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そらつばMIX  作者: manaka
イエローメモリー
22/34

10日目―7

 海藤と山吹、そしてフィリップが特別生徒会執務室にいた。


 山吹は宮代から片桐家の関わりを聞き、更に「あんたら翼の立場を見落としてるでしょ」と説明を受けた事で、


「強力な材料が揃いましたね。これで押し切れるでしょう」


 何とも言えない笑みを浮かべると要望書を作成しだし、全員が揃う前に必要な段取りを整えるべくフィリップを呼び出して突きつけたのである。


 要望には、無関係の人間を巻き込まないため立ち入れぬ様する事、現地までの移動と救出後の運搬、必要ならば記憶の消去、学園を守るために孤軍奮闘していた片桐家の復興、そして、翼の無期限滞在許可を盛り込んであった。


 フィリップは可能としながらも難しい顔で答えた。


「むう、これだけの干渉となると相当な規模ゆえ割に合わぬのだが……」


 山吹は涼しげな声でそれを否定した。


「充分足りるでしょう。事の発端は魔界におけるエネルギー事業者の権力争いです。空さんと翼さんの融合はその過程で発生したイレギュラー。むしろ被害者である彼女達の過ちが、業界バランスの崩壊を防いだと言っても過言ではありません。現状で既に大きな貢献をしている訳です。更に原因究明にも動いている。何の不足があると言うのですか?」


 思わせぶりな笑顔をじっと見て考え込んでいたフィリップだが、何かを見出した様に頷き、紙を折りたたんで結論をだした。


「ふむ、このままどちらの分を主張しても収まりはつかぬ。もとより便宜を図ると言ったのは私ゆえ約束は果たそう。だが翼の件だけは被害者だと証明する物が無い。それを手に入れるまでは保留にしてくれぬか」


 だが、それすらも山吹は笑う。


「何を今更。証明ならサタン商事による決定という形で既に為されているじゃないですか。聞けばテスラの発言力は魔界全体でも大きく、故に同商事の会長職はテスラの称号を持つ者しか務められないのだとか。彼女の存在を邪魔に思う者が居るとすればサタン商事を乗っ取ろうとする勢力です。不条理な決定は翼さんを排除する苦肉の策で抹殺するための大義名分ですが、魔界時間の半日で出されたものです。最初から抹殺が確定していたとしか考えられません」


 フィリップは腕を組んで考え込む。


「うむ。あれは確かに異例の早さだが……状況証拠に過ぎぬ」


 山吹は意味深い笑顔で眼鏡を押し上げた。


「理由など幾らでも作れます。翼さんの契約について調べられたのでしょう? 会社から指示されたのは『御門空の始末』のようで当日の彼女もその言葉を使っています。空さんを殺害して帰ったら『殺せとは言っていない』と死刑宣告を受けた事でしょうね」


 その意味を察したフィリップは、腕組みを解くと同時に、ぽんっと手を打った。


「なるほど、その逆を突けば良いのだな?……『始末』ならば方法は実行者の自由裁量で構わぬ。空は女性体となって不利益を被り違法契約とは言え翼は指令を遂行しておる訳だ。明確な指令も出さず望む利益が得られなかったなどと言うのは怠慢。翼は紛れも無く被害者だと言い張れるな」


「これは憶測なんだが――」


 ポケットに手を入れた海藤が口を挟んだ。


「――テスラという御旗を公然と処刑する事で地位と権力を貶め発言力も奪い、サタン商事現会長と派閥に属する役職を追い落とす。空席にミカエルグループからのスパイを押し上げて共同体制を整える――こんなシナリオだろうな。まだ確定じゃないが依頼した教頭も何らかの恩恵に与る予定だったのかもしれん。そらつばの二人が生き残って魔族も人間も計画が頓挫した訳だ。新たな契約は別プランだが根本は同じだろうさ」


