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第4話 中編

 頼母子講。またの名を無尽。冒険者の間では互助会として機能しており、定期的に何人かのグループで集まり、お金を出し合って“その時”お金に困っている人に渡すシステム。怪我で一時的に無収入になったり、装備を整えるのに大きな金が必要になることが多い冒険者にとって、必要な時に必要なお金を助け合って出すこのシステムは、ある面ではこの業界が助け合いによって成り立っていると思わせる。しかしある面では―。


 フーラルがギシムに連れられ、集会所の一角のテーブルに10人ほどで座っていた。ギシムの仲間として後ろにいた男が、紙を取り出して全員に配る。


「みんな!今日は新しい仲間を紹介する!パーシーが拾ったっていう勇気ある家出少年、フーラルだ!」


 テーブルに座っているほかの冒険者たちが拍手をする。フーラルは居心地が悪そうにしているが、ギシムは構わず続ける。


「あのパーシーが連れてきた少年だ。それなりに信用できるとして俺たちの頼母子講のグループに加えた!今日はあいつが主役だからな!みんな!10万リンずつ出してくれ!」


 ほかの冒険者たちが財布から金貨を出し、テーブルに広げる。フーラルはどうしたらいいかわからず、ただ見ていることしかできない。


「おい、お前も早く金出せよ」


 フーラルの左隣に座っていた冒険者がフーラルをせかす。


「…いやリンって何?」


 フーラルに声をかけた男はぎょっとしてフーラルを見る。


「いや…お前マジで言ってんのか…?とりあえずその袋見せてみ…」


 男がフーラルの袋に手を伸ばそうとすると、フーラルは袋を両手で持って離した。

「ふざけんな!お前俺の金盗もうとしてんのか!」


 メグミとジゼルが集会所に戻ると、部屋の隅で騒ぎが起きていた。メグミは嫌な予感がして急いで騒ぎの現場に向かうと、案の定の光景が広がっていた。


 フーラルは金の入った袋と大事に抱え込み、周りに向かって吠えていた。フーラルの隣に座っていた男はフーラルから袋を取り上げようとする。


「だから!お前頼母子講の意味がわかるのかって!というか10万リンてわかんねえのか!?」


 メグミはその会話の内容を聞き、ため息をつきながら理解をした。そうか、無尽ってやつか。メグミはフーラルの下へ行き、フーラルから袋を取り上げる。


「メグミ!こいつら俺の金を!」


 突如現れたメグミに、ギシム達は警戒心をあらわにする。


「なんだオメエは?この坊主の知り合いか?」


「知り合いというか…保護者というか…な」


 メグミはやれやれと袋をテーブルに投げ出す。そして近くの椅子を引っ張り、フーラルの横に足を投げ出すように座る。メグミはフーラルを親指で指さして言う。


「私はメグミってんだ。…頼母子講、10人、10万リン、ね。ああ、私はこいつと違って仕組みは理解してるから安心しな」


「ほうそうか。だが今日の主役はこの坊主だ。お嬢ちゃんは邪魔しないでもらおうか」


「お嬢ちゃん…ね。私一応22なんだけどな」


 メグミはフーラルにボソッと耳打ちをする。


「…20万リンって書いとけ」


 フーラルはピンと来ず、メグミに耳打ちして質問する。


「…俺、文字書けないんだけど」


 メグミは改めて頭を抱えた。


 頼母子講の基本的なルールとしては、その場の会費(今回は10万リン)を参加者それぞれが出し、合計金の落札金額を各々が提示していく。どうしてもまとまった金が急いで欲しければ他の参加者が書かないような低金額を提示し、金に余裕があるならあえて落札しないことで落札の権利を次に回す。そうすれば後で落札価格で争うことなく、満額を得ることができるというシステムである。


 フーラルはメグミに書き方を教えてもらいながら紙に金額を記載し、隣の男に紙を渡した。その手順を10人が繰り返していき、ギシムの元に紙が集まる。ギシムがそれぞれの紙を見ている中、明らかに隣の男の顔色が悪くなっているのを、メグミは見逃さなかった。ギシムもフーラルの紙を見て表情が凍り付く。


「えー…今回の落札者は…」


 ギシムの発表の歯切れが明らかに悪い。それはまず間違いなく想定していない事態が起きたことを示していた。


「…フーラル。…20万リン」


 ギシムの発表を聞き、全員がフーラルを驚きながら見る。


「え?お金もらえるの?やったー!」


 フーラルは場の状況がわかっていないまま喜ぶ。メグミは隣で肩を震わせて笑っている。


「流石に何にも知らないガキを嵌めるには、読みが3段くらい違ったな」


 メグミの言葉を聞いて、ギシムやその仲間たち3人が立ち上がってメグミを見る。


「てめぇ…!」


ギシムがメグミに詰め寄る。メグミは一切臆さず座ったままギシムを見上げる。


「頼母子講がこんなやくざな稼業の互助会になる訳ねえだろ?もし本当になるんだったらそれこそ信頼しあってる連中同士じゃないと無理な話だ。お前の目的はただ一つ。新人に断りづらい空気を作り、しばらくの間頼母子講の形で搾取し続けるだけ。その間に新人が死んでくれたらハッピーってことだろ?今立ち上がってないお前の仲間以外の奴も、同じく搾取されてる側ってこったな」


