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そらつばMIX  作者: manaka
イエローメモリー
20/34

10日目―5

 宮代は原因の前半部分を説明して見解を付け加えた。


「なんのかんの言っても女の子だから。血の繋がりはないし、その正体がカッコいい男の子だって知ってたら惚れもするって。もう少し考えてあげられない?」


「ふむ……魔界に帰る云々の話は山吹に振っておこう、あいつなら魔族をも脅すネタを思いつくかもしれない。翼の情愛の念はまだ芽吹いたばかりだからな、くれぐれも過剰な刺激は避けてくれると助かる。俺も少し接し方を考えてみよう」


 宮代の眉が寄せられる。目つきも疑念に彩られてた。


「……妹として扱うって意味だよね」


「違う。あれは妹だ」


「魔族よ? あたしも魔法を見たけど」


「妹だ」


 御門の回答は全て即答である。

 うっかりすると訊ねた側の勘違いかと思わせる程に自然で、強い。

 宮代は首を振る。


「……真性の馬鹿ね。兄馬鹿」


「ほっとけ」


 短く返して正面を向いた御門は、ふと大切な事を思い出して宮代を見た。


「記憶が戻ったなら、大河さんの様子を詳しく教えて欲しい。変化があった時だけで構わないんだが、協力してくれないか」


 気が引けているのか上目遣いである。


「……変な武器だけ身に付けてんのね。そんな可愛らしい表情で頼まれたら断れないじゃない。でもまぁ湊だけは特別に扱ってたもんね、何も聞かずに協力してあげる。でも条件次第よ」


「聞こう」


 宮代は湯から上がり、浴槽の縁に座った。


「湊も翼も空ちゃんに憧れの情を持っているのは確かよ。それが本人の中で固まったら応えてあげて欲しいの。グループなんて関係無く空ちゃんの意志で。難しいんだって事は理解したつもりだけど、あたしにとっても譲れない一線。料金は前払いしてるし暫く継続する予定でしょ?」


 自身の裸体を見せ付ける様に両腕を目一杯広げて微笑み、パタッと下ろす。


 御門は微笑ながら宮代の隣に移動した。


「約束する。ただ、つり銭の持ち合わせが無い。共に選べなかった場合は君の払い損だろ」


「その時は黙ってあたしに怒られなさい」


「長い説教になりそうだな。覚悟しておくさ」


「ふふっ、そうね」


 二人は顔を見合わせて笑った。




 脱衣所を正面に見て座っていた二人の視界に、人影が文字通り飛び込んで来た。


 曇ガラス越しでも慌てぶりが解る。


 浴室のドアを乱暴に開けて、二人の姿を見るや叫んだ。


「なんで咲と仲良く入ってんのよ!」


 指差されて宮代が答えた。


「取っ組み合いしながら入れとでも? そんな事してたら救急車呼ばれるでしょ。あんた正気?」


 翼は言葉に詰まり、指先を御門に向けた。


「うぅ~。さ、咲じゃなくてお姉ちゃんに聞いたの! どういう事よ!」


「こっちを使えと言ったのは翼だ」


 御門の言葉に翼の目が見開かれた。


 怒りよりも驚き。


 呟きは、静かになった浴室で聞こえ過ぎる程に共鳴した。


「お姉ちゃん、男言葉……」


 御門が頷く。


「油断してバレた。ただな、話し合って解ったんだが、逆に色々と便利――」


「咲! あんたまさか!」


 語気も荒く翼が詰め寄る。


 御門と反対側から寄せる所は計算なのか天然か。宮代は逃げ場を失った。


「い、いやぁ、ちょっと、ね」


 あたふたする鼻先へ翼が顔を近づける。


「揉んだわね?」


「へ?」


「揉んだわね! でなきゃ触れる筈ないでしょ! やっぱりあんたそっちの趣味じゃないの! 人には押し倒せとか言って、その相手を先に手篭めにするってどういう了見よ!」


 ざばー、と。


 目に涙を浮かべて抗議していた翼の頭に湯がかけられた。


 カコン、と湯桶を置いて御門がなだめる。


「聞け、翼。洗髪中に指先で痣を突付かれただけだ。妙な勘違いをするな」


「え? そう……なの?」


 顔を赤くして見ると、宮代は黙って頷いた。


 翼はみるみる赤く染まった頬を押さえる。


「え、じゃあ……どうしよ、咲ちゃん、あたし今変な事言ったよね、ゴメンね?」


 ちゃん付けとは珍しい。そして何をしたいのか手足をバタバタと忙しく動かしている。

 そんな事で取り消したり出来ないのだが、可能だと思っているかの様な慌てぶりだ。


 宮代は微笑んだ。


「いいって、考えが足りなかったあたしにも非があるの。そんなに気にしないで」


 そう言って翼の肩に手を置くと、立ち上がる。


 反対の腕を御門に掴まれていた。


「あ、空ちゃん、そろそろ出ないと……」


 向日葵の様な笑顔を、満開の桜にも似た笑顔が迎えた。


「丁度つり銭が出来た所なんだ。事と次第によっては大きな貸付になるかもしれないが、とりあえず何を吹き込んだのか聞かせて貰おうか。翼、お前も付き合え」


 御門は抵抗する宮代を掴んだ腕だけでコントロールし、バスタオルを引っ掛けさせるとそのまま自室へと連行した。


 貸付と称した説教は、寮の電話に翼が呼び出されるまで続いた。







 御門達が公園のベンチエリアに駆けつけると翠川がいた。隣には泣き腫らした目の大河。ずっと翠川が付き添っていたらしい。休日という事もあって家族連れで賑わう中、二人の美少女は中々に目立っていた。


