第10話 前編
フーラルは闇の中にいた。いや目をつぶったまま目を開けていると感じているのだろうか。とにかく何もわからないまま闇の中に浮いていた。体の感覚が全くない。潰されているのか?浮いているのか?それもわからない。
「…メグミ?」
フーラルはメグミの名を呼ぶが反応がない。首を絞められている感覚がないということは、近くにいるはずなのに。どういうことだろうか。
「どこだ…メグミ?」
上の方で破壊音が聞こえ、その度に衝撃が身体を貫く。その衝撃か来るたびに痛みは感じるのだが、それ以外の感覚が一切身体に伝わらない。
―フーラル。
どこかで声が聞こえる。どこでだ?
―フーラル。
まだ聞こえる。上から…いやこれは…。
―フーラル!
「いい加減起きろ!フーラル!」
フーラルは頬を引っぱたかれ、その衝撃で目の前に火花が散った。目をチカチカさせながら身体を起こすと、破壊しつくされた研究室に空に穴が開いて、朝日の光が差し込んでいた。
「…え?これは?」
目の前ではリリアとギシムが埃だらけになっており、ジゼルが息を荒くして近くの瓦礫を背もたれにしてへたり込んでいた。片方の足には添え木がされ、包帯がきつく巻かれている。
「やっと…起きたか…!」
ギシムは息も絶え絶えの様子で、フーラルの頭に手を置いた。そして髪の毛をぐしゃぐしゃとして、フーラルの意識をはっきりさせようとする。
「ジゼルがお前とパーシーが瓦礫に埋もれてるのを見てたからな…!なんとか掘り出して引っ張り上げたんだ」
フーラルは自分の両手を見て握る。完璧な体調ではないが、ケガはほぼほぼ治っていた。
「ジゼルが自分の魔力全部使い果たしてまで、お前の治療をしたんだ…!このままだとアイツが死ぬってくらいまでな」
ジゼルは過労により意識を失っていた。激しく乱れたの髪の毛や、身体の状態は、その治療が過酷なものであることを物語っていた。
「ジゼル…いつもありがとな」
フーラルは素直な感謝の言葉をジゼルに言った。そしてギシムは天井を指さした。
「あのバケモンはこの研究室を破壊しつくした後、天井を突き破って外に出ちまった。おそらくあれが奴らの切り札だ。俺たちの手であいつを止める必要がある」
「止めるって…!?ちょ…待った!?あんなんどうするんだよ!?」
「……お前とメグミならそれができる…ゴホッゴホッ!」
弱弱しい声が聞こえ、フーラルがその声の主を見ると、パーシーが血だらけの状態になって、倒れていた。フーラルはリリア達を見るが、リリア達は俯いて首を振った。
「あの魔獣…サイクロプスには…お前の母親が憑りついている」
「な…!?」
フーラルはエーベルトに憑いていた母親の精霊を思い出す。自分に無表情で電撃をくらわせた、あの母親の似非を。
「コボルトや…人間に人工精霊を憑ける研究も…すべてあのサイクロプスのための副産物だ…。あの巨人が人の意思で操れるようになったら…もう軍隊が動いても止められない…!だけどお前なら…!」
パーシーは咳き込み、血を口から吹き出した。瓦礫の破片が背中から肺に食い込んでおり、もう長くなかった。
「ハハハ…お前と…メグミを庇ったらこうなっちまった…ったく…俺ってやつは…」
「メグミ…あ、そうだメグミは!?」
フーラルは周りを見渡すと、メグミはすぐ見つかった。ただその表情悲しげであり、パーシーを見ないようにしているようだった。パーシーは近くにいたリリアを見て手を伸ばす。
「リリア…すまないな…。お前からの好意は知ってんのに…煮え切らない態度をして…」
パーシーは呻くように言った。リリアはパーシーに寄り、パーシーの手を握る。
「バカ…!裏切るなら、なんで私に声をかけてくれなかったのよ…!いつも一緒だったじゃない!私達…!」
パーシーは血まみれの手でリリアの頬を撫でる。
「すまない…俺は…俺は…」
メグミは意を決して立ち上がり、パーシーの前に立った。
「メグミ…」
メグミはパーシーの手を握ることはできなかったが、握っているように手を合わせた。
「ハスノは、私の母の名前。22年前、母は3年間行方不明だったのに、突然家に帰ってきて、私を産んだって聞いた。父親は…わからないと」
パーシーはメグミの言葉を聞くと、目に光が戻る。
「…嘘だろ?」
フーラルが思わず言った。だがメグミは強く首を振った。
「母は私におとぎ話を毎日のように聞かせてくれた、勇者との冒険の話、王国での生活の話、行きつけのレストランのこと、いつも言ってた図書館のこと、魔王との戦いのこと、そして勇者と精霊の絆のことも」
メグミは目に涙を浮かべ、力強くパーシーの手を握った。
「母は…ハスノは…ちゃんと元気に生きて、今は別の人と結婚して幸せに暮らしてる…!だから…だから…心配しなくていいんだ…"父さん"…!」
メグミは声を上げて泣き、パーシーはメグミを慰めるように頭を撫でてやった。
「そうか…ハスノは…幸せに暮らしてるか…ハハハ…」
パーシーの呼吸がどんどん弱くなっていく。
「だったら…ドウシアに裏切る必要もなかったな…。俺は…ハスノを探したくて…精霊をまた憑けたくて…あ、でも憑けなかったらメグミと話せてないか…」
ギシムがフーラルの前に立つ。フーラルはギシムを見上げて、苦しそうに笑う。
「わり…お前の剣勝手に使わせてもらってたわ…」
「パーシー…」
「そこらへんに転がってるから…後で拾ってくれ…あとそうだ…マチルダさん…」
パーシーは横で息も絶え絶えのジゼルを見た。
「マチルダさん…そこにいたのか…。俺…ごめん…」
もう首を上げる力もないのか、全身の力が抜け、パーシーがさらに呼吸が小さくなっていく。
「これで…謝りきったかな…もう…全部やったかな…なあ…リリア…ハスノ…ごめ…」
パーシーは笑みを浮かべたまま、動かなくなった。すべてやり切ったような、そんな表情だった。リリアは声を上げ、パーシーの手を掴んで泣いていた。
フーラルは立ち上がり、朝日が差し込んでいる天井を見た。
「…全部終わらせなきゃな」
フーラルは言った。
「…そうね全部終わらせよう」
メグミも涙を拭いて立ち上がった。その様子を見たギシムは膝を震わせながら立とうとするが、その力もなく崩れ落ちた。
「…敵はまだ上にいて、サイクロプスを運ぶ準備をしている。もうあのバケモンを止めるチャンスは今しかない…動けるのはお前たちしかいない」
ギシムは言った。
「お前らみたいなガキに命運を任せざるをえないのが本当に悔しく思うが…頼む」
フーラルはギシムに対し、親指を突き立てて了解のサインを出した。
「…あと、頼母子講の件、すまなかったな」
ギシムは謝るようにフーラルに言う。だがフーラルは屈託のない笑顔を返した。
「今度はちゃんとその会に入れてくれよ。イカサマなしでな」
フーラルは返事をすると、瓦礫を登り上を目指して行った。ギシムはハッと小さく笑うと、そのまま力を失って倒れた。




