第9話 前編
フーラルが剣を振りかぶり、パーシーに向かって振り下ろす。パーシーは必要最低限の動きでそれを受け流し、反撃で斬ろうとする。だが後ろでフォローをしているジゼルが氷魔法をパーシーに向かって放ち、氷塊をぶつけようとする。
パーシーの背後の黒いもやから、ジゼルの氷魔法を打ち消す炎魔法が飛び出し、相殺する。だが、そこまで読んでいたメグミがフーラルの身体から飛び出し、パーシーに電撃魔法をぶつけようと放った。しかしその魔法はパーシーの持っていた剣に弾かれ、近くの生物標本に当たり、標本がはじけ散った。
「その剣…ギシムのか!?」
魔法を弾かれたメグミはパーシーの持つ剣を見て言う。
「ああ。お前らこの剣の価値がどんくらいか知ってるか?100億リンはくだらないんだぜ?フラーリアの一等地の家が3つは買えるくらいの価値だ」
その言葉を聞いて、メグミは戦闘の緊張とは別の意味で冷や汗を流す。そんなことを知らずにフーラルが割と乱雑に取り扱っていたことを思い出した。
「ただお前ら…どうやら魔法での戦い方を学習してきたようだな」
たったこれだけのやり取りでそこまでわかるか。メグミは改めてフーラルの実戦経験の深さに感嘆していた。今までメグミは割と気分と状況で魔法を撃ってきたが、今回の作戦にあたりマチルダに魔法での戦い方のレクチャーを受けていた。
基本的な炎・雷・氷・風の4つの属性の魔法から、用途によりその使い分けを決める。先ほどジゼルが撃った氷魔法は氷塊という物理的な物体を出し、フーラルを巻き込まずパーシー単体を狙うため、メグミが撃った雷魔法は、物理的に防御ができない攻撃手段であるためだった。
時間があればその他の応用を効かせた魔法も覚えたいところだったが、そうするには時間があまりにもなさすぎた。
「そして…お前ら俺を前座か何かと思ってんのか?」
パーシーは頭に血管を浮かべ、剣を素振りする。そう、今回の作戦においてパーシーの討伐は二つある目的の一つでしかない。この後に控えているもう一つの戦いのことを考えると、メグミの実体化は、切りづらい切り札だった。
「フーラル!てめーがこの中で一番役立たずだってのはわかってんのか!?メグミを温存して、お前だけで勝てるなんて勘違いしてんのか!!」
パーシーはフーラルをあげつらった。フーラルは歯を食いしばり、パーシーを見る。
「どうせ来るなら全力で来い!どのみちお前らはここで死ぬんだからな!」
フーラルは声を上げ、パーシーに向かっていく。ジゼルは次の魔法を準備するが、パーシーの黒いもやがジゼルの足元から吹き出し、魔法を妨害する。
「お前らは俺の精霊を知らねえ」
フーラルがパーシーに斬りかかり、メグミが魔法の準備をするが、パーシーから感じた圧力にメグミは冷や汗を流し、フーラルを止める。
「待て!フーラル!やば…!」
次の瞬間、フーラルが上空に弾き飛ばされていた。しかしメグミには当たっておらず、フーラルだけが飛ばされる形になり、メグミとの距離が10m離れたことで、動きが止まる。首がいきなり絞められる状態になったメグミは後ろにつんのめって倒れた。その隙をパーシーは見逃さなかった。
「終わりだ」
メグミが目に涙を浮かべながら天を仰ぐと、黒いもやが鋭い刃の形を取り、メグミに襲い掛かる。メグミはとっさに自身に魔法をかけるが、そのもやはメグミのいた地面に衝突し、土埃を高く舞い上げた。
「メグミ!」
ジゼルがメグミを呼ぶが返事がない。だがジゼルがパーシーから目を離した一瞬で、パーシーはジゼルの目の前で剣を構えていた。
「マチルダさんに悪いからな…殺しまではしねーさ」
フーラルはジゼルに腹に思いっきり拳をめり込ませる。ジゼルは激痛により意識を失い倒れてしまう。フーラルは優しくジゼルを支えると、近くの棚に腰かけさせるように寝かした。
