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そらつばMIX  作者: manaka
第二章 サプライズパーティー
11/34

2日目~7日目

 閉会の後、翠川に案内されたのは教室二つ分のだだっ広い部屋だった。

 元は吹奏楽部が使っていた場所で、おもいっきり音を出しての返りは欲しいが抜けも欲しいからと、外塀沿いかつ三方をグラウンドに囲まれた体育倉庫を無理やり二階建て増築した背景を持ち、故に専用の玄関からしか立ち入れない。

 一階はソフトボール部と陸上部の部室兼体育倉庫となっていてシャワー室もトイレも共用だが、二階にある同様の設備は入り口の都合上吹奏楽部専用となっている。

 今は新たな部室に引っ越した後で、楽器も椅子もその他諸々も全て運びだされてがらんとしていた。


「組手がはかどりそうな部屋ですね」


 山吹が言った。


「畳を敷くか」


 海藤が同意した。


「こたつとミカン連想した」


「あなたは黙ってなさい」


 翼が口走り、御門がたしなめた。


「冗談なのでしょうけど一応却下させて頂きますね? 特別生徒会の執務室として必要な物があれば書き出して下さい。学園長自らが揃えるそうです」


 翠川はやんわりと微笑みつつも、眼光だけは鋭く光らせて用紙を差し出した。





 学園の団結力を垣間見たサプライズであったが、成功した場合は式典後の自由、つまり休校を保証すると学園長が約束していたそうで、お祝い気分を上塗りする三連休という褒美が原動力となっていた。道理で御門達に情報が入って来なかった訳である。


 この臨時休校とも言うべき扱いについては、翠川が帰った後に山吹が解説した。


「夏休みが一日減っても普通は気付きませんから」


 昨年もそうした処置をしていると実例を挙げて学業が遅れない様に配慮している事を証明し、にこやかに付け加えた。


「要するに、ケンさんは憎めない狸だって事です」


 山吹だけが気付いていたカラクリに笑った後、気持ちを切り替えて最初の仕事――必要な物の列挙に入った。


 極力質素に纏める方針であったが、翼の何気ない一言を受けて簡単な工事を要する贅沢品を書き加えて提出したところ、学園長は立地を失念していたと二つ返事で許可した。


 新たな自治会設立に関して訊ねると、執務室は御門達の拠点として設けたものだから活動は何も変えなくていいと語り、購買棟に関しては必ず特別生徒会を通すことで既得権益の流出を防ぐ狙いがあると明かした。つまり教頭派による乗っ取りの防止措置である。


 とりあえず手配した工事が終るまで特にする事が無いと確定した御門は、山吹の提案もあって試験的に『普通』の生活を送る事となった。





 翌日の土曜日、実家に顔を出した御門と翼は、概要を知りながらも双子の娘が出来たと大喜びする父の熱烈な歓迎を受けたのだが、何故か母がどす黒い何かを撒き散らし、どこから取り出したのか高そうな扇子を空いた方の手にパシッパシッと打ち付けている。


「空さん。あなたを聖鳳に入れたのは淑女たる作法を学ばせるためでもあると言いつけたはずですよ?」


「かあ、さん……?」


 初耳である。


 そんな過去は無い。あるはずが無い。だから翼の身に付けた物が発動するに任せているのであって、御門自身は淑女の作法など一瞬たりとも学んでいない。

 御門は頬をひきつらせて隣を見た。

 翼が頷いて御門の腕を抱え込み、母に真剣な眼差しを向ける。


「お母さん、あたしがサポートするからお姉ちゃんを怒らないであげて」


「翼さん? 優しさは美徳でもあるけれど、それだけでは誠の優しさではないと口酸っぱく言ってきたでしょう――」


 優しく諭す様に言うとバッと広げた扇子で口元を隠す。御門の知らない所作だが、翼はビクッと跳ねた。


「――忘れたの?」


 声は優しい。


 翼が御門の手を握った。感情が流れてくる。


――うん、初耳かな!――


 とても投げ遣りな感情が。


「え? 翼?」


 思わず声を上げて見つめる御門に翼がニッコリと笑いかけた。そして。


「女は着飾りたいし男は愛でたいのが本能世界の標準(ワールドスタンダード)なの。容姿と家柄の高下駄履かせて貰ってんだから最大限に活かすための血の滲む様な努力は責務を通り越して義務だと思うなあたしは!」


 グイッと、母の前に御門を押し出した。


 母に手首を掴まれたのは同時である。反射的に外す動きを起こしかけて抑えた御門だったが。


「?」


 違和感を覚えて母を見る。

 何も無い。ただ見つめ返されるだけ。

 反射的な動きを自分で抑えたのは確かなのだが――


 御門は試した。


(むっ?)


 外そうとしたのだが【そう意識する一瞬前に】『きゅ』と握られる。言葉に表すなら「『きゅ』外……せないのか……」という感覚だ。


(な、なんだ? この無力感は?)