 そしてポケットからくしゃくしゃに丸めた紙を取り出して見せた。


「全てがイレギュラーなんだよ。ここに何があるのか知らないが、転がり方次第で学園に混沌が起きていた事を示唆する手紙だ。カウンターにあったぜ。署名を見てみな」


 フィリップの注目する前で広げて見せる。


 A4サイズの紙には皺ひとつ無い。


「な、なぜこれがこの世界に……」


 驚きを隠さないフィリップに海藤が説明する。


「書かれた文字は手書きに見えるが筆圧は窺えないし印刷ですらない。試しに端を切ってみたが無理だった。俺の常識に反する物質だし、昨日は無かった」


フィリップはその用紙を良く知っていた。


 魔界で公的に利用されるものである。


 海藤は手渡しながら壁の時計を見上げると、


「あとは交渉担当の仕事だな。そろそろ集まる頃だ、今から何分足止めすればいい?」


「五分もあれば説得できます」


「そっか。任せる」


 短く告げて会議室を出て行った。


 フィリップは手にした用紙を震える声で読み上げる。


「ミカエルにテスラ無し、欲するは御旗、鳳凰の力。署名ライナス=テスラ=イエロウ……ライナス……馬鹿な……い、いや、あやつならこれくらいは有り得るか…」


「………お知り合いですか?」


「知り合いと言う程でもないが……ミスト――翼以上の天才であり、より独善的でもあった男だ。主旨が気に入ったとミカエルグループに入ってな、利用されるだけされ……こっちの時間で二十年程前、奇しくもこの地で散っておる。テスラの称号は賢者を意味するが、あれは特に時空間を操る事を好み預言者と呼ばれておった。これはその名残やも知れぬ」


 どこか寂しそうに語るフィリップを見て、山吹が微かに笑った。


「利用され………なるほど。ずっと同情されていた訳ですか」


 フィリップが持つ用紙を指先で挟み、軽く擦る。


 それは一瞬で無数の綿毛に変わると、ありもしないそよ風に運ばれ、天井へと消えた。


 目を剥くフィリップに、眼鏡を外して会釈する。


「自らが狙った土地を守る事になるとは思いもよりませんでした。預言者廃業ですね」


 上げた笑顔に碧眼が輝き、それだけで大きく印象を変えていた。


 冷徹だが温もりも含む――そんな目である。


 共に何も言わない。


 山吹が何気ない動作で眼鏡を掛け、目は墨を垂らした様に黒く染まる。


 更に数瞬の間を置いてフィリップは安堵の溜め息を漏らした。


「生きて……おったのか」


「おかげさまで」


「何故」


「救われたからです」


「太陽か? あやつは何も言わなかったぞ」


「私は空さんを支えると誓いました。だからでしょう」


「だが、確かにお主の反応は消えた」


「ご自身で仰ったじゃないですか。私が好む術を」


 フィリップの顔がその立場を表したものに変わる。


「むう……処分対象になるのは承知の上だな?」


 山吹はいつも通りの笑顔である。


「構いませんよ。ですが、今しばらくは沈黙していただきます」


 そう言うとモバイルパソコンを取り出して起動させ、何か打ち込んだ。


 フィリップに画面を向けてEnterキーに指を置く。


「ウィンドウの中に表示されているのは、あなたのデスクトップです。解りますか?」


 キーが押し下げられ何かのファイルをダウンロードし始める。そして山吹の指先が奔ると同時に開き――


「な! 貴様、何を!」


 画面に「ロックしました」の文字が現れ、何事も無かったかの様に消えた。


 新たに黒いウィンドウが開き、文字列が猛スピードで上に流れる。


「人間界の道具は便利な物が多いですが、使うならセキュリティにも気を付けた方がいいですよ。今はあなたのファイルをこちらへダウンロードしています。おや? ――これはいけません。何者かが侵入した形跡がありますね。私が強化してあげましょうか? 御協力頂けるのであれば、ですが。とりあえず電話回線に繋ぎっ放しは止めましょう。こういう目に遭いますよ? というか光並みの回線だって作れるのにどうして手付かずなんですか。それと、あの電話番号の暗号方式は好ましくありませんね。計算するまでもなく法則が解ります」


 絶句するフィリップの顔を見てくすくすと笑い、山吹は続ける。


「そんなに絶望的な顔をしないで下さい。先程の条件と同様、あくまでも等価の希望しか出しませんよ。術の行使は必要に迫られたときのみですし、これは空さんの御父様との約束でもあります。実を言うと今のポジションが気に入ってるんですよ。空さんは名前の通り何処までも広く今後の成長が大変楽しみです。その手助けが出来るなんて光栄じゃないですか。悠久の時を生きる我々にとって人間界での生涯など一瞬。せめて命を救われた恩返しが済むまで黙ってて頂けませんか?」


 笑顔に懇願の意志が混ざる。


 フィリップは顔をしかめた。


「翼といいお主といい、御門家の影響は良い方向にあるようだな。――手段は間違っておるが。……よかろう、全て私の胸にしまっておく。だが立場もある故な、大っぴらに手助けする訳にもいかぬ。その点は承諾してくれるか?」


「翼さんは良い子ですよ。愛情を得てからは血の繋がりも無いのにブラコンとシスコンのを出しているので見てて面白くもあります。今回は海藤君を介して自白をセットさせて頂きましたけど、こちらも将来が楽しみですね。様々《さまざま》な意味で」


 山吹は言いながら指を奔らせ「解除しました」の文字を表示させた。

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