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天使のままごと

「童話を語る会か…へぇ~こりゃあいい!君も出るのかい?」


蒼生は尋ねる。私はびっくりしてしまって、慌てて飛びつく様に招待状を引ったくる。


「幾ら君でもやり過ぎだぞ!勝手に人の物を盗み見るなんて!」


私は猛烈に抗議する。


「何だい?君らしくも無い!ここは僕の家なんだぜ?見られたく無い物ならキチンとしまっておくもんだ!あからさまに見て下さいと言わんばかりに放り出してあれば、誰でも見るさ♪」


蒼生はフフンと鼻で笑うととどめを刺す。


「つまり君は、あたら無実の者を罪に落とすが所業を為した訳さ!反省するなら君自身だろう?僕に言わないでくれたまえ!それとも見られては都合が悪い事でもあるのかい?」


図星だった。彼の指摘には毎度毎度驚かされる。そしてそれが的外れな事など、未曾(いまだかつ)て無かった。


どうやら全てはお見通しという訳である。私はやれやれと想いながらも無駄な抵抗をする。


「無いさ!でも一言、断ってくれてもよかろう?そうすれば私だって喜んで見せたさ!」


私は言い切った。本音を言えば見られたくは無かったのだが、成り行き上、仕方無い。


少しばかり後ろめたさも感じていた。


それを理解してなのかは判らぬが、蒼生はまたまたフフンと鼻白(はなじろ)む。


「そりゃあ悪かったな♪でっ?君は参加する事に決めたんだろうね!」


私は『おやっ?』と首を(ひね)る。今日の蒼生はいやに素直に引き下がったものだから、勘の悪いこの私でさえ怪しむというものだ。


いつもならここからが毒舌を発揮するところなのに畳み掛けて来ない。いったいどういう風の吹きまわしだろうと、私はより一層、用心する。


「さぁてね…どうだろうな?私はどうせ厄介者だ!参加されても迷惑らしいからな。まだ迷っている所さ!」


実際、私はまだ迷っている。前回の後味の悪さといったら無かったからである。


「そうか…僕はてっきり参加すると想っていたんだがね?まぁ君がそう言うなら強制はしないさ!大いに悩みたまえ♪」


『おや?』と私は想う。いつもの蒼生ならパンチの利いた一言とともに持論のひとつも展開しそうなものだが、今日は不思議と手応えが無かった。


それに興味を持っているからこそ、私の気を引いた筈なのに、介入するどころか好きにしろと言う。これは何か裏がある。


私はそこまで判っていながら、知らず知らずの間に蒼生のペースに乗せられていた。手応えの無さに却って(あお)られていたのである。


「ちょっと待ってくれ!君はなぜ私が参加すると想っていたんだい?」


私はいつの間にかそう口走っていた。そしてその瞬間に彼の意図に端と気づいた。


蒼生は私が気乗りで無い事を端から知っており、私の方から水を向ける様に仕向けたのだろう。私は完全に乗せられていた。


「そらぁ、君に心当たりがあるんじゃないか?」


彼は益々、(とぼ)けてみせる。これではさすがに鈍い私でも理由が判った。


「ま、まさか…君はあの話を蒸し返すつもりか?余計なお世話だと言ったろう!」


私は殊更に凄んでみせた。


『あれ?』


私は驚く。いつもの私なら幾ら何でもそんな暴言は吐かない。さすがに言い過ぎたと想い、後悔する。その瞬間、我に返った。


『ガバッ!』


そこは我が家だった。私は呆けて天井を見つめていた。こめかみからは冷や汗が滲んでいたのである。


『何だ!夢か…』


それにしてはリアルな夢である。私は目を擦りながら辺りを見回す。時計は朝の6時をさしていた。


今日はまさにその日だった。だからそんな夢を見たのだろう。冷静に考えてみれば可笑しな事だらけであった。


さすがに蒼生もあれほど小細工はして来ないし、そもそも私がそんなデリケートな手紙をそんなあからさまに置き忘れる事など無い。


『あ~ビックリした…』


私は直ぐに顔を洗いに洗面所に向かう。今日は静香さんに逢える日だ。


蒼生の言いたい事はその事であり、私の思い込みが生んだ夢だったのだろう。夢とはいえ蒼生には悪い事をしたものである。


私は反省した後に今日の身支度に掛かった。




その日もロビーは賑わっていた。皆、久し振りなので、近況の確認でも仕合っているのだろう。私はそんな中でも只一人、隅っこの窓辺に陣取って、物思いに(ふけ)っていた。


『童話を語る会』も本格的な夏場を迎えるにあたり、今年も早目に開催の運びとなる。夏休みに入ると先生方の多くは避暑地に逃れたり、外遊される方も居るためである。


私は元々口が達者な方では無い。少なくとも自分ではそう想っているので、余り積極的に交流して来なかった。


「せっかくの機会なのに、君はいったい何しに行っているんだい?」


蒼生ならそんな毒舌を吐きそうなものだが、幸いな事には彼を帯同した事は一度も無いので、私の置かれた状況など本来は知る由も無かった。


それに私は前回の会で批判を受けた事から途中退出してしまっていたので、正直に言えば罰が悪い気持ちもあったのである。


どうやら除名という措置は免れたようで、今年も会からの招待状は届いていた。当初、参加しようかどうか迷っていたものの、結局は参加する旨の返事を出しておいた。


