第2話 中編
エルミナ・ルナは魔法を使うために自然に存在する魔力―マナを利用するが、このマナは人間に益をもたらすとともに、人を襲う魔獣を生み出すという害も存在する。そのため、魔獣を退治、もしくは魔獣から護衛するための冒険者という職業が一定数存在することになった。特に25年前に魔王と自称する魔獣が、世界各地で魔獣を率いて人々を襲い、討伐されるまでの間と、現在に至るまでその残党がまだ各地で人に害をなしており、冒険者の需要は減ることなく常に必要とされていた。
魔獣の存在によりまだ未開の地が多いこの世界では、冒険者になることで各地を移動しながら身分を証明できるというメリットが非常に強いのもあり、兵士としての側面が強い傭兵よりは様々な人種が集まることになった。―無論ピンからキリまで。
フラーリア王国における冒険者協同組合、いわゆるギルドの施設は王城よりさして離れていない位置にあり、この国が冒険者への積極的な支援および関係を行っている、というものが見て取れる。そしてこの施設にフーラルとメグミは来ていた。
「こっちだついてこい」
パーシーは二人の前を歩き先導し、フーラルは恐る恐る施設の中に入っていく。
「…なんかムズムズしてきた」
フーラルは施設の門をくぐろうとする際に、身体をくねらせながらメグミに言う。
「他の人が見てんだから、あんまりこういうとこで私に話しかけんのやめろよな」
メグミはフーラルに耳うちするように言う。自分の声が他人に聞こえるわけないのだから、別に大声で言っても構わないのだが、その辺りの加減がメグミ自身も苦手だった。
パーシーに案内され、二人は建物の中を進んでいく。書類を持った施設の職員と思わしき人間が各部屋を忙しく移動していたり、別の部屋で冒険者相手に面接を行っている場面もあった。
「魔獣相手に戦えるかどうか、が冒険者の最低資格だからな。…逆に言えばピンとキリが大きすぎるから、ああやって事前に面談を行う依頼もあったりすんだ」
パーシーは各部屋を覗くフーラルに対して言う。しかしフーラルはただ気になっているから見てるだけで、特に何か考えてるという表情ではなかった。
「あ?ああ」
適当にフーラルは返事をし、メグミはため息をつく。こいつじゃその手の面接は無理だな、と声に出さずにツッコんだ。
通路を進み、一際大きい扉を開けると、酒場のような部屋に出た。各テーブルでは食事をとっているものや、酒盛りをしているグループ、何らかのカタログを読んでいるものなど様々な人がいた。
「ここが冒険者組合の集会所だ。ここでだいたいいつも仕事をもらってんだ」
そうパーシーが言うと、パーシーの背後から屈強な男が、その背中を思いっきり叩く。
「おうパーシー!例の商隊の護衛依頼は終わったのか?」
「いててて…!ギシムか!いってーな!」
パーシーは背中をさすりながら、自身の背中を叩いた男をギシムと呼び、文句を言う。
「ははわりーな!…ってそいつは?」
ギシムはパーシーの後ろにいたフーラルを指さす。
「家業を継ぐのが嫌になって逃げだした家出少年ってやつだ。見た感じ簡単な魔獣と戦うくらいならできそうだし、仕事探してるっていうから案内してやった」
ギシムはフーラルをまじまじと見る。フーラルは露骨に嫌がってギシムから身をそらす。
「そーかそーか!…じゃ初任務が終わったら坊主の歓迎会でも開いてやるか!」
パーシーはため息をつく。
「…ガキなんだから加減しろよな」
ギシムは下品に笑い、手を振って去っていく。パーシーはフーラルを見て言う。
「まぁ…ピンキリってのはこういうこった。悪い奴じゃあないんだが、粗野さがな」
部屋の奥にあるカウンターにまでパーシーが案内すると、カウンターで給仕を行っていた、青い髪をした妙齢の女性がパーシーに話しかける。
「おや、パーシーじゃないか。戻ったんだね」
「ああ、ただいまリリア。」
リリアと呼ばれた女性は笑みを浮かべパーシーに酒の入ったグラスを出す。
「次はどこに…ってあんたその子は…まさか隠し子!?」
リリアはフーラルを見て驚きながら言う。パーシーは即座に否定する。
「待て待て待て!滅多なこと言うんじゃねえよ!単にその辺で拾ってきたガキだよ!」
