救出―3
後半からエピローグまで8割がた修正を終えましたが、ここから3話くらいは完全に内容を変えているので更新頻度が下がります。
空手の描写は趣味に走ってます。
絡まった二人がぶつかったのは片桐を押し込んだ牢の反対側だった。
「湊! 大丈夫!?」
片桐が叫んだ。
「怪我! 怪我してない!? 痛いところ無い!? こっちにおいで! っくう! みなとぉ!」
真っ先に大河の心配をし、鉄格子が体に食い込むのも構わず必死に手を伸ばしている。その姿は大切な誰かを護る側の、疑似的と言えども姉の姿だ。
だが片桐よりも早く、この状況に対応した者がいる。
――ガシィッ!
片桐が叫ぶ寸前、翠川は大河が飛ばされたのとは反対側を向くと同時に、両腕を交差させて頭を護っていた。
「不意討ちとは随分らしくない事をされますのね。御門空さん?」
「とある傭兵の言葉だけど――」
防御された右上段廻し蹴りの脚を降ろして、右中段振り打ち。
後退する翠川を追って左、右と踏み足。
左足を半歩右前に送って上体を右廻りに捻り。
軸足の内側を擦る軌道での右後ろ蹴り。
右に躱した翠川を、体を返すと同時に右、左、前と細かい足捌きで追い、右膝を正面に上げて膝下を畳み。
左の軸足を返して腰を切り、右の踝の上で横隔膜を狙った中段廻し蹴り。軸足で地面を蹴り、全体重を載せた蹴りがヒットする瞬間、軸足が地面を離れて宙に浮く。
身を沈めて腕から肩で蹴りを受け止めた翠川に、御門は内心で舌を巻きながら言う。
「――獲物の前で舌舐りは三流のする事だそうよ」
二人の横を海藤、宮代、山吹が通過したのだが、翠川は反応する余裕が無い。
御門は防がれた右中段廻し蹴りの脚を左手前に降ろしながら体を左に捻り、右足の着地と同時、軸の捻りを加えて全体重を前に蹴り出す。
左脚を抱え込んで体が廻りきる直前。
脚全体を目標の10センチ右へと一直線に伸ばし。
体重が乗った瞬間。
足の親指付け根で目標を蹴り抜く。
後ろ廻し蹴り。
翠川が身を沈めて回避した。
が。
「――っぐぅ!」
ふむ。これも防ぐか。
「へー。これも防ぐんだ」
振り抜かれた御門の脚は、畳まれた反動を更なる攻撃に繋げ、膝下だけを疾走らせて、踵で翠川の鳩尾を襲撃した。
翠川は辛うじて両肘を降ろした様で、御門の踵が入ったのはその腕であった。
だが体重は乗っていた。防御の上からでも押し込まれて効く。
しかし翠川は、衝撃をそのまま後ろに跳ぶ力として利用していた。
「けほっ、完全になんて無理なのね。ふうっ――さすが我が学園の誇る『豪快な小兵』さん、てところかしら」
「ん? ……どうしてそれを知ってるのよ」
御門は警戒を強めて動きを止めた。豪快な小兵とは、男の体での評価だ。
「でも残念ですね、うふふ、そんな可愛らしい姿になって――ふふ、あははっ、あーはっはっは!」
「…………」
翠川は楽しくた仕方ないといった風に笑い、ぴっ、と御門を指差す。
「ざまぁ無いわね」
「なるほどね。翠川さん、あなた。魔族と関わりがあるのね?」
翼が御門にかけた矯正の術は、魔族と関わりがある者には効かないと分かっている。
フィリップの行った干渉は並々ならぬ物ではあるが、あくまでも人間界に対してと思われる。でなければ魔界の不具合も干渉で片付くはずだ。そうでは無いから御門が巻き込まれ、翠川の様に記憶を保持する者がいる。
「どうかしらね。結論ありきの問いになんて答えるだけ無駄ではなくて?」
その返事が全てだろう。いっそ仕留めてから考えるか。御門が物騒な事を考える目の前で、完全な左半身となった翠川が、右の肘と手首を緩めて腕を持ち上げた。手が自然に開かれている。
(道理で。反射神経に優れている訳だ)
御門は、対象その物には焦点を合わせない、周辺視に切り替えた。
翼が大河を抱える様にして片桐の入る牢の前に来ると、海藤と山吹が鉄格子の扉を外す所だった。
ちょっと引き戸を外しました的な様子で立て掛けられた扉は、蝶番が何らかの方法で外され、鍵は引きちぎられていた。
(……普通逆でしょ。てか鍵だけ外せば良くない? 片桐さんドン引きしてんだけど)
その片桐は、山吹に「どうぞ」と促されて恐る恐る出て来たが完全に警戒する相手を間違えていて、この世で信じられるのは妹のみと言わんばかりの動きで宮代を抱えた。
「あなた達、何者?」
片桐が問い掛けると、山吹が胸に手を当てて腰を折る。
「あそこで戦っているのが御門空、蝶番を開けた彼が海藤克樹、鍵を開けた僕が山吹聡です。以後お見知りおきを」