出したからには来ない訳にも行かない。それに会からの返書には"心よりお待ちしております"と書かれている。


勿論、それが皆に対して出された定型文である事は承知している。私個人にどうこうという訳では元々無いから、果たして快く迎えて来れるかは定かでなかった。


来てみて想像通りというか、案の定というべきか、私に話し掛けて来ようとする者は居なかった。但し、会を取り仕切る女性の事務員の方は笑顔で迎えて来れた。


「ユリウス・ケイ先生ですね?お待ちしておりました。まだ少々お時間がありますのでロビーで歓談してお過ごし下さい♪」


彼女は(まこと)しやかに笑顔を絶やさずそう言った。私としてはこれで少しは落ち着く事が出来た。


招待状に偽り無しと判ったからである。この小心者振りもここに(きわ)まれりといったところか。


その根拠が、な辺から生じるものかと私も想う。あれは定型文だ。それは自分でも判っている。


そして事務局はこの会を(とどこお)りなく運営する事がその使命であるから、参加者を気持ち良く受け入れるのは当然であろう。


けれどもそんな些細な事に(すが)るより他に己の身の処し方を心得ていなかった私は、そこに活路を見出す以外に無かった。


その結果として私はロビーの片隅でひっそりと只一人、(たたず)んでいる。


せめてジメジメとした暗がりよりも、窓辺の日射しを浴びる場所を選んだ事が唯一の救いであった。そんな時である。


「ケイ先生♪」


突然、私は背後から話し掛けられた。声の主は直ぐに判った。


優しさの中にも筋の通った清んだ声だった。私は振り向くと、すぐに視線を合わせた。山中静香さんだった。


私はドキッとした。


静香さんは(まばゆ)いばかりの愛らしさを感じさせる。白いワンピースの胸許まで掛かった黒髪がとても似合っていてチャーミングさを引き出している。


前に会った時にはショートヘアでボブカットにしていた(はず)だ。アクティブなイメージを凄く感じたものだが、今回は打って変わっての女性らしい大人のイメージだった。


彼女は左手にツバの広い白い帽子を持っている。室内に入る時に脱いだのだろうが、被ったらどんなだろう。想わずそんな想像をしてしまう。


おそらく私は顔を真っ赤にしていた事だろう。けれども逆光なのが幸いした。私も直ぐに立ち直ったから、彼女は気づいていなかった。


「御無沙汰してます♪やっと会えましたね?」


満面の笑顔で語る静香さんは、日の光を浴びて美しく輝いて見えた。私はついつい見とれてしまった。


「あぁ…うん♪御無沙汰!元気だよ。静香さんも元気そうで安心したよ♪」


私は違和感を感じさせないようにすぐに答えた。でもその言葉尻は可笑しかったに違いない。「やっと会えましたね?」などといきなり言われて、私は動揺してしまっていた。


だから「元気ですか?」なら(すこぶ)るマトモな返答になったのだろうが、この食い違い振りから察するに少々道化を感じさせるものがあったかも知れなかった。


でも静香さんはニッコリと笑って「えぇ♪有り難う。」と言ってくれた。おそらく彼女も違和感には気づいているのだろう。


けれどもこれもおそらくだが、それを察した上でこの私に恥を掻かせまいと気遣ってくれたのである。


『やってしまった…』


私は自身を恥じていた。


彼女に会ったら何を言おうとあれだけ考えていたのに、その端初に立つ事も適わず、しどろもどろになった自分を感じていた。


本来はそこまで(ひど)いものでは無かったのだが、自分の言葉そのものに私は慌てていた。


そうなのである。私が今回、この会に出席しようと心に決めた理由の(ほとん)どは、静香さんに再会するためであった。




今まで蒼生には散々気を遣わせたが、私は結局のところ、声を掛ける勇気を持ち合わせていなかったのである。


『ラプンツェルもさぞや気が気で無い事だろう…』


蒼生はそう言った後、勘の悪いこの私にも判るようにこう続けた。


『山と湖に囲まれたロッジで、只一人、悶々と万年筆に圧力を込めて、原稿用紙にその力で神経を尖らせているのかも知れんな!待ち人来たらず…とね♪』


私が頬を膨らませた事で、彼も自分の意図が伝わった事は認めたはずだ。そして(にぶ)い私にも彼の言わんとする事は判った。


蒼生はこの私が気になっているにも拘らず、まだ彼女に声すら掛けていない事にその時、既に気づいていた事になる。


そして彼はこの私が彼女の事をとても気にしている事も理解していた。私が本気である事も察していて、もし仮に自分のこの一言がこの私を奮い起たせたなら、良い事だと想ったのだろう。


けれどもそれと同時に、自分から離れて行く事になるだろう事を懸念して淋しさも感じたのかも知れない。こういった事にはこの私も勘が働く。


何しろ長い付き合いだし、彼がそう想っているように、この私も彼の事が大切なのだ。もう二度と巡り合う事が出来ない程の(きづな)を感じているのだ。だから判る。


彼は言葉を掛けてくれた後、不意に窓の外へと視線を逸らした。ちょうどこの私からその表情を読まれまいとしたように感じたものだ。私はそれだけで理解する事が出来たのである。


こうして見ると、私は意外にも人の心を察する事に長けているように感じるかも知れない。けれども長年の間、付き合って来た彼だからこそ判るのであって、(こと)、女性に関して言えば私ほど意気地の無い者も居ないだろう。


