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そらつばMIX  作者: manaka
イエローメモリー
19/34

10日目―4

 ポニーテールを揺らしながら小走りに向かってくる片桐を見つけた時、約束の時間を十五分過ぎていた。


 胸の大きさが目立つベージュのロゴ入りTシャツの上にオリーブドラブのシャツを羽織り、黒いデニムが長身に良く合っている。その頼れる姉という雰囲気が逆に大河を緊張で固まらせた。


 大河は大きく息を吸い、吐いて。心を落ち着かせる。


 一度感じた恐怖は戦い抜いかなければ克服出来ない。覚悟を得られたのはこの公園だからこそであろう。間近に来た片桐の笑顔を見ても怯むことなく視線を交わす事が出来た。


「ごめん、待たせたわね。早速で悪いんだけど――」


 片桐の視線は無言で見つめる大河の襟元で止まっていた。


 その意味を呟く。


「――疑念の……イエローリボン……?」


 ゆるゆると上げられる手が震えていた。


 大河は何も応えず、両手で持ったポーチをぎゅっと握り締める。


 片桐が一歩前に出た。


 手がブローチチェーンに届き――大河の胸倉を掴んで一気に引いた。


 大河は声を出さず、片桐を見上げている。


「か弱い子だと思ってたら……それほど親しくもない上級生に対して疑念とはいい度胸してるじゃない。あんた、これを着ける事の意味、解ってるんでしょうね?」


 片桐の言葉に大河は真っ直ぐ見つめる事で意志を示した。


 友愛以外のイエローリボンが持つ、着けることで示す意味。


 それは、無抵抗の意思表示であった。


 どんな仕打ちをされても抵抗しない覚悟と誠意。親しい間柄のみで活用されるのはそのためである。


 片桐とまともに会話をする様になったのは特別生徒会の準備を手伝い始めてからであり、親しかった訳ではない。宮代の姉だと知ったのもつい昨日の事である。それでもイエローリボンを着けた。


――ぱんっ!!


 失礼に対する返事が乾いた音となって頬を打ち、大河は片桐に掴まれたままよろけた。

 冷たい視線の片桐が訊ねる。


「たかが落し物を返して貰うだけなのに随分な事をするじゃない。その理由は何?」


 大河は姿勢を正して見上げた。


「手帳は無記名ですから本当の持ち主である証拠がありません。それに片桐先輩の取り憑かれた様な表情も気になります」


「そ」


 短い返事の直後、ぱんっと音を響かせて片桐は続ける。


「でも返しなさい。今以上の事をあなたが知る必要は無いの」


 大河は怯まなかった。


「今の片桐先輩は変です! そう変えたあの手帳はきっと良くない物なんです! もし先輩に何かあったら咲ちゃんはどうするんですか! だから渡せません!」


――ぱんっ


 その叫びに無表情で平手打ちを返し、


「煩いわね、あたしなら大丈夫だし咲だって離さないわよ。ほら、返しなさい」


 手を差し出す。


 大河は自身が選択した事実を告げた。


「……捨てました」


 体がグイッと引かれる。


「何処に」


 片桐の目は昨夜と同じ言い知れぬ恐怖を感じさせる物であった。だが、大河も覚悟を決めている。


「言えません」


 大河は宮代を思った。


 動物に例えるなら猫科の宮代にとって片桐は構い過ぎなのだろう、それが両者の言葉に表れている。

 しかし自由奔放な宮代でも細やかな所作は特筆すべき物があり、姉の教育を大切にしている事は容易に察する事が出来た。とっさにお姉さまと叫んだくらいだ、本音では甘えたいのだろう。

 大河は、不器用で優しい友人のために片桐の目を覚まさせたいと考え、敢えて疑念のイエローリボンを着けて反応を伺った。そして、昨夜以上の豹変を目にして、疑念は確信に変わり、真っ直ぐ見据える目には力が漲っていた。


