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第4話 前編

 マチルダの家に行き、薬を持ってくるという依頼をこなしたフーラルは、冒険者組合の集会所に来ていた。フーラルを見かけ、リリアは笑みを浮かべ手招きする。


「よく帰ってきたじゃないか。初めてにしては上出来だよ」


 リリアはカウンターの下から報酬の金が入った袋を取り出す。そしてぶどうジュースをフーラルに差し出した。


「これは今回の報酬。簡単な依頼だったから本来はもっと少ないんだけど…この前数か月分の宿泊費をもらったからね。サービスってことで色つけといた」


 フーラルはぶどうジュースを一気飲みして、うめき声をあげる。


「あーっ!うめえ!リリア姉さんありがとう!」


 リリアはフーラルの頭に手を置き、くしゃくしゃと撫でる。


「そう美味しく飲んでもらえると、こっちも出してる甲斐があるよ。…ってあれ?」


 リリアがフーラルの後ろを見ると、二人の女性が話が終わるのを待っていた。


「フーラル、後ろの女の子二人は…あんたの連れかい?」


 見慣れない白いシャツを着た黒髪の女性はリリアに挨拶をし、横にいた静かな感じの白髪の少女を指さして言う。


「初めまして、私はメグミ。こっちは例のマチルダの孫のジゼルってんだ。…私たちも冒険者に登録してもらえないか」


× × ×


「精霊!召喚!何だってんだいきなり!?」


 メグミはマチルダに詰め寄った。勢いあまって机を貫通してしまい、そしてマチルダにも触ることができず、部屋の隅まで突き抜けて行ってしまう。マチルダはメグミを落ち着かせるため、少し間をおいてから話をつづけた。


「昔の高名な魔術師がよく行っていた非人道的な魔力装置さ。魔法を使う時何をどうしたって人間は魔力を消費する。消費する量が多ければ魔力切れを起こし、最悪の場合死亡する。…さっきのあんたみたいにね」


 メグミは先ほどの魔獣との戦いを思い出した。よくわからないまま最上級魔法を放ち、魔力切れで死にかけたあの時を。


「これを解決するにはどうしたらいいか?答えは簡単さ。誰かに肩代わりさせればいい。その魔力槽が精霊であり、精霊を使役するものが精霊憑きと呼ばれるのさ」


「でも、俺は魔法を使えないし、メグミを召喚したつもりもないぜ?」


 フーラルが疑問を口にする。マチルダは頷き、フーラルに質問をする。


「あんたが持っていたあの召喚石はどこで手に入れたんだい?あれが無きゃ精霊を召喚するための祭壇に行っても召喚は行われないはずだが」


 祭壇。その言葉を聞いてメグミはハッとする。


「私がこっちに来た時のあの遺跡…あれが祭壇か…」


 フーラルはポケットに入れてあった小さな宝石を取り出す。それを見つめ、重い口を開く。


「…俺は元奴隷だったんだ。そこで俺の兄貴代わりをしてくれた人がいて…兄貴が死んで、俺に渡した」


 メグミはフーラルを見る。フーラルは視線を落とし、表情を曇らせる。


「そうか…。ということは完全な事故として、どうやら精霊の召喚の儀式が成立して、あんたがこちらの世界に連れてこられたようだね」


「事故って…」


 メグミがぼやくが、マチルダは深くため息をつく。


「この手の事故は10年か20年に一度あったりするのさ。今じゃ人一人の命を対価とする精霊の召喚術は禁止されてるが、何百年前の魔術師は当たり前のようにやっていたからね。機能が生きてて放置されてるって祭壇はそこら中にあるのさ」


「日本のことを知ってるのも…前に事故で召喚された精霊がいたから?」


 メグミはマチルダに質問すると、マチルダは頷いた。


「20、いや25年前か。同じように事故でこちらの世界に来たって娘がいてね。私が世話してたことがあんのさ。あんたが見えるのもその恩恵だね」


「…ほかに私が見える人間はいるのか?」


 マチルダは自慢げに鼻を鳴らす。


「魔術師じゃあ私達くらいしかあんたを見れないだろうね!なんせさっきの受肉魔法しかり、精霊目視の魔法しかり、この大陸で最も優れた魔術師である私だけが開発できた魔法だからね!」


「ああ…そう…」


 メグミは興味なさそうに相槌を打つ。マチルダはやれやれと肩を落とす。


「この偉大な功績がわからんとは…。まぁあとは同じ精霊憑きの人間だったり、精霊ならあんたを見ることできるはずだ」


 メグミは改めて自分の椅子に腰かける。


「…その25年前にきた精霊は、最後どうなった?」


 マチルダは目を瞑り、両手の指を絡め合わせる。そして憂いを帯びた表情を浮かべ、答える。


「……死んだ」


 メグミはそれ以上何も言わなかった。そして一つ質問を続けた。


「私が帰る方法について、わかったりはしない?」


「一番確実なのは元の祭壇で召喚の逆の手順を行うこと。それについてはもう私もやり方を調べてある。25年前のあの時は、召喚に使用した祭壇が破壊されて戻ることができなかった」