そりゃそうである。私は女性と付き合った事が無かったのだ。ある時、同窓の女の子にこう言われた事があった。


「貴方、勿体無いわね?それだけの容姿がありながら、なぜ勇気が持てないのかしら?貴方がその気なら引く手あまたなのに…」


彼女は残念そうにそう言った。


私は驚きの余り、すっ頓狂(とんきょう)な言葉で応じた記憶がある。


「そんな事無いよ!私はモテた事無いもん…」


今想えばダラシない言葉に尽きる。彼女はしらけたように「馬鹿みたい!そんなだから駄目なのよ…」そう言って行ってしまった。


私はドッと落ち込んだものだから、この話しを蒼生にしてみた。すると彼は聞くなり溜め息を漏らしたものである。


「君は判ってないね!やっぱりと言うべきだが、その娘の言葉は正しい。それにね、おそらく君の事が好きで話し掛けて来たのだろう。脈有りか探りたかったのだろうよ。でもそんな事言っちゃったら、脈有りでも駄目だな!今時、女の子の方がマセている。君はとんだガキんちょだと想われた事だろうね♪」


そう言って蒼生は笑った。


私は頬を膨らませて言い返したものである。


「君ならどうしたんだ?どうせ君だって一緒だろ?」


すると蒼生は途端に真顔になった。想い当たる節があるようだった。


「そりゃあ、君!僕は特にそんな事は求めてないからね?でも女性心理は判るよ。君よりはね♪」


そう言って誤魔化(ごまか)した。


「何だ、耳糞(みみくそ)鼻糞(はなくそ)を笑っただけかい!馬鹿らしい…」


私は鼻で笑った。


正にガキんちょ同士の戯れである。そりゃあ、未だ似たような境遇な訳だ。


それが証拠に、蒼生だって瞳さんの事が好きな癖に手をこまねいている。女性心理が判るなんてチャンチャラ笑わせてくれる。


でもその時ふと想ったものだ。蒼生の事を笑う資格が果たして私にあるのだろうか。


少なくとも彼は彼女と、ちゃんとコミュニケーションをとっていて、良好な関係を築いている。瞳さんが蒼生の事を頼りにしており、好意を持っているのも肌で感じる。


『何だ…蒼生の奴も隅に置けない。チャッカリ上手くやってるんじゃないか?案外、彼の言葉にも一理あるかも…』


私はそう感じたものである。


『蒼生に出来るなら、私だって出来るさ!』


私はそう言って自分にハッパをかけた。


勿論、出し抜かれたとか競争心で言ってるんじゃない。彼の問題はあくまで彼のものであり、私には関係のない事だった。


誤解の無いように断っておくが、私の言っているのは『他人の恋路を邪魔する奴は犬に蹴られて…』の(たぐい)である。


彼の事情と私の事情は別にあるという事なのだ。勿論、私だって二人の関係が上手く行く事を願っているし、彼が望めば相談にだって乗る。


否…現に既に十分相談に乗っているのだ。


私が言いたかったのはあくまで自分の問題として真摯に迎き合う事だった。そのために、ほんの少しばかり勇気を貰いたかっただけである。


それに人の心配をしている場合でも無かった。今回、一念発起してこの会に参加したのもそのためである。


あの後、欠席したんじゃ感じが悪いとか、そんな高尚な発想から来るものでは無い。果たして、それそのものにも高尚さがあるかは判らぬが。


そんな顛末(てんまつ)の上で今日を迎えた訳だが、案の定、私は初戦で既に(つまず)いた。全く笑えない展開だった。


でも蒼生の心遣いの一言を思い出し、私は心を強く持ち、立て直す。


『待ちぼうけでは何も起こらない…試さない手は無いと想うよ☆』


彼はそう言ってくれたのだ。


勿論、静香さんの気違いも嬉しかった。私は奮起した。


「静香さん、先日はごめんね。私、すっかり失念していて、その時に頂いた名刺を後生大事にしまい込んでいたんだ。だから気づかなかった。でも嬉しかったんだ。だから今日会えたら謝ろうと想ってた。だから…」


私は精一杯の勇気を振り絞って話しを続けた。


静香さんは私が謝った時だけはキョトンとした顔をしていたが、続く言葉で「あぁ…」と頷く素振りを見せた。


そしてこの女性は落ち着いている。人の話しを決して遮らない。


でも彼女もあの名刺の裏に書いた話しだと察すると、ようやく少し頬を染めた。そんな照れ屋な一面もあるのだと感じる事が出来た。


私も必死な割にはいつもの様に周りが見えなくならないし、独り善がりにも陥る事無く、妙に冷静な自分を自覚していた。


おそらく欲が無かったのだ。私は女性心理には(うと)い。自覚があるのだ。


でもこの時の私は、まさかあわよくばなどという気持ちはサラサラ無く、とにもかくにも嫌いにならないで欲しいという気持ちの方が強かった。だから素直な気持ちを伝える事にのみ集中していた。


「…だから君の気持ちが変わっていないなら、帰りに時間をくれませんか?遅くならないようにするから…どうですか?」


私は言い切った。私にしては上出来だろう。女性を誘った事など無いのだ。


『でもこれって本来はあの日の帰りにする事だったんだな…』


そう想って苦笑してしまった。


蒼生の奴が聞いたらそれでも驚く程の進歩だろう。静香さんは最後までキチンと聞いてくれた。


それでも私の提案にはキョトンとした表情を隠さなかった。少し驚いているようにさえ見えた。


彼女は少し思案していた様子だったが、心を決めたようにこう答えた。


「そうですね♪私も少し先生とお話ししたいと思っていました。愉しみにしています。でも今は会に集中ですよ♪」


彼女はそう答えた。


私は天にも昇る心地だった。男とは舞い上がるものである。要するにガキんちょなのだ。


でも私は彼女の一言で現在の立ち位置をようやく想い出した。そうなのである。


ここはロビーであり、この後、童話を語る会が催されるのだ。当然、他の先生方も同席されている。


まぁ救いとしては、皆それぞれの歓談に夢中になっており、それなりのざわめきの中であったから、我々の話しに聞き耳を立てている者など無い。それでも静香さんは差し障りが無い言葉で真心を尽してくれたのである。