 ギシムが歯を食いしばり、口元をヒクヒクと震わせる。金をもらったフーラルはなぜこの状況になったのか未だにわからないまま、変わった空気に動揺していた。


「立て」


 ギシムはメグミを手招きし、そして周りを3人の仲間たちで囲む。


「ベテランの冒険者さんは新人のか弱い女の子を囲んで何するつもりなのかな?」


 メグミは嘲るようにギシムを挑発し、立ち上がる。


「リリアさん!」


 メグミは大声で叫び、離れたカウンターにいたリリアが返事をする。


「なあに!新人さん!」


「こういう状況で、私がこいつらを叩きのめしたら罪になるのか!?この国の法律にまだ疎いんだ私は!」


 メグミの言葉を聞いて、周りが大きくざわつき、はやし立てるものまで出てくる。


「んー…罪にはならないだろうけど、店を壊さないでよ!」


 メグミは微笑んでギシムを見る。


「だって。残念だけどあんたらがぶっ飛ばされて店壊れちゃうから、ケンカはよした方がよさそうだね。助かったでしょ?」


 メグミのは背後から男が一人、殴りかかった。しかしメグミはすぐに振り向き、男のこめかみに掌底を当てる。男は突然の衝撃にふらつき、メグミはそのまま上段回し蹴りを放ち、男の身体を壁まで蹴り飛ばす。蹴り飛ばされた男は顔中から血を流し気絶する。


「いっけね。店壊しちまった…。久しぶりの運動で手加減できてねえな…」


 メグミは肩の埃を払い、ギシム達に向き直る。


「あれ?向かってこないの?」


 ギシムは冷や汗を流しながら、唇を歪める。そして横にいたギシムの仲間が二人、一斉にメグミに襲い掛かる。メグミは二人の腕をそれぞれ掴むと、思いっきり腕を握りしめる。男たちは苦痛に顔を歪め、その場にへたり込んでしまう。


「握力もまだ健在…と」


 メグミは男たちの腰から力が抜けたことを確認すると、手を離した。二人の男は掴まれた方の腕が明らかに変な方向に曲がっていた。


「で、あとはあんた一人と」


 メグミはギシムの目の前に立って言う。はやし立てていた観客もあまりに一方的な展開に声を失っていた。ギシムは腰が引け、後ずさりする。


「な…なんだお前は…!?」


「なんだもくそも、今の頼母子講、明らかにイカサマしてたろ?お前はウチのバカのようにいきなり最低金額で落札する奴が出たときのために、奇数卓を自分の仲間で固めてたんだ。そうして最低金額で落札する奴が出たとき、隣の奴がそいつより低めに書くことで、落札を絶対防ぐようにしてた。マイナス分は後で仲間内で補えばいい。いつか貰えるって意識があれば、カンニングもそんなに目くじらたてて指摘しづらいからな」


 メグミは蹴り飛ばした男を指さす。


「あそこのバカに演技指導はしておくんだったな。フーラルの金釘文字に加え、20万とかいう低すぎるにも程がある金額が記載されてたせいで、明らかにどうすりゃいいかわからないって表情してたぞ」


 ギシムは腰に掛けた剣に手を伸ばす。だがメグミはそれを制止する。


「それを抜くのは構わないけど、抜いたらそいつらのように“手加減”はしない。…私はあんたと二人で対等な条件で話をしたいだけ」


「話…?なんだ…!?」


「…フーラルをあんた達の頼母子講から抜けさせること。今回9人が1万ずつ損した形になるが、新人いびりの代償としてはそれくらいで充分だろ?」


 ギシムは怒りに剣を持つ手を震わせる。


「じゃあ俺の仲間がお前にノされたのはどうする…?」


「そんなもん、新人の女の子にケンカで負けて悔しい!って宣伝するようなもんだけど」


 ギシムは歯を思いっきり食いしばり、頭の血管をピクピクさせながら深呼吸をする。


「…わかった。あのガキは見逃してやる」


 それを聞いたメグミは笑みを浮かべ、ギシムに手を振って答える。


「サンキュ」


 そしてメグミはフーラルの肩を掴み、ジゼルの手を握って集会所から出ていく。ギシムはその後ろ姿を見ていたが、ケンカに参加していなかったギシムの仲間がギシムに詰め寄る。


「いいんすか!あんな女に舐められっぱなしで!」


 ギシムは放心した状態でメグミが出て行ったあとも扉を見ていた。


「…惚れた」


 ギシムに詰め寄っていた仲間は驚愕の表情でギシムを見る。


「え!?」

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