「元の場所かぁ…」


 メグミは呻いた。あの場所に戻れといっても、細かい位置は憶えていないし、何よりフーラルの素性を知った今、あそこに戻れとも言えない。


「ただ、ほかの方法もあるはず。なんせ昔の魔術師は精霊の魔力が切れたり、使用期間が過ぎたら他の精霊を召喚して、とっかえていたとかいう話だからね」


 そしてしばらく話が途切れた。各々がお茶を飲んだり、お菓子を食べたりする中、メグミだけが手持ち無沙汰になってしまった。それを見たマチルダがメグミに提案した。


「…一つ条件を飲んでくれれば、受肉魔法の使い方を教えてやってもいい」


 メグミは目を輝かせマチルダを見る。


「え!?私に!?」


「ああ。…本来素人じゃ準備段階で死ぬ最上級魔法をあの威力で撃てるんだ。あんたはたぐい稀な魔法の才能を持っているんだろう。受肉魔法くらいならコーチが良ければすぐ覚えられるだろうさ」


「じょ…条件って何!」


 マチルダはジゼルを指さす。


「この子をあんた達についていかせてくれないか」


 ジゼルは無表情のままメグミとフーラルを見る。メグミはさすがに困惑して質問する。


「いきなり何で…?」


「一つはあんた達の行く末を見守る役目を付けたいから。25年前もそうだったけど精霊ってやつは何か因果な運命を持ってるもんなのか、大きな出来事に巻き込まれがちなのさ」


 メグミは露骨に嫌な顔をする。“因果な運命”という言葉はもう聞きたくもなかった。


「二つ目に…どうも私はこの子を甘やかせすぎちまってね。この子の両親が亡くなって私が面倒みてはいるが…一度外の旅に出してやりたいのさ。この子の魔法の才能は大陸一の魔術師である私が保証するよ。必ずあんたたちの役に立つ。」


 メグミは腕を組んで考える。


「受肉魔法について教えてくれるなら私は断る理由はないが…フーラル、お前は?」


 フーラルはいきなり話を振られてビクっとする。


「え!?何!?」


「お前話聞いてなかったな…!このジゼルって子と一緒に旅するって話だよ!」


 ジゼルは表情を崩さなかったが、少し目を細めてフーラルを見る。フーラルはテーブルの上のお菓子を取りながら、ジゼルを見る。


「あー…いんじゃない?別に俺は気にしないけど。それに」


「それに?」


メグミは訊ねた。


「このお菓子、ジゼルが作ったんだろ?旅先でもこれくれるなら俺はうれしいよ」


 ジゼルは相変わらず無表情だったが、少し顔に赤みを帯びたような様子だった。マチルダは笑みを浮かべ手をたたく。


「よし!じゃあ決まりだ!あ、そうそう依頼用の薬はこれから準備するから、ジゼルはその間に旅の支度をしといてくれよ」


 ジゼルは頷いて自分の部屋に向かっていく。メグミは足取りが少し上機嫌そうに見えたが、気のせいかと思いあまり気にしなかった。


 その日はメグミの体調を考慮し念を取ってそのまま泊まり、次の日の昼にフーラルとメグミはジゼルを連れて冒険者組合にやってきていた。とても静か―というよりろくに喋らないので、フーラル達もどう接すればいいかわからず少し困惑していた。


 フラーリアに戻るまでにジゼルからある程度のコツを教えてもらい、メグミは24時間に1度、30分だけ肉体を取り戻す受肉魔法が使えるようになっていた。となればフーラル一人だけ冒険者組合に登録させておくのはもったいない。この前のフーラルの登録で審査はザルだとわかっていたので、メグミは自分とジゼルの分も登録することにした。念のためジゼルに冒険者に登録することの是非を聞いたが、ただこくんと頷くだけであった。


× × ×


「でも…いいの?マチルダさんは…」


 リリアは心配そうな声でジゼルに言う。


「ううん。大丈夫。ここからはあまり離れないし、おばあちゃんが行けって」


「そう…。じゃあ私があまり強く言えることじゃないか」


 リリアがジゼルに親しげに話すのを、メグミは驚いて見ていた。先ほどまでこちらからいくら話しかけても言葉を発さなかったのもあり、声を聞いたのも久しぶりであった。


「知り合いなんです?リリアさんとジゼルは」


 その質問にリリアは歯切れ悪く答える。


「あ~まぁ知り合いね。マチルダさんとは長年の付き合いというか…。この子が赤ん坊のころから見てるからちょっとね…」


 解答の内容は特におかしなところはなかったが、なぜところどころつまりがちなのか、メグミは少し疑問に思ったが、気のせいだと思い無視した。そして二人はリリアに案内され、別室で冒険者の手続きを行うことになった。


 メグミとジゼルが冒険者の登録のために別室に行っている間、フーラルは暇を持て余し辺りを見回していた。受肉魔法がメグミに効いている間はどうやら10mのルールは無視できるらしく、久しぶりに一人の時間ができていた。


「おう、お前は確かパーシーが連れてきた…」


 粗野な声がフーラルを呼び、フーラルは声の方向を見る。初めて冒険者組合に顔を出した時に絡んできた中年の男が、ほかに4人ほど仲間を連れていた。


「フーラルだよ。…おっさんは?」


「俺はギシムってんだ。お前を連れてきたパーシーとはもう10年の付き合いだな」


 ギシムは手を伸ばすがパーシーはそれを無視した。ギシムは唇を歪め、フーラルの持っている袋を見る。


「どうやら初依頼をこなして、報酬をもらったようじゃねえか。…よし、じゃああの時話した歓迎会を行うとするか!」


 ギシムの仲間たちはオッス!と掛け声を合わす。


「…歓迎会ってなにすんだよ」


 ギシムは意地の悪い笑みを浮かべ言う。


「頼母子講だ」

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