私は急に現実に引き戻された心持ちがして、今度こそ顔が真っ赤になった。彼女は茶目っ気を発輝して、微笑みながらペロッと舌を出して見せた。


恰好は大人の女性を(かも)し出すが、中身はあの日出会った芯の強い行動的(アクティブ)な彼女だった。


「皆様、長らくお待たせしました。"童話を語る会"、間も無く開催となりますのでどうぞ会場にお入り下さい!」


ちょうどその時になって、ようやく声が掛かる。先程の女性だった。


ロビーで歓談していた先生方もその声を待っていたように会場に入り始めた。


「ケイ先生♪私たちも行きましょうか?」


静香さんはそう言うと、僕の背中を軽く押した。




会は盛大だった。皆、満足気に引き上げて行く。


私も静香さんも今日は最後まで愉しく過ごす事が出来た。そればかりか、皆が私に握手を求めてくれたのである。


それは(くだん)の副理事の第一声から始まった。会は順調に進んで行き、その都度紹介された童話の寸評が理事長から付けられて行く。


そして会も終盤に近づいた時に、副理事が挙手して発言を求めた。理事長はそれを許した。すると彼はスクッと立ち上がり、想わぬ発言をしたのである。


「私は今回、ユリウス・ケイ先生の"天使のままごと"を推したいと想う。少し大人向けの作品の向きもあるが、なかなか面白く拝見した。 子供から大人まで読めるように配慮されているから読み易い。遊び心もあると想う。読まれていない方は是非一度、手に取ってみて欲しい。私も前回の反省はしているが、だからという訳では無い事を断っておく。先生!腐らずに良く精進されましたな。私も危うくあたら才能を潰すところでした。この通りです♪」


副理事は深々と頭を下げた。平身低頭(へいしんていとう)であった。皆もその豹変(ひょうへん)振りに驚いている。


私は恐縮してしまってこちらも三拝九拝(さんぱいきゅうはい)面持(おもも)ちで礼を述べた。気になって静香さんの方をチラリと見ると、彼女も嬉しそうにウインクしてくれた。


会場は割れんばかりの拍手に包まれた。そして散会後に、皆が握手を求めてくれたという訳である。


「これからも頑張って下さいね♪」


「お互い頑張りましょう♪」


大抵の方々はそう励してくれた。何も賞を取った訳でも無いから、お祝いの言葉は可笑しかったのだ。


けれども中には「拝見しましたよ♪なかなか面白かった。刺激を受けましたよ!私も負けていられませんな!」と言ってくれた人も居て、私は自分の方向性が間違っていなかった事を認識する機会となったのである。


「ケイ先生!読ませていただきますぞ♪」


そう言ってくれた方々も居て、これも嬉しかった。私は「宜しくお願いします。愉しんで下されば、作者冥利に尽きます♪」と言って自然と(こうべ)()れた。


静香さんは少し離れたところからニコやかに微笑んでいた。




会場を後にすると、私は彼女から貰っていた名刺を取り出し、裏返す。そこには彼女の携帯の番号が記してあり、私はさっそく連絡する。


私が余りにも多くの先生方に捕まってしまったので、気を利かしてくれたのだ。中には「仲間内で飲みに行くから先生もどうです?」と誘ってくださる方々も居たが、こちらも先約がある。


何とか口下手なりにも相手を傷つけぬように、「この後、所要がありまして」と私にしては差し障り無く上手く乗り切り、抜け出して来たという訳だった。


『私、先生のファンです♪どうしても一度話したいの!待ってます。お電話下さいね♪』


名刺の裏にはそう書かれている。女性らしい丸い文字である。


どこぞの巨匠ならまだ話しも判るが、まだまだ駆け出しだと想っている売れない作家のこの私にファンがいるだけでも驚きだったが、その言葉は彼女の積極さを物語っていた。


蒼生に言われて始めて気がつき、読んだからこそ嬉しく感じたものだが、あの時自分自身ですぐに気づいていたなら、果たしてどうしていたろう。


おそらく(おのれ)の事だから良く判るが、疑心暗鬼に陥っていたのではないかと想う。でも今の私ならその言葉を素直に受け入れる事が出来そうだった。


彼女はすぐに電話口に出た。


「ケイさん?」と彼女は言った。


私は(いささ)かびっくりした。先程まではケイ先生だったからである。でも彼女もすぐにそれに気づいたらしく、言い直す。


「ウフフ♪私ったらごめんなさい!ケイ先生♪今どこですか?」


そこには無邪気さがあったから私も苦笑いした。でもちょっぴり嬉しかった。


「今、出て来たところです。静香さんは?」


私は元々彼女の事をそのまま呼んでいたから、自然とそう答えた。良く良く考えてみると烏滸(おこ)がましい。


本来は静香先生というべきだった。でも今さら変えるのも却って可笑しい。私は赤面しながらも、それで通す事にした。


電話口だから幸い恥かしい想いはしなくて済んだ。


「会館を出て右に曲がった先に公園があったので、そこでブランコに乗っているの♪ブランコなんて子供の時以来だから発散しちゃった!」


屈託無く無邪気な彼女の様子が伝わって来る。私も釣られて遂々嬉しくなる。


彼女はけしてキャピ キャピしている訳ではないから少し印象は異なるが、遥夏さんに似ている気がした。溌剌(はつらつ)としていて、積極的でさばさばしているところは共通している。


