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第8話 後編

 作戦会議が終わり、各々が準備へと移る。全員集会所に武器や道具などの準備を持ってきており、それぞれの武器や持ち物を確認していた。リリアも鉄製の籠手や、短刀を準備しており、その様子を見てギシムがリリアに声をかける。


「お前も行くのか?」


「何言ってんの!3年前まではバリバリ戦ってたのをあんたも知ってるでしょ?本来まだ寝てなきゃいけないあんたよりはよっぽど戦えるわよ!」


 リリアがギシムの腹を軽く殴り、ギシムは呻いてリリアを睨む。リリアは軽い調子で謝りなながら、準備を続ける。


「それより、あんたあの剣は?」


 リリアがギシムの腰を指さして言う。ギシムはフーラルを睨んで言う。


「あいつに持ってかれて、どさくさでドウシアに置いてかれた」


「それは…お気の毒に…」


 リリアはその件について一切気にしてなさそうなフーラルを見た。確か世界に3振りもない大業物であり、尋常ではない価値があった剣だと思ったが―。


「今回の作戦が終わったら、ドウシアで探すさ。それも俺が戦う目的だな…」


 ギシムは落ち込みながら言った。



 フーラルはジゼル、マチルダと話しながら準備を進めていた。フーラルの今回の作戦での役割は対精霊憑きとの対決。精霊憑きは精霊憑きでしかまともに相対できない。なぜなら敵の精霊が見えなければ、敵の攻撃が防御不能であるからだった。そのため、ドウシア王城にいるであろう精霊憑きや―パーシーとの直接対決は、フーラルが務めることになった。


「…よしこれであんたの剣は今日一日は精霊に当たるようになるはずだ」


 マチルダはフーラルの持っている剣に、魔力をまとわせた。対精霊には魔法の攻撃しか当たらない。魔法が使えないフーラルでも、敵精霊に効果がある攻撃ができるよう、剣に魔力を付与し、当たるようにしたのだった。


「あとこの薬。魔力を緊急的に回復させるものだが…副作用として薬が切れるとしばらく魔法が使えなくなるから、本当に緊急時に使うんだよ」


 マチルダはフーラルに薬を手渡す。


「俺が飲んでも魔法使わないし、メグミじゃ飲めないし、どうするんだこれ?」


 フーラルは薬を受け取り、ポケットにしまうが、用途についてマチルダに質問する。


「あんたが飲んでもメグミに効果が出るようには作ってる。ただ本当にメグミの魔力が空になったときに使うんだ。じゃないとすぐにパンクするからね」


 マチルダはフーラルとメグミ、そしてジゼルをそれぞれ見る。


「フーラル、メグミ。…ジゼルを頼むよ」


 マチルダからの頼みに、フーラルとメグミは頷いて答える。


 各々の準備が終わったのを確認し、リリアが声を上げる。


「…よし!それじゃあドウシア王城攻撃作戦!始めるわよ!」



 深夜4時。日の出直前のドウシア王城。軍事行動の直前ということもあり、この時間でも大勢の人間が動いていた。しかしそれでも昼に比べれば警備は薄く、また指揮官クラスの人間も多くが就寝していた。見張り台にいる兵士も周囲の森に明かりはないか確認はしていたが、あくまで視点は下にしか向いていなかった。おそらく“それ”を見ていたとしても流れ星か何かと誤認していたかもしれない。


 空からドウシアに流星のような光が走っていた。その光は徐々にドウシア王城に近づき―肉眼でそれが何かと兵士が気づいたときにはもう手遅れだった。城の屋根を突き破り、それは1階の大広間に着弾する。


 崩れた瓦礫が、1階にいた何人かに直撃し、あたりに悲鳴があがる。大広間に落ちたそれは、巨大な球体だった。その球体が開くと、中から人影が飛び出す。


「て…敵襲―!王城の中に敵が来たぞー!」


 その言葉を受け、王城が一斉に厳戒態勢に入る。外にいた面々も慌てて王城内の敵に対処しようと、王城内に入っていった。その様子を見て、ギシムは合図を出す。


「今だ…行くぞ!」


 周囲の森に潜んでいたギシム、リリア、フーラル、ジゼルの4人は一気に王城正門へと走っていく。4人はドウシアの兵士の恰好をしていた。城内での混乱のため見張りも全員城内に意識が向いており、やすやすと侵入することができた。そして4人が侵入したのを見計らい、外にいたギシムの仲間達が、城の外で爆発を起こす。