リリアは笑いながらフーラルにも飲み物を出す。
「冗談よ冗談。…君は酒飲めないだろうからジュースにしといたよ。えーと…」
フーラルは飲み物を受け取りながら、ぶっきらぼうに返事をする。
「…フーラル」
「フフ、その返事の仕方、ずいぶんなハネッかえりだね。まるで若い時のコイツみたい」
リリアは笑いながらパーシーを指さし、パーシーは居心地悪そうに酒を一気に飲み干した。
「まぁ先の依頼の道中で拾った家出少年ってやつでな。当座の金はあるし、健康みたいだから何か仕事でも用意してやってくれ」
リリアはパーシーのグラスに改めて酒を注ぐ。
「あんたにしちゃあ随分気を利かすじゃないか。昔のことでも思い出した?」
パーシーは苦い顔をする。
「…そんなことどうだっていいだろ」
フーラルはグラスに注がれていたジュースを飲むと、目を飛びださせるくらい驚いた表情をし、一気に飲みほした。
「う…うまい!なんだこれ!?」
二人とメグミは驚いてフーラルを見る。
「何って…単なるぶどうジュースだけど…?」
フーラルは目を輝かせ、リリアにねだるような視線を送る。
「も…もっとくれよ!こんな甘くてうまいの初めて飲んだ!」
リリアは声を上げて笑う。
「プッ…アハハハ!なんだ随分素直じゃない!パーシー、やっぱ昔のあんたにそっくりだよ!」
リリアはフーラルのグラスにジュースを注いでやり、フーラルは嬉しそうにジュースをまた飲んだ。リリアはカウンターに肘をかける。
「しばらく住むところとかも用意しといてあげるから、とりあえず今日と明日は休むんだね」
フーラルはジュースに貪りつきながら、元気よく頷いた。
「こいつ今まで私と話してるときより随分素直になりやがって…」
メグミは満面の笑みを浮かべるフーラルを見て一人ごちた。
手持ちの金を全てリリアに渡し(あまりの潔さにリリアがまたも驚いていたが)、組合が管理する共同住宅の一部屋を案内してもらった。定住先を持たないことが多い冒険者は賃貸で済ますことが非常に多く、その支援の一環とのことで普通に宿に泊まるよりも格安で泊まることができた。特に渡した金が非常に多かったこともあり、風呂もトイレも用意されている、いい部屋を用意してくれたようだった。
フーラルは部屋に着くなり、風呂にも入らず着替えもせず、そのまま床で寝ようとしていた。メグミは床で寝ようとするフーラルを慌てて止める。
「いやいやいや!ちょっとあそこにベッドあるんだから、そっちで寝ろよ!」
フーラルは寝ぼけまなこでメグミを見る。
「…今までずっと床で寝てたしこの方が落ち着くんだよ」
「お前今までどんな生活してきたんだよ…」
メグミはツッコむが、フーラルはそのまま床に倒れて寝てしまった。メグミは大きくため息をつくと、フーラルを持ち上げて、ベッドに寝かしてやった。
メグミは一息つくと椅子に座る―風に腰掛け、窓から外を見る。遠くから夜の街の喧騒の音が聞こえるが、この付近は静かであり、むしろ夜の静けさを強調する形となっていた。
“白鳥惠”はこれまでの人生の中で、誰よりも自分の名前について考えてきた人生を送ってきた。文字通り天から恵まれたとしか思えない身体能力と―悪魔に愛されているとしか思えない巡りあわせの悪さ。子供の頃からとにかく色んな揉め事に巻き込まれ続け、家族はバラバラにならざるを得なくなり、平穏とは程遠い人生だった。
ここでないどこかに行けば自由になれる。そう思ってはいたが、こんな訳の分からない世界に連れてこられ、こんな子供から10mも離れることができない身体になってしまった。
「ファイエル」
メグミは静かにその呪文を唱えると指先から火の玉が出現し、それを窓の外から近くの池に放り投げる。あの時はとっさの事で落ち着いて考える間もなかったが、なぜ私はこんな魔法が使えるんだろうか?こんな身体になったから?それにあの時浮かんだおとぎ話、あれはなんだったか。いつか少しだけやったゲームか、読んだ漫画の記憶でも混在しているのだろうか。
メグミは立ち上がり、いびきをかいて熟睡しているフーラルを見る。明日は街に出て少しでも情報収集をしよう。こいつは嫌がるかもしれないが。