これはおそらくまだ私が静香さんのほんの一部しか知らない事に起因している。あの遥夏さんだって涙を見せて泣いた事があるのだと蒼生は言った。


だとすれば静香さんだって他人(ひと)には見せない部分を秘めていても、何の不思議も無いのだ。それは何も彼女に限った事では無く、蒼生だって瞳さんだって、そしてこの私だって例外では無い。


皆、自分にしか判らない苦しみや悲しみを胸に秘めて生きている。ここまで難しく考えるとそこには哲学の臭いすら感じさせる。私はそこまで考えて首を振った。


難しく考え過ぎるのは悪い癖である。そんな事はあの蒼生に任せておけば良いのだ。


それに私が難しく考え過ぎて録な事があった試しが無かった。今は彼女と話しが出来る。それで良いのだ。


せっかくやり直す機会が得られたのだ。飾る事なく、このひと時を愉しもう。


彼女だって愉しみだと言ってくれたでは無いか。私は愉しげな彼女に嬉しそうに伝える。


「じゃあ、静香さんはブランコを愉しんでて!私が直ぐに迎えに行くから♪」


私はそう言ったものの、慣れていないせいか少々声が上擦(うわず)る。


「えぇ♪待ってます…」


彼女はそう言ってすぐに電話を切らずに、余韻(よいん)を持たせてから切った。


私は何か気の利いた事でも言えたら良かったのだが、ビギナーとしてはこれで精一杯なのだ。可笑しな事を言ったら却って藪蛇(やぶへび)となる。


私は携帯をしまうと、次の瞬間走り出していた。心は(はず)み、足は(かろ)やかなステップを(きざ)んでいた。




公園はすぐに判った。でも入口はどうやら反対側にあるらしく、大廻りをしなければならなそうだった。


柵越しに、静香さんがブランコに乗っているのが見える。白いワンピースの(すそ)がヒラリヒラリと揺れる程に、それは大胆な乗り方だった。


他には誰も居ないらしく、公園が貸し切り状態なので、想わず素が出てしまったのだろう。あるいは久し振りに童心に却ってブランコと愉しく(たわむ)れているのかも知れなかった。


やがて彼女も私に気がついて、慌ててブランコを止めると、大きく手を振る。


「ケイ先生~♪こっちこっち♪」


そう言って屈託の無い笑顔で笑った。私も柵の上から顔を向けて、「今行く~♪」といつの間にか笑顔で手を振っている。


これでは知らない人が見たら、完全に恋人同士に見えるに違いない。私は盆と正月が いっぺんに来たぐらいに喜びに溢れていた。


それと同時に完全に舞い上がってしまい、その様子はまさにマセガキの如く見えた事だろう。既に私の中で理性が飛びつつあり、キャパシティを越えつつあった。




公園の入口に辿り着くと、静香さんは既にブランコを降りて公園に只一人、(たたず)んでいた。


そしてあの白い帽子を被り、こちらにやや控え目に手を振っている。ツバの広い白い帽子はやはり白いワンピースに()えて、彼女の美しさを引き立たせていた。


私は想わず見とれてしまう。太陽の光線が(まぶ)しいのか、彼女は手を(かざ)しながらこちらに歩み寄る。


そしてボォ~としていた私に優しく(ささや)いた。


「私、囲舎者でしょう?ここら辺に土地勘が無いの♪ケイ先生がエスコートして貰えるかしら?」


その(くすぐ)るような言葉は、私の三半規管を強く揺さ振り、ゆっくりとした振動でジワジワと伝わって来る。


おそらく彼女の事が好きで好きで仕方無いチェリーボーイなら完全に陥落している事だろう。この私も危うく陥落寸前であった。


『美しい薔薇(バラ)には(トゲ)がある…』


そんな時にふとしたはずみで口にした蒼生の言葉が脳裏に浮かんだ。私は特に懐疑的だった訳では無いが、同時に彼女の色香に(おぼ)れたい訳でも無かった。


私は純粋にその人柄に触れて気になり始めたのだ。改めて彼女が美しい女性である事は認識させられたものの、腑抜(ふぬ)けになってしまっては、せっかくの機会を不意にする。


彼女だってそんな私と話したい訳では無かろう。私も男だという事を改めて認識させられた機会となった。




結局、エスコートなどという言葉とはおよそ縁の無い普通の街中の普通の喫茶店に二人で入った。


こうした場合、男なら誰でも想うものなのだろうが、どこまで気を遣えば良いのだろう。おそらくその根底にあるのは、"嫌われたくない"という心理である。


経験の無さとは、かくの如き不安を生む。若い男なら恰好をつけたいという気持ちがそうさせる面もあるのだろうが、私もさすがにそう想えるほど若くは無いから、少し戸惑う。


映画などでは男性が女性の椅子を引いてやり、座らせてやるものなのだ。落ち着いた大人の男とは、そんな些細な気遣いを然り気無く自然に出来る者なのである。


私はそこまで考えて、すぐにそんな妄想を(ぬぐ)い去る。"私らしく無い"そう想ったのだ。


過去に経験がある事なら(やぶさ)かでは無い。けれどもぶっつけ本番で見様見真似(みようみまね)でやってみても、どうせ私の事だ。しくじるのは火を見るより明らかだった。


