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そらつばMIX  作者: manaka
第二章 サプライズパーティー
12/34

8日目・9日目

 木曜日。

 週に一度しか無い選択授業が何故か翼と共に家庭科となっていた御門は、初めての調理実習の後、翼と二人で残るように言われて優しげな女性教諭の前に立っていた。


「御門空さん。貴女がとても楽しみながら学んでいらっしゃるのは伝わっています。それはもう教師冥利に尽きるほどに」


 アルカイックスマイルを浮かべた女性教諭が穏やかに話す。不穏な空気など微塵も無い。

 御門の立場上、こうした状況は良くある。学園と生徒は利害の一致した協力関係でもあり、円滑な運営を維持するために纏め役を選定するのは至極当然でもある。それを、生徒生活の中で度々経験してきているのが御門だ。翼も同じである。実際は6年生になったばかりだが、毎年クラスの長を任されてきた。

 故に、二人とも落ち着いた様子で教諭の言葉を待っていたのだが。


「先週の行事の通り貴女が他の生徒の規範となっているのは疑いの余地がありません。その学びの姿勢をより多くの生徒に示すべく所属授業の転籍を――再選択を命じます」


「……つまりクビ、でしょうか?」


 教諭の言葉の意味を、御門は正確に読み取っていた。


「やっぱりねー……」


 翼は予見すらしていた。


「中等部からの異動で再び貴女との縁が出来るとは思ってもみませんでした。じゃがいもの芽と目の区別が出来る様になっただけでも大きな進歩と認めましょう」


(いやそれは小学校で習う事だぞ? この教師はどんな俺を記憶しているんだ?)


 そんな短期の不当な評価で追い出されるのは腑に落ちない。御門は食い下がってみた。


「あたしは学びが足りないと自覚しています。今日の出来も不満が残る物でした」


 これは本心でもある。

 だからなのか、御門は気付いていないが、わずかに頬が膨らんでいる。 


「それは過小評価というものです。貴女の料理は本日も美味しゅう御座いました。三ツ星レストランにも劣らぬと断言致します」


「味はね。でも味だけなのよね」


「何が言いたいの? 翼」


 不満を向けた御門だか翼から返ってくる感情は「これ以上迷惑をかけるな」であり、眉を寄せたジト目がそれ以上御門に喋らせない。


「あたしらの班はオムライスと鶏もも肉サラダ、そしてミネストローネ。お姉ちゃんの担当がオムライス」


 胸の前で手首を返し、ピッと御門を指した。


「不安だからみんなでフォローしてたのに、なんで目を離した隙に真っ黒なのが出来上がるのよ」


 御門は言う。知るか。と。


「……知らない」


 ぷいっと横を向いたのは御門の意思ではない。勝手にそうなった。もうどうとでもなれ。


「御門翼さん。貴女のお姉さまには中等部で二つ名が付いていますけれどご存知かしら?」


「知らないです。でも『黒の魔術師』とか語感良さげですよね。あの意味の分からなさはマジックだもん」


「まさにそれ、黒の魔術師です。調理過程に特別な違いは無いのに出来上がる料理は常に黒。口に入れるのも躊躇ためらわれる見た目とはなはだしく乖離《乖離》した味は、試食の際に『至高の毒味タイム』と称される謎時間を固定化させたほどで私も含めた皆を魅了して週のエンターテイメントとなっていました」


 女性教諭は「ふう」と溜め息をつき、少しばかり疲れが溜まっているように見えた。


「私の授業で伝えられる事は尽きたと思うのです」


「手の施しようがないとハッキリ言ってあげないと伝わらないですよ? うちのお姉ちゃんは」


 伝わらないはずがないだろうと言いたかったが、売り言葉に買い言葉な展開は日曜日に経験している事もあり、御門は沈黙を選んだ。


 翼は普通に料理が出来るというのに、中身以外完全コピーのこの体でどうして出来ないのかと言えば、あの母の手が掛けられていないからだろう。


(たったそれだけの違いなのにな)


