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そらつばMIX  作者: manaka
第二章 サプライズパーティー
15/34

9日目―4

 宮代は自らの好奇心を後悔し、心底怯えていた。


 数メートル頭上で展開された光景と会話の内容、彼らが疑念を持ってからの対処、盗聴器発見から受信者の存在を特定するまでの速さ、全てが知識に無いものであった。


 そして、はっきりと聞こえた翼の言葉。


 ――記憶操作でしょ?――


 自分が自分でなくなる恐怖。


 バレたら笑って出て行こうと考えていた。しかしあまりの異常性に足が竦んで動けない。


(姿を見られたら駄目……でも見張られてて逃げ場なんてないじゃない)


 涙越しに見る外塀の高さに絶望し、記憶を奪われる事に恐怖して自身を抱きしめていた。


 その耳に、心地良い声が響く。


『誰かわからないけど聞いて。あなたが知った事は全て事実よ――』


 モニターは滲んで見えなかったが、口調に漂う雰囲気で御門だと理解した。


 その声が続けられる。


『――でも怯えないで。危害を加えるつもりはないから、無関心を貫くならそれでいいし、どうしてこうなったのかを知りたいのなら……あたしから全て話すわ』


 宮代は驚き、そして怯えた。


 聞かれた事を責めるどころか事情を明かすと言う余裕が恐ろしかった。身の安全を保証する言葉もどこまで本当か分からない。いっそ全力疾走でと身構えたとき、海藤の声が流れた。


『止める訳じゃないけどな、色々不都合があるんじゃないのか?』


『仕方無いでしょ。きっと怯えてるとおもうの。だから、ね』


『そっか』


 やりとりに人の温もりを感じ、僅かな余裕が生まれる。


「……仕方無いとか言わないでよぉ。逆に怖いじゃない」


 聞こえる筈のない突っ込みを入れて体を震わせた。春の夜風が冷たい。


『あ、ちょっと「これ」お願いできる? ――うん。あ、聞いてる人、待たせたわね。実はさっき解ったんだけど少しややこしい事態になって、あたしと……たぶん翼も狙われるみたいなの。なるべくだけど、あたし達に近寄らない方がいいと思う。あたし達が学園を去るという選択肢もあるんだけど、大きな混乱を生んで今より酷くなるから出来なくて。それは解って欲しいの――あ、もう? ありがと。翼、あたしを近くに運べる?』


『それくらい簡単だけど、どうするの? それ』


『あたしがグラウンドに出て合図したら、これ持ってる子を外に運んで。カップ一個くらい無くしても構わないし気になるなら適当に届けて貰えばいいでしょ?』


『相手を見るな、って事ね。お姉ちゃんは大丈夫? 連続だと眩暈すると思うよ?』


『それよりも、今は震えてる子の心配をしてあげて』


『ん、それもそうね。わかった、行くよ――』


(なんの事だろ。途中からはあたしと関係無い話よね)


 御門の優しい語り口のお陰で恐怖と混乱から回復し色々考える余裕が生まれた。


 しかし、短時間で終わる。


「脅かしてゴメン。でも声は出さないでね。誰だか分かっちゃうから」


「――!」


 突然横から声を掛けられ、宮代は悲鳴を上げそうになった。いつの間にか御門が立っていたのである。


「はい。これ飲んで落ち着いて。あたしからは見えないの、上手に受け取ってね」


 御門は目を閉じていた。


 さわっと流れた風が差し出されたカップの中身を甘い香りとして伝え、冷え切った体で目にしたホットココアは絶大な誘惑であったのだが宮代は手を伸ばす事が出来ない。目の前の人物を信用していいのか判断出来ないのである。


 その迷いを読み取ったかのように、御門が語りかけてきた。


「今、凄く怖いだろうなって思う。だから受け取れないんじゃないかな。あたしだって同じ立場だったら怖いと……ゴメン嘘吐いた、あたしなら殴りかかるわね。えっと、とにかく毒とか入ってないから。飲んで見せてと言われればそうするけど、あ、でも、それは……え~と」