彼女は大人の女性だから、そんな小手先の事をされても馴れない素振りや仕草から、私が無理をしようとしている事くらい、すぐに判る。


幻滅はしないだろうが、地に足が着いていない男に魅力を感じる女は居ないだろう。私は素の自分をそのまま出す事にした。


成り行き任せは少々不安が募るものの、所詮、相称の良し悪しなんて、自分の個性をぶつけてみないとハッキリとは判らないものである。


彼女も本当の“私”が知りたいからこそ、話してみたいのである。ここはその期待に応えるべきだろう。


互いに腹の底を割って話してみて、その結果に委ねる。それで良いではないか。


『男ってどうしようもないな…』


私は想った。


そもそもあんなに躊躇(ちゅうちょ)していた割には、いつの間にか舞い上がり、躍起になっている。


こんな時に考えるのは(はなは)だ非礼に当たるだろうが、男が私一人では無いように、女も世の中にはいて捨てるほど居るのだ。男も女も相手の心をくすぐるような甘い言葉を吐くのは、古今東西万国共通の行動原理である。


彼女のおねだりを実現したとはいえ、そもそも私が必要以上に気を遣う事は無かったのだ。自然に立ち居振る舞い、普通に話せば済む事だったのである。


私は冷や汗を掻く。蒼生が聞いたら、また大袈裟に笑い出しそうだった。




店内は程良く空調が利いていて、涼しく感じられた。私達は店員さんに案内されて窓辺の席に着く。


ちなみに椅子では無く、ソファであった。あれこれと考えていた私は苦笑する。


恋愛はマニュアル通りには行かないものだ。その典型である。


これで却って私は落ち着いたらしい。注文を(うなが)す店員さんに、静香さんは「メニューありますか?」と尋ねた。


彼女は積極的だった。私はニコリと微笑む。


ここは成るに任せた方が良さそうだ。店員さんはすぐにメニューを持って来てくれた。


長年の勘が働くのだろう。


「決まったらお呼び下さい!」


そう言って彼女は下がった。


「どうも有り難う♪」


私はそう言って会釈する。


それを見ていた静香さんはニコリと笑った。私は何か変な事を言ったかなと想い、キョトンとした顔で見つめ返す。


すると彼女はこう言った。


「ううん…でもやっぱりケイ先生は、私の想った通りの人だったわ♪」


静香さんはいつの間にか両手の指を組んで、その上に(アゴ)を乗せてこちらを見ている。長い黒髪が(しだ)れ落ちて来て、チョコンと机の上に乗る。


私はまたまた照れが先に来て戸惑う。すると彼女は「先生は何になさいます?」と言ってメニューを開いて渡してくれた。


何かはぐらかされたように私は感じた。けれどもさすがにその意味を尋ねるのは野暮(やぼ)な気がした。


仕方無く私は答える。


「私はコーヒーをブラックで♪後、ケーキでも頼みません?」


言った後に不思議な気がした。とても流暢(りゅうちょう)な受け答えは、まるで自分の口から出た言葉とは想えなかったのだ。


でも自然と出た言葉は素直に受け取められた。


「そうですね、そうしましょう♪せっかくの機会ですもの!私も何か甘い物が食べたいわ♪じゃあレモンティとアールグレーシフォンで!先生は?」


「あっ!それいいですね♪じゃあ私もそれにしようかな?」


私は手を上げて店員さんを呼ぶと、注文を伝える。その様子を静香さんは頼もしそうに眺めていた。


やがて飲み物とケーキが運ばれて来ると、ようやく落ち着く。


私は再び「どうも有り難う♪」と言って礼を述べると、店員の女の人は「どうぞ、ごゆっくり♪」と言って、会釈して下がった。


それを見て静香さんは再びニコやかに微笑んでいた。




「あっ!これブルマンだ♪美味しいな!」


私はコーヒーを(すす)るとすぐにそう呟く。


「あら、ケイ先生、豆の種類が判るなんてツウなんですね♪」


静香さんは感心したようにそう褒めた。


私はポリポリと頭を掻きながら言葉を返す。


「いや、何ね?私の友で好きな奴が居ましてね、訪ねると必ず煎れてくれるんですよ♪だからブルマンとキリマンジャロは覚えましたね?」


私がそう答えると、静香さんも同意した。


「そうですね、私も落ち着きたい時はブルマンかな?アールグレイにハチミツを垂らして飲む時もあります。どちらかというと紅茶派なんですよね?」


「へぇ~アールグレイにハチミツですか?私もやってみようかな?」


「是非!お勧めですよ♪」


静香さんはニコやかに返した。


彼女は笑うとエクボが出る。新しい発見だ。私は益々彼女が愛おしくなった。


この話題は呼び水となる。少しでも共通の話題が見つかると、話しは自然と盛り上がるものだ。


私は話しの流れから、いつの間にか親友・蒼生の話に及んでいた。それでも静香さんは愉しそうに聞いてくれた。


彼が童話についての造詣(ぞうけい)が深く、いつもうんちくを垂れる節では、面白いぐらい笑ってくれた。私が困った顔をジェスチャーを交えて話すものだから、ツボに()まったのだろう。


