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そらつばMIX  作者: manaka
イエローメモリー
16/34

10日目―1

 翌朝、翼は部屋着のまま二〇八号室を訪れた。


 出迎える宮代は扉を開けた姿勢のまま硬直し、翼も挨拶しようと口を開けた状態で止まっている。


 共に柔らかい生地のパーカーとスカート。色と中に着るシャツが違うくらいでデザインに差は無い。強いてあげるなら翼の部屋着はフリルを多くあしらい少し子供っぽいくらいであろうか。


 昨日の今日でどちらも緊張があったのだが、思いがけぬ偶然は自然な笑みを零させ、互いにリラックスした表情を見せた。


「空は大丈夫?」


「うん。顔色も良くなったし、今日一日休めば回復すると思う。ありがと」


 部屋に招き入れられて翼は室内を観察する。


 レイアウトは隣の二〇七号室と対称になっていた。当然内装も同じなのだが、こちらの場合は壁板の所々にベージュの布を垂らし、ラグやソファーカバーを淡い黄色に纏めていた。

 その色合いがソファーに並ぶ苺を模したクッションの赤を際立たせ、翼は誘われるように飛びついて抱える。


 そこへ大河が下りてきた。


 白い清楚なワンピースと色を揃えたポーチを携え、その雰囲気だけでこれから何か大切な用事で出かけるのだと窺える。


「いらっしゃい、翼ちゃん。ゆっくりしてってね。あと空ちゃんにはお大事にって伝えて」


「ありがと。お出かけ?」


「うん、四十分くらいで返って来れるかな?」


「その割に随分気合入った格好してるじゃない。告るの?」


「あはは、まさかぁ」


「はいはい、話し込んでると遅れるわよ。お守りは持った?」


 ぱんぱんと手を叩いて宮代が会話を中断させた。


「もちろん持ったよ。あ、もうこんな時間なんだ。じゃね、いってきま~す」


 手を振って急ぎ足となった大河が扉を閉め、足音が急速に遠ざかる。


 微笑で見送っていた宮代は翼の隣に座って口を開いた。


「湊の服装、何か気付かなかった?」


「普通と言えば普通だと思うわよ? まぁ、アクセサリーは少し気合が入り過ぎて見えるかもしれないけど。あれって正装用のでしょ? 制服ならいいけど私服はどうかなぁ。一応、遠回しに言ったつもりなんだけど。さすがに金色はね……」


「それだけ? 意味は?」


「ん? 何かあるの?」


 宮代が頷く。


「ブローチは右胸ポケット、チェーンは胸元のリボンに引っ掛けるのが正装だけど、昔は普段も着けてたそうよ」


「それは制服の話でしょ? 私服でもって事?」


「一応どっちもオッケー。中等部の姉妹制度って知ってる?」


「入学したばかりだもん。知らないわよ」


 宮代は姉妹制度を掻い摘んで話す。

 多感な少女期に特別な姉妹を持つ事でどれだけ心が暖まるか、中等部の三年間を学園で過ごした者にしか解らない擬似姉妹の大切さを自身の想いと共に語った。


「だから、あたし達にとって学園で得たお姉さまと妹は特別なの」


 興味津々で聞いていた翼は、念の為にと確認する。


「ふうん……じゃあ、去年編入したお姉ちゃんはどうなんだろ。学園での妹っているのかな」


 そんな事実は無いと知っている。もし何かの間違いで居るのなら今後の対処が必要だ。しかし、それは杞憂であった。


「その場合は姉から受け継いだ物が無いって事で除外されるわ。妹を持てるのは継承の連鎖に居る人だけなの。だからこそ特別な想いがある訳よ」


「わかった。で? それとさっきの話がどう繋がるの?」


「幾ら絆と言っても悲しいけど他人でしょ? 対立すると互いに意地を張っちゃうじゃない。それを解消するために誰かが始めたらしいんだけど、ボタンに黄色い小さなリボンを結んで意思表示をしたの」


 宮代は人差し指を立てて胸元を指した。


「一番上が疑念、二番目が懺悔、三番目が貞節、左胸が忠誠、右胸が友愛、といった具合に五種類。友愛はゆるしの意味も含まれる。何処に着けるかで言い難い事を伝え様とした知恵ね。でも、リボンだと手間が掛かるし持っていない子もいる。そこで正装用ブローチチェーンが代用される様になった。その由来からあの着け方をあたし達はイエローリボンって呼んでる。イエローリボンを着けて逢うとしたら多くが姉妹。それか親しい友人ね」


