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第2話 前編

 メグミとフーラルが出会ってから2日後、二人は西大陸最大の国、フラリーア王国城下町に来ていた。石畳が敷き詰められ、多階層の建物が立ち並ぶこの街は、繁栄というものを感じさせるには充分すぎるものがあった。フーラルは驚きの声を上げて周囲を見回していた。


「ようこそ。フラリーアへ。その驚きようだと、お前さん本当に田舎の出身だったんだな」


 フーラルの後ろから無精髭を生やした、引き締まった体躯の中年の男性が声をかける。


「うっせえなパーシー。故郷のことなんか思い出したくねえんだよ」


 フーラルにパーシーと呼ばれた男は、笑いながらフーラルの肩を叩く。


「そうかい!そうかい!そりゃすまんかった。金はあるんだろうが泊まるアテもないんだろ?俺の行きつけの宿屋があるから案内してやるよ!」


 フーラルは前方を指さし、人込みの中を進んでいく。フーラルはため息をつくと、フーラルの後ろからスッとメグミが姿を現す。


「あいつを信用していいのかよ?」


 フーラルはメグミに質問し、メグミも周囲を見回して答える。


「完全に信用するわけじゃないけど、アテがないのは心底同意だからな。なんせ私たちは金はあっても、使い方も相場もなんなら金の単位すらわからん」


 フーラルは舌打ちをしてパーシーについていく。



―時は2日前にさかのぼる―


 川から落ちて5時間後、日が昇り始めてはいたが、追跡してきた兵士たちがこちらへ来る様子はなかった。どうやら滝に落ちたことで痕跡が無くなったため、追跡を迷っているようだった。フーラルは今まで来ていた奴隷用の麻の服から、一緒に落ちてきた魔術師の服を奪い、それを着ていた。


「こいつ生きてんのかよ?」


 フーラルが意識の無い魔術師の男を蹴っ飛ばして言う。


「息はしてるのは確認できた。あんま元気になって追跡されても困るから、そのまま放置しといたけど」


 メグミは周囲の物を持とうとし、空を切るということを繰り返していた。フーラルしか自分を見ることができず、フーラル以外のものに触れることができないという、さながら背後霊のような状況になっていることを、心の底から認識する必要があった。


 フーラルから話を聞いたが日本という単語も、地球という単語も聞いたことがない―この世界は『エルミナ・ルナ』という全く別の世界だということまでは把握できた。


 悪い冗談のような話が続きすぎて眩暈がするが、この状況を飲み込めてるのは今まで冗談のような人生を歩んできたのもあるかもしれない―。そう考えると、不良グループのリーダーをずっとやってきたことは無駄ではなかった―ってのは考えすぎかと一人ごちる。


 とりあえず今はフーラルから10m以上離れることもできず、何をするにもフーラルの助けが必要な身体になってしまった事を飲み込んだ。


「ここからどうするつもりなんだ?」


 メグミは魔術師の男の荷あさりを行っているフーラルに質問する。


「…特に何も考えてない」


「何も考えてないって…よく事情はわからないけどこいつらから逃げてたんだろ?」


 メグミは魔術師の男を指さす。フーラルはそっぽを向いて言う。


「とっさに逃げてきたから何にも考えてねえんだよ。とりあえず奴らが追っかけてこないとこまで逃げることしか」


 メグミは血の気が引いた感覚がした。


「お前マジかよ…」


 とはいえ今はフーラルに主導権があり、自分はただついていくことしかできない。魔術師の男を近くの蔦で簀巻きにし、目が覚めても動けない状態にしてから、ひたすら川を下る方向に進んでいった。