 途中から落ち着きを無くして説得だか言い訳だかわからなくなってきた。その理由を思い至った宮代は、くすっと小さく笑って立ち上がった。


 差し出された手を軽く押し、御門の口元を指でトントンと叩く。


 案の定、明らかに御門は慌てた。


「え、飲むの? の、飲めばいいの? でも、ほら、間接キスだよ?」


 カップの向きを変えれば済む事である。

 それすらも考えられないのだろうか。


(なにを意識してんだかなぁ、この子は。いたずらしたくなるじゃない)


 いつの間にか落ち着いている自分に気付いて、また小さく笑う。


「じゃあ先にチューしちゃおっか」


 すっ、と御門の首に両手を回した。


 御門の動揺が激しくなる。


「咲じゃん! ちょ、あ、ええ!? 何言って――……あ、えと何でもないからね。うん。人違い」


「くすくす。声聞いたら解るんじゃなかったの?」


「うん、そう。だから黙っててくれないと! ね?」


「それじゃ仕方無いなぁ、黙ってココアを頂くことにするわ」


「うん。はい、冷めないうちに飲んでね」


 まだ目を閉じたままである。


 その手からカップを受け取り、一口啜った。


 優しい気持ちが染み込んでいく。


「ふぅぅ~…」


 深い安堵の溜め息。


 その雰囲気が伝わったのだろう。いつもの調子で御門が聞いた。


「ねぇ……あたしって馬鹿?」


 宮代はココアの甘さを堪能しながら答える。


「さっさと目を開けていれば否定してあげられたんだけどね。おいし」


「でも見たら確定するじゃない。今なら人違いで済むし」


「真剣に馬鹿呼ばわりしていい?」


「駄目」


 御門は頑なに目を閉じている。


 彼女なりの誠意の示し方なのだろうと思った宮代は、最高の賛辞を送った。


「ほんと、馬鹿だわ」


 何も返さず膨れるだけの姿すらも宮代に安心を与える。


 微笑んでカップを運ぶ耳に、ドスンと何か落ちた様な音が届いた。


 その正体が走ってくる音も聞こえる。


 そして。


「空! 大変だ! ――お、宮代か。風邪ひくなよ」


「や、海ちゃん。ありがとん」


「海藤、何かあったの?」


「実は――……なんで目ぇ閉じてんだ? やめろよ」


「何を勘違いしてんのよ。理由は後で話すから、大変な事ってなに?」


「時間差だ。落ち着いて聞け、翼の処分期間が三ヶ月って言ってたろ。あれは魔界での時間らしい」


「そうでしょうね。だから?」


 海藤は他に選択の無い言葉を、なおも選ぶ様にゆっくり並べた。


「向こうではあれから1日も経過していない。魔界の一日は人間界の十二日程度、一ヶ月なら一年だそうだ。つまり三ヵ月なら三年だ。処分の即時終了以外なら最短でも一年はこのままって事………おっと」


 予兆なく崩れた御門を支えて海藤がゆっくりしゃがむ。


 御門は意識を失っていた。


「空……どうしたの?」


 訊ねる宮代に海藤は質問を返す。


「どこまで聞いた?」


「え? あ、えっと……」


 視線が空中を彷徨い直ぐに答えを見出し、海藤を真っ直ぐ見た。


「この子が馬鹿だってところまで」


「んなこたぁ前から解ってるだろ。それ以外だ。魔族がどうのとか」


 気を失ってるのを良い事に言いたい放題といった感を受けるが二人にとってはこれが日常である。


「ああ、その話。まだ聞いてないし、聞くべきかどうか悩んでるのよね」


「そうか……」


 続けて語る海藤の口調は重かった。


「出来るだけ隠しておきたかったんだが状況が変わってな、聞いてやってくれると助かる。もちろん無理にと言うつもりなない。ただ、御門は相当無理してる筈なんだ。こうして気を失ったのがその証拠さ。今後の事を考えるといくら精神の強い御門でも何処まで持つのか正直解らない。協力者がいれば少しは…」


 海藤の表情が暗い。


 これまで他人前で見せた事の無い様子と御門の日頃の明るさ。


 宮代は事の重大さを理解する必要があるのではないかと思い始めていた。


「そんなに深刻なの?」


 訊ねられて何かを思い出した様に顔を上げた海藤は前言を撤回した。


「あ、いや……すまん、忘れてくれていい。俺がこんな事を言ったのも内緒にしてくれ。聞けば宮代もショックを受ける部分があるかもしれん。だが……くそっ、どうしたらいいんだ」


