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ここは図書室です。お静かに・・

作者: モク太

「やあ、こんにちは。今日もやってる?」

 そう言って、高山健はしずかな図書室に入ってきた。

「ここは図書室です。本をお探しならどうぞ。」長髪の眼鏡女子は言った。

「いやいや、ちょっと聞いて欲しいことがあってね。いつものやってくれる?」

「何もしていませんし、する気もありません。本をお探しでしたらどうぞ。」

 視線を本に落として淡々と言葉を並べる。

「なにかあったの?」本棚の隙間からひょっこり現れたのは、小柄で小学生の様な笑顔の進藤ほまれ。

「せいちゃん、そんな邪見にしたらだめだよ~。」

「邪見になどしていません。図書室のご利用方法をお伝えしていました。そして私の名前はしずかです。」森木静は言った。ピシャッと心のドアが閉まった音がした。

「それで、お願いしたいんだけど。」

「あぁ~いつものお悩み相談室ね!」

「ここは図書室です。本を読むところであって、相談をする場所ではありません。お悩み事がおありなら職員室へどうぞ。ご案内しましょうか?」ふてぶてしい顔で淡々と。

「せいちゃんのいけず~。それで?どうしたの健くん?」

「きいてくれよ~ほまれ、最近うちのクラスの佐藤が学校きてなくて、先生もよく事情知らないみたいでさ。」

「佐藤さんって、あの陸上部の子でしょ?」

「そうそう。さすがほまれ!よく知っるな!なにか知らないか?」

「そうだな~、最近うちのクラスでも佐藤さん来てないって女子たちが騒いでたような・・。」

「せいちゃん知ってる?」

「私が知っているとでも?」鋭い眼光がほまれを貫く。

「いやいや同じ女子だから、なにか知らないかなって・・。」

「私に情報源の女子の相手がいるとでも?」眼光がさらに鋭さを増した。

「すみませんでした・・。」

「最近さ、陸上部も盛り上がってて県大会も間近でさ、佐藤いっつも練習練習って、言ってたから一週間も休むなんてと思ってさ・・。」

「それは・・心配だねぇ。」神妙な顔をしている。

「そうなんだよ、今まで佐藤ってクラスのムードメーカーみたいなとこあったからさ、クラスみんながシーンとしちゃってさ。どうにかできないかなって思って。」

「そうだね。クラスの雰囲気ってすぐに変わっちゃうからなぁ~。どうしたらいいかな?ねえせいちゃん。」屈託のない笑顔を送る。

「私には関係ありませんし、関係者になることもありません。」

「なんでそんな無関心なのよー」

「関わってしまって良かったと思えることはありませんでしたから。」

「そこはさぁ、なんかアドバイス的な・・ねぇ?」

「頼む、女子の客観的な意見を聞けないか?」

「ここは図書室です。本を読む、もしくは本を探す、借りる場所です。」

「推理小説だと思ってさ!なっ!?」

「・・・。」

「やばっ!!せいちゃん落ち着いて!読書の邪魔したのは謝るからさ、だけどクラスメイトを心配する健くんの話をちょっと聞いてあげてよ。ねっ!!」

2呼吸の沈黙が流れた。

「はぁ・・。・・・状況は、高山健さんのクラスメイトの佐藤さんは1週間休んでいる。最近は部活で忙しそうだった、そして頑張っていた。クラスのみんなが心配している。間違いありませんか?」

「うんあってる。一つ付け加えるなら、クラスメイトの仲良い奴らが家に行ったんだよ。プリント渡しにさ。でも会えなかったらしいんだよ。」

「会えなかった。それはつまり、いなかった。もしくは親御さんにしか会えなかった。」

「そう親御さんには会えたけどって感じかな、体調崩してるって・・。」

「体調不良じゃだめなんですか?」

「佐藤は気を遣うやつだから、そういう時はクラスメイトや部活仲間にはちゃんと自分で連絡するんだよ。」

「そういった情報共有もできないくらいのことが起きていると。」

「いや親御さんはいたんだよ。「きっとすぐに良くなるから待っててね。今日は来てくれてありがとう。」ってさ。家にはいるみたいで親御さんもいたからさ、1週間も経てばメールくらいはできるんじゃないかと思って。」

「それは一般論ですね。」

「えっ?」視線を送る。

「親御さんの言ったことは信用に値すると?」

「だって佐藤の親御さんが言ってたんだぜ?」

「高熱で話もできない。別の病気で実は入院している。」

「でたでた」ほまれはにやにやし始めた。

「じゃあ佐藤は大変ってことじゃないか!?先生に聞いてみるよ!」

「短絡的ですね。私の言うことを全て信じるのですか?」

「えっ?」

「あくまで仮説です。そして一般的に、明るい人はなんでも相談できる相手がいて、明るい子どもの親は良い親に違いない。私達が中学に通うことと考えることは普通の範疇だと言われます。」