こんなに愉しそうに私の話を聞いてくれる女性は初めてだったので、私も嬉しかったのだ。


そして話しが一旦、一段落すると、静香さんは「先生は良いお友達が居て、幸せですね?」と言った。


「うん、私には過ぎた友だと想ってる。こうしてみると、出会いって不思議なものだよね?運命すら感じる事が在るよね…」


私は話しの流れから、自然とそう口にしたものだが、よくよく考えてみると、少し意味深である。


日頃は鈍いはずの私も、自分の言葉に(はた)と気がつき、「あっ!」と言って反射的に口を(ふさ)いだものだから、静香さんも気づいてしまった。


私達は自然と視線が合い、互いの瞳を見つめ合う。彼女はカァ~ッとなって頬を染める。私だって顔を真っ赤にしていた事だろう。


私は頭の中が混乱を(きた)した。何か言わなければならない事は判っていたが、今さら言い訳がましい事は言えない。


却って誤解されると困る。私は必死で頭を巡らせる。


『君の事じゃないよ…』


この場合、これが一番不味い。そして慌てて口走ると、もっと良からぬ言葉が口をついて出そうだった。


だからと言って、いつまでも互いに赤面したまま、押し黙っている訳にも行くまい。


原因を作ったのはこの私なのだ。女性を困らせたまま放っておく訳にもいくまい。


私は珍しく腹を(くく)った。


「とんだ粗忽者(そこつもの)ですみません。私、慣れて無くて…。でも人ってついつい願望が出てしまうものですよね?わざとじゃありませんが、意識して無かった訳でもないのです!この出会いが運命だったら良いなぁと想っています…」


正直者である。照れも手伝ったから、私もちゃんと伝わったのかは、今ひとつ判らなかった。


でも一つ確かな事は、けして自分の心を偽らず、相手の心も傷つける事無く言い終えた事であった。


私はホッとしていた。おそらく蒼生が聞いたらこういうだろう。


「君にしては上出来じゃないか?良く頑張ったね…」と!


私はおそるおそる視線を移し、再び彼女を眺めた。(じか)に見つめながら言えるほど、私も落ち着いてた訳でも無い。


声だって多少上ずっていたかも知れないのだ。でも静香さんも平静には見えなかった。


両手を膝の上に乗せて、やや(うつむ)き加減で押し黙っている。頬は染まったままだから、彼女も恥ずかしかったに違いない。


私は困ってしまったが、じっと待つ事にした。急いては事を仕損じると昔の人も言っている。


それにお互いに体裁(バツ)が悪いのは仕方無い。人と人とが関わり合う以上、必ず化学変化は起きるものだ。


そして男女の(むつ)み合いとなると、経験に勝るものは無いのだ。どちらかが相手をリード出来ればそれに越した事は無いが、誰にだって初めては付きまとう。


この場合、じっと待ってあげるしかほかに方法が無かったのだ。それが現時点での私の精一杯の気遣いだった。


やがて彼女は「ケイ先生…」と呼び掛けて来た。


私は「なぁに、静香さん…」と答えた。


「ごめんなさい…私も殿方にそんな事、言われたの初めてで!私って割と行動派に見られているから、経験豊富だと想われ勝ちだけど、本当はお付き合いした事無いの。だからちょっとびっくりしただけです。正直にお話しすると、殿方に憧れはあっても、本音を打ち明けたのは先生が初めてでした。誤解させたなら、ごめんなさい。でも嬉しいです!」


静香さんも本音を打ち明けてくれたのである。


『私、先生のファンです♪どうしても一度話したいの!待ってます。お電話下さいね♪』


積極的だと想われたこの誘い文句は、けしてそうでは無く、古風な昔の女性を想わせる精一杯の憧れから渡されたものだったのだ。


もしかすると、彼女にはこの私が大人の男性に見えたのかも知れない。でも私と話すうちに、彼女にも私の本来あるべき姿が判った事だろう。


それでも静香さんは"嬉しい"と言ってくれたのだ。私は精一杯の気持ちをぶつけてくれた彼女を益々愛おしく感じていた。


そして勇気を出して、(せつ)を曲げなかった自分にも拍手(エール)を送りたかった。


「私達って似た者同士だったんだね♪」


私は照れながらもそう言った。


「そうですね、でも本音を伝えられて良かったと想います♪」


静香さんもそう答えた。二人とも自然と笑みを浮かべる。


互いに判り合えた気がしていた。我々はこうして意気統合したのである。




「このシフォンケーキ美味しい……」


「でしょう♪でしょう♪ 私、大好きなの♡」


そう答える静香さんは少し童心に返っている。私は「大好きなの♡」と言われて少しドキッとする。


勿論、私の事では無く、このアールグレイシフォンに恋した乙女の言葉である事は承知している。


けれども男とはそう想いたいものなのだ。言葉のすり替えである。


私は殊更に動揺して、真っ赤な顔になる。すると彼女もハッとした後、頬を染めた。


全くどうしようもない二人である。こんな調子で今後、関係性が発展するのかすこぶる怪しい。


けれども同時に微笑ましい光景だった。そんな時になって、ようやく私達らしい話しになる。


切っ掛けは静香さんの一言だった。


「ケイ先生…」


「何ですか静香さん♪」


「改めて、おめでとうございます♪"天使のままごと"評価されて良かったですね!」


「ありがとう♪私も童話作家の端くれですからね?いつかはオリジナルの作品を発表したいという想いはありました。前回の事が却って切っ掛けになったかも知れません。そういう意味では感謝せねばなりませんね!」


