14 お仕事の邪魔をしない 前
カーテンを開けっぱなしにしていたので、朝日に起こされた。
まだ六時か……。
早朝だというのに、大きな窓から差し込む光はすでに強い。夏の日差しだな。
エアコンが効いているのにジリジリ肌を焼いてる気すらする。大きく欠伸をしてベッドで上半身を起こす。
前髪を掻き上げると、指先からこぼれるオレの白い髪が朝日を反射してキラキラと輝いていた。
大きな窓から目に入ってくるのは、湖と新緑の山々だ。
さすがリゾートホテルだけあって、風景は良い。ホテル周辺で泥臭い淀んで腐ったような事件が進行しているとしても、自然が心地いいのは変わらないよな。ダムで作った人工湖だけど。
オレの寝起きの頭はいつも少しボケている。基本、オレは夜行性なんだよ。
それを無理して朝型に切り替えてるから、スッキリとした目覚めにはなりにくいんだ。悪意を向けられたりしたら一瞬で目が覚めて飛び起きられるんだけど、そんな起こされ方はしたくない。
心地いい雰囲気の中で少し寝ぼけつつトイレに行こうとして、そこで一気に不快な気分になった。
隣のベッドに、妙な芋虫が転がっていた。
手足を縛られ、口に猿轡をされた谷口だ。
パンツ一枚の姿で、谷口は気持ちよさそうに眠っていた。
「えーと」
事件性は無さそうだよな?
つうか、こんな近くで事件が起こっててオレが目を覚まさないはずがない。
…………そう言えば、オレ、夜中に何かした気がする。
たしか夜中に轟音が聞こえて来て目を覚まして……隣のベッドが原因だと気付いて……寝ボケながら……。
そうだ、谷口のイビキだ。
こいつ、デカい図体に似合う爆音の様なイビキをかいてやがったんだ。
それに気付いたオレは、半分寝ボケながらクッションを投げ付けた。それでも谷口は起きないので、目に付いたカーテンを留める紐で猿轡をかませた。
それを寝たまま谷口が外そうとしたので、同じくカーテンを留める紐で手足を縛ったのだ。
……って、完全にオレの犯行だな。
「なさけねーな。これくらいの紐なら解くか千切るかしろよ」
とりあえず、責任転嫁をして一人で呟いてみる。だが、それで状況が変わる訳でもない。
オレは谷口をそのままにして、トイレに入った。
「さて、と」
トイレに腰掛け、用を足しながらオレは考える。
谷口は縛ってから目を覚ましてない感じだし、縛ってある紐を解いて何事も無かったような素振りをすれば問題ないかな?
手足に縛った後が残るだろうが、気付かれても惚けておけばバレないだろう。
そうしよう。
「んんんんんん!ぅーーーーー!」
そう考えた途端に、トイレの外から盛大に喚き声が上がった。
ちっ、このタイミングで目を覚ますのかよ。もう少し待ってろよ。
どうやら谷口が起きてしまったらしい。
さて、この部屋は密室。中にはオレと谷口しかいない。犯人はどう考えてもオレだ。
誤魔化しようがない。
頭を軽く掻いてから、トイレの水を流してオレは外に出た。
途端に、非難の喚き声と、オレを責める視線が突き刺さる。
「あー。すまん。イビキがうるさかった」
オレはちゃんと謝罪ができる人間だからな。まず謝っておこう。
「んんんっ!うううう!!」
「ちゃんと謝っただろ?」
謝ったというのに、谷口はさらに喚き散らした。
「イビキをかく谷口が悪い」
「ううううう!」
「何言ってるか分かんねーよ」
「んんっ!」
「言いたいことがあるなら、ちゃんと言えよ」
「うんんん!!」
寝ていたのだから当然だが、谷口はサングラスをしていない。柴犬の様な目を潤ませて、オレに何かを訴えかけている。
明らかに、オレを責めてるな。
そういう面倒な奴は、放置だ放置。
オレは谷口を放置して、朝食を食べることにした。
文句を言われながら飯を食うなんて嫌だからな。解放は朝食の後でいいだろう。