 片桐は周囲を見渡し――


「ちょっと付き合って貰うわよ」


 ――服から腕へと掴み換え、強引に引き摺って歩き出すと、時計塔から少し離れた最も大きな木立の中へ大河を連れ込んだ。

 薄暗いそこから外は見えるが逆は難しい。

 大河の体が震える。


「今更怯えてるの? 馬鹿ねぇ。抵抗したっていいのよ? 尤も、イエローリボンの覚悟は嘘だったって事になるけどね」


 片桐の手がチェーンに触れた。


 大河は恐怖を追い出す様に首を振り、無言のまま片桐を見返す。


「あっはっは! 流石あいつの妹ね。気が強いったらないわ。ふふっ、それに免じてあたしからの返事をあげる」


 片桐は大河のイエローリボンを外し、左胸のポケットを勝手に開けて落とし込んだ。


「え? これじゃ返事には……それに、あいつって……あたしは」


「これに賭けて誓うわ。誰にも危害は加えないし咲も悲しませない。時間が無いの、手帳はポーチの中ね?」


 大河の手首を掴んで持ち上げる。


「いいえ、本当に捨てたんです。何処かは言えないですけど」


「あなたを信じるわ。だから時間が無くなったの。ポーチの中を見せて」


 意味も解らずポーチを開ける大河の手が止まった。捨てたはずの手帳が入っていたのである。片桐が手を突っ込み、大河は呆然と見守りながら呟いた。


「そんな、確かに捨てたのに……」 


「そうでしょうね。でもこれは持ち主が意識した場所に現れるの。つまり今はあなたが持ち主ってわけよ」


 片桐は手帳に括り付けられた石を取り除き、含んだ水を払う様に振る。


「ごらんなさい。滲み一つないでしょ?」


 後ろから捲って全ての図形を大河に見せる。


「ほんとだ……滲んでない。どうして」


 片桐は片手でパタンと閉じると、大河の腕を取った。


「池にゴミを捨てちゃだめよ。さて、悪いけどもう少し付き合って貰おうかしら」


 濡れた手帳をそのままポケットに押し込んだ片桐は、再び大河を引っ張って歩き出す。


 明らかに寮から離れていた。


「あ、あの、あたし直ぐに帰るって言ってあるから」


「じゃあ遅くなるって連絡入れなさい。これは命令、あなたに拒否権はないの。メールでいいでしょ。文面は確認させて貰うから妙な事は書かない事ね」


 大河は震える指で入力し、片桐が確認する。


「絵文字も使わないの? 何かの符丁じゃないでしょうね。後で履歴を見せて貰うわよ」


 言われて気付き、普段定型で使っている挨拶文に換え、片桐の了解を得て送信した。





 公園の外へ連れ出され、寮とは反対の方角へと引っぱられながら大河は胸ポケットを握り締める。

 声を出すことを禁じられて従う自分の情けなさを、強引に逃亡しても振り切れないであろう無力さを痛感し、ただ祈っていた。

 どこまで連れて行かれるのかと見上げる――片桐は対向車線を見ている。


 タクシーが停まっていた。


 客を降ろす様である。


(まさか……あれに乗るつもりじゃ……)


 そのまさかであった。


 片桐は素早く左右を見ると、大河の手を引いて足早に道路を渡る。


(や、やだ、行きたくないよぉ)


 僅かに抵抗して歩みを遅くしてみたが、片桐は意に介さない。

 大河は祈る事しか出来ず目を閉じて俯く。

 そこに――


「あら、片桐さん。と……そっちは大河さん?」


 聞き覚えのある声に顔を上げた大河が見たのは、タクシーを降りたばかりの翠川という奇跡であった。





 御門と宮代は並んで浴槽に浸かっていた。


 二人とも力の抜けた表情である。


「ごめんねぇ……」


「こっちこそ……」


 正面を眺めたまま宮代が謝り、御門も同様の意味を込めて返した。


 天井から水滴が落ち、二人の間で跳ねる。



 壁を修復した翼は、体に付着した埃までは回収していないからとシャワー室に向かい、御門には大浴場を使えと告げて扉を閉めた。


 いつもならシャワーも一緒に使いたがる翼の変化を御門は微笑ましく捉えていた。

 脱衣所で宮代と鉢合わせたときも娘を持つ父親の心境とはこんなものだろうかと浮わついていて、親バカの様な自慢をしながら連れ立って浴場へ入った。


 そして事故が起きた。


 御門は翼が頭を洗っている間に体を洗うのが習慣となっている。宮代は翼と同じく頭から洗う習慣がある。だから隣に居ても違和感が無かった。


 そして洗う順番が逆転したときの大きな隙。


 いつも翼が一緒に居たがための大きな油断。


「えいっ」


 宮代が胸の痣を軽く突いたのである。


「ひゃぅっ」


 御門の体を脱力感が襲い――


「え? あれ?」


 宮代が戸惑いの声を上げた。


――情報は一瞬で宮代に刻まれた。


 宮代が御門をマジマジと見る。


「……うっそ。あんた空ちゃんなの?」


 それは、生意気で憎めない下級生が御門を呼ぶときの愛称であった。



 宮代は何もかも納得できたと言った。そして。


「ホンっとにゴメン。その痣、いつも微妙に隠してたじゃない。だからコンプレックスあるのかなぁって思ってて。単純にカッコいいよって、形も綺麗で可愛いよって言いたかっただけなの。昨日も今日も魔族だの魔術だの見てるんだから何か関係してるって気付くべきだった。事情を聞くつもりなんてなかったのに……あぁもう馬鹿だなーあたし」