「敵襲だー!今度は城の外で爆発がー!」


 城内にあらかじめ潜んでいたギシムの仲間の一人が大声を上げ、今度は城の外に兵士たちの意識を向ける。


「これは…人形?」


 王城の大広間では、球体から出てきた人影を兵士たちが倒していたが、人だと思ったものは人形だった。次の瞬間、外で爆発が起き、外での敵襲の声に大広間の人間たちの意識は一気に外に向く。


「こ…これは陽動だ!空からの奇襲で意識を内に向かせ、その隙に外から攻める気だぞ!総員!急いで外の守りを固めろ!」


 この掛け声も潜んでいたギシムの仲間によるものだった。大広間に集まっていた兵士たちは全員、外に駆けだしていく。その喧騒を尻目に、ギシム達はフーラルに案内され、地下への潜入を果たしていた。


× × ×


「この作戦は3段階で行う。陽動と潜入と陽動」


 リリアは地図に載っているドウシア王城の屋根部分を指さす。


「まず転移石を使って、ドウシア王城に囮の人形を落とす。そうして城の中に注意を向けた後、外のいくつかの場所で爆発を起こして、火の手を上げる。そのうちに私達が中に入り、精霊の研究を行ってるであろう地下に向かう」


 リリアの作成を聞いて、メグミは真っ先に疑問を提示した。


「随分簡単に言うけど…転移石ってすごい貴重なんだろ?だいたいドウシアからしたら敵国のフラーリアにそんなものあるのか?」


 メグミからの質問(フーラルが代わりに言っているが)に、リリアは机の上に4つの石を投げだした。


「転移石はあるわ。ドウシアには気の毒だけど…フラーリアは宗主国なのよね。各属国への転移石はこんな風に常にストックされてるのよ」


 リリアからの回答に納得せず、メグミは質問を続ける。


「転移石があるのはわかった。…じゃあ逆に言えば相手側も転移石の使用について警戒してるとみるべきでは?」


 リリアはメグミに向け(どこにいるかわからなないが)、笑みを浮かべ答える。


「そう。間違いなく空からの奇襲を警戒してる。多分転移石で城に行こうとしたら、屋根に激突して自爆するような罠くらいは向こうも仕掛けてるはず。まぁそもそも転移石を使用したらまず使った側はしばらく動けないんだけど」


「じゃあどうするんだ?」


メグミは訊ねた。


「簡単よ。転移石で潜入できないなら、転移石を使わないで潜入すればいい」


× × ×


 ドウシア城の地下に下りながら、メグミは上での騒ぎの様子に耳を立てる。


「驚くほど上手くいったな…」


 リリアの作戦は、単純なものだった。人が使えば罠にかかるような仕組みになっているなら、人が使わなければいい。単純な質量にモノを言わせた岩を転移石で投げつけ、その混乱の隙に正攻法で潜入するというものだった。


 ただしこれはいくつかの無理をクリアしなければならない作戦であり、単純ではあるがこの方法を予測するのはドウシア側からも無理だっただろう。


 まずリリア達はフラーリアからドウシアまで2時間かからずにたどり着き、付近の森に潜入していた。これはマチルダが個人的にドウシア城下町への転移石を持っており、なおかつ移動におけるダメ―ジ(フーラルとギシムとギシムの仲間数人が脱臼。および全員が転移石酔い)を回復魔法で無理やり回復するという、無茶な移動方法をこなしたこと。


 非常に高価な転移石を投擲武器として使用する発想がこの世界になかったこと。座標を定めるにはその場に行かなくてはならず、かつ作成に非常に手間がかかる転移石を、飛び道具で消費するということは未だ前例がないことだった。