朝食はルームサービスで頼めるように手配してあると支配人が言っていたので、内線代わりの端末を操作してルームサービスを頼む。
電話を掛けるわけではなく、タッチパネル方式で便利だ。
武士の情けで二人分のモーニングセットを頼み、オレはシャワーを浴びることにした。
そしてシャワーから出たところでタイミングよく、来訪を告げるチャイムが鳴った。
「はいはい」
オレがドアを開けると、カートを引いた男性の客室係がいた。
「お料理をお持ちしました。失礼します」
にこやかに挨拶して、客室係はカートを部屋の中に運び込む。
カートの上にはモーニングセット。
喫茶店なんかのしょぼいトーストじゃなく、籠に大量に入ったパン、皿に盛られたオムレツや焼いたソーセージなどの料理、サラダにフルーツなど盛りだくさんだ。
ただのオレンジジュースすら美味そうに見える。
オレはそれをワクワクしながら見つめた。
だが、客室係は部屋に入った途端に、顔を曇らせた。
客室係は一か所を見つめてから、スッと視線を逸らした。
逸らした瞬間まで視線を向けられていたのは、ベッドの上だ。
しまった……。
谷口を縛ったままだった。
谷口は失態を見られたくないのか身体を丸めているが、あんな巨大な身体が目立たない訳が無い。
しかもこちらに背を向けているせいで、カラフルな背中の刺青が丸見えだ。目立ちまくる。
最悪なことに、オレはシャワーから上がって来たばかり。つまり、半裸で腰にバスタオルを巻いているだけの状態だったりする。
「あー、えーと」
「お気になさらずに。私は何も見ていません」
ホテルの部屋は客のプライベートスペースだ。部屋の中で見たことは口外しないのはホテルマンの基本中の基本である。あくまで基本だけど。
このホテルも例にもれず、まだオープン前だというのにしっかりと教育されているのだろう。
客室係は引き攣りながらも笑顔を浮かべて言ってくれた。
だが、その気遣いがキツイ。
むしろ、言い訳させてくれ。
A・犯罪の現場
B・特殊な性癖
さて、どちらだと思われたんだろう?
オレの名誉のためにぜひ犯罪の現場だと思っておいて欲しい。マジで、頼むから。犯罪なら噂されても問題ないから。
客室係は何度か手を滑らしたりしながらもテーブルの上に配膳を済ませ、部屋から出て行った。
最後にオレを見る目は完全に怯えていた。
部屋を出てドアを閉めた直後に廊下を走る音がしたから、慌てて管理職にでも報告に行くんだろう。支配人が上手く処理してくれることを祈ろう。
とりあえず、飯だな……。
オレはほんのちょっと自尊心に傷を受けながら、まだ湯気を上げている朝食を食べることにした。
うるさい奴の呻き声に邪魔されるのは嫌だからな、大音量でテレビを点ける。
もちろん視線もテレビに固定。食事中は谷口の方には向けない。
ゆっくり朝食を食べてから身支度をし、部屋を出る寸前で谷口を解放した。
「最っ低だな!クソガキ!!」
解放した瞬間に、吐き捨てるように言われた。
いや、元々お前がオレの部屋に勝手に押しかけてきて、夜中に轟音でイビキをかき始めたのが原因だろ?
オレは谷口に目もくれず、手を軽く振って答える。
「さっさと帰れよ?」
「帰りますよ!」
今にも胸倉を掴んできそうな勢いだが、そんなことはしてこない。
実力差を理解している証拠だ。弱い犬ほど吠えるもんだ。
オレは直接的に何かをしたことはないが、谷口はオレとの実力差をしっかりと理解している。
そのオレが今回の仕事は厄介だと言い、谷口が足手纏いになると宣言した。
その状況で居残るほど谷口はバカではない。
素直に帰ってくれるだろう。
バイバイという意味を込めてもう一度軽く手を振ると、オレは部屋を出た。