「湊が着けてたのって一番上だから深刻な話じゃ……」


「そ。疑念のイエローリボン。大切な想いが込められてるから余計な詮索はしちゃ駄目よ」


 真剣だが優しく諭す微笑み。

 翼は目を合わせて頷く事で誠意を示した。


 そこで一旦話は終わりである。


 そして翼は用事があってここに来ていた。


 どうやって切り出すか考えているうちに、いつしかイエローリボンの意味を考えはじめ、ふと気になった事を聞いた。


「ねえ、それって他の物で代用する事はあるの? 例えばキーホルダーとか」


「ないない、それは無いわ。だって安っぽくなるじゃない。誰かがしてたの?」


「う、ううん、ちょっと気になっただけ。その……貞節ってやっぱり……告白?」


「まあねえ~。そこはほら、こういう環境だし、さ、」


 宮代が手で室内を示し、


「そうなった姉妹や友人関係もあるわ。でも何処かに皺寄せの行く結末しかないでしょ? だから可能な限りかばって本人達に解決させるの。これは中等部寮で生まれたルールだけど学園全体にも伝播してるそうよ。もし周囲で気付いても詮索しないであげてね」


 そっと腕を下ろして微笑む。


 翼はどう返していいのか解らず頷いた。


「……そうなんだ」


 どこと無く上の空で言ったその手は、有りもしない第三ボタンを触っている。


「……お姉ちゃんが知ってるはずないよね」


 漏れた声に本人は気付いていない。小さな呟きは完全な言葉にならず、宮代には前半が微かに聞こえただけである。


「空がどうかしたの?」


「え? あたし今、何か言った?」


「言ったじゃない。独り言みたいに、お姉ちゃんがどうとか」


「そ、そう、かな。そうなんだね」


 その慌てる様子を、宮代は別の意味に捉えた。


「昨夜の事で話があって来たんじゃないの? あたしそんなに口が軽い様に見えるかなぁ。誰にも言わないわよ。つか言っても信じて貰えないと思うし」


 今の翼の心境とは違うものの、ここへ来た目的の指摘は正しい。

 渡りに船と飛びつき、さっそく宮代に確認する。


「ねえ、咲はあの話どう思う? 教頭は生徒に魔族を斡旋してる、とも言ってたでしょ? 校内の事情に詳しいなら何か知らない?」


 エドワードから情報提供を受けたとき、宮代も同席していた。山吹に協力を求められたからだ。

 御門には後で説明するとした上で意見が交わされ、人も魔も男共四人は「仕掛けられたら殴る」と無計画な対応で一致した。それが翼は不満なのである。

 だが新聞部に在籍し校内諜報員と揶揄される宮代でも該当しそうな人物に心当たりがない。誰もが現実主義と言って良く、魔法などの非科学的な概念と結びつかないのだ。教頭との繋がりも噂のレベルでしかないため保留とした。