 御門にとって『女子としての普通の生活』は、ひたすらに大変な日々であった。





 そして金曜日放課後、まだ若干日が短く茜色が近付く時間。


 最後のロッカーが海藤と山吹によって並べられ、御門がクロスを掛ける。


「はい! しゅうりょー!」


 翼が元気に宣言し「わーー」とか「おわったぁ」とかの声と共にささやかな拍手が起こった。


 そこには三年の翠川と片桐、二年生で書記を務めている水科蛍子みずしなけいこの生徒会メンバーと、寮生代表と称して手伝いに来た大河&宮代の計五名がいた。


「生徒会の皆さん、寮生の御二方、お手伝い有難う御座いました」


 御門が礼を言って頭を下げ、他の三人もそれに続いた。開け放たれた窓から窓へと流れる風が心地いい。全員が改めて室内を見回す。

 全体の中程より少し手前に奥との間仕切り壁が作られ、入り口から見て右端に扉が設けられている。その向こうは多目的用途の会議室とし、手前の今いる部屋が執務室である。


 向かってやや左寄り奥に御門、少し間隔を開けて右隣に海藤の席を出入口に向けて置き、山吹と翼の席は御門の席より更に左に寄せて、窓を背にしている。


 贅沢は敵だと主張して普通の教室机を要望したら業務の欠片も感じられないという理由で学園長に却下され余っていた事務机で妥協したが、中央のテーブルは長机を並べて高そうに見える安いクロスで見栄えのみを整えた。ここも事務机も全て折り畳み椅子である。来客者が用件を切り出し易い様にと配慮して設置したカウンターは、背の低いロッカーを並べただけの簡素な物だ。


 その質素な様相の計画が不満だったのか専用のパソコンを用意すると言う学園長に、作る過程を知る事の有意義さを滔々と語った山吹の机はガラクタを寄せ集めて自作したパソコン群の収まる箱が隣接し、各席に置かれたモニターとキーボードのケーブル全てが繋げられていた。無線によるLAN構築は当然却下である。


 そして、たった一つの贅沢な要求は、会議室への扉を入ってすぐ左手に設けられていた。


 十数分後、一同は中止テーブルに着き、大河と宮代が煎れた紅茶を楽しんでいた。


「ふぅ、こうして落ち着いて飲めるのは翼ちゃんの手柄だな」


「まったくですね。空さんを含めて僕等はその辺に鈍いですから」


「ガサツで悪かったわね」


 御門が嫌味を言うと、海藤と山吹は席を立って頭を撫で、また席に戻った。


「ちょっと、子供扱いはやめてよ」


 海藤と山吹に説明出来たのは昨日の事だが、充分に状況を理解したと言う二人は内心の大きな葛藤にも理解を示して頭を下げ、感極まった御門は泣き出してしまった。


 見た事のない反応に慌てた二人は翼との融合によって影響を受けた部分だと知るや対人関係の潤滑剤として大いに利用すべきだと提案し、他人前で感情を露わにする事を嫌う御門を二対一の多数決で押し切って、現在の扱いを決め込んでいる。


 翠川が口元を押さえて笑った。


「空さん、そういう反応がいけないのですよ? もっとも貴女が完璧過ぎたら私達の立つ瀬が無いので、そのままが嬉しいのですけど。いろいろと魅力もありますし」


「そうそう、あなたから幼さを取ったら高嶺の花扱いで誰も話し掛けなくなるわよ? 他の学年は知らないけど、三年女子の間では『かわいい・躾けたい・お姉さまと呼ばせたい後輩』の一番人気なんだから。多少がさつで子供っぽい今のままが丁度いいの」


 片桐はウインクし、カップを握る手の小指を立てて御門を指した。

 水科もそれを否定しない。楽しそうに現在の情勢を語る。


「ふふっ、二年生の間でも『空ちゃん家事全般苦手疑惑』が囁かれてるくらいですから、女の子としてきっちり躾けたいと思ってる人は多いみたいですね」


 この人気には理由があった。


 高等部では自立を促すために廃止されたが、中等部では全寮制の傍ら情操教育の一環として三年生を一年生の教育係に任命し、寝食を共にさせている。


 この期間に得た特別な姉妹関係により彼女達が「お姉さま」と呼ぶのは唯一人であり、厳しくも優しい愛情を受けた妹達は、やがて自身の妹へとそれを注ぐ――そうした伝統を受け継ぐ少女達にとって、有名人ながらも女子として欠けた所の多い御門は躾甲斐のある素材として映るらしい。


