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42 後片付けをしよう(エピローグ) 終

 二日後。

 オレはまだ、ホテルの中にいた。

 オレは奇跡的に無事だったロビーのソファーに身体を預け、天井のシャンデリアをぼんやりと見上げている。

 シャンデリアのクリスタルに反射する光が、目に痛い。


 オレはホテルの屋上ヘリポートで発見されたらしい。

 らしいというのは、オレはずっと気を失っていたからだ。


 オレが発見されたのは、昨日……つまり、オレがホテルの中の怪物を全部殺して終わらせた次の日の朝のことだ。


 谷口に続きオレとも連絡が取れなくなった騒動処理人(プロセッサー)の本部が調査員を派遣したところ、オレは屋上のヘリポートで気を失っていたらしい。


 その時のオレは全裸。

 しかも、全身ベッタリと血に塗れていた。


 そんなオレを、調査員たちは適当な客室の風呂場で丸洗いだけしてベッドに放り込んだそうだ。


 ……謎の信頼があるんだよな、オレ。

 特に、身体の丈夫さの部分で。


 見た目ケガをしていなかったからって、医者にすら連れて行かないとかありえないだろ。

 せめて精密検査くらいしようと思わないのか?寝かしておけば大丈夫って、どんだけ適当な扱いなんだよ?泣くぞ?


 まあ、調査員たちを率いていたのがオレの身体の事情を知っている人だったのだから、仕方ないかもしれないが。

 だからって、丸洗いして後は放置はないだろ?

 

 ともかく、そんな状態でオレは今朝まで眠り続けていたのだった。


 そして、目覚めた後に最初に確認したのは、今の状況だ。


 すでにうちの調査員の調査は終わり、一部を残して引き上げてしまっている。

 今の調査のメインは、警察。

 今、このホテルの中は警察でいっぱいだ。


 ロビーのソファーに座っているオレの周囲にも、警察官が大量にいる。

 さっきから場違いなオレに、疑いの視線を向けている。


 その警察官たちの顔色は悪い。

 怪物でも見たような……って、実際、怪物の死骸を見たんだろう、どいつもこいつも真っ青な顔をして、時々口を押えてトイレに駆け込む人間の姿もある。


 もう、ここには生きた怪物はいない。

 そして、生きたホテル関係者もいなかった。


 あの事件の時に、この場にいた者で生き残ったのは二人。

 オレと……。


 「あ、虎児さん、こんなところでサボってたんですか?」


 シャンデリアを見上げる視界に、見下ろすように顔を割り込ませてきた奴がいた。

 掛けているサングラスに、オレの顔が映り込む。

 覇気がない、腑抜けた顔だ……。オレって今、こんな顔をしてるのか。


 「サボるってなんだよ?オレは仕事でここにいるんじゃないぞ?」


 オレはやけに良い笑顔を見せてくる谷口に言った。


 そう、生き残ったのは、オレと谷口の二人だ。

 谷口は家族風呂で発見された。消火栓のホースを身体に巻き付けた全裸姿だったらしい。

 つまるところ、オレが気絶させ、縛ったままの姿だな。


 ただ……一つだけ縛った時と違ったのは、人間の姿だったことだ。

 赤鬼だった谷口は、完全に何の問題も無い人間に戻っていた。


 本当に、良かった。

 あのまま元に戻らなかったら、オレが殺してやらなきゃいけないところだ。


 谷口が怪物になるほどの深い洗脳から解けたのは、何が原因だったんだろう?

 主犯であるあの老人が死んだことか?それとも、元々時間が経てば元に戻る仕様だったのか?