 翠川は細身のデニムにやわらかく揺れる薄黄色のワンピースを重ね、腰には極細の黒に近い茶色のベルトを巻いて何気なく選んだといった感のある服装ながら上品な印象をかもし出している。傍らにバスケットがあり、それも雰囲気に合っていた。


「まさか全員いらっしゃるとは思いませんでした。御足労頂き恐縮です」


 印象に違わぬ優雅な動きで翠川が頭を下げた。

 全員とは特別生徒会を指しているのだろう。駆けつけたのは御門姉妹(兄妹)と海藤、そして山吹だった。急いだため全員ジャージかスウェットという場違いな程ラフな格好である。

 挨拶を交わして山吹が訪ねる。周囲に配慮して声は控え目だ。


「ご連絡を有難う御座います。早速ですが状況を教えて頂けますか?」


「ええ、生徒間の微妙な問題ですので誰なのかまでは申し上げられないのですが――」


 翠川は連れ去られそうな大河を目撃した事を伝え、当の大河が詳細を語らないため踏み込めないと語った。


「――同室の宮代さんにも言えないそうなので、翼さんを呼び出させて頂いた次第です」


「なるほど、理解しました。翠川さんが来られたのは僥倖でしたね。大河さん、ご両親に連絡という選択は大河さんが望まなかったとの解釈で合ってますか?」


 問われた大河は顔を上げて頷いたのだが、そのまま顔を伏せてしまう。


「みなとぉ~。帰るのイヤ?」


 翼が大河の隣に座り、そっと顔を覗き込む。ふいっと大河の顔が逃げた。


「らしくないなぁ。うーーーん……あれ?」


「どうした?」


 翼の声に反応したのは海藤だ。


「ん? んーーー」


 翼の目がキョロッと動き、いつの間にか少し離れた所で翠川と話す御門を捉えた。山吹も居る。


「お姉ちゃん達は?」


「ああ、もしかしたら。だろ?」


 海藤は一瞬だけ翼を指した。

 その動作にハッとした。自分絡みに巻き込まれた可能性。それを失念していた事に。おそらく山吹が情報、御門と海藤が警戒を担当している。


(そもそも聞ける雰囲気じゃ……ないか)


 翼は大河の様子を窺いつつ、その左胸ポケットで僅かに透けて見える金色が気になっていた。





「提案なのですけれど、中等部の部屋を借りるのは如何でしょうか」


 翠川が言った。大河の避難先の事だ。だが山吹が首を横に振る。


「その手も考えましたが、少々不安がありますね」


「ふふっ、あなた達の役職名をもうお忘れですか?」


「だから申し上げたのですよ。理由非公開・期間無制限が譲れない線ですが、我々と関係の深い大河さんでは後でやっかみのやいばが向けられそうなのです」


「でしたら私の名で伺ってみましょうか? これでも歴代寮長の中で最も知名度が高いと自負していますから」


 その自信と理由を御門達は知っていた。入学前の調査でも群を抜いて高評価だったのが翠川である。姉妹制度の伝統をもつ中等部では、多忙による継承連鎖の途絶を避けるため生徒会長と寮長の兼任を禁じているのだが、彼女だけは唯一の例外として記録されている。

 翠川が三年生になったとき、一人の一年生が療養により入寮を遅らせざるを得なくなり、名は明かされていないが姉となる予定だった生徒の落胆ぶりを見かねて自らの姉の座を譲り、継承の連鎖を放棄した。その博愛精神が称えられた際も、連鎖の途絶を詫びると共に生徒会長と寮長の兼任を申し出て、多忙を極めつつも中等部に多大な貢献をした。

 そんな翠川であれば多少の融通が利くのかもしれない。しかし。

 御門はポケットの中でキーホルダーをそっと包み込んだ。


「あたしは反対。翠川さん、湊が顔を会わせ辛いのなら、あたしが咲と同室になります」


 おそらく、中等部寮は大河の悲しみを深くする。そう判断しての言葉だった。


「僕としてはそちらを推しますが。――大丈夫ですか? まだ体調が万全ではないのでは?」


 山吹はそう言ったが、その目は宮代の事だと語っている。


「そう言えば」


 翠川が続いた。


「今朝、空さんの在寮を確認した際に倒れられたと聞きましたけど。昨日の今日で無理はなさらない方が良いのかもしれませんね。一応、お見舞いの品も持って来たのですよ?」


「え? じゃあ元々寮に来る予定だったんですか?」


「ええ。受け取って下さる?」


 翠川は小走りで大河達が座るベンチに駆け寄ると、バスケットの蓋を開けた。中身はフルーツである。

 大河を挟んだ隣から反応があったが、空気を読んで抑えているようだ。御門が礼を言って受けとると翠川は小さな声で「咲ちゃん……会いたかったな」と漏らした。


「え?」


 その反応は斜め下方から。

 何故だか良く響いた声に全員が注目した。

 声の主は大河である。目を見開いていた。


「どうして翠川さんが? え? あれ?」


「大河さん?」


「ううん。違う。全然違う」


 感情が抜け落ちた顔で首を振った大河は、翠川を見詰めて、こう聞いた。


「どうして翠川さんが、あんな甘えた声で咲ちゃんの名前を呼ぶんですか? まるで――姉みたいに」

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