 3時間ほど歩きつづけ、フーラルはブツブツと文句を言い始める。


「川の横を進んでったって、岩がゴツゴツあって進みにくいだけじゃねえかよ…」


 メグミはフーラルの横を歩きながら言う。


「地図も何も把握してないのはお前だろうが。こうやって川伝いに進めば水には困らないし…。そして何より橋が見つかる可能性があるだろ?」


「橋見つけてどうすんだよ…」


「橋があるってことは道があるってこと。あとはその道を辿っていけば、もしかするとどっかにたどり着くかもしてないだろ?」


 フーラルはため息をついて、しぶしぶ歩き続けた。メグミはいくら歩いても疲れない、お腹もすかない、喉も乾くことがなかった。それは今までの訓練の賜物―ではなく明らかに異常な状態だった。


「もしかして本当に幽霊になっちまったのか私は…?」


 不安が口に出るが、深く考えすぎないようにした。そして6時間ほど歩き、ようやく煉瓦造りの大きな橋を見つけることができた。


そして今度は橋の上でひたすら待ちぼうけていた。やることもなく、会話すら弾まない重い時間が続く。そのうちフーラルがぽろっと口に出す。


「今度はなんでここでひたすら動かねーんだ…?」


 メグミは寝っ転がりながら言う。


「ここから歩いてどっちが町に繋がってるかわかるか…?どのくらい歩けば町に着くかわかるか…?いまはここで待つのが正解なんだよ…」


 メグミは道の向こう側を見つづけていると、小さい点がこちらに近づいているのが見えた。笑顔を浮かべスクッと起き上る。


「ほら、お目当てのものが来たぞ」


「そーか!そーか!家出したのはいいがアテもわからず野垂れ死に寸前だったかワッハッハ!若者はそれで結構!無茶は若いうちにするもんだ!」


 恰幅のいい商人の男性がフーラルの肩をバンバンと叩く。フーラルはガタガタと揺れる床の居心地を悪そうにしながら、座る位置を変えたり立ったりしている。


 フーラル達は通りがかった商人のキャラバンに拾われ、次の目的地であるフラーリア王国まで乗せて行ってもらえることになった。先ほど魔術師の男から金目のものを粗方奪っていたため、何とか乗せてもらえるだけの金と、逃亡奴隷であるという疑いをかけられずに済んでいた。


 メグミはキャラバンの人間に接触を試みるが、やはりメグミを気づく人間は一人もいなかった。諦めて隅っこに座るメグミに、フーラルが近寄り隣に座る。


「なんだよ親の家業が嫌になって家出した少年て…」


 フーラルは不満げにメグミに言う。


「正直に追われているから逃げ出してる人間です、なんて言えるかよ。嘘も方便ってやつなんだからこれでいーの別に」


「あー…あのさ」


「ん?何?」


「”ほーべん”って何だ?」


 メグミは呆れてフーラルを見る。


「いざ言われるとどう伝えていいやら…」


 夜になり、キャラバンの行進が止まり、食事の時間になる。出先ということもあり簡単なものを煮たシチューで、フーラルももらうことができた。考えてみると1日ぶり以上のまともな食事で、フーラルはがっついてシチューを食べていた。しかしメグミは空腹にもならず、容器も持てず、誰にも認識されていないこともあり、食事はとれなかった。