 何度か繰り返して不安になり、父を見る。頷いた。翼を見る。目を逸らした。母を見る。


「出来の良い妹に感謝なさいな。さ、いらっしゃい。基礎から確認させて貰うわね?――あ」


「あれ?」


 御門は母から数メートル離れた所に立っていた。


 無意識のうちに無間踏むげんとうを使ったらしい。


 その事に誰よりも早く気付いた御門は踵を返し――生まれて初めて家から逃げ出した。


 翼の感情が増幅されたのだろうか。ほとぼりが冷めるまで実家に帰るのは避けようと考えた御門は、特別生徒会という役職を得られたのは天恵にも思えて寮に帰るのが嬉しくなっていた程、今日の母は怖かった。


 スリッパに履き替え名札を在寮に返した所で、宮代が給湯室から出てきた。ティーセットを載せた盆を持っている。


「あれ? 空だけ? お母様がいらしたからお部屋にお通したけど」


 御門は挫折を知った。



 その後、男の時は有り得なかった強烈な愛情の押し付けに戸惑う御門を、母は自由奔放なスイスの少女を躾ける厳格な婦人よろしく説教しはじめ、見かねた宮代が助けに入らなければ日を跨いで明け方まで続いたかもしれない。


 御門の母は、洗練された礼儀作法で丁寧に対応する宮代を指すと「彼女を目指しなさい」と満足げに言い残して去った。





 日曜日。教育係の命令とうそぶく宮代の提案で御門は寮生全員と出かける破目になり、これまた生まれて初めてのウィンドウショッピングに引っ張り回され、所々で抵抗したせいか悪乗りした宮代が御門を着せ替え人形と化した挙句、翌週から始まるゴールデンウィークは温水プールへ行くと言い出して水着コーナーへと引き摺り込み大胆なセパレートタイプの試着を迫った。


「そろそろ大人の階段を昇りたいお年頃の空にはこれよ! 下とサイドのパッドで強力補正なビキニ! あたしの手に掛かれば貧乳どころか無乳むにゅうすらも寄せて倍より上のバイんぞう間違いなしって事で試着へゴー!」


「待って待って待って! 無理だから待ってええええ! つか声でかいっ! 恥じらいは何処に忘れてきたのよ! も少しオブラートに包んだ表現は出来ないの!?」


「着飾ってなんぼの女が努力を忘れる事こそ恥なの! 持たざる者の涙ぐましい努力はむしろ誉れなの! オブラートなんて甘えてる場合じゃないわ! そもそも包む物なんて無いでしょーが!」


「ひどっ! 努力くらいしてるわよ主に翼が! ささやかかもしれないけれど持つべき物は持ってるじゃない翼だって! 貧乳ならまだしも無乳なんて放言は許さないんだからね! 謝りなさい! 翼にっ!!」


「あたしは空に言ってんの! なんで翼なのよ! そりゃあの子もまっ皿だけど!」


「皿って言った!『更』だったらまっ平らだけど今のお皿だよね!? 平ですらいないじゃない、咲ちゃん酷い! つか何であたしに飛び火してんの!? お姉ちゃん!?」


「だれかたすけて……」


 約一名の願いが天に届いたのか店員に届いたのかはさておき。

 涙を浮かべた大河を除く三人は店員と他の客達に囲まれ、話題が話題なだけにとても優しく諭される事となった。

 大河も間に入って仲直りした所で店員や他の客に謝罪して水着の話題は封印すると決め、ひそかに胸を撫で下ろして三人と共に帰寮した御門だったが、部屋に入った途端。


「結局あたしのサイズをバラされただけだよね?」


 と恨めしげに睨まれて、翼が許すまでひたすら謝り続けた。



 その夜、翌日の準備にかかった御門は、教科書を見て自分の学年を知った。





 迎えた月曜日。良くも悪くも干渉によって同クラスとなった寮生の二人や見ず知らずの同級生とのあやふやな会話に神経をすり減らし、翼の陰に隠れるようにして他人に焦点を合わせないよう過ごした体育の時間が疲労を蓄積させ、放課後に生徒会から幾つかの業務引継ぎを要請されるなど通常の疲労と特殊な疲労を抱えて寮に帰ると、またしても宮代の提案による寮生全員での入浴と言うイベントが襲い掛かり彼女達の長風呂に付き合わされた。





 火曜日早朝。軽く体を動かして帰った御門は階段で隣室の二人と鉢合わせし、着替えを抱えた様子から察してその話題に触れないよう言葉を選んで擦れ違った所を宮代に捕まり、他人に肌を見られる事に慣れていないのが水着を嫌がる理由だとして朝晩の入浴を共にするよう命じられた。


 逆らえば母を呼ぶと脅す宮代を説得出来ないものかと翼を叩き起こしてみたのだが、寝ぼけて状況を呑みこめなかった妹はそそくさと入浴の準備を整えて嬉しそうに笑い、御門を打ちのめした。





 水曜日の夜。二〇七号室にて四人揃っての映画鑑賞となり仕方なく付き合った御門だったが、胸元にざわめきを覚え翼との融合が感情の起伏を激しくさせていると気付いた時には。


「ええ!? 空ちゃん!? えと、えーーい!」


 体当たり気味の大河に抱き締められた。


「あっ!? 湊ちゃん! あたしのお姉ちゃんになにしてんの!」


「ふふふ、内緒♪」


 翼が見咎めたのは、大河が自身の少々ボリュームがある胸に、御門の頭を抱え込んでいたからだった。


(泣いてるところなんて見せたくないものね、空ちゃん)


 大河の優しさに触れた御門だが場所が悪い。とは言えあからさまな拒絶を示す訳にもいかず、さてどうしたものかと考えていたらふいに手を握られた。


――えっち――


 翼である。


 違う、そうじゃない、これには訳がと浮気がバレた男の様な思考で頭がいっぱいになった御門を、背後から包むようにのし掛かってきた者がいた。考えるまでもないが宮代である。なぜなら。


――なんで抵抗しないのよ!――


 翼は手のひら越しに絶賛オコ中だからだ。


(湊は俺の涙を隠してくれた。それは分かる。だがどうして宮代まで抱きついているのか分からん。それを怒る翼はもっと分からん。新手の嫌がらせか? 俺が何をした?)


 理解に苦しむ状況は寮母が消灯の見回りにくる時間まで繰り広げられ、翼などは口も利かずロフトに上がっていくという抗議行動を見せ、理由が分からなかった御門は、考えることに疲弊して寝落ちするまで目が冴えたままだった。

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