「さて…あとはリリアとギシムか。半引退人とけが人とはいえ奴らだしな、こいつらと違って油断せずにいかねーと…ッ!?」
パーシーは背後から感じた気配にとっさに飛び跳ねて身をかわす。土埃の中で何かが舌打ちをしたのが聞こえた。その何かは土埃を払うと、メグミの姿が現れた。メグミを見てフーラルは大きく笑う。
「ハハハッ!実体化したかメグミ!いいぞ面白くなってきた!」
メグミは喉を抑え咳き込んでいた。パーシーの精霊の正体がわかってきたが、あんなのがありなのかと思っていた。まず人型ではないこと、というより元人間なのかも怪しい代物だった。
パーシーの意思でその形を変え、魔法によるものか物理的な衝撃を与えることも可能であるようだった。だからフーラルが直撃を受けて吹っ飛び、間一髪で避けた私に降り注いでいたあの刃は地面にぶつかって土埃をあげていたのだ。
メグミはリズムを取るように、その場でステップをする。以前ボクシングを学ばされていた時の、動きながら戦うためのフットワークだった。パーシーの精霊が3本の尾になり、メグミに襲い掛かる。メグミはそれぞれの尾の動きを見極め、ステップで避け前進していく。もう動きに対応しはじめたメグミにフーラルが驚愕した。
「な…!もうこいつ対応しはじめたのか…!?」
そしてメグミのステップはただ避けるためのものではなかった。拳の射程圏内まで近づくと、メグミはステップをしながらパーシーに左のジャブを叩き込む。一発ではひるませるまでもいかなかったが、そのまま何発もジャブをひたすら打ち、パーシーはジャブを避けるために、3歩後退した。メグミはその動きに合わせ、ステップで前進し、右のストレートを撃とうとする。
「こいつ…っ!!」
パーシーは精霊に自分の身体を弾かせ、後ろ向きの体勢から強引に前に突っ込む。メグミはその動きに対応できず、ストレートは中途半端な位置でパーシーにぶつかってしまい、威力が殺されてしまう。
「終わりだ…!」
パーシーは右手で剣を振りかぶるが、メグミはフーラルの服を掴み動きを妨害した。
「…くらってみるか?」
メグミはかすれた声で静かに言うと、そしてそのまま左腕を掴み、思いっきり握りしめる。パーシーの左腕は不快な音を上げ、パーシーは苦痛で声を上げた。
「がああああああああ!!??」
パーシーはとっさに精霊を一本の尾の形にし、腕を掴んでいたメグミに全力でぶつける。メグミは腕を離し避けるが、避けた瞬間、尾から炎魔法が飛び出し、ステップを止めていたメグミはガードするが、魔法が直撃して吹っ飛ばされてしまう。
「あああ!!!ハッ…ハッ…ハッ…!!!」
パーシーは苦痛による声を上げながら、自分の左腕を確認した。握り潰されて左腕が折れており、あらぬ方向に曲がっていた。いくら強いとはいえ人間の骨を折るほどの握力の持ち主がいるなんて聞いたことがない、ましてやそれが女なら―。
炎魔法の直撃を避けたものの、ガードした両腕を火傷し、メグミの両腕は痛みに震えていた。自分が腕を折るほどの握力をこの世界で見せたときはパーシーがいなかった。そのためこの技が成功する自身はあったが、とどめを刺しきることができなかった。メグミは喉を抑えて咳き込む。先ほどのフーラルと引っ張り合ったときのダメージが大きく、上手く呼吸をしたり、声を発することが難しい状態になっていた。
先ほどのフットワークはパーシーにも通用した―がチアノーゼが出かけるくらいには今のメグミには酸素が足りない状態になっていた。手足がしびれてきており、もう繊細な動きをすることもできない。魔法で回復したいが回復魔法はジゼルしか使うことができず、メグミはひたすらに深呼吸をして手足に酸素を送ることに専念せざるを得なかった。
パーシーが左腕の応急処置を行い立ち上がる。メグミは深呼吸を続けるが、手足のしびれはまだ取れず、動くことができなかった。
