邪神官の誕生
事故った。
交通事故だったが無慈悲にも、異世界転生とかそんなのはなく、現実での目覚めである。
呆然として、泣いて、燃え尽きてるのが今の俺だ。
病室に、ノック音が響く。
「いますよ」
「やぁ、お見舞いに来たよ」
「社長…と、飯尾さん」
俺が所属する事務所の社長。そして、今回立ち消えた仕事で付くはずだったマネージャー。
おはようございます、と業界特有の時間帯関係ない挨拶を交わし、早速社長が切り出す。
「君の代役が決まったよ。フレームのところの森本くんだ」
「………そうですか。俺より一回りデカいですけど童顔だから行けそうですね」
「うん。それで、だ」
来た。本題が。
きっと、退所の勧めだろう。
「君が手隙になったからか、とある人からオファーがあってだね?来てもらってるんだ」
「………はい?」
思わず聞き返した。
俺は、役者・丹下陸だ。中堅どころの。
アクロバットもダンスも歌もやる。それなり程度だろうけど。演技はそれなりに自信があるが、テレビとかコンスタントに出られるほど推せる何かがあるわけではない。ありがたいことに、コアなファンが着いてくれて、舞台を主に活動できていた。
そんな中、奇跡のように得られたチャンス。ドラマの中学生役、レギュラーでの出演。
交通事故、それに伴う右足の麻痺で消えたけど。
「なんで、俺を?ロクに動けもしませんけれど」
「こんな言い方はあれだけどね。渡りに船だと思う。この案件は長期間動けない人しか出来ないんだ」
「それは、声優のような仕事ですか」
「………んー、似てるけど、違うかな。敢えて近いのを挙げるなら、Vtuberみたいな何か、だね」
Vtuber。所謂配信者、ストリーマーの一形態で、Live2Dや3Dモデルを動かし、雑談やら歌やらゲームやらを配信する者。
「ああいうことをするには、技量とかトークとかの技量が足りないと思います」
「いやいや、みたいな、だからね?うん…まぁ詳しくは今から呼ぶ人に聞いてくれ」
そう言って社長は出ていく。
残ったマネージャーは、定番の果物籠を置いて口を開いた。
「丹下さん。恐らくですが、今回の案件は、今の貴方にとってとても良い条件の仕事となるでしょう。ただ、受けるかどうかはあなたに任せます。前例のない仕事ですからね」
「………ありがとうございます」
「一緒にお仕事は出来ませんが、もし受けられるのでしたら、楽しみにしております」
疑問を多く抱かせる口ぶりだったが、説明は今からされるのだ。少しの時間、我慢する。
スライドドアが開いて、社長ともう二人、男女が入ってくる。
どちらも痩せ型、少なくとも肉体労働者ではない体つき。その目の輝きから、なんとなく発明者とかそんな印象を抱かせる。
「今回の案件の依頼元、アザーシステムズさんのお二人です」
「ご紹介に預かりましたアザーシステムズの柳です!」
「同じく光嶋です、サインください!」
「えっ」
いきなりの色紙とサインペン。ガチらしく、二人の目がキラキラしている。いや、なんとも言えぬ迫力とややイっちゃってる眼力のため、ギラギラというべきか。
困惑して社長に視線を向けると、イイ笑顔をしていた。
「ファンサービスは忘れちゃいけないだろう?」
「はい…」
イラッとしながらもサインする。あまり経験のないサインゆえ、不格好だが、書き上げて渡すと嬉しそうに礼をしてくれる。
悪い気はしない。そうした喜びや嫌悪、驚愕など引っくるめた『感動』というものを見たいからこんな仕事をやってきたのだ。
「いやぁ…約得ってものですね!私丹下さんの少年演技本当に大好きでして!舞台の『餃子の館殺人事件』からのファンなんです!あの時の波羽少年役、ダブルキャストでやってましたけど丹下さんのがドハマり過ぎて他に違和感感じるくらいでしたからね!もう今回も地上波でレギュラーって聞いた瞬間評価されるべき人材が評価される嬉しさと大して興味もなかった連中に知られてしまう悔しさというか独占欲じみた変な感情が出ちゃって、でもそれが立ち消えになるってなったら今度は辛くて悔しくて悲し」
「ハイストップ。暫く黙ってて」
凄まじい勢いで捲し立てる男性の頭に、日常では見ることのないアイテム、ハリセンが快音を鳴らす。ギョッとするが、何事もなかったかのようにスーツの懐に消えていった。