 しゃがんで御門を覗き込んだ宮代は首を傾げた。言われてみれば何処か憔悴して見える。自分も原因に荷担しているなどとは思いもよらず、御門の顔にかかった髪をそっと払って海藤を見た。


「海藤さん。あたし、聞いてもいいよ。空の事情」


 珍しく敬称をつけたのは真摯な想いを伝えたいからである。それが解らぬ海藤ではない。素直に感謝を示した。


「有り難いが……でもどうして」


「こういう事に多くの理由は要らないでしょ」


 いつもの向日葵が咲いた様な笑顔を見せた。


 つられて海藤の頬も緩む。


「助かる。何と礼を言えばいいのか――」


 その言葉と笑顔に宮代は、大した事じゃないからと首を振る。


「海ちゃん。空のこと好きなんだね」


「気持ち悪い事抜かすな」


 海藤が真顔で返した。


 宮代の目が丸くなる。


「え?」


「そんな勘違いをするくらいなら聞け。何が何でも聞け。それで同じ台詞を言えたらただじゃおかねぇ」


「あれ? あたし怒られてる? なんで?」


「本人に聞けよ。それで言ってやれ『愛されてるね』って。間違いなく拳が飛んでくる」


 御門の体を小脇に抱えて立った海藤がポカンとする宮代に手を差し出す。


 慌ててその手を掴むと、


「そっちじゃねぇ。カップを寄こせってんだよ」


 海藤はあからさまに不機嫌な顔を見せ、急に扱いが悪くなった事に困惑しながら中身を飲み干したところへ子供っぽい叫びがこだました。


「ちょっと! あたしのお姉ちゃんに何をしたのよ!」


 翼が駆け寄り海藤から御門を強奪すると、なにやらぶつぶつ言いながら背負う。


 少し遅れて山吹も来た。


 のんびり歩いているのは状況を把握しているからなのか。


「どうかされたのですか?」


 訪ねる声も、とりあえずといった雰囲気である。


 答える海藤は少し投げ遣りであった。


「疲れただけだろ。それより山吹、御門の事が好きか?」


「嫌いではないでしょうね」


「恋愛対象としてだ」


「FMラジオに換装してあげましょうか? その愉快な口を」


「俺じゃねぇよ。――宮代、解ったろ、それは禁句だ」


 手を小さく挙げて宮代が弁解する。


「あの、解るもなにも、事情を知らないんだけど」


「おや宮代さん、あなたでしたか。まだ空さんから聞いてないんですか?」


「うん」


 山吹は海藤を見る。


 たっぷり三十秒は眺め、そして言った。


「馬鹿ですか君は。事情を知らなければそう思われる可能性だってあるでしょう。取り乱してるのは君もですよ」


 呆れながら咎める山吹の視線を浴びた海藤は、場都合が悪そうに少し顔を伏せた。


「いや、でもな――まぁそうか。そうだな、すまん」


 謝罪は宮代に向けたものである。

 本当なら盗聴器を仕掛けた非もあり因果応報を自覚している宮代だが、彼らは一度もその行為を責めていない。それが不思議だった。


「いいよ、そんな事。こっちこそ謝らなきゃいけないんだから。ねえ、あんた達って一体何なの? 魔族とかは別にしてさ」


 素朴な疑問である。


 海藤と山吹は顔を見合わせ、翼に背負われた御門を見た。


「漠然とした質問で回答に困るんだが、今は空との関係だけにしてくれるか? 悪いな。で、まあ月並みな言い方をすれば腐れ縁さ。幼稚園からずっと一緒なんだ」


「その頃から同じ流派の道場に通ってますし、翼さんより仲がいいかもしれませんね」


 そこへ割り込んで翼が抗議する。


「だめよ、お姉ちゃんはあたしのだもん。誰にもあげないんだからね!」


 何か言い続ける翼の頭を片手で軽く押し、海藤は宮代に手を差し延べた。


 宮代がカップを差し出すと、苦笑いをして受け取って反対の手に持つ。


 まだ、手は差し延べられたままであった。

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