「少し肝を冷やしたが…俺の勝ちのようだな…!」
パーシーはゆっくりとメグミに近づいていく。酸素が、時間が欲しい。メグミは必死に呼吸を繰り返した。パーシーのあの精霊、今までみた人型のモノとは違い、自在に形を変え、自在に操ることができる自分のもう一つの身体のように駆使していた。そして今のやり取りで、あの精霊の弱点もわかった―わかったのだが身体が動いてくれない。
「流石にお前を生かしておいても得はないしな。情けをかける道理もない…殺させてもらう…!」
パーシーが剣を振りかぶり、メグミは頭をフル回転させた。パーシー、精霊、勇者、そして。
「ハスノ」
メグミは全力を振り絞ってたった一言だけ絞りだす。その言葉はパーシーを止めるには充分すぎる威力があった。
「…なんだって?」
パーシーは荒く呼吸をしているメグミを見た。そしてその顔を見て、思わずあとずさった。
「もしかして…ハスノ…!?」
その受けた衝撃は、後ろから来ていたフーラルに気づくことを忘れさせたほどだった。フーラルは声にならない雄たけびを上げて、パーシーの足を掴むようにとびかかり、共に倒れこむ。
「ごれなばざっぎのぐろいのばづがえないだぼ!」
喉が潰れ、言葉にならない言葉を叫びながら、フーラルはパーシーに掴みかかった。至近距離に近づけば殴り合いに持っていくことができる。だがパーシーはそんなフーラルを一蹴した。
「てめーが殴り合いでも俺に勝てるわけねーだろうが!」
パーシーに蹴り飛ばされ、フーラルはメグミの近くの棚に蹴り飛ばされる。しかしその隙にメグミは呼吸を整え、かろうじて立ち上がれるくらいには体力を回復させていた。
「フーラル…!立て…!あいつの精霊の弱点がわかった…!だけど私一人じゃその弱点はつけない。…お前の力が必要なんだ!フーラル!」
フーラルは目に光を宿らせ、ガクガクと震えながら立ち上がる。パーシーも息を切らしており、右手だけで剣を持つのも辛いのか、剣を投げ出して右手のみを前方に構える。
パーシーの背後の黒いもやが5本の尾に変化し、メグミ達に襲い掛かる。メグミはそれを全て見切り、前方へ走り出す。パーシーは隠していたもう一本の尾でメグミを狙うが、横からフーラルが剣を持って刺突してきたため、慌ててそれを避ける。だがその隙にメグミは尾の攻撃射程をくぐりぬけ、自分の拳の射程圏内まで詰めてきていた。
「お前の弱点は…!その精霊が人型を成してないことによる操作の煩雑さだ…!元精霊憑きならわかるはずだ!フーラルが!私が!自分で考えて動くことの強さが!」
パーシーはフーラルの持っていた剣を尾の一つで弾くが、メグミに対応しきれずメグミに懐に飛び込まれてしまう。だがまだ右手を使い、メグミを突き飛ばすことはできた。体力の限界が近かったメグミは、その突き飛ばしに耐えきれず、後ろに倒れてしまう。しかし、剣が弾き飛ばされても、身体はまだ踏ん張っていたフーラルが、パーシーの腹部に強烈なパンチを入れ、パーシーはうずくまった。
「ごれでおわりだあああ!」
フーラルはメグミの真似をして、右足での回し蹴りを左側頭部に向けて放つ。フーラルはそれをガードしようとするが、左腕が動かない。―先ほどメグミに折られていたからだった。
「ちくしょう…マジかよ…」
パーシーは諦めたような―そして何か重荷が外れたような表情を浮かべた。回し蹴りが側頭部にクリーンヒットし、パーシーは意識が吹っ飛ばされ、身体は地面に叩きつけられる。
フーラルは息を切らしながら、メグミの真似をして残心を行う。教えられたわけではない。ただメグミがやっていた事なのだから必ず意味があることなのだ、という確信からだった。そこまでの信頼が二人にはあった。
30秒経ち、フーラルがピクリとも動かないことを確認すると、フーラルは腰を抜かして、へたり込む。そして勝利を確信して右手を大きく掲げた。