「記憶力をバカにしてるのかしら? 昨日会ったばかりだし何なら一年前から知ってるし卒業しても半年は覚えててあげるわよ。そうじゃなくて、金属製品の破壊を『開けた』と言い張る図々しさを身に付けさせた組織の存在を確信せざるを得ないでしょう? と言いたいのが伝わらないのなら貴方達の理解力に問題がある気がするのだけど?」
「ああ、それでしたら。我々は天現活殺流。魔を討つ集団ですよ」
「そんな事出来る訳無いじゃない。真面目に話しなさいよ」
「おおっと、派手に滑ったな。山吹、副会長さんには天然滑殺流の流派を名乗らせてやろうぜ」
山吹が海藤を見る。
「落ち着かせるつもりでしたが、この胸のざわめきは何なんでしょうね。恋ではない筈ですが」
笑顔に不満が混ざっていた。
翼に抱えられた大河は、言葉にし難い感情を燻らせながらその光景を見ていた。
「お姉さま、少し冷静になられた方がいいと思うよ? 今は退路の確保をしましょう?」
宮代が片桐を宥めている。
「そうだけど、てか咲、危ない事はしない約束でしょう? どうしてここに来たのよ」
片桐が小言を浴びせるが、何処か柔らかい。
さっきまで立っていた場所を見れば、翠川がリーチを活かして踏み込み、退く。それを御門が躱して廻り込み、退く。
素人目には何が起きているのか分からない。それでも翠川が劣勢であるのは理解できた。
「どしたの? 寒い?」
そう声をかけて覗き込む双子姉妹の妹は、本気で心配していると分かる目をしていた。そうか自分は震えているのかと自身を見つめ、ここまでを思い出した大河は、
「なんだろ。ここに居たくないなぁ」
そんな言葉を溢して。
全身から、じわりとピンク色の靄を生み出した。
「ふぁっ! みなと!? あんた何をされたのよ! っく、――きゃあ!!」
翼は御門を目掛けて弾かれた。
翠川が放った突きを外受けで流しつつ首を捻って躱すと、御門の踏み込みを警戒した翠川は一気に退く。御門は摺り足と踏み足を織り混ぜ足捌きを絞らせないようにしているが、いかんせんスカートが短く膝が見えていてはバレバレである。何をしてもするりと逃げられ、鋭い踏み込みと喉や目を狙った貫手が飛んできて最初に戻る。
もうずっとこの攻防だ。
(っく、人間相手に本家を出す訳にはいかんが、この体は筋力が無さ過ぎる。だが俺が筋トレしても翼の体に同期する可能性もある。今後の課題だな)
本家とは退魔の流派の事だ。
取り憑かれたなど一部の例外を除き対人使用を禁じられているが、今の御門が使うと物理的崩壊をも引き起こしかねず使用する訳にはいかない。
かと言って海藤と山吹では相当な手加減をしない事には翠川が壊れる。
現状、翠川を五体満足で確保するには手詰まり感があった。
(むっ?)
そこに翼が弾け飛ばされてきた。御門は僅かな躊躇いも無く受け止め、身を捻って貫手から翼を庇う。
「っつ! あっぶな。大丈夫?」
「あ、ありがと」
翼の顔が赤い。
(こんな時に何を意識してんだ)
コツン。
「あ痛っ! え、なんで?」
「ちょっと、あれは何?」
翼の訴えを制止して御門が訊ねたのは大河の様子である。
「ぷっ! あはは! 良い子ね、大河さん! そう、その感情よ! さあいらっしゃい、私が護ってあげます!」
翠川が愉しげに腕を広げて大河に歩み寄る。
宮代と片桐は海藤と山吹の後ろに避難していた。
通路の中程にピンクを基調としたカラフルな靄が球状に渦巻いていて、その中心には暗い目をした大河が立っていた。
翠川邸の木立の一角で待機していたフィリップとエドワードは、予想以上に早い魔力反応に驚き、記録媒体が巻き込まれる恐れはあるが持ったまま現場に向かった方がいいのではないか、という方向に決まった。
「では送るが。準備は良いか?」
「は、はい。あの、局長? 今回の事件と申しますか事案と申しますか、万が一に備えて完全な記録は可能でしょうか? 管理局のデータが一部のみですと編集だのトリミングだのと逃げられそうで……」
エドワードは完全なバックアップが欲しいと言い出した。だが公平を尊ぶ職務の性格上それは出来ない。訴えを起こしたければ、証拠集めも保全も全て自己責任なのだ。
「それは御社の仕事ゆえ関知せぬよ。記録媒体の容量は有限なのでな、安易に我らを頼るでない」
「しかし、今回の事はサタン商事全体を揺るがしかねない所まできています。今使っているエネルギーも我々が苦心してインフラの骨幹を支えています。翼さん達は人間にも関わらず奮闘しているのに、指を咥えて待っているだけなんて歯痒くないですか?」
エドワードの眼差しを受けてフィリップが唸る。
「むう。与する訳には行かぬが方策が無い訳でもない。ただ、客観性の担保を外部に委ねる事にもなろう。その場合、我らは内容の正確性を保証出来ぬが、良いのか?」