女性の方、光嶋さんがそのまま俺に向き直ると一礼する。
「失礼しました。いまので分かっていただけたかとは思いますが、私達はあなたの大ファンでして。貴方がよければ、是が非でもやって頂きたい案件がございます」
中々の変人っぷりを見せつけながらも平常運転の二人に、内心ドン引きながら相槌を打った。
社長たちには話が行ってるのだろう、資料を俺にだけ手渡す。
資料の最初のページには、こうある。
『邪神官リク・ターヌ中の人計画』
………なんぞこれ。
「丹下さん、フルダイブゲームのご経験は?…なるほど。無いならばそれで助かります。端的に申しますと、ネットゲームの重要NPCの、中の人をやって頂きたいのです」
「NPCの…中の人?」
「はい」
曰く。
VRMMOなる電子上の世界にて、ゲームのキャラクターを一人演じてほしいのだと言う。なんでもそのキャラクター、普通ならAIに任せられるが、そのキャラだけ非常に厄介な設定をしてしまい、思い通りに動いてくれないのだとか。
「どんなキャラなんですか?」
「破壊と殺戮を司る邪神、ボルグバールを信仰する、ごくごく一般的な心優しい少年です」
「全く噛み合わないっすね………」
「ええ、そのギャップを狙ったのですが………AIは大抵、粗暴で野蛮な、ド外道に成り下がっていくのです。クソ外道美少年を二十も量産しては消去して、上からストップが掛かりました」
「結構作りましたね?」
「メインシナリオで大事なキャラなんですよ。シナリオライターが『この子が居ないなら続きは書けません!』とまで言いましたし、ビジュアル作るうちに愛着湧いちゃって」
「はぁ………」
「ちなみに丹下くん。そのキャラがコイツだ」
急に社長が端末の画面を差し出してくる。
見れば、それは。
「丹下くん2Pカラー、といったところかな?」
「………………何すかこれ」
「俺たちの独断と偏見で決めました!丹下さんソックリキャラの、邪神官リク・ターヌ!愛称リクたん!」
今更だが、俺のフルネームは丹下陸。
二人を見遣れば、何故か自慢気で非常にウザい。
「権利とかのアレコレは社長から了承頂きました。あとは本人からの許可があれば、リクたんは『祝福の大地』に降り立てるのです!」
「正気ですあなた達?」
「無論狂気ですとも!今日で6徹目、イイ感じです!」
「寝ろアンタら!?」
よくよく見ればふたりともかなりの化粧を施されている。隈やらを隠してはいるが、それでも隠しきれない目元の違和感が異様な迫力を醸し出していたのだ。
光嶋がずいと身を乗り出してくる。
「寝ればやって頂けますか」
「いや寝なくてもやるけど…とりあえず寝ろ?」
「わかりました。寝ます」
安心したように二人がようやく身を引いた。
社長がやっとこさ話に入ってくれ、事務所の方で話を詰めるとか。3名が出て行くやいなや、しんと静まり返る病室。
「受けるのですね、今回の案件」
「ええ。熱意に押された、ってのもありますけど。あれだけのファンは裏切れないですよね」
「それは良かった。今日お会いして、丹下さん死にそうな顔していましたから」
「………そうですねぇ…」
普通の声量でのマネージャーとの会話がすごく静かに感じるあたり、あの二人の勢いはとんでもなかった。だがその勢いが、鬱々とした気を振り払ったのだろう。
「求めてくれてるんです。エンタメ関連の人間として、答えないわけにゃいきませんよ」
「そうですか。…契約書や機材、細かい就業条件も後ほど持ってきます。活躍を期待します」
「活躍しますよ」
「では、また」
希望は、なかったが生まれた。持ってきてくれた。
曲がりなりにも役者を辞めずにいられる、それが何よりも嬉しいのだ。
乞食と役者は3日やったら辞められぬ。自分が、心の底から役者なのだと今日、思い知る。
まだ、演じていられる。必要とされるのだ。
噛みしめるほどに、涙が止まらなかった。昨日までと違う涙、いつも流す悲しい涙と違う涙を、いつか演技に使えるのだろうと頭の片隅で思いながらベッドに倒れ込んだ。
今日はよく寝られそうだ。
丹下 陸
電銅社という芸能事務所に所属する26歳。童顔と低身長、高めの声から少年役をよく担当する。身体能力は高く、また色々と器用なため、出来ないことはあんまりない。が、その分一流には絶対になれない器用貧乏と評価され、また自認もしている。