「ふつうなんじゃ・・?」

「高山健さん。あなたの中の<ふつう>なのでは?」

図書室の窓から風の流れる音がする。

「さっきあなたは言いましたね。佐藤さんは気遣いができるからメールをくれるはずだと。」

「・・・ああ。」

「その<はず>とはなんですか?」

「いや、佐藤はそうやって周りに優しい奴なんだよ。」

「それも<はず>ですか?」

「いや佐藤はそういう奴だって言ってんじゃん。」

「では<はず>とはなんですか?」

「・・??」

「私が考えるに<はず>とは<期待>です。」

「<期待>・・??」

「あの人はこういうやつだ、こうあってほしい。あの子ならこうしてくれて当たりまえだ。」

「全て<事実>ではありません。」

風のなびく音が大きくなる。

「違いますよ。」

「なにが違うんだよ?」

「学校では明るい生徒が家ではおとなしい。中学に通うお金にすら困っている家庭。誰にも本音を話せない友人関係。全て実在します。」

「いや佐藤に限って・・。」

「そうですね。その佐藤さんってどんな人ですか?」

「・・佐藤は明るくて、友達想いで、部活頑張っていて、クラスのムードメーカーで・・」

「今のお話を聞く限りですが、そんな人はいません。」

「なんだよ!佐藤と話したこともあんまりないだろう?」

「はい。ありませんよ。挨拶だってしたことありませんよ。」

「じゃあなんで知ってるような・・!」

「同じクラスだった事はあります。すれ違ったことも何度もあります。1週間前にも下駄箱でお会いしましたよ。あれだけ目立つ方ですからね。」

「あぁなるほど・・。」大人びたほまれの笑顔がよぎる。

「どういうことだよほまれ!?」

「完璧な人はいないってことだよ。健ちゃん。」

「えっ?」

「せいちゃんは言ったよね。同じクラスになったことも、すれ違ったことも何度もあるって。」

「ああ。それがなんだよ・・?」

「そう。なのに話、挨拶すらしたことがない。明るくて、ムードメーカーで頑張り屋さんなんでしょ?そして友達想いで優しいときたもんだ。なのに同じクラスの時にせいちゃんとの会話がない。ただの一度も。」

「・・えっ。・・でも。」

「そうですね。私の影が薄いのでしょう。気付かれないくらい薄い。そして視線が合ってもそらされるくらいの存在なのでしょう。」

「佐藤が視線を逸らす・?」

「あなた達の言う優しいお友達というカテゴリの中では、そんな彼女は<ふつう>なのでしょう?」

「挨拶は限られた人、もしくは必要な人にしかしない。同じクラスでも話をするのは3分の2と言ったところでしょうか。」

「そんな言い方・・。森木だって挨拶しないだろ!?」

「それも私は挨拶しない<はず>なのでは?」

「・・ぐっ。」

「もお~せいちゃんいじめすぎ!実際してないでしょ!!」

「しているとは言っていませんよ。」

「でも佐藤は誰にでも・・・。」

「そう。あなた達クラスメイトにとっては、佐藤さんはそうあって欲しい人間だったということです。それほどクラスメイトにとっても期待を寄せる程の人なのでしょう。私は挨拶されませんけど。」

「せいちゃんさびしがり屋~。」

刃物と化した視線がほまれの瞬きを許さない。

「ふう・・。でも、私に映る佐藤さんはマネキンのような、表情の無い顔でしたよ。」

「俺たちが・・気づいていないだけ・・。」

「そう解釈しても構いませんが、一つだけ忠告しておきます。」

「なんだよ・・。」

「人は演じなければ自分を保てない生き物です。」

「えっ??」

「人はいつの間にか他者からの<期待>を知り、<期待>に応えたと感じた時、周りの歓喜という報酬を得ます。胸を躍らせ、またその歓喜という報酬が欲しくなる。そしていつの間にか<演じる者>に変わる。そして、いつの間にかどの自分が本物なのか分からなくなります。」

「??」

「はぁ・・。」ため息をつく。

「一言で言いますね。その佐藤さんはあなた達で作った理想の姿・・もしくは幻想という名の期待の塊では?」

「そんなわけ!」汗がにじむ。

「個人の見解で申し訳ありませんが、中学生はみな13歳から15歳です。日本という国では、義務教育を課せられる子どもです。ですが、子どもが沢山の人のみんなの期待に、そして理想に近い存在になれるものでしょうか?」

