第3話 前編
街から離れて1時間。メグミとフーラルはうっそうと木々が生い茂る森へと来ていた。フーラルは魔術師の服が気に入ったのか今日もまた着ており、服を着替える術がなく未だにスーツ姿のままであるメグミは、いい加減服を着替える方法を探さねばと思っていた。
フーラルは服はそのままではあるものの、今回の依頼にあたって冒険者組合から一般用の剣を支給されており、上機嫌に腰につけていた。街からここまで来るのに魔獣と出会わなかったが、森の中では出会う可能性が非常に高いと聞かされており、未だ魔獣に遭遇したことがないメグミは、フーラルと自身の戦闘能力に不安を覚えながら、森へと踏み込んでいった。
× × ×
今から2時間前、フーラルとメグミは冒険者としての依頼を受けるために冒険者組合へと訪れていた。先日案内された通路を通り、集会所へとたどり着く。フーラルはウキウキしながらカウンターに向かっていった。
「今回君に依頼したいのはここから少し離れた森にある、魔術師の家に行って薬のもらってきて欲しいの」
リリアはフーラルにぶどうジュースを渡しながら言い、フーラルは大喜びでグラスに口をつける。リリアはあまりに美味しそうに飲むフーラルに対し微笑んだ。
「この依頼はパーシーからの推薦よ。森では魔獣に出くわすかもしれないけど、初心者向きの簡単な依頼ね」
魔獣という単語を聞き、メグミは手を組む。よくよく考えるとあの脱出劇から魔獣に遭遇してないのは中々奇跡的だったのでは?という思いが巡るが、同時に何が出てくるのかさっぱりわからないという不安の方が勝っていた。
何せフーラルに聞いても、見たことが無いとのことで、今の自分たちのこの世界の強さの尺度はあの魔術師くらいしかない。結構偉そうではあったので不意打ちとはいえあれを倒せたなら簡単な依頼程度なら行けるか?くらいの尺度しか。
「魔術師の名前はマチルダさんっていって、白い髪のいかにも魔術師って見た目だからこの地図の家に行けば絶対わかるはず。森はマチルダさんが管理しているのと、一応この街から近いのもあって定期的に兵隊が魔獣駆除をしてるから、強いのはそうそう出てこないわ」
“そうそう”か。メグミがもし会話できるならもっと聞きたいことはあったのだが、現状唯一会話できるのが、ぶどうジュースに夢中になってしまっているため、それもできなかった。
× × ×
そして森を歩き始めて20分。たしかに森の中にしては道が整備されており、魔獣にもまだ遭遇しなかった。これなら簡単な依頼というのも頷ける。張っていた気が緩み始めてきたのか、メグミはフーラルに話しかけた。
「お前、確か16とかそのくらいだっけ?」
「ん?なんだいきなり?」
「お前今までどんな生活してきたんだ?昨日もそうだけど16にしちゃあ随分…」
フーラルは苛立ち、質問を無視する。そして早歩きで歩いてその場を離れようとする。置いてかれそうになったメグミは、また首を引っ張れると思い、急いで追いつく。
「家出少年なんて嘘って話だったが、お前家出少年じゃないのか?今まであまり話す機会なかったけど、なんで追われてたんだよ?」
フーラルは答えないまま、ひたすら歩き続ける。出会って3日経つが、まだ互いの素性をほとんど話す機会がなく、どこからか逃げ出して追われていたという認識程度しかなかった。正確には話す機会が無い、というより話したがらない、そういった感じだった。
誰にも触れたくない過去はある。メグミ自身今までそういった連中とつるんできていたのもあり、一旦この話をするのをやめるべきだと理解した。
「わかった答えなくていい。ただ…」
「きゃーーーーっ!!!」
話題を変えようとしたその時、遠くから女性の悲鳴があがり、近くの木々から鳥が飛び出した。声の感じからしてそう遠くはなく―そして声の大きさはその危機を示していた。フーラルは悲鳴が聞こえたと同時に飛び出していき、メグミは慌ててフーラル追い走り出す。