「……証拠としては弱くなります、ね。それだと」
「うむ。事故事案とならぬ限り一定時間で消さねばならぬ。それまでに証拠を見付ける以外無いと肝に銘じておくしかなかろう」
にべもなく告げられて、エドワードが落胆する。
「わかり、ました。細かな証拠を積み上げるしか、ないですね」
「では。転送するぞ」
「はい。お願いします」
フィリップは少し考えると、
「そう落ち込むでない。心当たりには聞いておこう。だが期待はするでないぞ」
「――! は、はい! ありがとうございます!」
「うむ。ではの」
転送陣を軌道し、エドワードが飛ばされたのを確認すると、フィリップは首を左右に振った。
「お主とサタン社の為ではない。被害に遭った少女達のためなのだよ」
そう呟いてメールシステムを立ち上げると、勝手に追加されたばかりのアドレスを開いた。
エドワードが転送されたのは、地下牢へと続く扉の前であった。
記録媒体の視点同期設定を確認してからスーツのポケットにしまい、扉に顔を突っ込んで中を見る。
「! これは……」
ポケットをまさぐり棒状の道具を取り出した。実はそんな事をしなくとも空中や直接手に引き寄せられるのだが、流儀や癖は魔族それぞれでありエドワードはポケットに出すのが好みの様だ。
モニターらしき画面が虚空に現れ、グラフがチラチラと上下している。
「吸集の活性を確認。あの少女が救出目標ですね。まだ完全な失敗ではないとは言え先行きに不安があります。現場には八名、グループ分けするとAが二名にBが六名。ひとまずはここを中継点としてマーク、隣に潜んで監視続行します」
ぼそぼそと喋っているのは記録媒体に吹き込むためである。棒状の道具を小さくくるくると回して準備を終えたのか、そっと離れて、対面の扉をするりと通り抜けた。
大河を包む謎の靄を、退魔の業を使う者達は知っている。魔族が術を行使する際に集めるエネルギーだ。
そこから直接取り出すこともあれば、一旦吸収してから使う例もある。ただ、通常は黒や紫であり、このようなカラフルなのは初めて見る。
海藤が口を開く。
「見聞に無くてこう……相手が相手なのもあり戸惑っているんだが、拳を交えた感想はどうだ?」
「見た通りフェンシングだけど、才能の剣じゃなくて努力の剣なのよね。そして素直な剣」
そう答える御門の表情は浮かない物で、同情の色が濃い。海藤は納得して頷いた。
「やっぱりな。真剣での実戦には強いんだろうが競技は駆け引き主体だ。さぞかし苦労しただろうさ。制限されているとは言えお前の動きに対応した体幹の強さは、見てて俺ら寄りだと思ったよ」
「だからかなぁ。なんか泣いてる感じなんだよねー。最後の方なんて駄々っ子よ。心情的には戦わずにすむならその方がいいタイプ」
そう表された翠川はと言えば、靄の中で大河を抱きしめている。捕まえたのではない、大河が御門達を拒絶して翠川の懐に飛び込んだのだ。御門達が手をこまねいているのはそのためでもあった。
「そう言われると二人で泣いている様にも見えるな。だが加害者と被害者だ。お前、体に引き摺られてないか?」
「それはないよ。入学前に資料を見たでしょ? エメラリーブのブランドを維持するために背負わされてる物が多いの。モデル業もそう。今ならまだ親の責任でしょうけど……この先はね」
御門の背中が、ちょん、と突かれた。それだけで御門には誰だか分かる。
「翼? どうだった?」
御門が振り向くと、翼は首を横に振って、溜め息をついた。
「術はわかったけど探知出来ないの。阻害する術が手帳に掛けられてるのかも。あの人を捕らえて保管場所を聞き出さないと」
御門が片桐を見る。宮代が寄り添い、山吹はまだ何か聞き出している様だ。おそらく教頭が関わった証拠探しだろう。
ふと御門は閃いた。
「そうだ! 適材適所よ。翼、あなた翠川さんを止めなさい。ただし、魔力の攻撃は無し。怪我しないよう手足に纏わせるのはOKの条件で」
「ええ!? あたし!?」
「御門、さすがにそれは……いや待てよ? 理由があるんだな?」
御門は頷いて翼を見る。
「翼? あなた……実は空手使えるでしょ」
とある傭兵とは「相良宗介」の事ですw
フルメタいいですよね。
空手は私が使うコンビネーションと組み立てのままなので興味ある方は使ってみて下さいw
後ろ廻し蹴りは様々ですが、極真第五回世界大会、ジャン・リビエール選手vs岩崎達也選手の試合を見て脚を振り回すのは不利だと分かり、私自身はこの方法に矯正しました。使えるとかなり有利なのでオススメです。