「いや・・でも・・。」

「高山健さん。あなたは私に挨拶をしたことがない佐藤さんを知ってどう思いましたか?」

「どうって・・。佐藤って・・実は人を選んで・・。」

「あなた方の佐藤さんへの信頼はその程度ということです。」

「森木がいったんだろ!!」

「違いますよ、あなた達が気づかなかった。もしくは気付こうとしなかった。佐藤さんはこういう存在さと佐藤さんに示し続けていたんじゃないですか?」

「俺たちは友達の佐藤にそんな・・!」

「一つ言い換えますね。”挨拶しなかった”と”挨拶できなかった”は天と地ほどの差があるとは思いませんか?」

「え?」

「人間の認識や感情なんてそんなものでしょう。事実は同じことなのに、解釈の仕方で相手の意向を決めつける。」

「佐藤が挨拶できなかった。なんで・・・。」眉間にシワが浮かぶ。

「すべて仮説です。」

「周りからの<期待>それに応えられなかった時ってつらいよね~。」屈託のない笑顔が戻る。

「<期待>とは達成されれば、歓喜という報酬です。しかし<期待>とは<達成までの恐怖>です。」

「恐怖・・?」

「達成とはどの地点なのですか?」

瞬時に顔があがり、まぶたが広がった。

「周りの期待の到達地点なんて分からない・・。」

「そう。先の見えない<期待>なんてただの<恐怖>です。そして、相手の視線、表情、声色、髪型、服装、悩み、喜び、怒り、悲しみ、変化していく事柄、感情、全てに対しての理想的な行動が存在していると思い込む。正解のない答えを考え続ける苦悩。それも終わりがない。」

「佐藤はそんなに思いつめて。」

「ここまで言ってなんですが、これまでの全て私の想像と稚拙な思考です。ただそうだとして、佐藤さんはいつからその状態だったんでしょうね。」

「でも、もしそうだったら・・。」汗が流れる。

「どうしますか?」

「どうしたら・・。」

「健くん!俺もさ、せいちゃんと話するといつも深く考えすぎちゃうんだけど、いいんだよ健くんが佐藤さんを心配しているって気持ちで行動したならそれで。」

「でも間違ったら・・。」

「何か失うのですか?」

「えっ?」

「あなたが考えてしたことで、何か失うのですか?」

「それは・・。もしかしたら、佐藤を傷つけることに・いや傷つけてきたのかも・・?」

「その失うかもしれないことに、なぜ他人が出てくるのですか?」

「だって佐藤にたいし・・。」

「あなたが失うものはなんですか?」

「そうだよ。健くん。君が行動したりしなかったりで、自分が失うものもちゃんと考えないと。」

「おれが失うもの・・・?」

「おせっかいの称号ですか?佐藤さんに何かあった時の後悔という名の自責の念、今までの自分の消失。どれも人にとっては生きていくうえで大切なものですよね。まあ私は何もしませんが。」

「またせいちゃんは~!言い方がひねくれてるんだから!!良いんだよ健くん、行動した後のことを知っているのは行動した君だけなんだから。」

「おれは・・とりあえず知りたい。佐藤がなにを考えていて。そして傷つけていたなら謝りたい。じゃないと、おれは自分に対して我慢ができない・・気がする。」

「いいんだよそれでさ。健くんはそうじゃなきゃ。難しいこととか、こうかもしれないみたいなことはせいちゃんに任せてさ、ぼくたちはしたいことしようよ。」

「それは私のしたいことではありません。」

「佐藤と話してみるよ。」

「いいんじゃない?健くんらしいね。」

表情に強い意志が宿った。

「最後に一言。<はず>は<期待>といいましたが、<らしい>は<結果に対する周りの評価>です。報酬は発生しないかもしれませんので、間違えない様に。」

「ああ。行ってくる。」そういって足早に図書室から一人分の足音が消えた。

「ありがとね!せいちゃん!」

「感想を述べたことでしたら、図書室を静かにしたかっただけですので。」

「違うよ。最後にフォローしてくれたでしょ?」小学生の笑顔にもどっている。

視線を本に落として、図書室は静けさを取り戻した。


3日後

「聞いてくれよ!」そういって足早に図書室に足音がよみがえる。

「なになに~?」

「佐藤!!学校に来きたんだ!!」

「そうなんだ!よかったね~!」

「実はあの後、佐藤に話が聞きたいってメール送ってさ。何度か送ってたら会ってくれて、色々話聞いたんだ。それがさ・・あいつ・・」

「それは、私が聞くべきお話しではありません。」ピシャッと扉の閉まる音がした。

「そだねっ!それは健くんの中にしまっときなよ!ひとまず良かったってことでしょ?」

「ああ。・・そうだな。ありがとう。」

「お礼は必要ありません。ここは図書室です。お静かに。」

二人の男子のクスっとした笑い声とともに、図書室は静けさを取り戻した。



【猫】

物音を立てずにいつの間にか図書室の椅子に腰かけている女子生徒がいる。

「いらっしゃい!」ほまれの軽快な挨拶が図書室に響く。

「・・。」頭を軽く下げる、ショートカットの女子生徒。

ほまれもそれ以上は声をかけなかった。

いつもの光景。そこにふわっと現れる彼女は「猫」のように自由だ。

いつのまにかそこに居て、いつのまにかいなくなる。

キーンコーンカーンコーン チャイムの音がなる。

「そろそろ・・あれっ??」

ショートカットの彼女はもういない。

「ねえ ねえ せいちゃーん!!」

静は振り返る。

「さっきの子、いつ出てったの?」

「さあ?私も気付きませんでしたよ。」

「あの子、いっつも昼休みにくるよねー。でもあんまり話しないよね。」

「ここは図書室ですからね。静かに過ごされているのですから。」


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