「あ、あはは…」


 御門は引き攣った笑みを浮かべた。

 翼の内外を反映した幼さと自身には存在しない女子成分。本来なら無用なのだが現状を継続するためには否定も出来ない。

 隣では、購買棟から遠い事に気付いて簡易キッチンの提案をした翼が、皆から褒められ満面の笑みを浮かべていた。





 ささやかな打ち上げが終わり、今日のうちに済ませたい事があると言う御門達の四人を残して生徒会の三人と寮生二人は部屋を辞した。


 取り留めの無い話をしながら中央道路に出る。


 話題が翌日から始まるゴールデンウィークの予定に及んだ所で、宮代が思い出した様に叫んだ。


「ああ! 教科書取ってこなきゃ! あたしまだレポート出してなかったんだ!」


「また? もうすぐ暗くなるし教科書なら貸してあげるよ?」


 珍しくないのか大河の応答は気軽である。


「う~……どうしよっかなぁ……うん、やっぱ取ってくる。教科書に色々書き込んであるからさ、それ写した方が早いし――ひっ!」


 大河の申し出を断って踵を返した宮代の目前に、片桐が立ちはだかっていた。笑顔が引き攣って見えるのは気のせいではないであろう。


「あなた、まだそんな事やってるの? 中等部の頃と何も変わってないじゃない」


 静かな語気に荒々しい物を含み、到底穏やかとは言い難い。


 宮代の目が派手に泳ぐ。


 何か言い訳を考えている様子ではあったが、


「あ、えと、ごめんなさいお姉さま! 湊、先に帰ってて!」


 謝罪にドップラー効果を与え、止める間もなく一瞬で走り去った。


 中等部の姉妹関係を高等部でも強制されている訳ではない。彼女達には特別な想いがあるため抜け切らないのだ。こうした日常の中で咄嗟に出る事は多々あり、隠さない者は別として、隠している者でも秋頃には誰の妹なのか知られる。


 溜め息を吐いて見送った片桐は、自由奔放な宮代にとって唯一人、頭の上がらない存在であった。


 大河がくすくす笑う。


「だから片桐先輩の事を苦手って言ったんだ。咲ちゃんのお姉さまだったんですね」


 片桐は複雑な表情で答えた。


「う、うん、まぁね。苦手かぁ……案外上手く行かないものよね。あたしって肝心なところで要領悪いし……にぶいから。嫌な所を見せちゃった。ごめんね」


 無理に笑顔を作って大河を見つめる。


 その言葉と表情に何を返すべきなのか迷っているうちにタイミングすらも失った大河は、背中に添えられた手に促されて歩き出した。


 列に加わりかけた片桐の視線が横に移動する。


 つられて大河も見たそこは御門の看板が立てられていた場所であった。


「……? どうかされたのですか?」


 大河の問いは、片桐がそこで立ち止まっていたからである。


「ちょっとね。先週ここら辺で手帳を落としたらしくて」


「あ、もしかして……あれかな?」


 拾い物を思い出した大河の反応を片桐の視線が射る。


 大河はポケットを探るが一週間前も経っていれば何度かクリーニングしており現時点で入っている筈がない。しかし彼女にはそれを取り出した記憶も無かったのだ。


「あれ?……部屋で出したのかなぁ……えっと、魔法陣みたいなイラストが――……!」


 呟きが手で塞がれ、見上げた大河の背筋が凍る。


 日が落ちる前の薄明かりの中で、片桐は般若と呼ぶに相応しい表情を見せていた。


「静かに。明日の朝十時、近くの公園で受け取るわ。誰にも言わない事、解ったわね?」


 有無を言わさぬ迫力に怯えた大河が小さく頷く。片桐は笑顔に戻った。


 先行していた翠川が振り向いて呼びかける。


「どうしたの? 何か今……」


「うん、ちょっと妹の事でね。この子、同室でしょ」


「魔法とか言ってなかった?」


「あの子が真っ当になる様な魔法があればね、って話よ。そんなメルヘンなんて信じないけどね。さあ大河さん、行きましょ。因果応報の咲は放っておいていいから」


 強引に引っ張られ先行する二人と合流した大河は、腕を掴んだままの片桐を怯えた目で見上げていた。

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