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34 覗き見をしない 中

 …………って、そんなの決まってる。

 事件の真相だ。


 映画やドラマなんかで、追い詰められた犯人が事件の真相を語るシーンてのはよくあるが、あれって実際にも結構よくあるんだよな。


 覚悟を決めた後は、誰かに自分語りをしたくなるものらしい。特に、死の覚悟を決めた後は。

 せめて誰かの記憶に、自分の行動を正しく残したいという欲求が出て来るんだろう。

 特に自分は仕方がなく罪を犯しただけで、悪いのは追い詰めた被害者の側だと思ってる連中は。


 オレも何度かそう言った状況に巻き込まれたことがある。


 「付き合ってられるか!」


 オレは吐き捨てる。

 事件の真相なんてオレはどうでも良い。


 <君は私がどうしてこんな事件を起こしたか、不思議に思っていることだろう>

 「知るかよ!!知りたくもねぇ!」


 奴らは事件に関係した人間は、真相を知りたがっているものだと決めつけている。

 だから平気で自分が事件を起こすまでに至った黒い気持ちを吐き出し、伝えてくるのだ。


 オレはゴミ箱じゃねーんだよ。

 反吐みたいな事情を、こっちにまで押し付けて来るんじゃねぇ!

 オレの精神まで汚すんじゃねぇ!!


 <私は、ダムに沈んだ村に住んでいた>

 「あー、はいはい」


 きっとオレが興味津々で聞いていると思っているのだろう。老人は淡々と話し続ける。


 オレの声は向こうに聞こえていないらしい。

 この部屋を盗聴器などで監視してるわけじゃないんだな。でもオレの行動は把握されてるんだから、何らかの手段で監視されてるのは間違いないと思うんだけどな。


 オレがこの事件に最後まで関わると決めたのは、結末を見ないといけないと思ったから。

 それ以外の理由はない。


 オレは事件を起こした経緯とかはどうでも良いんだよ。

 オレは警察や裁判官じゃないんだ。

 結末を見届けたかっただけ。そして、できれば自分の手で敵を始末したかった。


 それがオレのせいで巻き込まれた谷口と麻衣子さんに対しての、わずかばかりのケジメだと考えていた。


 さて、オーナールームに乗り込んで、あの老人をぶっ殺して全部終わらせるか!


 オレは話し続ける老人を無視して、破壊したドアから警備室を出て行こうとした。

 ……だがその瞬間に、オレの足は止まる。


 「……いや、聞いておくべきか?」


 谷口と麻衣子さんのことを考えたせいで、オレの中に迷いが生まれた。

 オレは少し考えた。


 もし、怪物になった谷口を元に戻せる手段があるなら知りたい。

 そのために、人間を怪物にしている方法を知っておくべきだろう。


 なにより、オレは人間を怪物にする方法自体にも興味がある。

 それが、オレ自身のバケモノの身体の秘密を知ることになるかもしれない。十九年以上生きて、まだ本当の意味での同類に出会ったことのない、オレ自身すら知らないオレの秘密。


 ()()オレは知りたくもないことを知って絶望するだけかもしれない。

 それでも、オレは知りたい。だから……。


 オレは心の中の葛藤のせいでしばらく動けなくなった。

 老人の話をBGMにしながら迷い、結論を出す。


 やはり、老人の話は聞いておくべきだろう。

 胸糞悪い話になるだろうが、ヒントくらいあるなら聞いてやる価値はあるだろう。


 <…………あの男は、私の姉を強姦したのだ!!>


 老人が吠えるように叫んだところで、オレの意識はモニターに引き戻される。

 老人の話をかなり聞き逃していたようだ。

 それほど長い時間悩んでいたつもりはなかったが、かなりの時間を費やしてしまったらしい。


 ところどころ耳に入っていた内容から推測するに、この老人はダムの底に沈んだ村の住人だったらしい。

 両親と年の離れた姉との家族四人で幼少期を幸せに暮らしていたが、ダムの建設計画が持ち上がったあたりから不穏な雰囲気になったとかなんとか。


 老人はいわゆる天才という奴で、後継ぎにするために東京に住む子供のいない叔父の家に預けられたらしい。

 その後は興味のカケラも無いので丸っと聞き逃していたので細かな事情は分からないが……どうやら大学進学が決まった時期に、このホテルオーナーの祖父に楽しい思い出が残る村をダム湖の底に沈められ、まだ若かったオーナーの父親が両親を殺してから姉をレイプしたんだそうだ。


 はいはい、そういう恨みなのね。

 両親と姉の復讐か。


 オレは警備室の中へと引き換えし、戸棚を探ってみる。

 こういうところは、だいたい休憩用のオヤツを隠してたりするもんだ。


 お、あるな。ビニール袋に入ったクッキーを見つけた。


 警備員が普段食べるにはやけに高級そうな感じだし、手作りっぽいクッキーだ。

、調理場で作られた物の横流し……というか、客に出せない失敗した廃棄品を貰ってきた感じかな?