フードを被った白髪の少女が猪型の魔獣『ディアブル』5体に囲まれていた。ディアブルは体長は大きめの猪程度だが、鋭い牙と何より仲間と連携する程度の知能があるという点で、獣と魔獣との違いが大きく現れていた。少女を囲んではいるがすぐには襲い掛からずまずは吟味を行い―白髪の少女が恐怖とは違う驚きの表情を浮かべた。
「だりゃああああ!!!」
少女の表情と、背後から聞こえた掛け声に気づいたディアブルの一体が後ろを振り向くと仲間が一体、剣によって頭がカチ割られていた。
フーラルはディアブルの頭部から剣を引き抜くと、続けてもう一頭を狙いに行く―しかしでたらめな剣の振り方で体勢を崩してしまう。フーラルの正面にいたディアブルはその隙を狙って突撃していくが、突如側面から火の玉が飛んできて、火に包まれた。
メグミはディアブル達の隙を見計らい、走ってフーラルの下へ行き、フーラルを抱きかかえて回収すると白髪の少女の下へと向かう。
「少しは様子見ろって!危ないだろ!?」
メグミはフーラルに怒鳴り、周囲を警戒する。メグミは一連の行動をしても息は切れることはなかった。ただなぜか妙なだるさを感じ始めていた。
「そんなこと言っても実際危なかったろうが!」
フーラルは10年前の故郷の襲撃が頭に浮かんでいた。何も考えずに助けに入ったのは、勇壮感や全能感に酔ったからではない。過去の記憶がフラッシュバックし、助けるということしか頭に浮かばなかったからだ。そして少し落ち着いて、猪のような魔獣たちを見る。だがその数に違和感を感じていた。
「ひい…ふう…みい…。…あれ?5体いなかったっけ?」
フーラルは敵の数を数えながら疑問を口にした。ディアブルは今の奇襲で2体死亡し、残り3体―ではあるが死体がどこにもなかった。
「今見ててあいつらやられたら何か散り散りになって消えたけど…それが魔獣ってやつなんじゃないのか?」
メグミは先の魔法を打つ際、フーラルが奇襲で倒した一体が剣を抜いた瞬間に青い光になって消えていくのを見た。そして今自分が魔法で燃やした個体も、今は消えていた。
「ただ今はそんな疑問に、頭働かせてる場合じゃないな…」
メグミは震え声でディアブル達を見る。今の奇襲でディアブル達のスイッチが入ったのか、獰猛さが非常に増しており、目が赤く光っているようにも見えた。しかしメグミのことはやはり魔獣達も見えていないのか、その視線はフーラルに向いていた。
「お前の剣筋から素人極まりないって事は分かったし…私がやるしかないかね」
メグミはフーラルの肩を掴み後ろに下げさせた。
「やるって…どうすんだよ?」
フーラルは白髪の女の子を庇うように剣を構える。メグミはフッと微笑みディアブル達に右手を向ける。
「お前が図書館で騒いだせいでほとんど内容は読めなかったけど、とりあえずちょっとだけ覚えた魔法がある。こっそり練習したらそれっぽいのが撃てたから多分いけるはず―」
―それにこの魔法もなぜか元々知っている気がしたから。それは言わなかった。ディアブル達が咆哮を上げ、メグミ達に突撃してくる。メグミは意を決し魔法を放つ。
「プロミネンス!」
メグミの手の先から3メートルはあろうかという火球が出現し、突撃してきたディアブル達を巻き込み―どころか後ろの木々まで全てなぎ倒し、20mほど進んで火球は消えた。
あまりの威力にフーラルは口を大きく開け驚愕の表情を浮かべ、しばらく唖然としていた。そして気を取り直し、はしゃいでメグミに話しかける。
「す…すっげぇー!なんだありゃ一体!?…メグミ?」
メグミは全身から力を失い、地面に突っ伏して倒れていた。あれだけ動いても切れなかった息が非常に荒くなっており、表情も虚ろになっていた。
「な…ど、どうしたんだよ!しっかりしろって!」
白髪の少女は慌ててメグミを見る。
「魔力の使い過ぎで…存在が消えかけてる…」
フーラルは驚いた表情で白髪の少女を見る。
「え!?あんた…メグミが見えてるのか!?」