これは半分正解といったところだろう。反骨心というものは時に人を突き動かす起爆剤となるものだが、くやしさで書き上げられる程、簡単ではない。


童話とは文字通り児童文学であるから、そこを意識せねばならない分、難しい。判り易さと納得性が求められるのだ。


簡単に言えば、世に出しても障りがないと感じたからこそ発表しただけであって、会に間に合わせた訳でも名誉回復を考えていた訳でもなかった。


但し、否定する程の事もないからそう言っただけである。お褒めに預かったのは素直に嬉しいが、それに左右された訳では無かったのだ。


「私も早速、買って読ませて頂きました。主人公が生き生きと書かれていて良かったな♪終わり方も納得させられるものがありましたね。私も励みになりました!」


静香さんはそう言ってくれた。これ以上ない程の言葉だった。


「ありがとう♪人智を尽して天命を待つの心境です。想いのほか、受け入れられて良かったと想っています♪」


正直、褒められたのは嬉しい。嬉しいのだが、その手の事は慣れていないせいか、対応に困るというのが正直なところである。


私は蒼生のように話し上手でもないから尚更だった。


「でも私は元々、ケイ先生の日常を取り入れた作風が好きでファンになったんです♪でも自分が(えが)かれる日が来るとは想わなかったけど!」


静香さんはそう言うと舌をペロッと出した。私はさすがに焦ってしまった。


勿論、差し障りの無い程度のフィクションにはなっているが、ほぼ関係者の間では事実なのである。


蒼生も瞳さんも遥夏さんも、身内だから許可を得ているが、他の人は少なくとも私を含めた身内の見聞きした内容として描いているので、少々冷や汗を掻いた。


でも静香さんは怒るでも無く、光栄だと(とら)えてくれたのだ。


「ありがとう♪そう言ってくれると、私も励みになるよ♪」


認めてくれている彼女には、正直な気持ちを伝えたかった。だからそう伝えたものの、内心は焦っていた。


よくよく考えてみたら、彼女についてのやり取りを節々と(つづ)っているのだ。その本人を目の前にしているのだから、(ノミ)の心蔵のこの私では、これが精一杯といったところだろう。


今も激しく波打つ鼓動が止まらなかった。静香さんもその事には気づいた様である。


言い出しっぺゆえの気まずさを(ぬぐ)うように言葉を返す。


「私、自分がどう描かれるのか一度体験してみたかったの♪だから新鮮な喜びでした。それに私達って作家ですもの!自分の経験を切り売りする商売でしょう。だから気にしないで下さい。却って嬉しいわ♪だってとても名誉な事ですもの!」


彼女のこの一言で私は救われた気がしていた。実際この後、話しは弾み、私達は愉しいひとときを過ごす事が出来たのである。


けれども、愉しいひととき(ほど)あっという間に経過するものだ。彼女も引き上げる時間があるので、私はそろそろかと声を掛けた。


「静香さん、時間は大丈夫なの?」


「あら、嫌だわ♪もうこんな時間!私そろそろ帰らなくちゃ♪」


彼女は戸惑いながら、立ち上がる。


「送ろう♪」


私達はすぐに会計を済ませると駅に向かった。別れ際に「また会ってくれますか?」と尋ねると、彼女は微笑みながら、「えぇ!勿論♪」と答えた。


「必ず電話しますよ♪」


私は列車の窓辺に立つ彼女にそう告げる。


こういう時に、ちょうど 列車は出発時刻を迎えた。恋する二人に、時は無常なものだ。


それでも静香さんは、窓越しに「えぇ…私も♪」と言ってくれた


遠ざかる列車の窓から上半身を出し、静香さんは手を振ってくれる。勿論、私も振り返した。


ツバの広い白い帽子が飛ばないように、頭を窮屈に押さえながら手を振り続けるその仕草がとても印象的だった。


私はその笑顔溢れる屈託の無さに、改めて惚れ直した。


列車は加速して益々遠ざかる。電気仕掛けだから、当然煙突も無く、煙も棚引く事は無かった。


けれども私は只ひとりノスタルジーの世界に引き込まれ、汽車が汽笛を鳴らしながら煙を煙突からモクモクと出しながら遠ざかる風景の中に居た。


それはまるで私の中で(わだかま)っていた躊躇する心を解き放ち、爽やかな気持ちにさせてくれた気がしていたのである。


『天使のままごと』で、恐ろしく無常な雄叫びを上げて煙となって消えた魔女が、巣くっていた私の心の中からも、消えて無くなった心持ちであった。


既に私は来るべき再会の日に心を馳せていた。

【後書き】


『天使のままごと』は筆者初めてのオリジナル童話です。この言葉遊びを始めるに当たり、いつかはやってみたかった試みでした。


今回は遂にそれが叶い感無量です。オリジナル童話の作成の意図がそんなところにあるとは、さすがに誰も気づかなかった事でしょう。


ユリウス・ケイ作品のオリジナル童話であるというコンセプトを活かしながら、山中静香というもうひとりの童話作家との恋花を咲かせるというシチュエーションを醸し出したかったのです。


『天使のままごと』のPRも同時にしたかった関係上、そのあらすじには余り触れていません。内容は筆者の短編として公表しておりますオリジナル童話『天使のままごと』を是非御覧下さい。


少し種明かしを致しますと、冒頭の夢落ちは蒼生の存在が夢語りの愛のキューピットである事を示すものです。


そして最後のエンディングにのみ、童話に関連した心の有り様を綴っています。共感して頂ければこれ以上の幸せはありません。


是非、『天使のままごと』と合わせてお楽しみ下さい。


筆者より愛を込めて

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