だが、エドワードは悲しそうに首を振る。


「魔に取り憑かれてエネルギーを吸収するようになった者はあの様になります。一度混ざったミルクティーをそれぞれに分離する方法など……私は知りません。いかなる形にせよ不幸な処分は免れないでしょう」


 山吹は海藤を見る。


「だそうですよ。絶対的な証拠と共に、厄介な事実も背負う事になりましたが。どちらかが護衛として残り、瞬殺するプラン以外にすべがない状況ですね」


「俺がやる。山吹も本気を出せ」


「……買い被りですね」


 困った様な笑顔を浮かべた山吹が扉に手を掛けて――



――エドワードの顔面を海藤の蹴りが襲った。

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