「どうなっちまったんだ私の身体は…」


 メグミは自分の手を見つめていると、隣にいたフーラルが声をかけた。


「腹減んねえのか?」


 食事が取れて少し機嫌がよくなったのか、気さくに話しかけるフーラルにメグミは笑う。


「んだよ急に笑って」


 フーラルは機嫌が悪くなって言うが、メグミは謝りながら言う。


「すまんすまん。どうもお前が本当に子供っぽいなと思ってな」


 フーラルは舌打ちして、まだ器に残っていたシチューを貪り食う。その様子をメグミが見ていると、フーラルの前に薄手の鎧を着て剣を持った男が来ていた。


「ここ、いいか?」


 その男はフーラルの隣の椅子を指さし、フーラルは男を見るが返事をせずひたすらシチューにがっついていた。男は笑いながら返事を待たずに座る。


「聞いたぜ?家出少年野垂れ死に寸前で馬車に拾われる、ってな。まだ若いのにずいぶん無茶なことするじゃねえか」


 フーラルは返事をしなかった。男は苦笑する。


「おいおいさっきは一人で空に向かって喋ってたのに、俺とは話してくんねえのか…」


 フーラルは口にほおばっていたシチューを飲み込むと、男の方を見て言う。


「飯食ってんだから忙しいんだよおっさん」


「おっさんって…俺はパーシーって言うんだ。まだおっさんて歳でもねえよ!38だ!」


 フーラルは呆れたような目でパーシーを見る。


「充分すぎるほどにおっさんじゃねえか…」


「おっさんだな…」


 フーラルとメグミは合わせたようにパーシーに向かってツッコンだ。


「くっ…!まぁいい。坊主、お前向こうについたら何かアテはあんのか?」


「特にねえけど」


「そうか…じゃあもし仕事に困ったら、冒険者をやってみねえか?」


「…冒険者?何それ?」


 パーシーは驚いてフーラルを見る。


「…お前マジで言ってんのか?」


 メグミはその会話を聞いて、嫌な汗が全身から噴き出していた。この世界の文化レベルというか、でたらめ具合は一体何なんだと思っていた。


「金もらって魔獣相手に戦ったりなんやりする便利屋だよ。知らないはずないだろ?」


 フーラルは未だに合点がいかず呆けた顔をする。


「ま…じゅう…?」


 パーシーは引きつった顔をして唇を歪ませる。


「お…お前どの異世界から来たんだ…?物を知らなすぎじゃないか…?」


 パーシーは咳き込んで場を整える。


「俺も今回はこのキャラバンの護衛の仕事をしてるんだ。見た感じ結構引き締まった身体してるし、なんかやってるくらいの心得はあるんだろ?俺はフラーリアを拠点にしてっから、向こうについて困ったら声でもかけてくれや…えーと名前なんだっけ?」


「…フーラル」


 パーシーは手を振り、離れていく。


「フーラルだな。それじゃあ今日の出会いを精霊に感謝!ってな」


 パーシーは離れていくが、足を止めフーラルに言う。


「あとあんま独り言はよしとくんだな。若いうちはそんな時期もあるが…精霊さんに憑りつかれちまうぞ」


 フーラルは怪訝な表情を浮かべ質問する。


「んだよ精霊って」


 パーシーは鼻で笑って言う。


「俺の故郷の言い伝えだよ。要は気持ち悪いからヤメロってことさ」



 夜が明け、明朝に馬車は出発し、昼過ぎにフラーリア王国へ到着した。フーラルは約束通りキャラバンの隊長に金と宝石を手渡した。魔術師の男から奪った金目のものはまだあり、親切な商人の一人がしばらく分の金と引き換えに、交換してくれることになった。


「これ…ぼったくられてないか?」


 フーラルは商人の鑑定中、ひそひそとメグミに相談する。


「この世界の金の相場がわからないから、私にゃ相手を見るくらいしかできん…。というかお前はわかんないの?」


 フーラルは首を振る。


「だって金見たことねえもん」


「まじか…」


 メグミは冷や汗を流す。この何も知らない子供とこれからやっていけるのか―と。金の相場が分からないならとせめて他の商人にも鑑定をしてもらうことも考えたが、メグミはそれを止めた。追われている立ち場なのに自分達の情報を持ってる人間の不快を買っては、そこから情報が洩れかねない。


鑑定の様子を見てくれたパーシーが特に何も言ってこないことや、金を持ってることに関し冷やかしてきていることから、少なくともそこまでぼったくられてはいないんだろうと判断がついた。メグミはなんだかんだあのキャラバンの人達はいい人だったなと礼を言いたかったが、そんなこともできない身体にいら立ちを覚えた。



―そして時は現在に戻る―

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