 割れたり一部が焦げたクッキーも混ざってるしな。


 お茶は飲料サーバーが設置されている。

 こちらは安っぽいお茶と水とお湯しかでないので、ホテル上層部の警備員たちへの扱いが察せられる。

 オレは転がったイスとテーブルを並べ直す。


 オレは老人の話を聞き流しつつ、テーブルにクッキーとお茶を置いて椅子に座った。


 老人の話を聞くことに決めたものの、本気で聞いたら色々な感情に巻き込まれそうだ。

 オレは見つけたクッキーで体力回復のオヤツタイムに突入しながら、片手間に聞くことにした。


 <あの男の家系は最低だ!一族まとめて殺してやりたいと思った!だが、まだ学生だった私にはその力が無かった。この街の人間は警察に至るまであの男の家の息がかかっていて、訴えることすらできなかった>


 お、このクッキー美味いじゃん。

 土産に持って帰りたいくらいだけど、これを作った料理人はもう死んでるんだろうなぁ。


 <それに、姉のこともあった。強姦された姉は心を病んで、何の反応も示さない人形の様になっていた。私は姉の介護をしないといけなかった。だから、無謀なことはできなかった……>


 老人が学生だった時代なら、公的な福祉も不十分だっただろうしな。要介護の人間がいれば、全部家族が面倒を見ないといけなかったはずだ。

 大金を持っていて使用人を雇えるなら別だけど。


 <私は叔父に頭を下げて姉を東京の病院に入院させることを許してもらった。仕事を始めたら返す契約で借金をし、姉の面倒を見ながら大学に通った。姉を元に戻すには、医療の知識が必要だったからだ。幸い、私は叔父の跡を継ぐために医療の道へと進んでいた。医者の仕事をしながら姉を治す研究をした。だが、あの当時の医学では、心を失った姉を元に戻すことは不可能だった……>


 あ、やっぱ、その叔父ってのは医者で大金持ちだったのか。

 たしかに親戚から子供を引き取ってまで後を継がせようとするのなら、大金持ちで当然か。


 オレはクッキーを噛み砕く。

 ああ、嫌だ。美味く感じていたクッキーも、段々と味気なくなってくるじゃねーか。


 <数年が経ち……私は異変を感じた。姉が、()()()()()()()()()。いや、()()()()()()()……>


 は?幼く?


 <姉は、()()()になってしまっていたのだ!>

 

 …………何を言ってるんだ?

 

 <子供になってしまった。強姦されたことが余程ショックだったのだろう。性欲を感じさせない年齢まで、身体を巻き戻してしまった。人間の心を失った姉は、人間でないモノになってしまったのだ……>

 「……おい、それって……」


 オレは思わず、一方通行のモニターに話しかけてしまう。

 

 <心の在り様が、肉体に影響を与えることを、私はその時知った>

 

 息が詰まる。

 心臓を握りつぶされたような胸の苦しさを、オレは感じた。


 何か攻撃を受けた訳じゃない。

 この苦しみは、オレの精神的なもの。老人の言葉に動揺して感じているだけのもの。


 …………老人の言葉が正しいなら……。

 それじゃ、まるで、肉体が人間じゃない者は、心まで人間じゃないみたいじゃないか。

 バケモノは、心までバケモノだと言いたいのか?


 オレはモニターから目を逸らす。だが、老人の声は容赦なくオレの耳に届いてきた。


 <もう君は気付いているはずだ。心が肉体を変える。それが……人間が怪物に変わる秘密だ>


 聞こえない音。放送。サブリミナル……。敵の洗脳……。

 ゾンビたちと戦っていた時に、オレが揃い過ぎていると考えていた疑いのピース。


 ()()()()()()()()()


 <君は強いね。最初、私は君を怪物に変えてあの男を襲わせようとしたんだ。君はこのホテルの端末を持ち歩いてくれたからね。都合が良かった>


 露天風呂で麻衣子さんから聞いた言葉が脳裏に蘇る。

 麻衣子さんは、この老人がオレを自分たちの側に引き込もうとして、上手く出来なかったと言っていた。

 だから怪物に襲わせて処分しようとしたと。


 端末。

 オレが壊れたスマホ代わりに持ち歩いている物だ。今もポケットに入っている。


 なるほど、何かの刺激を使って人を操るなら、ほぼスマホと同じ機能を持っている端末は都合の良い道具だ。対象が率先して肌身離さず携行してくれるんだもんな。


 それと……オレの位置を把握されていた理由も納得した。

 端末の位置情報を見られていただけだろう。考えてみれば当然だ。気付かないなんて、間抜けすぎる。


 オレは頭の中から嫌な考えを追い出すために、必死に端末について考える。

 だけど、嫌な考えは追い出しきれず、オレの心はまだ動揺している。視界の端に、震えている自分の手が見えていた。


 <だけどね、君は怪物には変えられなかった。原因が分からなくて焦ったよ。人間を怪物に変える技術こそ、計画の要だったからね。まさか……すでに怪物だったとはね……>


 うるせぇ!これ以上、オレに現実を突き付けるな!!


 「………」


 叫びたいのに、声が出ない。

 オレは今、肉体だけでなく精神までバケモノじゃないかと、自分自身を疑い始めている。

 ただ単に人間のように行動して、人間の振りをして、自分が人間だと信じ込もうとしていただけのバケモノなんじゃないかと……。


 <君は私の姉と()()なんだね。何かの切っ掛けで、心が怪物になってしまって、肉体まで怪物になった存在なんだね。自然発生した、怪物だったんだ>

 「…………ちがう……」


 必死に否定の言葉を絞り出したものの、それは力ない声だった。

 言葉と共に吐いた息を取り戻すために吸おうとするものの、嗚咽のように短く小さい呼吸しかできない。必死に吸おうとして、今度は過呼吸になり始める。


 <わずかばかりでも君の思考を操ることに成功してよかったよ。それすら失敗していたら、計画は進められないところだった。君はもう、人間を怪物に変える手段についても予測できているよね?私が、気付くように思考を誘導したからね>


 オレが自分で気付いたと思っていた揃い過ぎている疑いのピースは、老人に誘導されたものだった。


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