「噂話ヨタ話を除外すると居ないのよねー。魔法だか魔力だかで何とした方が確度が高いかも」


 大きく伸びた宮代は、ソファーにもたれて苺のクッションを抱える。その動作でスカートが乱れた事に気付いた翼は、クッションを放り投げてそこに乗せた。


「昨日も話したけど制限されててお姉ちゃんの負担になるの。人探しみたいな地味な魔術って条件を絞ってもコスト高だしメリット少ないのよ」


「へー。どんな感じに?」


「え~とね、魔術は計算式に近いから……」


 翼は室内を見渡して、宮代のベッドルームにパソコンが置いてあるのを発見した。


「咲、あなたパソコン詳しいの?」


「それほどじゃないけどインターネットだけって人と比べたら詳しいかもね。接続は自分でやったし、OSとアプリケーションとミドルウェアの区別くらいはつくかな」


「充分よ。そこまで必要ないくらい簡単に説明出来るわ。あたしのデフォルト回線が光ケーブル、今はルーターでガチガチに制限掛けてダイヤルアップ並みってとこね」


「遅っ!」


「そのルーターがパソコンに組み込まれてて、ゴリゴリのセキュリティソフトで通信の検査に能力の全てを注いでる感じ」


「重っ!」


「地味な魔術は四則演算のみ、コストは計算時間って置き換えると解り易いかも」


「長っ!」


 驚きを隠さない宮代を見て翼は呟く様に言った。


「だからね、一度に使える魔力の量は限られてて地味な魔術はその魔力を無駄に消費する物が殆どなの。メリット、無いでしょ?」


 溜め息を漏らす。


 宮代は同情しか出来なかった。


「た、大変なのね。早くその制限とやらが解除される事を祈ってるわ」


 一応元気付けたつもりの言葉だが、行き先は沼地であった。


 翼は膝を抱えて顎を乗せた。


「それね~……こっちの世界で三年よ? でね、あたしのお家も高かった道具もみ~んな取られちゃったみたいで……本当は会社の役員コースに乗ってたんだけどクビになったから御破算だし、個人で開業しても仕事なんてなかなか取れないって聞くし、やっぱり窓口の多い企業は有利よね~……あ、窓口って契約の魔法陣の事ね。念の為」


 宮代は手を挙げた。


「あの、質問。魔界だよね? 会社だの役員だの、さっぱり話が飲み込めないんだけど」


 膝の上で頭を左右にふらふらと揺らしていた翼は、動きを止めて少し考える様に視線を泳がせた。


「そういえば説明するのは咲が初めてね。お姉ちゃん達は何で気にしないのかしら。山吹さんなんて設定とか凄くこだわりそうなのに。う~ん……」


 動きを再開して唸りだした。


「つ~ば~さっ。あたしあたし。あたしの質問に答えて」


 宮代が手を振っている事に気付き、翼は動きを止めた。


「あ、うん。えっとね、魔族でも術の行使に長けてるのはごく一部。そういう人が開業したり会社に所属したりするわけ。で、あたしが所属してるのは、七十パーセントのシェアを誇るサタン商事。そこの役員候補、というか次期会長の座が確約されてたの。初代会長と現会長は現在まで五名しか現れていないテスラの称号を持つ賢者で、あと三人のテスラは個人で開業してる人と、二十年前にこっちで事故に遭って消滅した人、そしてあたし」


 どう? と自慢げな翼に対して、宮代は糸の様に細い目で放心している。


 手を上げて質問を追加した。


「その、テスラってなに?」


「最高法術機関、テスタロッサ魔道法術科学院を修め、あらゆる術を形式――魔法陣と言われる類ね――に捉われず行使できて、最高難度の時空間操作も自在に扱える賢者のみに与えられる称号よ。他に導師と呼ばれるサジーとかマリシュとかの称号があるけれどそれは突出した分野を持つ人たちで数千人居るわ」


 さらりと言う翼に、宮代は姿勢を正す。


「あんた……もしかして、とんでもなく凄い子じゃないの?」


 問い掛けは翼の表情を得意げにさせた。しかしそれも束の間、表情も声も沈む。


「のはずだけど自信無くなっちゃったなぁ。術が無ければただの女の子だし、あってもお姉ちゃんに敵わないし。競おうとすると百歩向こうに行っちゃって背中を追いかけても届かないの。もう寄り掛かって歩くのも悪くないかなーって。たった十日でここまで思い知らされちゃってさー……あたし、こんなに弱かったのかな」


 最後は小さな呟きとなり、そのままソファーに沈むのではないかと思わせる消沈ぶりであった。

 慌てた宮代は翼の気分が浮上を見せた話題を探す。


「あ、えーと。そ、それにしても、会社役員とかシェアとか、随分イメージが違うのね。魔界って」


「え? 人間界と一緒……あ、そっか。ふっふーん、咲はどんなイメージ持ってる?」


「なんて言ったらいいんだろ。常に天界と対立してて戦争とかもあって……」


 答えながら漠然とし過ぎて言葉に出来ないと気付き、宮代の声は力を失って消えた。

 翼は予想通り、とでも言いたそうに微笑む。


「咲でもそうなんだ。国みたいに住み分けはしてるけど、みんな同じ大地で暮らしてるよ。あのフィリップだって魔族とは少し違う上位種族だけど住んでるのは同じ大陸だし。こっちで言う天使は所属会社が違うってだけ。客の取り合いをしてるから仲が悪いのは当然ね」


「え……天使が同じ種族? ただの競合会社? うん、さすがに予想外だわ」


 困惑する宮代を見つめて、膝に顎を乗せたままの翼が頷く。

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