 宮代の気遣いが届き、御門は小さく笑って天井を見上げる。


「謝らなきゃならないのは俺の方だ。君は変わらない。それだけでも充分過ぎる」


 腕を大きく伸ばし、頭の後ろで組んだ。


 海藤と山吹はともかく、術を行使した翼自身までが御門の事を女の子と思い込み始めている節があり、それについて翼に訊ねてみたところ最初に掛けた術の影響だと答えた。中身そっちのけで見た目通りに認識する効果があり、明らかに余分な術を上乗せしたその理由は「可愛い方がいいに決まってるじゃない」との事である。

 宮代がパニックに陥らなかったのはその術が効いているのかもしれない。しかし、突然真実を知って尚平然としている所をみると、本人の資質による所はかなり大きいと思われた。

 手で掬った湯を肩や腕に掛けながら、宮代は拗ねた様に頬を膨らませる。


「いつもの事だけど、空ちゃんは言葉が足りないのよね。あたしだって女の子なんだよ? 黙って見られてたのはショックに決まってるじゃない。少しくらい優しい言葉も欲しいんだけど」


「すまん、どう言ったらいいのか解らないんだ。俺は少々鈍いのかもしれない」


 苦笑いをした御門が視線だけ送ると、宮代も同じ様に見ていた。


「確かに鈍いかもね。そうやって目だけで見るのって、相手が女の子の場合だけでしょ。やられた方は結構キツイと思うよ? あたしだって最初は引きそうだったもん。何か理由があるなら教えてくれる?」


 無遠慮な質問に僅かながら甘えが覗いていたが、近しい相手であれば誰に対してもこうだと御門は知っている。


「今、こっち向けるか? 俺と向き合って話せるか?」


 上級生とクラスメイト、両方の想いを含めた問い掛けを宮代は真正面から受け止めた。


「それくらい平気よ。もう散々見られてるし、あんた男に見えないし」


 宮代らしい言葉である。


「いいだろう、こっちを向け。誰にも言うなよ」


 御門は体の向きを変え、宮代も臆する事無く正対した。


 一つ呼吸して話し始めた御門の表情は、少し寂しそうである。


「簡単な話だ。あの視線を受けて自分を保てなくなる奴は財布、敵意を持つ奴は家柄、興味を持つ奴は俺の裏側を見ている。それらとは関係なく目を見る女子なら俺自身を見てるから機嫌を窺ったりしない」


 それによって人間の選別を行っているという告白であった。


 宮代は驚きと同時に気分を損ね、瞳の色を曇らせて睨んだ。


「………それって傲慢だわ。人としてどうかと思う」


 しかし御門は気にしなかった。


「君ならそう言うと思ったよ」


「解ってるならどうして?」


 納得出来ない、と詰め寄る宮代を制して御門は説明した。


「良くも悪くも財閥の跡取りなんだ。傘下で働く方々の事も考えなきゃならないって事さ。俺の不始末で彼らに恥を掻かせる訳にはいかない。真っ直ぐ見て良い所を探してるうちにスキャンダル化でもしたら申し訳が立たないだろ」


「だからと言って、あんたの選別の仕方じゃ本当に良い所なんて解らないでしょ」


「仕方無いのさ。俺に要求されるのはグループにとっての利。それが跡取りとしての役目なら、自分の好みに時間を割くのはマイナス要素として考えないとな」


 それが手っ取り早く選別する理由だと答え、意図的にやってはいるが、日常的な癖として出る場合もあるため反省もしていると付け加えた。

 その後も幾つか質問した宮代であったが、御門の回答は全て財閥単位で返され、そう考えざるを得ない環境で生活している現実を見せ付けられた。

 宮代は驚きと呆れの混在した表情を作る。


「空ちゃん、体良く洗脳されてない?」


「はっきり言うなぁ、そういう性格だから話したんだが。現時点で俺は恵まれてるだろ? これ以上贅沢を言ったらどこかで罰が下る」


「なるほどね。人間愛は持ってても恋愛感情には疎い訳だ」


「そうなるかもな」


 御門はあっさり認めた。


 理由を知ってしまっては問い詰める事も出来ず、宮代は翼の涙を思い出して目を伏せた。


「ちょっと……翼ちゃんが可哀相」


 感情が漏らしたその言葉を御門に理解出来る筈など無いと思っていたのだろう、返事を求めている様子ではなかった。しかし、御門は返した。


「あれは憧れみたいな物じゃないか?」


「――! あの子の気持ち知ってたの?」


 驚いて顔を上げた宮代に御門は当たり前だろうと言いたそうな目で答える。


「これでも兄だからな。変化があれば気付くさ。今日のは極端だったが何か言ったのか?」

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