 オレには何も分からない。


 ただただ、元に戻ってくれたことを感謝するしかない。


 オレより一足先に目覚めた谷口は、誘拐される直前からの記憶を失っていた。

 ホテルのエントランスの前からタクシーに乗ったことは覚えていたが、それ以後の記憶は真っ白。

 元の姿で発見されるまで記憶が飛んでいる。


 それでも何かがあったことは感じ取っているらしく、やたらオレに気を使って笑顔で話しかけてくる。

 その笑顔を見る度に、お前はオレを殺そうとしてきたんだぞと言ってやりたくなるが、今の関係が壊れそうなので我慢して言わない。


 「じゃあ、なんでいるんですか?」


 谷口がさらに顔を近づけてオレの顔を覗き込んでくる。

 サングラスがオレの目を映す。


 「……さあな」


 オレは自分の死んだ目を見つめながら答えた。


 オレがここに居る理由は……なんだろうな。昨日目覚めた時点で、調査員たちと一緒に帰ってもよかったはずだ。

 なのにオレは帰らなかった。


 全ての死体が片付けられ、血の汚れが洗浄され……事件の痕跡が消えるまで、ここにいたかったのかもしれない。

 彼女がここに居たという証拠が消え去るまで。


 もう、今回の事件は、闇から闇に葬られることが決まっている。

 大量殺人についてはどう処理されるかまだ決まっていないが、何か大きな事故が起こったことになるだろう。

 死んだ人間の人数が通常の事故と比べても段違いだ。しかもホテル関係者全滅。


 起こった事故は、ガス爆発や、防災機器の不備による建物が丸ごと焼失するような大火災。そんな感じになるに違いない。


 ホテルも表向きは焼失したことにでもされて、取り壊されるだろう。

 何もかもが、無くなる……。


 「いつまでいるつもりなんですか?」

 「…………」


 すでに本部から帰還命令は出ている。

 オレは単なるわがままでここに居るだけだ。


 そして、なぜか谷口も付き合って居残ってくれていた。

 こいつも、ホント付き合いが良いな。帰っちまえば良いのに。

 何も答えないオレに、谷口は少し困ったのか口元を歪めて見せた。


 「そうそう。調べてもらって来ましたよ」

 「!?」


 谷口の軽い言葉に、オレの心臓が跳ね上がる。

 

 「この辺りでは佐夜子って名前は珍しいらしくて、すぐに分かりましたよ。宮野佐夜子さんですよね?」

 「……」


 オレは答えられない。

 彼女の姓を、オレは知らない。


 サングラスに映っているオレの目は、大きく開かれている。

 聞きたくない。

 耳を押さえて、聞くのを拒絶したい。

 しかし、オレは聞かなければならない。


 谷口に彼女のことを調べてくれるように頼んだのは、オレだ。

 知っておくべきだと思ったから。


 「七十八歳らしいですよ」


 あっさりと、残酷なことを告げてくる。

 ああ……。彼女は一体どれだけの時間を止めていたのだろう?


 「七歳年下の弟がいますね」


 あの老人は、いったいどれくらいの間、姉の不幸に苦しんできたのだろう?


 「知り合いだったんですか?」

 「…………そうだな。オレにとって、大切な人だったらしい……」

 「?」


 谷口が首を傾げる。

 オレはその疑問を浮かべた顔に、手を伸ばした。


 そしてそっと、サングラスを奪い取る。


 「あ、ちょっと!」


 谷口は慌てて奪い返そうとするが、オレはその手を跳ね除けて自分の顔にサングラスを掛けた。

 途端に暗くなる視界。

 谷口は黒柴の子犬のような目で、オレを見つめていた。


 「お前も仕事じゃないんだから、サングラスはいらないだろ?借りといてやる」


 そう言って、オレは手を軽く振って谷口を追い払う。

 

 「え?報告はまだあるのに……」


 戸惑いながらも、谷口はオレの言葉に従った。

 オレの目尻から溢れ出した物を、谷口に気付かれただろうか?

 サングラスに隠されていたから、大丈夫だったと思う。


 膨らんだ感情が、目尻から溢れ零れ落ちていく。

 ボタボタとみっともなく流れ続けるものを、オレは止めることができなかった。






      <終わり>

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