 そしてたった4人で城への攻撃を仕掛けるということ。これは冒険者側の戦力がこれしかなかった故の苦肉の策ではあるが、それゆえに城に攻めるなら大勢の人数を用意する、という前提から監視の大半が大軍の進行を警戒し、4人程度ならやすやすと侵入できたこと。


 そうした要因が重なり合い、潜入作戦の成功を産んだ。だがまだこの作戦は1割程度しか進んでいない。フーラルが先導して地下を進んでいくと、あの時行き止まりだった一番奥の突き当りに道ができていた。おそらく今の騒ぎで、地下を確認しにいったものがいる。―間違いない、フーラル達はそう確信し、奥へ進んでいった。


 しばらく進むと開けた空間に出た。そこは先ほどまでの石造りの城の雰囲気とは異なり、謎の機材や、ガラス瓶、そして大量の液体に使った生物標本が並んでいる異質な雰囲気だった。


 部屋の奥に進むと、メグミがこちらの世界に転移するときに見た、遺跡にあった石が置いてあり、その横にパーシーが立っていた。


「もしやと思ったが…本当に来るとはな」


 パーシーは石を懐かしそうに触りながら、フーラル達に言う。


「どうして…パーシー…!」


 リリアは泣きそうな声でパーシーに問いただす。


「すまねえなリリア…。本当はお前とだけはこうなりたくなかったんだが」


 パーシーの背後から黒いもやが吹き出す。ただしそれが見えているのはフーラルとメグミ、ジゼルの3人だけで、ギシムとリリアには見えていなかった。異常な気配を感じたフーラルがリリア達を下げる。


「あんたらは下がってろ!…なんだこいつは…!?」


 パーシーの背後の黒いもやは突然伸び、フーラル達に襲い掛かる。メグミとジゼルは魔法を展開し、その攻撃を防ぎ、衝撃により煙が周囲に舞った。


「パーシー!」


 リリアはパーシーの下に向かおうとするが、ギシムに肩を掴まれて止められる。


「落ち着けリリア!俺たちじゃアイツはどうにもならねえ!」


「でも!」


「作戦を考えたのはお前だろ!パーシーの相手はあいつらに任せるんだ!」


 リリアはパーシーを改めてみて、唇をかみしめる。


「…わかった」


 リリアはパーシーに背を向けると、元来た道を戻り始める。


「私達は増援が来ないように、外で食い止める。…フーラル、メグミ、ジゼル、…お願い」


 フーラルとジゼルは頷いて同意する。


「…フーラル、必ずメグミを連れて戻ってこい。こいつを倒してもまだ作戦は半分しか終わらねえんだからな」


ギシムが言った。


「わかってる。…まだ母さんがどこかにいるんだ。こんなところで止まらないさ」


 フーラルからの返答にギシムは手を突き上げて返し、リリアと共に元の道に戻っていった。


 フーラルは剣を構え、パーシーと面と向かい合う。


「まさか、あの時拾ったガキが、こういった形で俺に立ちふさがるとはな」


 パーシーも剣を抜き、フーラル相手に構えた。


「…俺はあんたのことを嫌いじゃなかった」


フーラルは落ち着いた声で言う。


「…俺もお前のことは嫌いじゃなかったがな」


「だけど、決めたんだ。決着をつけるって。だから…あんたを倒して、俺は全部終わらせる!」


「ハッ!たかだか16の、まだ冒険者になって1か月も経ってないガキが、俺を倒すだって!?笑わせるじゃねえか!…だったら…やってみろよ!」


「「うおおおおおおおおお!!!」」


 フーラルとパーシーは互いに雄たけびを上げ、激突した。


× × ×


「それで…研究の成果はどうだエーベルト」


 地下のさらに奥の研究室で、クリプトンとエーベルトは大きな影の前にいた。


「ええ、クリプトン王。私の精霊を使用することで、実験は成功しました。あの国境でのコボルトでの実験や、パーシーから得たデータにより、ようやく安定化に至りました」


 エーベルトの報告を受け、クリプトンは唇を歪める。


「そうか、これで…我々の…先祖からの…英霊たちの無念を晴らすことができる」


 その大きな影は蠢き、息を吐いた。そして顔の中央にある一つ目が不気味に赤く光り、喉を鳴らしていた。


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